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研究会の活動報告一覧

第5研究 生きるための環境をめぐるマニュアルの社会史
研究代表者:服部 伸(文学部)


開催日時2016年12月17日 13時~18時
開催場所徳照館2階第1共同利用室
テーマホメオパシー・水治療法・公衆衛生
―19世紀末の日本におけるプロテスタント医療宣教の変容(藤本)
とびらを開けて―20世紀イギリスにおける知的障害児の親の会(大谷)
発表者藤本大士(東京大学大学院)
大谷誠(同志社大学嘱託講師)
研究会内容 これまでの日本近代医学史研究は、ドイツ医学の受容史を中心に展開していたが、本研究はアメリカ人医療宣教師が近代日本の医学に果たした役割を再評価すものである。開国直後に来日したアメリカからの医療宣教は、貧者への施療と日本人医師への医学教育を行った。この時期の医療宣教師は居留地を中心に医療業務を行うとともに、教育活動にも携わった。明治維新と南北戦争による混乱で宣教活動は一時中断していたが、1870年代には宣教活動が再開された。とくに近代的な医師養成制度が未整備な状況であったこの時期には、医療宣教師が地方に設立された公立医学校・病院で教育と治療に重要な役割を果たしていた。しかし、ドイツ医学を積極的に受容した日本は、東京大学を頂点とするドイツ式医師養成システムが確立し、ここで養成された医師の力量が、アメリカ人医療宣教師の力量に優るようになった。このため1885年頃には従来からの医療宣教は衰退し、教育に専念する宣教師が多くなった。ただし、この時期からホメオパシーや水治療を基盤とする新しいタイプの医療宣教が行われるようになった。とくに女性の医療宣教師が含まれることが大きな特徴である。さらに、20世紀になると公衆衛生を重視する医療宣教が行われるようになる。その成果の一つが聖路加病院の設立であり、ここはロックフェラー財団などの支援を受けてアメリカの公衆衛生学を日本で普及させる拠点となってゆく。(藤本)

 これまでの知的障害者ケアに関する歴史は、制度そのものや制度を整備してきた医師・教育者・官僚などの活動を分析してきたが、当事者に関する研究は行われてこなかった。本研究は、当事者の姿を追うことを目的として、知的障害者の「親の会」の活動を分析の対象としている。イギリスにおいて、第一次世界大戦直前以降は知的障害者を長期入所型施設に収容する政策が進められたが、戦間期に家庭におけるケアを重視するようになった。しかしながら、この政策転換は障害者の家族に大きな負担をかけることになった。1925年に創刊された母親向けの週刊誌Nursery Worldは子育て一般を扱う雑誌であったが、同誌には読者投稿欄があり、とくに第二次世界大戦中には、知的障害をもつ子どもに関する相談が寄せられるようになった。1946年に匿名で投稿したジュディ・フレッドの呼びかけがきっかけとなり、精神薄弱時の親の会が結成された。この組織はNewsletterを発行して子育て情報を提供するとともに、行政によるトップダウン式の障害児政策の変更を求め、当事者の事情に合致したケア形態を選択できるようにすることを求めた。彼らの活動は第二次世界大戦後のイギリスにおける知的障害者ケアを転換させることになる。(大谷)


開催日時2016年10月14日 19時~22時
開催場所徳照館第一共同利用室
テーマトラクターの歴史に見る「疎外」-農業にとって労働とは何か-
発表者藤原辰史(京都大学人文科学研究所准教授)
研究会内容 現代のバイオケミカル巨大企業は、自社の農薬と相性がよい品種の種子を開発して、農家はこのような企業に依存することによって、巨大資本権力に取り込まれている。近代の農業は化学肥料、農薬、農業機械など、大企業が生産する商品を購入することによって生産性を「向上」させてきたが、同時に、農業の技術は農民の手を離れて、彼らの手の届かないところで作り上げられてきた。農民は目の前の便利さを享受するも、彼らは「疎外」され、操作されていることになる。
 トラクターをめぐる歴史からも、このようなことを読み取ることができるであろう。トラクターは家畜に代わる農業用動力として開発された。当初は蒸気機関を活用することが考案されたが、蒸気機関は出力当たりの重量が重いため耕地での作業に不向きであったし、燃料と水の補給にも困難が伴った。実用的なトラクターは内燃機関の開発によって可能になった。アメリカでガソリンエンジントラクターが開発され、経営規模の大きいアメリカではトラクターが急激に普及した。
 ちなみに、第一次世界大戦中にイギリス軍はトラクターを改造した戦車を戦場に投入した。でこぼこの多い耕地で作業をすることが可能なキャタピラ付トラクターは、塹壕や窪地などでも走行する必要がある戦車開発の基礎となったのである。
 経営規模が小さいドイツでは、アメリカのような大型トラクターは利用価値が低かったが、安価で小回りがきく小型トラクターが開発された。トラクターによって確かに農作業の軽減化・効率化が図られたが、他方で、購入、修理、燃料費など、農民には大きな経済的負担となった。また、家畜を利用しなくなったことで、化学肥料に依存することになった。こうして、第一次世界大戦後のドイツでは農民が企業に依存するようになる。また、各戸でトラクターを導入することは伝統的な農民の共同作業を奪い、農民の横の連帯を断ち切った。

開催日時2016年7月10日 13時 ~ 17時30分
開催場所同志社大学今出川キャンパス徳照館1階会議室
テーマ「帝政期ドイツにおけるユダヤ人の体育祭典と民族の身体の表象」(河合)
「歴史家の世代とドイツ連邦共和国の歴史像の変容―1950年代から現在まで―」
(白川)
発表者河合竜太(同志社大学大学院)/白川耕一(國學院大学兼任講師)
研究会内容 トゥルネンはヤーンによって提唱されたドイツ式体操であるが、1898年に開催された第2回シオニスト会議においてマックス・ノルダウによって「筋骨たくましいユダヤ人」が提唱されたことに呼応するように、ユダヤ人独自のトゥルネン協会が活動を開始した。ユダヤトゥルネン協会の上部団体であるユダヤトゥルナー連盟が開催する体育祭典から、ユダヤ人トゥルネン運動の意義を読み解く。この運動を推進したユダヤ人たちは、これまでの伝統的な同化ユダヤ人のステレオタイプ的なイメージから脱却し、たくましい心身をもつ「新しいユダヤ人」を創造することを説いて、同化ユダヤ人を批判した。
 ドイツのトゥルネンでは指導者への服従・一体性が強調されていたが、この特質はユダヤ人トゥルネン運動でも強調され、集団運動はユダヤ人の一体性を涵養するものとしてイメージされた。しかし、彼らが説く「新しいユダヤ人」は、「ドイツ国民」と類縁関係にあり、単に思想レベルだけでなく、身体レベルでもドイツ文化に同化しようとしていたことが浮かびあがる。つまり、ユダヤ人の独自性を強調するこの運動は、他方では、ドイツ的な特質を帯びていたのである。(河合)

 東西分裂後のドイツ連邦共和国は、基本法上は「暫定国家」とされながらも、全ドイツを代表すると位置づけられていた。このような意識の中で東西分裂後、連邦共和国独自の歴史・アイデンティティをもたず、西ドイツを歴史叙述の対象としなかった。
 これに対して、幼年時代にナチス統治を経験した世代の歴史家たちは、戦後の西欧・アメリカに新しい価値基準を見出し、民主的福祉国家としての西ドイツを全面的に肯定した。その代表格ヴィンクラーは次のような歴史像を描く。本来西欧の一部であったはずのドイツは、市民革命の価値が受け容れられずに「特有の道」をたどり、第一次世界大戦からナチズム支配へと至った。ナチズムの破局はドイツの東西分裂をもたらしたが、その間、西ドイツでは西欧的価値を受け容れつつ、もはや再統一を非現実なものとして排除し、国民国家に立脚しない「ポストナショナリズム」を思考するようになった。他方、東ドイツでは、非民主的な「特有な道」が続いたと考えられた。1990年の東西統一によって、民主的国民国家となり、西欧の通常の国家になった。
 このような歴史観に対して、1960年前後に生まれた世代からの異議申し立てがなされるようになった。彼らは統一後のドイツにおける財政問題、旧東西ドイツ人のあいだの心の壁、格差の拡大など、ヴィンクラーら提示する成功モデルでは説明がつかないとして、1970年代以降のドイツが民主的福祉国家として行き詰まっていることを明らかにしている。ただし、今後めざすべきモデルを見出しておらず、ヴィンクラー世代のような大きな歴史を語るには至っていない。(白川)

開催日時2016年5月29日 13時 ~ 18時30分
開催場所同志社大学今出川キャンパス弘風館地下会議室
テーマ「ヴァイマル期ドイツにおける看護師への保障」(山岸)
「このように母と生きてきました:介護と看取りの現場から 2011年-2016年」(服部)
発表者山岸智弘(同志社大学大学院)/服部 伸(同志社大学)
研究会内容 ドイツにおける看護師は第一次世界大戦後まで労働者とは見なされず、労働災害保険法の適用外に置かれていた。しかし、ヴァイマル期になると衛生関係労働者団体から、看護師が危険な業務遂行によって労働災害を被るリスクが高いことが指摘されるようになってきた。衛生関係労働者団体の調査から、とくに修道院などの宗教団体に所属する看護従事者の中で結核などの罹病率が高いこと、その結果として死亡したり、職務遂行が不可能になるケースが多数あることがわかってきた。こうしたリスクは看護師の間では周知の事実であったが、ヴァイマル期の調査によって一般に知られることとなり、それまでは労働災害保険法の適用外に置かれていた看護師は、そのシステムの中に取り込まれ、社会国家のセイフティ・ネットに収まったのである。そのプロセスで、看護師のあるべき立場、労働の範囲などが明確になっていった。(山岸)

 現在の介護システムは多様なサービスを提供しているものの、その選択は自己責任・自己決定の原則に貫かれている。しかし、介護の必要が生じるのは、本人・家族にとって突然であり、その時点で彼らは介護システムについて無知であり、責任能力をもたない。結局、ケアマネージャーの説明・判断に依存しながら介護サービスを受けることになる。しかも、通常は老化の進行によって必要とする介護サービスは絶えず変わってくる。この変化に本人も家族も対応しきれない。他方、サービスを提供する施設側も個々の利用者のニーズに応じるだけの準備がない。結局、介護サービスを有効に機能させるためには、利用者とその家族の非公式ネットワークによる影のサービスが必要であるが、現在の一般的な日本の家族・地域は、公式の介護サービスを補うだけの精神的・物理的余力をもたない。(服部)