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第4研究 ASEANの連結と亀裂の研究:供給連鎖・資源・領有権の東アジア的地経学・地政学研究代表者:林田 秀樹(人文科学研究所)

 本研究の目的は、ASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国間、及びそれらを含む東アジア諸国間において形成されている経済的連結関係とそれに亀裂をもたらしている政治的緊張関係との相互作用について調査研究することである。その上で、ASEANとその加盟国が今後東アジア全域の平和と繁栄のために指向すべき針路を構想する。本研究では、こうした目的追求のために、「東アジア大の地経学と地政学」という方法論的枠組みを設定する。地経学的な分析においてはASEAN加盟国の域内外に形成されているサプライチェーンと域内固有資源の開発・利用を、地政学的な分析においては資源開発とも関連する領有権問題を軸に調査分析を行う。調査研究は基本的にメンバー各自が課題を分担して行い、その結果を定例研究会の場で交流し合って学会報告や論文等の個別の成果に結びつけ、メンバー間の議論を通じて共同研究としてのまとまりのある成果を目指す。

2021年度

開催日時 第9回研究会・2022年3月24日 10時30分~17時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室Aでの対面、並びにZoomによるオンラインのハイブリッド方式
テーマ
  1. ASEAN経済共同体の現状―成立後の経済統合の実態と評価―
  2. ASEAN共同体研究会の成果のまとめについて―『社会科学』特集号と人文研研究叢書の執筆・編集計画―
  3. マレーシアにおける政権交代と階級社会化
  4. ミャンマー:民政10年の歩みと軍事クーデター
発表者
  1. 西口 清勝 氏(立命館大学名誉教授)
  2. 林田 秀樹(同志社大学人文科学研究所)
  3. 西澤 信善 氏(東亜大学人間科学部)
  4. 岩佐 和幸 氏(高知大学人文社会科学部)
研究会内容  今回の研究会は、第20期部門研究会第4研究の最終回として開催した。また、当研究会は、第19期部門研究会(2016-18年度)第6研究「ASEAN共同体の研究:自然資源開発、一次産品貿易と海洋権益をめぐる政治経済学」の研究テーマ・研究組織を受継いできたものでもあるので、それと合わせると、6年間の研究会活動の区切りの回でもあった。①,③,④の3本の発表では、特にASEAN共同体の経済的側面に焦点を当てて、まさに当研究会の主テーマである「ASEANの連結と亀裂」が論じられた。以下では、各発表の要旨を簡潔にまとめる。

 発表①では、2015年末に成立したASEAN共同体の3つの柱(政治安全保障共同体、経済共同体、社会文化共同体)のうち、ASEAN経済共同体の現状をテーマにして、成立後の経済統合の実態と評価について考察された。第1に、2021年4月に公表されたAECの「中間レビュー」の内容が検討され、その問題点が指摘された。第2に、ASEAN経済統合の実態の解明が行われ、域内貿易・投資障壁の削減・撤廃に取組んできたにもかかわらず、実際の貿易・投資実績がいまだ不十分である点が示された。そして第3に、以上の検討を踏まえてASEAN経済統合の評価、すなわちそれが成功しているのか失敗なのかに関する考察が紹介され、高付加価値部品・中間財の域内での代替生産の重要性が強調された。最後に、経済共同体を含めて3つの共同体から成るASEAN共同体の基本的な性格―「平和の共同体」―とそれが今日まで果たしてきた役割について検討する。

 2018年の総選挙時の初の政権交代以来、首相の退陣が相次ぐなど、マレーシアの政局は近年混迷が続いている。発表③では、そうした政治の混迷の背景には、どのような経済・社会的要因がはたらいているのかが論じられた。発表者によれば、その底流には、民族の枠をこえた格差・生活難とそれに伴う政治不信があるとされる。すなわち、政治流動化の底流には、多民族国家マレーシアで、いずれの民族集団においても所得格差を始めとする経済格差が広がり、民族によって主要な社会集団が形成される多民族社会から、生産手段の所有関係を始めとした様々な側面における「階級」の差が社会集団を分かつ「階級社会」と化しつつあるという議論である。発表では、経済成長に伴う貧困・格差構造の推移を確認したうえで、新自由主義経済政策に起因する生活悪化がどのように進んでいるかに言及された。また、直近のコロナショックによる社会矛盾の露呈を明らかにされ、今後の展望が示された。

 発表④は、2021年2月1日にミャンマーで発生した軍事クーデターに関連して、まず、2011年から始まる民政がもたらされた歴史的背景が説明された後、それに先立つ約10年間の民政の展開が、国軍系の連邦団結発展党のテインセイン政権期と国民民主連盟のアウンサンスーチー政権期に分けてそれぞれ跡づけられた。ミャンマーでは、民政が誕生した2011年に先立つほぼ50年の間、国民は軍の圧政に苦しんだ。しかし、民政10年の間に同国の経済・社会は大きく変化した。その間、人々は待望の民主主義を享受したのであるが、軍事クーデターは、この間の政治・経済の成果を根底から台無しにした。今や、ミャンマーにおいては、国軍の横暴を停止させ、民主主義の尊重に回帰することなくして社会の平和と安定はありえない。国軍と市民・国民の対立は容易に解消しない一方で、期待のかかるASEANも国連も一致した行動をとれていないが、国際社会の有効な関与が俟たれるところである。

 順序が前後するが、発表②では、本研究会の成果のまとめについて、研究代表者から提案が行われ、それについて意見交換を行った。部門研究会の成果をまとめる方法としては、研究所機関誌『社会科学』に特集を組み、当研究所の研究叢書を編集・発行するという2つの方法がある。前者については、第52巻第4号への特集論稿の投稿を目標とし、それを土台にして2023年度内に研究叢書を刊行するというスケジュールで進めていくこととする。

 今回は1日がかりの長丁場であったが、最後の研究会にふさわしく発表と質疑応答とも充実したものであった。今回の出席者は、対面で鷲江義勝、西口清勝、西澤信善、大岩隆明、伊賀司、木場紗綾、加藤剛、西直美の各氏と林田秀樹の9名、オンラインで岩佐和幸、上田曜子、厳善平、小林弘明、中井教雄、翟亜蕾、加納啓良の各氏7名、合わせて16名であった。
開催日時 第8回研究会・2022年2月25日 14時00分~16時10分
開催場所 Zoomによるオンライン開催
テーマ 鯨油が語りうること―南極海と東南アジアをむすぶもの―
発表者 赤嶺 淳 氏(一橋大学大学院社会学研究科)
研究会内容  今回の発表は、捕鯨問題を鯨油の生産と利用の歴史から捉え直し、資源利用の開発史という文脈から太平洋の一体化の過程に着目しようとするものであった。日本は2019年6⽉に国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、現在、排他的経済水域のなかで商業捕鯨を行っている。発表者の問題意識としては、捕鯨問題で論じられる傾向にある⼆項対⽴(捕鯨目的は鯨油か鯨⾁か、捕鯨は⽂化か経済活動かなど)の妥当性について検討する必要があるとされた。
 発表ではまず、捕鯨産業の変遷から近代を捉える試みが論じられた。鯨油は、16世紀半ばからランプや潤滑油として使用され、その後20世紀初頭以降、石鹸・マーガリンの原料としても用いられるなど世界商品の1つと位置づけられてきた。第一次世界大戦以降は、副産物としてダイナマイトの原料となるグリセリンを派生することから軍需品としての意義もあったとされた。
 次に、日本の捕鯨産業を水産業の近代化の文脈から捉えるとともに、その海外進出に対して、「フロンティア社会論」の視点からの考察が試みられた。具体的には、水産業近代化のなかでの捕鯨がどのように位置づけられるのか、どのような資本に捕鯨産業が支えられてきたのかという視点からの考察である。日本の捕鯨史の変遷に関しては、まず、国⺠国家の建設と富国強兵を目的とした明治政府が、外貨獲得と国防を目標として遠洋漁業を奨励するなかで、漁船の近代化を推し進めた。そして日露戦争後、日本に近代捕鯨が定着し、その後南極海での⺟船式操業に進出するなかで、この産業がカニやサケ・マス漁と同様に、公海における外貨獲得の役割を担っていたという側面が強調された。また、捕鯨産業を支えた資本の重層性と政治性が、より具体的には⻑州閥のネットワークが、これまでの捕鯨史において着目されてこなかったとの指摘がなされた。
 戦後の捕鯨産業については、3つの問題意識、つまり①1960年代以降、鯨油市場が衰退していくなかで、油脂生産においてどのような商品が鯨油に置き換わったのか、②鯨油生産に代わるかたちで鯨肉生産への特化が生じた政治経済的理由は何だったのか、③果たして日本における捕鯨は持続可能に操業できるかという視点で考察する必要性が強調された。特に、①について発表者は、現在、世界の主要油脂⽣産に占める鯨油の割合はわずかであり、大部分をパーム油、大豆油等の植物性油脂が占めている点を示した。
 最後に、今後、⾷卓の変遷史/環境利⽤の変遷史を追いながら、「鯨油からパーム油/⼤⾖油」といった転換過程を跡づけし、⾷⽤油脂開発史を資本主義のあゆみと絡めて論じていくことの重要性が強調された。
 質疑応答では、主に東南アジア-満州-南氷洋をめぐる水産業史に関連して発表者が言及したフロンティア社会論という見方について、その是非が問われた。また、具体的に東南アジアに進出した水産業者の事例に関する質問などが向けられた。その他にも、水産業における漁獲量と価格との関係や漁獲後の保存の視点から、水産業と資本主義との関係性にも言及され、そこから今後の捕鯨業の展開について議論が行われた。
 今回の研究会はオンラインで開催された。参加者は発表者に加えて、上田曜子、厳善平、王柳蘭、加藤剛、加納啓良、西口清勝、西直美、上原健太郎、三俣学(メンバー外、本学経済学部教授)、田中耕司(同、京都大学名誉教授)、丸井清泰(同、㈱晃洋書房)の各氏と林田秀樹の計13名であった。
開催日時 第7回研究会・2022年1月24日 15時00分~17時00分
開催場所 オンライン開催
テーマ アセアン統合に伴う自動車生産拠点再編を考える—日系自動車メーカーを中心に—
発表者 塩地 洋 氏(鹿児島県立短期大学・学長)
研究会内容  今回は、ASEANの経済統合が進むなかで、自動車産業による生産拠点の再編がどのように展開しているかについて、特に日系自動車メーカーの動向に着目した発表が行われた。
 発表では、まずミャンマーを始めとするASEAN諸国の自動車市場について説明が行われた。ミャンマーでは、1人当りGDPの水準に比して標準販売台数が達成されているが、その内訳は中古車の年間販売台数が10万台程度に上る一方で、新車の場合は2万台程度に留まり、市場規模は非常に小さい。この点から、発表者は、日系自動車企業によるミャンマー進出に関して、部品メーカーの場合は参入すべきと推奨する一方、自動車メーカーによる量産工場の構築については、当面困難との見解を示す。
 次に、ASEANにおける自動車部品メーカーの経営戦略の変遷について説明が行われた。経済統合が進む以前では、現地工場進出方式、つまり自動車メーカーの進出に伴って部品メーカーが供給を行ってきたが、輸入関税が撤廃されて以降、現在にかけては企業内国際分業方式が採用されている。例えば、現在、ミャンマーの部品メーカーは本国内への納品ではなく、タイやインドネシアを主な販売先として想定しているという。加えて、労働力不足を抱えるタイ企業は、ミャンマーからの出稼ぎ労働者を招き入れるなどして、ワイヤーハーネスなど労働力集約型部品の製造を行っており、インドネシアの部品メーカーでは、製造工程のうち、労働集約型のものを切り出して、それをミャンマーのメーカーに割当てるといった国際分業のあり方が見受けられるという。
 以上の背景を踏まえたうえで、日経自動車メーカーによるASEANでの生産拠点の配置戦略について理念的分類が行われた。より具体的には、企業の生産規模の大小を前提とした上で、2つの軸を引いて、ASEAN進出企業の戦略を4つのパターンが分類された。まず企業は、生産拠点を集中化させるか、分散化させるかという軸で分別される。つまり、前者は組立工場を2カ国程度のハブ拠点に集中させ、完成車を輸出させる一方、後者は各国の国産車優先政策に対応するために、各国に生産拠点を分けて配置させるという戦略を意味する。次に、企業は自動車の製造に際して少数の得意モデルに特化するか、または多数のモデルを供給するかという軸で分けられる。
 以上の2軸を基にすると、生産拠点の配置戦略は、生産拠点を集中させた上で得意モデルに特化する(W)、または多数のモデルを供給する(Y)、そして生産拠点を分散化した上で、得意モデルに特化する(X)、または多数のモデルを供給する(Z)という計4つの理念型に分類される。この内、発表者は経済統合が進展し、自由貿易が達成された場合、Wが最も競争優位であるとの見解を示した。その主たる理由は、経済統合が進展するなかで、生産拠点を集中化させ、かつ得意モデルに特化して生産を行うWの戦略が最も合理的と考えられるからである。一方、今後、これまで非生産拠点であった国で市場が拡大するなどして、メーカーが当該国に生産拠点を設けようとした際に、現地政府がこれを認めないというリスクもある。そのため、企業はWとXとの折衷案、つまり得意モデルに特化したうえで、生産拠点を集中させ過ぎずにある程度分散させておくという戦略を参考にするべきであると報告者は結論づけられた。

 質疑応答では、現在のミャンマーにおける日系自動車産業の活動や今後の展望、企業内でのミャンマー人への評価について疑問が投げかけられた。また、ASEANに進出している韓国・中国車と日本車との差異・競合や、当該地域の貿易の自由化に関して非関税障壁の存在が指摘され、関税率が下がった場合でも必ずしも域内分業や貿易が活発に行われないのではないかという点について議論が交わされた。

 今回は、第11研究(代表者:商学部准教授・中道一心氏)と共同でオンライン開催された。参加者は発表者に加えて上田曜子、大泉啓一郎、太田淳、加納啓良、上原健太郎、木場紗綾、大崎祐馬、田中彰、中道一心、西直美、西川純平、西口清勝、鷲江義勝の各氏と林田秀樹の計15名であった。
開催日時 第6回研究会・2021年12月10日 15時00分~17時00分
開催場所 オンライン開催
テーマ 地域の脱構築ーアジアにおけるサブリージョナル協力の戦略的意義
発表者 大岩 隆明 氏(JICA緒方貞子平和開発研究所)
研究会内容  今回の発表は、国際開発におけるサブリージョナル協力について、特に大メコン圏(Greater Mekong Subregion, GMS)の戦略的意義に着目するものであった。
 発表では、まず、サブリージョンの一般的な捉え方について、アジアやヨーロッパなど特定地域の部分集合(subset)となる国々であるとし、本発表におけるサブリージョンの定義として、多国間にまたがる地理的な構成と位置づけられたうえで、特に開発に焦点を当てるという実践的な点が強調された。
 次に、サブリージョンについて考察を進めることで、既存の地域や地域間の問題へのアプローチに新たな視点をもたらすことができるのではないかと問題提起された。より具体的には、東南アジアを含む現代の地域区分が、第二次世界大戦後以降の米国主導による地域体制によって形成されている点を指摘しながら、サブリージョナル協力の展開がこのような既存の地域枠組みの脱構築を導くだろうとの展望が示されている。
 本発表におけるサブリージョナル協力のモデルとして焦点が当てられたのは、GMS(構成国は、メコン川の流域及びその近接諸国のカンボジア、ラオス、中国、ベトナム、タイ、ミャンマー)である。また、その主要な事業として国境を超えた経済回廊(Economic Corridor)の開発の重要性が強調された。例えば、以前は困難であったラオス—タイ間の国境を越えた往来について、現在では道路・鉄道などの面による開発が進められ、ラオスのトラックがタイに容易に入国できるなど、よりスムーズな移動が可能になってきていることが示された。
 現在、GMSは先発ASEAN諸国とCLMV諸国との所得格差の縮減に貢献している点で最も成功したサブリージョンとして評価されている一方、経済回廊建設が加盟国と域外協力国による戦略的・地政学的イニシアティブによって影響されている点が報告では指摘された。例えば中国は、地政学リスクであるマラッカ・ディレンマを避け、加えてインド洋への影響力強化のために南北回廊の延伸を期待していると考えられている。GMSを先例・成功事例として一帯一路構想(The Belt and Road Initiative, BRI)を企画・推進し、さらにランカン−メコン協力(Lancang-Mekong Cooperation, LMC)設立・運営のイニシアティブを握るとされている。
 最後に、サブリージョンの形成・展開に着目することによって、地域の「脱構築」が見受けられる一方で、地域の「再領土化」の過程が捉えられるのではないかという見解が示された。具体的には、GMSなどのサブリージョンの展開によって、当時は異なる地域とされていた東北アジアと東南アジアが、東アジアという同一地域として考えられるようになる一方で、そのように脱構築された地域が、BRIや欧州安全保障協力機構(OSCE)、東アジアサミットの出現に見受けられるように、新しい地域枠組みへと再編成される点が示された。
 質疑応答では、地域の「再領土化」やマラッカ・ディレンマに関する定義・由来から、各サブリージョン協力に関する戦略的意義の実態について議論が交わされた。例えば、報告ではLMCにおいて、水資源が主要優先分野に含まれ、中国とその他の構成国の間でパワーの非対称性が存在しているという点に対して、中国が最上流国としての恩恵を享受しているのか否かが問われた。

 今回の研究会はオンライン開催とされ、参加者は発表者に加えて伊賀司、大崎祐馬、上原健太郎、西直美の各氏と林田秀樹の計6名であった。
開催日時 第5回研究会・2021年11月12日 14時00分~16時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 徳照館1階会議室
テーマ 新興国のデジタル化とチャイナエフェクト
発表者 伊藤 亜聖 氏(東京大学社会科学研究所)
研究会内容  今回の研究会では、アジアを中心とした新興国における経済のデジタル化をめぐる動向が紹介されるとともに、それに中国が及ぼしている影響についても分析が行われた。
 発表では、まず、情報端末の普及について言及された。2000年頃までは経済成長の度合いに比例して、先進国と新興国・途上国との間に著しい差(デジタル・ディバイド)があったものの、2010年代以降、インターネットが新興国・途上国に普及するようになっていく。2015年時点には低・中所得国にまで情報端末、特に携帯電話が行き渡るようになり、現在のインターネット利用者人口は、OECD諸国よりも非OECD諸国の方が大きい。そこには中国、インド、東南アジア諸国が含まれている。
 次に、デジタル化経済に関して新しい概念の導入が提案された。それは工業化の通説とされている新興工業国論(NICs/NIEs)にデジタル化の視点を導入し、かつ新興国全体を視野に入れたデジタル新興国(Digital Emerging Economies)という概念である。そのなかで、輸入代替デジタル化という仮説も示された。これは新興国のデジタル分野においてインフラ、データ、投資への規制強化を通じて国内市場の保護が進み、保護主義が台頭してくるというものである。
 一方で、デジタル経済の限界とリスクについては、経済のデジタル化に伴って労働市場がより流動的になり、インフォーマル経済をめぐる問題が浮上する可能性が指摘された。例えば、経済のデジタル化に伴って増えることが予想されるギグワーカーを社会保障の枠組みに入れるのか否かといった問題である。
 また、日本の政府・企業によるデジタル化への対応について、報告者は日本が新興国の「共創パートナー」になるべきであると主張する。具体的には、日本からデジタル化が加速する新興国・途上国に対して出資・戦略提携を行い、また新興国・途上国から日本への輸出・還元を基にしたパートナーシップを目指すべきであるとの主張が示された。
 発表の後半では、デジタル経済に対する中国の影響力に関して実証分析が示された。デジタル経済に厳しい外資規制・統制を布く中国は、「デジタル保護主義」の代表例とされている。また、中国政府による「一帯一路」構想においても、衛星情報の共有といったデジタル領域が含まれている。そのうえで、中国と「一帯一路」関係国とが了解覚書(MoU)に署名したり、共同声明を発表したりしている。発表者は、こうした政策によって、関係国がデジタル政策、特に国内産業の保護主義的規制を強化するといった動きを見せるなど、疑似中国モデルが構築されてきているのではないかという仮説を立てて検証を行っている。
 最後に、暫定的な結論として、一帯一路関係国は、中国から一方的に影響を被るというより、同国のデジタル経済の動態を観察しながら選択的に自国の政策を実践しているのではないかという見解を示した。

 質疑応答では、報告者が示した輸入代替デジタル化仮説について、物品貿易の場合と比較した際の特徴等、その定義や射程について議論が交わされた。また、世界におけるデジタル化普及の背景には、携帯電話の端末や通信インフラの価格低下、出荷台数等の供給面については中国企業の役割が関連しているのではないかという点についても意見交換が行われた。

 今回の参加者は、報告者に加えて現地参加が厳善平、上田曜子、中井教雄、木場紗綾、上原健太郎のメンバー各氏に加え、メンバー外から王丹通、周宇、劉牧田、劉専、芦田莉紗、羅詩彧の各氏と林田秀樹の13名、リモート参加が鈴木絢女、大泉啓一郎、大岩隆明、小林弘明、伊賀司、加納啓良のメンバー各氏に加え、メンバー外から舘山由子、李婉婷の各氏の8名、計21名であった。
開催日時 第4回研究会・2021年11月1日 13時00分~16時05分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス良心館305教室
テーマ 全体テーマ「日本企業とアジアの挑戦―コロナ後の復興に向けて―」
  1. 日本企業の誇り―東南アジア・マレーシアでの経験から―
  2. アジアのデジタル化 ―コロナ後を見据えて―
発表者 南部 邦男 氏(株式会社ナベル・取締役会長)
大泉 啓一郎 氏(亜細亜大学アジア研究所・教授)
研究会内容  今回の研究会は、研究所による日頃の研究活動の一部を広く一般に還元することを目的とした「同志社大学人文科学研究所 第100回公開講演会」と兼ねて開催した。今回の講演会の趣旨は、日本企業が東南アジアの経済発展に果たしてきた役割と、現在、コロナ禍のなかで顕著に発展してきている東南アジア、東アジアのデジタル化の動向に着目し、日本に住む私たちにとって、将来アジア経済がどのように変化していくなかで生活していくことになるのかについて考えることとした。講演会では、講演者からの発表の後、会場及びオンラインからの質問に対して各講演者が応答し、討論を行った。

 まず、南部邦男氏による報告では、自身が取締役会長を務める株式会社ナベルの世知率経緯や事業活動を題材として、日本企業が東南アジア経済に対して果たしてきた役割について紹介された。鶏卵の自動洗浄選別包装装置、及び非破壊検査装置の開発、製造、販売を主な事業内容とする同社は、マレーシア、上海などアジア地域にも進出している。氏は当初、戦時下の日本が東南アジアで行った占領・統治を理由として、東アジア・東南アジアに現地法人を設立することには躊躇していたという。しかし、実際に進出してみると、20年前のマレーシアではルック・イーストやワワサン2020(ビジョン2020)が掲げられており、日本企業への期待が高まっていた。
 南部氏は、自社経営に関しても利潤動機だけでなく、公益を重視した経営を日本においてもマレーシア現地法人においても貫いてきたことを紹介された。同社のマレーシア工場にも設置されている二宮尊徳像には「勤勉である、うそをつかない、反省を忘れない」という理念が英語で記されており、氏は社内にて情熱をもって伝え続け、浸透させてきたという。氏は、第二次世界大戦後のインドシナ戦争、そしてアフガニスタンからの米軍撤退の事例を挙げて、世界では力による支配が上手く機能せず、国によって異なる価値観と文化を重視するべきであるとの信念を強調された。
 南部氏によると、同社が「会社は社員とその家族のものであり、地域とその国のためのものである」という「自立分散型経営」ともいうべき経営を重視してきたとされる。実際に、同社のマレーシア現地法人は、後継者として華人系マレーシア人に社長を就任してもらい、マレーシア工場を同国の社員、家族のものとするようにしている。

 次に、大泉啓一郎氏によって、コロナ禍にある東南アジアや中国で顕著に発展・普及してきたデジタル化経済について報告が行われた。大泉氏はまず、GDP統計を用いて日本と(日本を除く)アジア地域の経済規模を比較し、近年において後者が驚異的な成長を遂げている点を確認した後、先進国と新興国・途上国とのGDP統計を比較したうえで、21世紀以降に両者の差が縮小してきた背景について、近年の「第四次産業革命」による経済のデジタル化が寄与している点を指摘された。
 先進国地域で開発されたデジタル技術は、現在では、生産技術の伝播を通じて世界中で活用できるようになっている。多くの東・東南アジア地域においても、携帯電話の契約件数が人口数を大きく超えるようになり、スマートフォンが広く使用されている。その結果、特にコロナ禍のアジア地域では電子マネーの使用や電子商取引、配車アプリ、遠隔診療、フードデリバリーなどが発展・普及してきている。例えば、カンボジアではドル化が進む一方、現地通貨リエルの流通は滞るという問題を抱えていたが、デジタル通貨の導入によってリエル取引が増加し、その通貨価値は上昇した。
 上のようにデジタル化が加速するアジアにおいて、日本がこれまで以上にサプライチェーンの各セクターで競争力をつけなければならない点が指摘された。そのためには、日本企業がアジアの大都市でイノベーションを起こそうとしている新興企業を積極的にパートナーとして迎えることが必要であると主張された。日本企業には具体的な3つの段階、つまり①工場などの現場レベル、②グローバル・サプライチェーンのレベル、③現地国のデジタルトランスフォーメーション(DX)への対応が求められるという。

 質疑応答では、南部氏の報告に対して、主に今後の日本企業による挑戦に関連して、高等教育に求められる姿勢などについて質問があり、意見交換が行われた。例えば、「大学が社会に果たす役割とは何か」との質問に対して、大学は「就職予備校」ではなく物事を問い疑う場であり、学生が自主的に考え悩むことのできる場であることが期待されるとされた。
 大泉氏に対しては、政治経済の面から日本社会とデジタル化との関わりなどについて質問があり、意見交換がなされた。氏からは今後、社会でデジタル化が導入・加速されるなかで、これまでに築き上げられたアナログの利点を失うことなく、それを補うかたちでデジタル化を進めるべきという視点が示された。

 今回の研究会参加者は、大泉啓一郎(講演者)、小林弘明、大岩隆明、伊賀司、木場紗綾、加藤剛、西口清勝、上原健太郎の各氏と林田秀樹の9名であった。一般聴衆を含めると、対面約40名、オンライン約50名、全体で約90名の参加があり、コロナ禍、またポストコロナ時代の日本企業とアジア経済に対する高い関心が窺われた。
開催日時 第3回研究会・2021年7月22日 14時00分~16時05分
開催場所 Teamsでのオンライン開催
テーマ コメの国内マーケティングと消費者選好: タイ、ラオス、インドネシアの比較とASEANデバイドの一側面
発表者 小林 弘明 氏(千葉大学大学院園芸学研究科)
研究会内容  今回の研究発表は、ASEANの食料安全保障について、特にタイ、インドネシア、ラオスのコメ流通に着目し、その消費者選好の傾向・特徴についての分析が紹介された。
 問題の背景について発表者がまず示した現状は、タイ、インドネシア、ラオスは、現在、それぞれの1人当り所得に格差はあるものの、中所得国と位置づけられており、コメが一般的な商品として普及していてマーケティングが求められているというものであった。そこで、研究上の課題として発表者は、コメの流通が相対的に低所得者である生産者にとって、より良いバリューチェーンになり得るかどうかという点を挙げている。
 次に、タイ、ラオス、インドネシアにおけるコメの需給・政策・流通について概要を示した後、各地域で行われた消費者アンケート調査の結果を基に、消費者選好の傾向・特徴が説明された。その分析は、有機米、香り米、外国産米等の属性ごとコメが、高・中・低といった所得階層の区分ごとにどれほど需要されているかに関するものであった。
 分析の結果として、タイ・インドネシアでは、購入場所としてスーパー・コンビニの信頼性は高く、コメの品質や規格・認証、生産者のブランド、産地、直販等の面で商品の差別化が見受けられるなど、近代型流通が進んでいると位置づけられた。コメの属性と所得階層の関係について、一例としてプレミアム商品である香り米に着目すると、タイでは高所得層がこれに他のブランド品に比べて高評価を与えていること、また、インドネシアではこれが全体として選好されている点が示された。
 ラオスでは、スーパーで販売される商品への認知度は低い一方で、伝統市場に対する満足度が高い点や、規格・認証については未だ普及していないものの、信頼度は高い点が示された。また、タイ・インドネシアと比較して稲作・精米の技術が低く、大規模な精米所・販売会社が存在しないというマーケティング以前の問題点が指摘され、今後経済成長が進むなかで近代的流通が拡大する可能性が示唆された。

 質疑応答では、調査対象地域におけるブランド米の定義や、コメをはじめとする農作物認証の実施について疑問が投げかけられた。また、高付加価値商品のほかに安価なコメが一定の市場シェアを占める可能性や、調査対象者のジェンダーを考慮する必要について議論された。また、相対的に低所得階層に属する生産者に寄与するバリューチェーン形成という本発表の課題に対して、発表者による調査結果が十分に回答しえているのかという点について議論が行われた。

 今回の研究会はオンライン開催であったが、参加者は、発表者のほか、鷲江義勝、上田曜子、厳善平、岩佐和幸、大泉啓一郎、大岩隆明、木場紗綾、瀧田修一、加藤剛、加納啓良、上原健太郎、張哲(メンバー外:本学大学院グローバル・スタディーズ研究科大学院生)の各氏と林田秀樹の計14名であった。
開催日時 第2回研究会・2021年6月28日 14時00分~17時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ASEANの地域安全保障システム:評価と課題
発表者 木場 紗綾 氏(公立小松大学国際文化交流学部)
研究会内容  今回の研究発表は、ASEANの安全保障について、ASEAN国防相会合(ASEAN Defense Ministers' Meeting, ADMM)及び拡大ASEAN国防相会合(ADMMプラス)に着目し、それらが地域安全保障にどのような効果を上げているのかという点について、ASEAN加盟国からの評価を分析するものであった。
 まず、ASEANの安全保障システムが域外諸国や既存の同盟(米比同盟、米タイ同盟等)にもたらす「道具的効果」の限界について議論しながら、そのシステムが果たす役割についての「表出的効果」という視点からの評価が行われた。発表者は、ASEANが安全保障の分野で主体性を発揮できないなかで、ASEAN加盟国の国防当事者らが依然として、定期的な協議を行う場に止まるADMM、ADMMプラスに期待を寄せるのはなぜかという問いについての検討である。この点について、発表者は、タイの国家安全保障政策を事例として取り上げながら、ADMM、ADMMプラスが、域内国家の問題解決のために協力する舞台となっていること等をその根拠として挙げた。
 次に、ASEAN国防当事者がADMM、ADMMプラスに期待を寄せる原因・背景について説明された。ここで発表者が示した仮説は、ASEAN加盟国の軍がADMMを通じて、①規範(Norm)の伝播を歓迎している、②防衛外交に「自負」または使命感を抱いている、③制度づくりが軍の利益となると考えているというものである。これらを紹介した後、具体的に仮説②、③を中心に分析が行われた。仮説②については、軍の有効性(military effectiveness)という視点から、軍が政治・社会との関係においてどのように評価され、適合していくのかを論じている。次いで仮説③に関連して、各国の政権・統治エリートの支配を脅かす要素が存在しない状態を意味するレジーム・セキュリティ(政権の安全保障)モデルが紹介された。発表者が導いた結論は、ASEAN加盟国にとってのADMMを、このレジーム・セキュリティのための制度として位置づけるものであった。
 発表者は、以上の分析を行ったうえで、日本を含む域外諸国に対して以下の諸点を示唆して報告をまとめた。まず、ASEAN地域の安全保障という視点よりもむしろ、ASEAN加盟国の国防当局の立場を理解した防衛外交を展開するべきであるということ、また、そのような外交を展開するうえで軍の自負に着目することが有効性をもつことである。
 質疑応答では、ADMM、ADMMプラスの起源や沿革や、ADMM、ADMMプラスへの参加に対するASEAN加盟国各々の姿勢・態度の相違(報告ではタイの事例が挙げられていたが、その他、マレーシアやシンガポールなどとの比較が提案された)、また昨今のミャンマーの情勢や、「自由で開かれたインド太平洋戦略」(Free and Open Indo- Pacific Strategy, FOIP)との関わりなどについて、活発な意見交換がなされた。

 今回の参加者は、現地参加が発表者、西口清勝、上原健太郎の各氏と林田秀樹の4名、リモート参加が大泉啓一郎、小林弘明、瀧田修一、伊賀司、中井教雄、大岩隆明、加納啓良各氏の7名、計11名であった。
開催日時 第1回研究会・2021年4月23日 14時00分~17時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 徳照館1階会議室
テーマ
  1. 2021-22年度の研究会の運営方針と課題
  2. ミャンマー政変と今後の行方
発表者
  1. 林田 秀樹(同志社大学人文科学研究所)
  2. 中西 嘉宏 氏(京都大学東南アジア地域研究研究所)
研究会内容  今回の研究会の第1部では、研究代表者の林田から第20期部門研究会最終年度に当たり、昨年度までの活動実績と今年度の活動方針について報告が行われ、年度終了後の最終成果のまとめについて議論された。
 第2部では、2月1日にクーデターが発生し、それ以降民政復活を求める国民への弾圧が続いているミャンマーの情勢について、ミャンマー国軍及び同国軍政史研究の第一人者である中西嘉宏氏をゲストに招いて発表していただいた。以下では、その概要をまとめる。

 発表では、まず、クーデターが発生した2月1日未明に発生したアウンサンスーチー国家顧問、ウィンミン大統領ら政府・与党(国民民主連盟(NLD))幹部の国軍による拘束前後の経緯、並びに同日召集されようとしていた国会が2020年11月の「不正」選挙で選出された議員によって構成されることが「国家の非常事態」に当たり憲法の規定により軍が権力を掌握する根拠となるという国軍側の主張について詳細に説明された。また、クーデター後の国軍による権力掌握の過程についても、解説された。
 次いで議論されたのは、一見して「誰が得をするのか」が明確でない今回のクーデターをなぜ国軍側が引起こしたのか、その動機に関する事柄である。国軍自身が権力掌握の根拠とした「選挙不正」、内政・経済の混乱、国軍の利権確保など、考えられる複数の要因はいずれも動機として妥当性が低い。国軍が指摘する選挙人名簿の不備等は事実としてあったが、そうした不備を補う措置が講じられていたため、そうした不備は選挙結果を著しく歪めた「選挙不正」とまではいえず、国軍による権力掌握の正当な根拠とはなしえない。しかし、選挙に関する不備によって国軍の影響力下にある連邦団結発展党(USDP)の議席が予想以上に伸び悩み、軍人の議席を含めて国会における大統領指名投票で勝利できる水準を割込んでしまったと国軍が読んでいた可能性はある。そのような議会を通じた正当な政権奪取が未遂に終わったということに対する失望が、軍部からの選挙結果の検証に関する諸要求をスーチー氏が拒否したことで、NLD側に「選挙不正」があったという確信に変わり、軍部を強硬手段による権力掌握に走らせた可能性が指摘された。
 この後、国軍の今後の狙いが、国軍幹部を多数登用して国家の統治能力を「強化」するとともにアウンサンスーチー氏やNLD幹部を政治の舞台から一掃しNLDそのものを解党することにあることや、非常事態宣言が解除された後にNLD抜きで総選挙を実施し国軍にとって望ましい政権を樹立することにあることなどが論じられた。
 報告の後、ミャンマー国軍と民間人との関係や、同国の対中・対ロ関係、ASEANによる関与の可能性、傷ついた国民たちに対する必要物資の供給状況等多数の論点について質疑応答が交わされ、予定していた時間を大幅に超過するほど活発な議論が行われた。

 今回の現地参加者は、発表者2名のほか、上田曜子、木場紗綾、加藤剛、西口清勝、西直美の各氏、Teamsでのリモート参加者は、王柳蘭、大岩隆明、瀧田修一、伊賀司、中井教雄、翟亜蕾、西澤信善、加納啓良の各氏、合計15名であった。

2020年度

開催日時 第2回研究会・2020年7月29日 15時00分~17時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ マレーシアのコロナ対応と政変
発表者 伊賀 司 氏(名古屋大学大学院国際開発研究科)
研究会内容  2018年5月に独立後初めて政権交代が起こったマレーシアで、今年3月に再び政権交代が生じた。15年ぶりに政権に就いたマハティール首相から次期首相候補とされていたアンワル氏への「禅譲」絡みの政変で、今さらながらに同国の政情、特に政党(連合)間関係の複雑さを思い知らされる出来事であった。今回の研究会では、こうしたマレーシアの政局と国内外で一定の評価を得ている同国のCOVID-19への対応策についての発表であった。以下では、その概要を述べる。
 まず、発表者からマレーシアにおけるCOVID-19の感染流行の現状とそれに対する政府の対応策について紹介と説明がなされた。発表者によると、マレーシアは3月半ばにASEAN加盟諸国のなかでコロナ感染者数が最も多い国の1つであったが、同時期から実施された政府による活動制限命令(MCO)や強化活動制限命令(EMCO)が功を奏し、現在感染者数を抑え込めているとのことであった。これらの命令は比較的厳格なものであったが、軍と警察の連携、さらにはドローンやコロナ感染者との接触追跡アプリの積極的な導入と活用等によって大きな問題も起こらず実施された。マレーシア政府は制限命令を発出すると同時に経済刺激策もとっており、世論調査からは、これら政策に対する国民の支持が確認できると紹介された。
 このような政策が成功した背景には、マレーシア政府による国民へのリスクコミュニケーションがあったとしている。国民向けに情報を発信する人物を、①ムヒディン首相、②防衛・治安担当の上級大臣であるイスマイル・サブリ・ヤコブ氏、③保健省トップのノール・ヒシャム・アブドゥラ氏の3人に限定したことで、情報の流れをコントロールすることに成功し、とりわけ③保健省トップのノール・ヒシャム氏が科学的な根拠を基に COVID-19について説明したことが、国民による理解を促進し、結果として政府の政策への支持を拡大していると説明された。
 発表者の調査から明らかになったことは、主に相互に関連する以下の2点である。COVID-19によって政治活動が停滞してしまったことが却って崩壊する危険性のあったムヒディン政権を継続させたことと、コロナ対応への評価がムヒディン政権の支持につながっていることである。エリート間の権力闘争によって短期間で二度の政権交代を経験したマレーシアは、現在、非常事態の下での奇妙な安定を維持しているとの評価がなされた。
 質疑応答では、コロナ対応を先導しているマレーシアの官僚(制)やマレーナショナリズムへのコロナの影響、マハティール、アンワル両氏の間の確執と両者の根本的な政治路線もしくはブミプトラ政策に対する姿勢との関係などについて活発な議論と意見交換がなされた。

 今回の参加者は、現地参加が伊賀司、上田曜子、木場紗綾、加藤剛、西口清勝、西直美、上原健太郎、黒杭良美の各氏と林田秀樹の8名、リモート参加が和田喜彦、王柳蘭、岩佐和幸、加納啓良、鈴木絢女の各氏5名、計13名であった。
開催日時 第1回研究会・2020年6月26日 14時00分~17時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 徳照館1階 会議室
テーマ ① ベトナム北部製造業基盤形成における 「<社会的能力>の担い手」誕生プロセスについて
② 2020年度の研究会運営方針と研究計画について
発表者 ① 前田 啓一 氏(大阪商業大学経済学部)
② 林田 秀樹(同志社大学人文科学研究所)
研究会内容  今回は、6月にしてようやく開催された今年度初回の研究会であった。4月以降研究会が開催できなかったのはCOVID-19感染流行の影響であるが、5月末の時点で緊急事態宣言が解除され、会場である同志社大学構内での研究集会の開催並びに参加者の入構についての制限も緩和されたため、研究会の開催を決断し開催に至ったものである。研究会は、現地参加に加え双方向通信システムを通じても参加できる態勢をとった。今回の研究会は標記の通り、二部構成で開催した。以下では、その概要を述べる。
 第一部では、前田啓一氏をゲスト講師に迎え、ベトナムでの調査研究に関する発表を受けた。まず、分析枠組みである「工業化の社会的能力」について説明がなされた。発表者によると、国や地域が工業化を果たす過程において、導入技術の定着・普及・改良過程、技術受入国・企業の「技術形成能力」が重要な役割を果たすとされる。こうした技術受容の過程において必要となる能力を、政府・企業・職場の3つのレベルに分けて分析し、指標化したものが「工業化の社会的能力」の議論である。政府レベルにおいては人的には経済テクノラートが、企業レベルにおいては企業家が、職場レベルにおいては技術者・熟練労働者らがそれぞれの制度的・組織的な役割のなかで技術受容の担い手となり、工業化が推進されていくとされる。
 以上のような「工業化の社会的能力」の議論を踏まえ、北部ベトナムの製造業基盤の形成過程について、アンケート調査を用いた分析結果が報告された。その際、問題意識をもち重視した点は、そもそもベトナム人起業家(アントレプレナー)たちはどれほど存在し、どのような企業活動をいかなるかたちで進めているのか、その背景にある社会的要因とは何かといった問いである。こうした問いを明らかにすべく、企業家の出身・学歴・年齢層・留学経験・業種などを主な項目として調査を行ったものである。
 調査の結論としては、ベトナム北部においては1990年代以降、日本での勤務経験や現地日系企業での勤務経験を活かして、日本人技術者からの技術を習得した若き起業家たちが続々と起業に向かっていることが明らかとなったとされた。また、日本人技術者との出会いとインフォーマルな結びつきを触媒として、ベトナム人の企業ネットワークが幾重にも重なり合う様子が窺える点も報告された。
 質疑応答では、アンケート調査対象の企業や企業家の選出方法に関する事柄や「工業化の社会的能力」論の起源や発展性などについて活発な議論と意見交換がなされた。
 第二部では、研究代表者の林田から、昨年度の研究会開催実績や研究所機関誌『社会科学』へのメンバーからの投稿原稿の掲載実績、並びに来年度以降の研究計画、特に成果公表計画等について報告があり意見交換が行われた。

 今回の参加者は、現地参加が前田啓一(ゲスト講師)、上田曜子、木場紗綾、加藤剛、黒杭良美の各氏と林田秀樹の6名、リモート参加が和田喜彦、関智宏、王柳蘭、小林弘明、太田淳、翟亜蕾、加納啓良の各氏7名、合計13名であった。

2019年度

開催日時 第11回研究会・2020年2月21日 14時00分~16時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 日本企業のタイ進出はタイの経済社会に何をもたらしたか
 ―2010年代におけるインタビュー調査から―
発表者 関 智宏 氏(同志社大学商学部)
研究会内容  今回の発表の問題意識は、大企業や中小企業の国際化とその成果は、海外展開した企業に直接的にもたらされることもあれば、一定の時間を経た後に進出先の経済社会に間接的にもたらされることもあるのではないかというものである。これをもとに、特に日系中小企業の現地進出がタイの経済社会にもたらした影響について検証がなされた。以下では、その概要を報告する。

 まず、タイ進出日系企業数のデータが紹介され、以下の諸点が明らかにされた。第1に、規模が比較的大きい企業は早い段階からタイ進出を行ってきていること、第2に、独立企業のタイ進出は2000年代に入って1980年代後半・1990年代半ばに続く第3次の進出ブームを迎えており、多くの独立企業がタイに拠点をもつようになっていること、第3に、2000年代の進出ブームを支えたのが従業員数300人未満の中小企業だということである。
 次に、日系企業がタイの経済社会に及ぼした影響について、日本人経営者に対するインタビュー調査を基に論じられた。そこでは、相互に関連する3つの影響があることが示唆された。第1の影響は、タイ国内における日系サプライヤー・システムの構築と、タイ現地企業の経営・技術力向上等に対するモチベーションの高揚である。日系大企業と取引のあった企業が追随して現地進出しタイ国内で取引関係を構築するケース、タイの天地企業がこのサプライヤー・システムに組込まれ日本企業との国際合弁で技術供与を受けて製品の品質や技術力が向上してきているケースが紹介された。
 第2に、日系企業のさらなる集積とタイ人の就業機会の増大である。当初大企業で形成されていた日系企業の集積は、日本以外で事業を展開していない企業のタイへの進出動機となった。タイ人の雇用は、これら進出企業によってだけでなく、増加した日本人のコミュニティ形成によっても創出された。
 第3に、日系大企業に勤務する日本人及びタイ人の労働者を中心とした起業家予備軍の形成である。日本人駐在員は、駐在期間が終わってもタイに居住し続け現地企業に雇用されるか独立開業する場合がある。また、日系企業に雇用されていたタイ人労働者が独自に起業する場合もあるようだ。
 最後に、報告者によるこれまでの検証を踏まえて、日本企業の今後の展開可能性として、①顧客起点に立った日本企業とタイ現地企業との共創関係、②タイプラスワンに基づいたダイバーシティ経営の2点が挙げられた。
 質疑応答では、タイ側の日系企業進出の影響に対する認識、現地進出企業の日本経済へのフィードバック、中・韓企業の進出との競合等について、活発な意見交換がなされた。
 今回の参加者は、発表者のほか、上田曜子、大岩隆明、加藤剛、加納啓良、西口清勝、黒杭良美の各氏と林田秀樹の8名であった。
開催日時 第10回研究会・2020年1月23日 15時00分~17時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ Location Strategy of Japanese Multinationals: Evidence in ASEAN and China
発表者 西山 博幸 氏(兵庫県立大学国際商経学部)
研究会内容  今回の報告テーマは、日本の海外進出企業の特性と海外進出パターンとの関係についてであった。具体的には、日本企業の重要な投資先である中国と東南アジア諸国(ASEAN4:タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン)における、企業固有の生産性と立地選択パターンとの関係である。報告では、①「理論分析」と、②実証分析に用いるデータベースを用いた「実態の調査・観測(fact finding)」の結果について発表が行われた。以下では、その概要を報告する。

 まず、理論分析においては、企業固有の生産性を考慮するため、Melitz (2003)を嚆矢とするfirm-heterogeneity model(企業の異質性モデル)を土台とし、そこに海外直接投資(以下FDI)を導入した3国モデル(投資国及び投資先の2国のモデル)を提示した。貿易、FDI、および企業の異質性を考慮した理論研究にはすでに膨大な蓄積があり、日本企業に特化した実証研究も数多く提示されている。しかし、それらの分析の焦点は、主に「生産性と企業形態(国内企業、輸出企業、FDI企業)との関係」を明示することに当てられており、生産性と立地戦略に関する研究はそれほど多くない。
 企業の生産性と立地戦略に関する先行研究には、Grossman et al. (2006)やAw and Lee (2008)などがある。今回の報告は、これらの延長線上に位置づけられるが、最大の相違点は、日本企業を対象としている点、中国とASEAN4への進出戦略の比較を行っている点だとの説明がなされた。
 上記の理論モデルによる分析で明らかにされている諸点は、以下の通りである。
(A) 生産性の最も高いグループに所属している企業は、高賃金国と低賃金国の両方に生産拠点を設置する。
(B) 高賃金国の固定費が低賃金国に比べて高い場合、生産性の最も低いグループに所属する企業は低賃金国のみに、生産性中位のグループに所属する企業は高賃金国のみに生産拠点を集約させる。
(C) 低賃金国の固定費が高賃金国に比べて高い場合、生産性の最も低いグループに所属する企業は高賃金国のみに、生産性中位のグループに所属する企業は低賃金国のみに生産拠点を集約させる。
 次に、この理論予測と現実との整合性を確認するため、経産省の「企業活動基本調査」「海外事業活動基本調査」を用いて行われた実態観察についての報告がなされた。ここでは、進出先を「中国とASEAN4(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン)」と想定したケースと、「中国とタイ」に絞ったケースとの2パターンで実態把握が行われた。前者のケースでは、上記(A)と(C)の特徴が、後者の場合は(A)~(C)の特徴すべてが観測された。
 発表後の討論では、理論モデルの諸仮定の妥当性や、仮定を変更した場合の結論の変化並びにそれを導出する際の困難、あるいは日本以外の投資国を想定した研究が可能かなどの問題について、率直な意見交換が行われた。
 今回の参加者は、発表者のほか、鷲江義勝、上田曜子、中井教雄 、加藤剛、山口雅生(メンバー外、愛知県立大学)、上原健太郎、黒杭良美の各氏と林田秀樹の9名であった。
開催日時 第9回研究会・2019年12月13日 14時05分~16時20分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 「中所得国の罠」に陥ったタイ: 人的資本と学習危機の観点からの一考察
発表者 上田 曜子 氏(同志社大学経済学部)
研究会内容  今回の研究会では、ASEAN加盟国のなかでは相対的に上位の経済発展段階にあるとされるタイが、いわゆる「中所得国の罠」に陥っているのかどうか、陥っているとすればその要因と問題点は何か、特に同国の教育・人的資本形成の観点からこの問題について考える契機を得られないかについての発表が行われた。以下では、その概要を報告する。

 まず、「中所得国の罠」の定義について、厳密に行うは難しいが、およそ「低所得国から中所得国への成長には成功したものの、中所得国の所得水準で経済成長が停滞し、高所得国より大幅に低い所得水準で1人当り所得が伸び悩んでいる国(経済)」とされることが紹介された。そして、その罠に陥る要因としては、労働・資本の投入量増大に依存する資源主導型の成長から生産性主導型のそれへの移行が適切に行われていないこと、低所得国の高成長を促進する要因(低コスト労働力、国外で開発された技術の適用が容易であること)が高位中所得国の水準に到達すると消滅してしまうことが挙げられた。それらを踏まえたうえで、現在のタイは「中所得国の罠」に陥っているとの説明がなされた。その直接の理由として挙げられたのは、タイが先進国の所得水準に到達するために要する年数が推計で90年前後と長いということであった。
 次に、タイが「中所得国の罠」に陥った要因について、成長会計分析による説明が行われ、タイの技術レベルが低く、技術進歩による経済成長が達成されていないためであるとされた。そうしたことから、タイが「中所得国の罠」から抜け出すためには、R&D活動を促進して技術レベルを引き上げる必要性が主張された。
 以上に続き、タイにおける教育の現況に関する報告が行われた。「中所得国の罠」から抜け出すために重要なのは教育の質を改善することであるが、タイでは平均就学年数が増加したにもかかわらず、それに見合った学力の向上がみられないといった「学習危機」が指摘されている。こうした傾向は、同じASEAN加盟国の後発国であるベトナムと比較した場合より明白であり、報告者が東北タイで実施した聞取り調査の結果得られた教育環境の実態にも現れているとことが併せて紹介された。現地の状況を考慮すると、教育環境だけでなく、それを支える農村部の家庭環境・経済状況の改善も重要であることが明らかとなった。
 発表後の質疑応答では、中心国の罠から抜け出るため方策としての「新産業政策論」の必要性、タイの成長と国内の所得分配の不平等度との間の関係等の論点をめぐって活発な議論が交わされた。
 今回の参加者は、発表者のほか、王柳蘭、小林弘明、大岩隆明、中井教雄 、西口清勝、上原健太郎、黒杭良美の各氏と林田秀樹の9名であった。
開催日時 第8回研究会・2019年11月21日 12時20分~15時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ AEC発足以降におけるASEAN共通通貨実現の可能性
 ―ASEANの連結と亀裂を背景として―
発表者 中井 教雄 氏(広島修道大学商学部)
研究会内容  今回の研究会では、通貨・金融危機の発生・波及の抑制や国際決済時の取引コスト・為替リスクの低減に有効ではないかとの問題意識に基づき、AEC(ASEAN経済共同体)発足後ASEAN共通通貨の実現可能性について、主に以下の2つの視点から発表がなされた。1つ目は最適通貨圏(Optimum Currency Areas)の理論であり、2つ目がユーロ圏との比較である。以下では、その概要を報告する。

 まず、共通通貨とは何かについて解説された後、その導入に際してどのようなメリット・デメリットがあるかについて説明がなされた。メリットは先に挙げた取引費用の削減が可能となることなどであるが、デメリットとしては域内各国が独自の金融政策を実行できなくなることなどが指摘された。さらに、通貨統合は経済的相互依存を深めるが、その一方で、経済的相互依存が進展していなければ通貨統合のデメリットが各国経済により大きなダメージを与えてしまうので統合すべきではないとされていること、そして何をその経済的相互依存の指標としているかに沿って、いくつかの特徴的な最適通貨圏の理論について説明がなされた。それらの指標とは、当該地域において、①各国の生産要素(資本・労働)の移動が自由であるかどうか、②各国経済が開放的であるかどうか、③域外からの経済的ショックによって被る影響が域内諸国で同じかどうか(ショックの対称性)、である。
 次に、ユーロの成立経緯と利点や問題点についての説明がなされた。まず、ユーロ導入の歴史的経緯について説明された後、ユーロ導入時における上記の最適通貨圏の諸指標と収斂条件の諸要素(インフレ率、長期金利、財政状況、為替レート)と、現在のASEAN加盟国の状況とを比較することで、ASEAN域内における共通通貨導入の可能性が検討された。
 その結果、ASEAN域内における最適通貨圏の諸指標に関しては、経済の開放度とショックの対称性については概ね満たされているが、生産要素の移動可能性については格差の拡大傾向がみられた。また、収斂条件の諸要素が満たされているとの判断が困難であることも明らかになった。これらから、ASEAN全体の共通通貨導入は時期尚早であること、もし導入するのであれば、すでに収斂条件を満たしている一部の加盟国のみで行い、追って段階的に域内全体に拡大していくという方法が考えられることが指摘された。
 質疑応答では、共通通貨導入をめぐるASEAN内の政治的な意思の有無や評価、国際決済にのみ共通通貨を用いるケースと異同、ユーロ導入前後のEU(加盟国)の状況等について、活発な意見交換がなされた。

 今回の参加者は、報告者の他、鷲江義勝、加藤剛、上原健太郎、黒杭良美の各氏と林田秀樹の6名であった。
開催日時 第7回研究会・2019年10月22日 13時30分~17時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「ミャンマー・コーカンにおける麻薬代替開発と農村貧困」
② 「Digital ASEANの現状と課題」
発表者 ① 翟 亜蕾 氏(京都大学大学院経済学研究科)
② 西口 清勝 氏(立命館大学名誉教授)
研究会内容  今回の研究会は、標記の通り、翟、西口両氏からの2本立ての報告を組織して開催した。翟氏からは、タイ、ラオスとも国境を接するミャンマー・コーカン自治区における麻薬代替開発について、西口氏からは現在ASEAN加盟国で進むデジタル経済化について発表があった。以下にその概要を報告する。

 翟報告は、かつて麻薬原料のケシが盛んに栽培されていたミャンマー・コーカン自治区において、1990年代以降取組まれてきた麻薬代替開発について、以下の2つの問題意識に基づき報告がなされた。第1に、麻薬代替作物として導入されたサトウキビの栽培は、経済的・社会的効果をもたらしたかである。第2に、麻薬代替産業としてのカジノの導入は農村社会と家計にいかなる影響を与えたかである。報告者は、調査対象地での長年にわたるフィールドワークによって収集した詳細な情報、そこからのサンプリング抽出及びータ分析によって、これらを明らかにしている。
 まず、サトウキビ導入がもたらした効果については、栽培によって一定の所得がもたらされたことは確認できるものの、これにかかる労働量を勘案すると、ケシを栽培していた頃より実質所得が低下している可能性のあることが明らかにされた。また、不均等な土地配分に起因して、農村内所得格差が拡大していることが指摘された。これらから、サトウキビ導入による貧困削減は期待通りの効果が得られていないとの説明がなされた。
 次に、カジノ導入がもたらした影響については、カジノへ出稼ぎ労働者の大半を占める未婚の女性労働者による家族への送金行動が検証された。その結果、貧困家計の女性が実家へと必ずしも送金をするわけではないことが明らかとなった。その要因は、彼女たちの結婚行動にあるとの説明がなされた。貧困家計の女性は、そうでない女性とは異なり、親が結婚相手としてアレンジする男性が貧しい男性になってしまうため、結婚に関する因習や貧困農村から脱出しようと自ら結婚相手を探すための投資を行うというのである。ここに彼女たちの消費行動への動機がみられ、実家への送金につながらず、結果としてカジノ導入による貧困削減にもつながっていないとのことであった。

 2本目の西口報告では、ASEAN加盟諸国で近年急速に進展しているデジタル経済化に関し、以下の4点から報告がなされた。第1に、デジタル経済の概要、第2に、デジタルASEANの基礎、第3に、ASEAN域内経済協力の展開、第4に、デジタル時代のASEANの課題である。
 まず、デジタル経済に関しては、標準的な定義はないものの、すでに広範に使用されている概念であり、このこと自体デジタル新技術の導入が経済成長や構造的変化を牽引するものとなっていることを示している。このような潮流を背景に、ASEANでは、デジタル経済への移行が重要課題とされていることが紹介された。しかしながらDigital ASEAN(ASEAN経済のデジタル化)の実現に必要な5つの基礎(①Connectivity、②Skill、③Payment、④Logistics、⑤Policy and Regulations)の構築状況に関する詳細な分析が紹介された後、それぞれについて多くの課題が残されているとの考察結果が示された。
 次いで、Digital ASEAN の現状について、ASEAN経済共同体工程表 2025の進捗度に表れるASEAN域内の経済協力の展開からも考察が加えられた。工程表2025に関するまとまった進捗度調査として知られるマレーシアの民間研究機関・IDEASによる調査報告では、Digital ASEANについての報告は行われておらず、現在のところ参考にすべき報告としては、世銀グループによるものがある旨紹介された。
 以上より、Digital ASEANの現状は初期段階にあって、ASEAN諸国はそれぞれにこの課題に対応しようとしており、その方向性が定まっていないとの評価がなされた。また、各国政府がデータ保護など制度の構築に関して大きな役割を果たすべきであるが、これについてもASEAN諸国間で足並みが揃っていないとの指摘があった。

 それぞれの発表に関して、様々な角度から活発に質疑応答が行われた。翟報告に関しては、カジノの導入をめぐる中国資本の影響の大きさが、サトウキビ栽培の導入を含め麻薬代替開発の現状がすべて順調に進展しているわけではないことをどう考えるべきかが議論の焦点となった。西口報告に関しては、デジタル経済化が東南アジア各国の一般市民の間にどのような政治意識の変化を生出しつつあるか、あるいはその恩恵に与ることの比較的容易な階層とそうでない階層との間の格差を小さくするための方策にはどのようなものがあるかなどが議論された。
 今回の参加者は、発表者2氏のほか、上田曜子、瀧田修一、伊賀司、中井教雄 、西直美、黒杭良美の各氏と林田秀樹の9名であった。
開催日時 第6回研究会・2019年9月20日 14時05分~16時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ブルネイ・ダルサラームにおけるイスラーム銀行の形成過程
発表者 上原 健太郎 氏(京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科・特任研究員)
研究会内容  今回の研究会では、ブルネイにおけるイスラーム銀行の形成過程、イスラーム金融の発展過程について、以下の2つの問題意識に基づき報告がなされた。第1は、ブルネイの銀行部門においてイスラーム銀行の比重が大きい理由についてである。第2は、ブルネイの開発は「イスラーム的」といえるかについてである。今回の報告は、ブルネイの銀行部門の沿革や同国のイスラーム銀行の特徴と位置づけなどを基に、これを明らかにしようとするものであった。以下では、その概要を報告する。

 まず、ブルネイのイスラーム金融機関であるブルネイ・イスラーム信用貯蓄公社(1991年設立)やブルネイ・イスラーム銀行の設立目的について説明がなされた。その第1の目的は、イスラームの連帯義務(ファルド・キファーヤ)を満たすことにあったとされた。これまで、それは同国のイスラーム化政策の1つであり、ムスリム・アイデンティティを強化することに関連すると指摘されてきた。また、これらの金融機関では、小口分野の取引が積極的に行われていたことも先行研究でも明らかにされている。
 そこで、ブルネイ・イスラーム銀行の総資産額の推移と成長率をみると、1993年と2000年に大幅な成長を達成していることが明らかとなった。さらに詳しくみると、2000年の預金額の急増がとりわけ顕著であることがわかった。これについて検証した結果、その背景には、財務省の預金増加によるブルネイ・イスラーム銀行の「政府の銀行」化があったとの指摘がなされた。
 次に、ブルネイの開発路線についての説明がなされた。レンティア国家であるブルネイには、従来、欧米的な開発志向の現実主義派と、イスラーム的な開発志向をもつイデオロギー重視派が存在している。そのようななか、1998年に発生したアメデオ事件を契機に、開発路線がイデオロギー重視に転換されていくことになる。アメデオ事件とは、現実主義派の代表者であったジェフリ・ボルキアが経営権を握る国内最大の王族系企業であるアメデオ社の経営破綻とそれを発端とした不祥事の発覚である。それによって、ジェフリは要職から辞任するに至り、同社の大型プロジェクト中心の開発路線が転換されて、天然資源収入による資産の受け皿機関になったことが説明された。
 以上から、第1の問題意識については、1990年代当初の個人取引の増加と、1990年代末から2000年代にかけての大口取引の増大があったことが要因であるとされた。また、第2の問いについては、イスラーム銀行ができたことにより、「イスラーム的」開発がみられるようになったと結論づけられた。
 報告の途中から、参加者にあまり馴染みのないイスラーム金融の理念や仕組み、ブルネイの国家体制や経済開発路線について、活発に質疑応答がなされた。

 今回の参加者は、発表者の他、上田曜子、中井教雄 、西直美、黒杭良美の各氏と林田秀樹の6名であった。
開催日時 第5回研究会・2019年7月17日 14時00分~16時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ イスラーム的価値観の解釈をめぐる相違と「過激化」問題:タイ深南部を事例として
発表者 西 直美 氏(同志社大学研究開発推進機構、同グローバル地域文化学部)
研究会内容  今回の研究会では、タイ深南部において、初期イスラームへの回帰を唱えるサラフィー主義が、なぜ拡大しているのかについての報告がなされた。発表者は、タイ政府、改革派としてのサラフィー主義、現地の伝統派イスラームの関係性から、これを明らかにしている。また、これに関連して、近年指摘されているタイ深南部のムスリムの「過激化」とは何かについても、同時に検証している。以下では、その概要を報告する。

 発表では、まずマレーシアとの国境に近いタイ深南部におけるマレー・ナショナリズムに基づく分離独立運動の歴史と現状について検討がなされ、タイ政府とタイ深南部現地の社会との間の対立構造が指摘された。
 次に、タイ深南部で拡大しているサラフィー主義とは、どのような思想であるかについての説明がなされた。発表者は、サラフィー主義について、世界的には安全保障上の脅威であるとみなされがちであるものの、タイでは必ずしもそのように捉えられていないと指摘する。なぜなら、マレー・ナショナリズムとタイ中央政府との対立が泥沼化しているタイ深南部において、サラフィー主義者は「あえて」イスラームを拡大することを目的に掲げているためである。つまり、サラフィー主義者は分離独立を掲げていないため、タイ政府と対立するものではないとされているのである。
 他方で、ワッハービーという蔑称で呼ばれるサラフィー主義者は、現地の伝統的慣習を非イスラーム的とするその態度から、マレー・ナショナリズムの要素が強い伝統的社会では否定的にみられてきた。タイ深南部の現地の共同体からは排除されかねないにもかかわらず、現地の人々がサラフィー主義を選択するようになっているのは、タイ政府から敵視されずに、ムスリムとしてよりよく生きていきたいという気持ちがあることがフィールド調査の結果から説明された。
 最後に、近年指摘されるタイ深南部の「過激化」の意味が、タイ政府とタイ深南部の伝統派の間で異なっていることが指摘された。つまり、前者は反政府の武装組織とその支持者を「過激」であるとしているのに対し、後者は共同体の変化をもたらす思想のことを「過激」であるとしているとのことであった。発表を度々遮るかたちで、問題の背景、用語の意味等に関して参加者から質問がなされ、発表者からの応答とそれをめぐる議論で通常より長時間の回となった。発表への関心の高さの現れであったといえる。

 今回の参加者は、発表者のほか、王柳蘭、西田清勝、伊賀司、上原健太郎、黒杭良美の各氏と林田秀樹の7名であった。
開催日時 第4回 研究会・2019年6月28日 15時00分~17時15分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 良心館4階 第2共同研究室
テーマ コーヒー価格の下落とSDGs
発表者 池本 幸生 氏(東京大学東洋文化研究所)
研究会内容  今回の研究会では、コーヒー豆価格の下落とその要因を中心に、それがコーヒー生産者に与える影響とその解決策が目指すべき方向性に関して発表が行われた。発表では、コーヒー豆価格の暴騰・暴落の要因について、諸種のデータを用いた検証が行われるとともに、現在のコーヒー豆価格形成に大きな影響を及ぼしているのは、ヘッジファンドなど投機資金の動きであることが強調された。以下では、その概要を報告する。

 発表では、まずコーヒー価格の乱高下の主要な要因として以下の諸点が指摘できるとされた。その要因とは、①干ばつや霜害等外的要因による生産量への影響、②投機資金と金融政策、③輸出国通貨の対外価値の変動、④BRICS等の新興国での需要増、⑤地球温暖化によるサビ病の蔓延、の5つである。次いでこれらを念頭に、1977年以降のコーヒー豆価格の変動をグラフ化し、そのピークとボトムの時期にどのような現象が生じていたかが検証された。最大のコーヒー生産国のブラジルの環境変化や、コーヒー豆の生産量・輸出入量をグラフに表し比較検討したところ、コーヒー価格の変動と以上の5つの要因に相関がみられる時期と、必ずしもそうではない時期があることが示された。例えば、国際価格が下落しているにもかかわらず市場に現れる需要量にさほど変動がない時期があること、干ばつ(環境)についての評価がコーヒー豆輸入企業と国際組織で異なっていること等である。
 その背景には、コーヒー加工企業の利益優先の取引きや商品先物市場での投機家の動き、生産国の政治体制が与える影響等、実物の需給メカニズムの枠を超えた要因がはたらいている可能性について説明された。このような例から、発表者は、市場は経済学が考えるように有効に機能しておらず、その枠外の生産者—消費者間の結びつきが求められることが指摘された。このことは、「スペシャリティ・コーヒー」の生産やフェアトレードの推進という取組みがあることからも窺える。つまり、「市場」を介さずに、市場によっては解決困難な問題を解決するための仕組みが求められているのである。最後に、そうした仕組みを追求していくことで、日本円で300円のコーヒー1杯当りおよそ2円の利益しか得ることができないとされるコーヒー豆農家が、国連開発計画の主唱するSDGs達成による恩恵を受けることにつながる可能性について言及された。
 質疑応答では、今日のコーヒー栽培事情(栽培形態、栽培技術、栽培地域と栽培品種等)と国際的なコーヒー豆価格との関係、コーヒーの先物市場の機能等について議論が交わされたほか、東南アジア諸国、とりわけベトナムとインドネシアのコーヒー生産事情に関する補足説明が行われ、活発な意見交換がなされた。

 今回の参加者は、発表者のほか、上田曜子、加藤剛、加納啓良、西澤信善、中井教雄、翟亜蕾、西直美、上原健太郎、黒杭良美の各氏と林田秀樹の11名であった。
開催日時 第3回研究会・2019年6月12日 14時00分~16時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 「南シナ海問題」の形成過程
発表者 黒杭 良美 氏(同志社大学南シナ海研究センター)
研究会内容  今回の研究会では、南シナ海問題がどのように形成されてきたかをテーマに報告が行われた。これは、中国、ASEAN、アメリカのそれぞれにとって南シナ海問題がどのような問題であったかに焦点を当てることで、問題そのものが「いつ」、「何を要因として」、「どのように」変化してきたかを明らかにしようとするものであった。変化の過程を捉えるため、報告者は、東西冷戦終焉後から2011年までの約20年間を分析対象としている。以下では、その概要を報告する。

 南シナ海問題の変化を検証するため、同問題を関連して展開されてきた様々な事象(例えば、ミスチーフ礁事件や「行動宣言」合意等)を、中国、ASEAN、アメリカという主要アクター三者がそれぞれどのように評価し認識していたかが検討された。その際に着目されたのは、①各事象の目的と手段(外交的手段か、それとも軍事的・行政的手段か)、②アクターの能力と意図(目的を追求する能力があるか、また意図があるか)、③アクターにとっての南シナ海問題の優先順位(同時期の国内問題・国際問題と比較して優先的に対処すべき重要な問題であったか)、④当時の南シナ海における緊張のレベル(事象が地域の平和と安定に影響を与えていたか)という4つの要素である。
 以上を総合的に分析した結果、南シナ海問題は、係争当事国が領有権を主張し争おうとするものから、領有権問題に限定せずアクターが自身の影響力を維持・拡大するための手段として行使し、アクターによる「秩序への挑戦」を象徴するものへと次第に変化していることが示された。それと同時に、中国、ASEAN、アメリカによる各事象の捉え方は三者三様であるため、このような南シナ海問題の変化が「いつ」生じてきたかは、各アクターそれぞれで異なることも説明された。

 質疑応答では、報告で使用された南シナ海問題の変化に関する図の不明確さ、南シナ海問題の変化に影響を与えた要因の捉え方に偏りがないかという問題、ASEAN加盟国それぞれをより強調する必要性等について、活発な意見交換がなされた。

 今回の参加者は、発表者の他、鷲江義勝、西口清勝、伊賀司、上原健太郎、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の7名であった。
開催日時 第2回研究会・2019年5月21日 10時40分~12時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ インビジブルな越境を追いかけて
―ビルマ系雲南ムスリムのミクロヒストリー
発表者 王 柳蘭 氏(同志社大学グローバル地域文化学部)
研究会内容  今回の発表は、中国、ミャンマー、タイなどに住む雲南系ムスリムの国境を越えた移動と当地での地域社会形成に関するものであった。そこでは、移民や少数民族の「国境の捉え方・越え方」を問題意識とし、発表者のフィールドワークによって得られたビルマ系雲南ムスリムのミクロヒストリーが明らかにされている。ここで報告者が着目したボーダーとは、地図上に記された国境のような可視化されたものではなく、フィールド(現地)に存在する雲南系ムスリム独自の「不可視化されたボーダー」である。以下では、その概要を報告する。

 まず、ミクロヒストリーを「日常的な生活空間や場のなかで、通時的な他者関係を含めた累積的な関係性、過去とのつながりを含めた歴史的な認識」と定義したうえで、以下の3つの視点から、北タイの対ミャンマー国境近くにある雲南系ムスリム社会の歴史的な変遷についての政治・経済的要因からの検討がなされた。3つの視点とは、①交易という視点からみる地域間関係、②国共内戦や冷戦による定住先の北タイ地域への影響、③緩衝地帯としての国境域が果たしてきた役割である。
 以上の分析に基づき、この地域では、19世紀から現在に至るまで、ケシ・茶栽培等の経済活動とモスクや宗教学校の建設等の宗教活動を結びつけ循環させることで、雲南系ムスリムがコミュニティの活動を維持してきたことが説明された。その過程で、19世紀に移住してきた古参者と20世紀になってからの新参者が混在しながらも、婚姻や改宗、ときには警備活動や国籍取得の活動等のかたちで相互の調和を図りながら、この地域の連続性を維持・発展させてきたことが示された。
 一方で、諸外国の外交関係や戦争そのものの影響により、この北タイ地域の共同体には断絶(非連続性)も同時に存在することが紹介された。この点に関しては、今後のさらなる調査が必要としつつも、以上のような雲南系ムスリムの国境の捉え方が、必ずしもその国境を挟む国家間の関係とは連動していないことを示しているとされた。
 質疑応答では、そもそも雲南系ムスリムがボーダーの存在を認識していたのか、それに関連してボーダーを越えるという認識が存在するのか、また、彼らのアイデンティティは民族、宗教等のなかでどの要因に求められるのか等について、活発な意見交換がなされた。

 今回の参加者は、発表者のほか、鷲江義勝、上田曜子、加藤剛、西口清勝、西直美、上原健太郎、黒杭良美、大﨑祐馬、翟亜蕾(メンバー外、京都大学大学院経済学研究科)の各氏と林田秀樹の11名であった。
開催日時 第1回研究会・2019年4月19日 14時40分~17時05分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ①「ASEAN諸国との資源・一次産品貿易をめぐる日中間関係について」
②「第20期の研究会運営方針と2019年度の研究計画について」
発表者 林田 秀樹 (同志社大学人文科学研究所)
研究会内容  本研究は、第19期第6研究(研究課題:「ASEAN共同体の研究:自然資源開発、一次産品貿易と海洋権益の政治経済学」)を引継ぎ、「ASEANの連結と亀裂の研究:供給連鎖・資源・領有権の東アジア的地経学・地政学」を課題として、この第20期の3年間、研究活動を展開していこうとしている。今回の研究会は、その初回であるため、研究報告とそれに関する討論を行ったほか、研究会の研究期間中の目標やそれに向けた活動計画等について議論する機会を設けた。以下では、順にその概要を報告する。

 第1部の研究報告では、ASEANの域外市場との連結に関連して、日本及び中国がASEAN加盟諸国からどれほどの一次産品・同加工品の輸入を行ってきたかについて国連貿易統計(UN Comtrade)を用いて整理し、その時系列データが示す特徴的な傾向を明らかにしようとするものであった。なお、本研究では、ASEAN加盟諸国で産出される資源・一次産品の取引がどのようなかたちで域内外の経済・政治の動向に影響を及ぼすかに焦点を当てているため、ASEAN諸国からの輸入のみが検討の対象とされた。
 まず、「資源・一次産品」の定義については、基本的に「鉱石や鉱物性燃料、農林水産物とその一次加工品」であるものとし、貿易統計のHSコードによる分類が用いられた。2桁分類で28、4桁分類で64の分類を「資源・一次産品」と定義し、ASEAN加盟10ヶ国それぞれから日中両国がどれほどの額の資源・一次産品を輸入してきているかについてすべてのデータを輸出国・年次・品目ごとにソートして、両国の輸入額の変動が示す特徴的な傾向が明らかにされた。観察された傾向のなかで2点のみ列挙すると、以下の通りである。
 1)
中国のASEAN加盟諸国からの資源・一次産品輸入額は、2002~03年を境にそれまでの100億ドル以下から急増し、直近の2017年では700億ドル近くにまで達している。対して日本の年間輸入額は2000年過ぎまで200億ドル前後で推移していたが、中国と同様2003年頃から顕著に増大しピーク時の2012年には65億ドルに達したものの、すでにその前年には中国に首位の座を譲ってしまっていた。2010年に日本のGDPは中国のそれに追抜かれているが、ASEANからの一次産品輸入においてもほぼ同様の地位逆転が生じている。
 2)
日本のASEAN諸国からの輸入に占めている資源・一次産品の割合は、1980年代末の約80%から約10年間で半減しておよそ40%となったが、その後2003年から2010年過ぎまで10%ポイントほど再び上昇してその後再度下落の傾向が顕著となり、現在では約30%となっている。これに対し、中国の資源・一次産品輸入比率は、アジア通貨危機が生じた1997年まで日本とさほど変わらない水準で推移していたが、それ以降顕著に低下を続け、2000年代半ばには20%の水準で最低値が記録されている。
 以上のことだけでも、それを引起しているいくつかの要因が考えられる。中国の一次産品輸入の増大は国内製造業の発展によってもたらされたものである一方、その日本との間の地位逆転は、日本の製造業企業の海外進出とそれによる自国内製造業の衰退・伸び悩みによって促されたと考えられる。また、中国の輸入に占める一次産品の比率の長期的な低下傾向は、当該期間中の同国の経済発展に伴ってASEAN加盟国との間で進んだサプライチェーンの形成により、製造業品の部材・最終財の輸入増大が要因としてはたらいたのではないかと考えられる。
 以上に対し、1990年代のASEANとのFTA締結以前の中国はASEAN加盟国との間にさほど貿易関係を構築できておらず、その期間中に前者の校舎からの一次産品輸入が比率を低下させたとしても、さほどの意味がある観察事実といえないのではないか、2000年代は驚異的な経済成長を遂げる中国の一次産品購入によって、先進国の製造業品の交易条件が悪化したという特殊な時期であったことが考慮されるべきではないかなどの論点をめぐって、活発に議論が交わされた。

 第2部では、まず第19期の研究会活動のまとめが行われ、研究会開催は33回、研究報告は45本に上り、『社会科学』誌上に特集を組んだほか、公開講演会も開催するなどの成果を上げたこと等が報告された。次いで、これを足掛かりにして、『社会科学』誌上で再び特集を組むこと、公開講演会を開催する場合のテーマ、今期研究会の最終年度かその翌年度に研究叢書の刊行を目指すこと等について議論された。

 今回の研究会の参加者は、発表者のほか、上田曜子、和田喜彦、西直美、大岩隆明、中井教雄、加納啓良、西口清勝、黒杭良美、上原健太郎の10名であった。