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第6研究 ASEAN共同体の研究:自然資源開発、一次産品貿易と海洋権益をめぐる政治経済学 研究代表者:林田 秀樹(人文科学研究所)

本研究会の目的は、ASEAN経済共同体に関連して、域内外諸国間の自然資源開発、一次産品とその加工品の貿易、並びに海洋権益をめぐっての相克が、どのようにASEAN共同体全体の運営に影響を及ぼすかについて学際的・実証的に解明することである。具体的には、以下の諸事項について調査するとともに、各事項がASEAN共同体の運営に与える影響について解明することを目指す。
(1) ASEAN加盟諸国の自然資源開発、一次産品貿易の現状と制度・政策
(2) ASEAN域内での製造業部門の供給連鎖形成とASEAN共同体制度の利用、及びその一次産品需要への影響
(3) 南シナ海上で生じているASEAN加盟国-中国間の権益衝突
(4) 海底資源、漁業資源をめぐるASEAN加盟諸国間の権益衝突
(5) ASEAN経済共同体の制度とその中での自然資源・一次産品の位置づけ
調査研究はメンバー各自か、もしくは任意のサブ・グループで行い、定例研究会でその成果を交流し、共同研究としての成果形成を目指す。

2018年度

開催日時 2019年2月19日 12時20分~14時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 東アジア地域包括的経済連携(RCEP) ―同床異夢の貿易協定の行方―
発表者 関根 豪政 氏(名古屋商科大学ビジネススクール)
研究会内容  今回の発表は、2011年に提唱されたRCEPが、なぜ今日に至るまで締結されないばかりか顕著な進展がみられないのかについて分析し、交渉の行方と日本との関係に関して詳細に紹介がなされた。以下では、その概要を報告する。

 まず、RCEPの基本的事項について、以下の諸点が指摘された。①RCEPはASEANを中核とした点に特徴をもつが、それゆえに交渉がなかなか進展しない。②アジア圏を含む経済連携枠組として、特にTPPとパラレルに捉えていく必要がある。③RCEP交渉は、2018年に18の章で7つの交渉が妥結しているが、このなかで最大の阻害要因がインドの存在である。
 次に、交渉の阻害要因としてのインドの主張に焦点が当てられた。交渉の争点は、物品貿易、サービス貿易、知的財産権、投資・国家紛争(ISDS)といった分野であるが、物品貿易に関してインドは特に低い自由化率を提案していた。これが、他国の提案と大きく乖離していて交渉難航の要因になっていると思われる。インドが市場開放に消極的な要因には対中貿易赤字への懸念が指摘されている。貿易救済措置に関して、インドは中国に対し数多くのアンチダンピングを発動し、補助金相殺関税をRCEPメンバーでは唯一中国に対して発動していることにも、対中警戒感の根深さが表れている。これとは対照的に、サービス貿易に関してインドは、豊富なIT人材を抱えているためサービス提供者の自由移動に積極的であるのに対して、外国人労働者問題に敏感なASEAN諸国は反対している。知的財産権に関しては、インドが特許保護の強化に反対する一方、日韓は強化を要求している。ISDSに関しても、投資受入国であるインドは消極的である一方、日韓など投資国は積極的であり、立場の違いが鮮明である。
 さらに、RCEP自体に内在する問題については、巨大FTA圏の実現、個別の二国間FTAの一括化、米欧を含まない日中印貿易ルールの実現がメリットとして指摘できるが、懸念事項にはRCEPの実現可能性、インドの異質性、米国の関与の可能性が挙げられる。また、日本は米欧と三極貿易大臣会合を通じてルール設定を協議しているが、これとの齟齬や、RCEP締結に伴い中国から非市場経済国認定の解除を迫られる可能性も懸念される。そうであれば、安易にRCEPを低いレベルで妥結することは望ましくなく、政治的資源を割く必要はないのではないか。

 質疑では、インドにおける知的財産に関する社会活動の動向、非市場経済国認定を巡る日米中の思惑や交渉途中でイシューとなる可能性、RCEP締結に向けてのASEANの立ち位置、国際経済法の専門家が通商政策を見る際の姿勢、インドのISDSに関する姿勢やRCEP交渉開始の経緯等に関して、+3や+6といった枠組みの区別やTPP−11の拡大に絡めて今後のアジア圏における広域経済連携交渉の見通し等に関して闊達な意見交換がなされた。
 今回の参加者は、報告者の他、厳善平、上田曜子、大岩隆明、木場紗綾、中井教雄、伊賀司、渡邉美穂子、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の10名であった。
開催日時 2019年1月12日 14時00分~17時20分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 良心館1階 102番教室
テーマ ・統一テーマ 「ASEAN—日本間の利害関係と東アジアの将来: 資源・一次産品・領有権の視点
 から」
・基調講演 「ASEANは生き残れるか? 分裂を誘う経済統合、南シナ海、人権問題」
・パネル報告
 ① 「資源をめぐる日本―東南アジア関係の今昔」
 ② 「中国と日本、ASEANの経済関係」
 ③ 「日中の広域ビジョンと東南アジア援助」
発表者 基調講演: 寺田 貴 氏 (同志社大学法学部)
パネリスト:
① 林田 秀樹 (同志社大学人文科学研究所)
② 厳 善平 氏 (同志社大学大学院GS研究科)
③ 大岩 隆明 氏 (山口大学経済学部)
モデレーター:西口 清勝 氏 (立命館大学名誉教授)
研究会内容  今回の研究会は、第19期における当部門研究会の研究活動の成果を一般に還元するために、「同志社大学人文科学研究所 第92回公開講演会」と兼ねて開催した。統一テーマは、経済的プレゼンスを増す中国と米国の相克のなかで、両超大国から政治的・経済的影響を強く受けるASEAN(東南アジア諸国連合)加盟諸国と日本との関係の現状と展望について、資源・一次産品・領有権といった諸問題に焦点を当てて論じながら、あるべき東アジアの将来について考えることを趣旨に設定したものである。前半では各講演者からの発表が行われ、後半ではモデレーターのコメント及び問題提起を受けて各登壇者が応答し、フロアからの質問にも応対した。以下では、その概要を報告する。

 まず、寺田氏による基調講演は、ASEANの地域協力機構としての今後に関して、経済統合、南シナ海、人権問題をめぐる諸問題を論じるものであった。ASEANという組織には、内政不干渉原則と各加盟国主権の問題が常についてまわる。本講演の主なメッセージは、この内政不干渉原則を変更することを検討しなければ、現在、米中2極時代にあるなかでASEANが埋没してしまうのではないかという危惧があるというものである。
 ASEAN固有の特徴として、1)実のない声明に終始する外交(トークショップとも揶揄される)、2)コンセンサス主義に基づく意思決定や非拘束・内政不干渉を原則としたASEAN Way、3)南シナ海問題など重要課題についてほぼ無力でありながら加盟10ヶ国で域外外交政策の中核となっているASEAN中心性、といった側面がある。米中間の政治経済摩擦やTPP−11やRCEPなどの地域統合枠組みをめぐるダイナミズムのなかで、ASEANは、低い域内貿易比率や大きな域内経済格差、AECの低調な域内企業からの認知度・利用度やASEAN―X方式による広域経済統合枠組みへの個別参加問題(結果としてASEAN諸国を分断)を抱えており、地域機構として一貫した対応ができていない。
 また、南シナ海をめぐる領有権問題でも、ASEAN主導の対話機能の限界を露呈している。毎年秋に開催されるAPEC及びASEAN関連のサミットにおいて、米中の基本的外交・安保アプローチをめぐる覇権争いが際立つこととなり、その場を提供するASEANは東アジア協力運営のあり方にも大きな波紋を投げかけている。例えば、2013 年に中国とASEANは法的拘束力のある南シナ海「行動規範」策定に向けた公式協議を開始したが、中国は締結に向けた関与の素振りをみせるものの、実際は殆ど進展していない。結局、その間は中国にとって実質的な時間稼ぎとなり、南シナ海の実効支配を拡大させるに結果となった。
 人権問題に関しても、ロヒンギャ問題のような典型例を始め政治的なディバイドを露呈しており、国内人権機関は域内諸国でもインドネシア、フィリピン、マレーシア、タイが保持するのみに限られる。他方で、昨今の事例としてJakarta Postで展開されたタイの軍政批判がタイのNation紙において共有されるなど、ASEAN政治ディバイド解決に向かい民主化を支持する域内メディアの声が散見されることは評価したい。
 まとめとして、これらASEANの抱える問題はASEANが組織としての連帯性に欠けることに集約される。ASEAN Wayと称される内政不干渉やコンセンサスに基づく意思決定制度は、ASEANが一つの立場に収斂することを妨げており、ASEAN Voiceを形成することが困難であるのみならず、諸問題への対処そのものを不可能にしている。ますます激化する米中の大国間競争に飲み込まれず、自らの立ち位置を鮮明にして自らの役割に対する世界と東南アジア諸国民からの信頼を勝ち得るには、以上の諸課題へのASEANの対応の仕方が増々問われている。

 最初のパネル報告である林田報告では、資源・一次産品に注目して、日本の東南アジアからの輸入構造の変化と現在同国・地域間に現れてきている貿易以外の経済関係にみられる兆候が紹介された。戦前より日本は、東南アジアの豊かな自然資源や農水産品に関心をもち、戦後も同地域を工業製品の原料供給地と位置づけてきた。特に、石油等の化石燃料や鉄鉱石等の鉱物資源、あるいはゴム、砂糖を始めとする熱帯・亜熱帯作物を原料として生産される一次産品加工品が、主要な輸入産品であった。現在も資源をめぐるそのような関係は継続しているが、現地での製造業品の生産が高まるにつれて東南アジア諸国から日本への資源・一次産品輸入がもつ重要性は低下してきており、むしろ中国がそれらの消費地としてプレゼンスを高めている。その一方で、かつての日本—東南アジア関係とはかたちを変えた関係が発展しつつある。具体的には、日本資本による東南アジアの各地における資源・一次産品部門への投融資が増加することで、同部門での生産が促され、最終的に中国を消費地とする経済的プロセスが完結するモデルが指摘されよう。これは、東アジア大の経済圏への日本の投融資の貢献と捉えることができるが、日本経済自体にとって必ずしもプラスになるとは限らず、また、東南アジアの自然環境への影響について日本の投資家などが関心を払う機会がないという問題も存在する。

 第2パネル報告の厳報告では、まずGDP統計を用いて中国の経済規模の驚異的な成長が確認された後、貿易統計により中国と日本・ASEAN・米国の間の貿易関係の急激な変化がトレースされた。そのなかで、経済的に台頭する中国をどのように捉えるかについて、概して現状変更と受け止められがちな展開を、大きな構造変化と捉えるべきという問題提起がなされた。具体的には、中国経済の奇跡はチャイナリスクや中国脅威論との印象があり、中国の海洋進出は力による一方的な現状変更であると受け止められている。しかし、中国の経済的な台頭の大きな特徴として、1)中国経済の成長に伴って世界経済における中国のプレゼンスが大きく向上したこと、2)日本、ASEAN諸国、中国それぞれの対外貿易においても大きな構造変化が統計データから観測されること、3)特にASEAN諸国にとっての日米両国の経済的地位が大きく下がったのに比べて、中国が急上昇したことが指摘された。他方で、中国にとって米国の経済的重要性は高位安定しているが、ASEAN諸国との間の貿易関係は大きく伸長する傍らで日本のプレゼンスは半減してきた。こうしたことから、中国のプレゼンスの増大を力による現状変更と捉えることは国際政治や安全保障の問題をクローズアップさせた捉え方であり、新しい時代のウィンウィンの関係である中国とASEAN諸国との経済関係は構造変化と受止めるべきであるとされた。

 最後に、ゲストである大岩氏からの報告では、中国主導の「一帯一路イニシアティブ」と日米が提唱する「インド太平洋ビジョン」に着目しながら、両構想が交差する東南アジアに対する援助がどのように変容してきたかという問題に焦点が当てられた。日本の近隣地域認識は、「アジア太平洋」から現在安倍政権下で推進されている「自由で開かれたインド太平洋」まで移り変わってきた。東南アジアは、インド洋と太平洋を結ぶシーレーンの要衝にあるため、従来日本にとってエネルギー安全保障の観点から重要な援助対象地域であった。
 一方、中国の近隣外交は1990年代になるまで殆ど展開されることはなかったが、1990年代以降、天安門事件・冷戦終結を契機とした孤立から脱するために、周辺地域をとの多国間外交に積極的に取組んできた。習近平体制になってからは、重点がアジアもしくはユーラシアにシフトしてきており、2013年にはシルクロード経済地帯と海のシルクロードを共に建設する一帯一路イニシアティブが提唱された。これは、いわゆるマラッカ・ディレンマを回避することが主目的と解されている。中国は、東南アジア地域への開発援助基準を有しておらず、透明性の低さや債務の健全性等の問題点が指摘されている。東南アジアは、異なる広域ビジョンのなかで重要性が増々高まる一方、これらにどう関与していくかと同時に、大陸部と島嶼部における開発の方向性の差異や独自の地域課題についての対応していかねばならない。

 以上の講演・報告を受け、モデレーターである西口氏よりそれぞれ建設的なコメントがなされ、講師・パネリストからリプライが行われた。主な指摘を挙げると、寺田講演についての「これまでもASEANは危機を経験しそれを克服してきたことをどう評価するか」という指摘、林田報告についての「日本はすでに、国際収支上で『成熟した投資国』となっているのであるから東南アジアへの投融資に関する指摘も当然の傾向ではないか」というなどである。フロアからの質疑では、これまでのASEANがASEAN Wayの下で50余年に渡って果たしてきた役割をどのようにみるかという寺田講演への問いや、市民社会レベルでの意見表明にみるASEAN域内での文化・社会的側面の動向の展望が取り上げられた他、林田・厳報告における統計の捉え方に関する指摘や、大岩報告で確認されたASEAN諸国を取巻く複数の広域ビジョンが、なぜ、どのように展開してきたのかという重要な諸論点に関して、闊達な意見交換が行われた。

 今回の研究会参加者は、登壇者5名のほか、王柳蘭、鷲江義勝、西直美、加藤剛、大崎祐馬各氏の計10名であった。これに一般の聴衆を合わせると、全体で約80名の参加者があり、ASEANと日本との関係への関心の高さが窺われた。当部門研究会にとっても、今回の研究会/公開講演会は、昨夏刊行の『社会科学』48(2)に組んだ特集と併せ、3年間の活動を総括して次期の活動に橋渡しする重要な契機となった。
開催日時 2018年12月18日 12時20分~16時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① ラオスの経済発展と中小企業
② ラオス経済特区と日本企業の進出
発表者 ① サヤボン・シティサイ 氏(ラオス国立大学 中国研究センター所長)
② 瀧田 修一 氏(東亜大学人間科学部)
研究会内容  今回の研究会では、発表者2人の共同研究の経過報告として、ラオス経済の概況から経済発展計画、当地への日系企業の進出状況等に関して、ビデオや写真などの資料を豊富に用いながら詳細な報告が行われた。発表は、前半についてはシティサイ氏、後半については瀧田氏が主に担当したが、途中で2人が何度か交代して行われた。以下ではその概要をまとめて報告する。

 まず、発表の前半では、ラオスの改革期以降の動向が、1986年11月の新思考チンタナカーン・マイ政策から1997年のASEAN加盟、2013年のWTO加盟を経て2015年ASEAN経済共同体(AEC)の創設に至るまで解説がなされた。そのなかで、昨今注目のラオス横断高速鉄道や同国の貧困状況などに関するデータも併せて紹介された。ラオスは、20年以上にわたり継続的な経済成長を記録しており、2006年から2015年までの年平均成長率は7.9%、一人当たりGDPも2017年に2,500ドル以上(1986年時、149ドル)、FDIも2017年には18億ドルへ増加(中国56%、ASEAN域内15%、韓国12%、日本9%)している。産業部門別FDIフローでは、電力49%、建設業14%、鉱業・採石業11%、農業加工製造業9%、金融・保険4%となっており、目下、第8次国家社会経済開発5ヶ年計画で、貧困根絶や生活水準向上、一人当り所得を2030年までに15年比で4倍化すること等の目標が掲げられている。
 次に、AECによる経済統合の文脈に関連させてラオス経済の動向が報告された。ラオスは、2018年にASEAN域内での関税撤廃を達成したが、国内財政基盤維持のために非関税障壁やVAT引上げなどの逆行する動きもみられる。貿易相手としてはASEAN諸国が多く、輸出はタイ36%、中国31%、ベトナム17%、輸入はタイ62%、中国18%、ベトナム10%、日本2%である。ラオスは他のASEANと比較して豊富な自然資源や発電量、安価な労働コストなど豊かな経済的条件を有し、投資家にとっても魅力的である。同国への進出外資企業を概観すると、中国、タイ、ベトナム、日本が存在感を示しているが、自動車部門では韓国勢のシェアが非常に大きい。他方で、物流コストが他国に比べて高く、国境通過や通関手続きに時間がかかることが依然として参入障壁となっている。ASEAN内でも英語力は高い方ではなく、持続可能な開発目標とビジョン2030の達成に当たって、他の域内諸国との厳しい競争が予想される。これら諸問題の要因としては、70~80年代に米国や豪州、欧州へ亡命した者が多いこと、現在の指導層も共産圏への留学者が多く、市場経済運営に詳しい者が多くないという事情もある。
 経済特区(SEZ)に関しては、2013年2月にラオスがWTO正式加盟を果たしてから、内外無差別の原則の下に各種奨励法を統一投資奨励法に改訂し、現在16のSEZが始動している。その種類には、工業団地や観光・都市センターに特化したもの、貿易と物流ゾーンに特化したものなどがあり、政治経済的な安定性やタイとの言語的親和性、安定的で低コストの電力供給、輸出特例などの比較優位をセールスポイントに、開発成果を上げている。特に、ラオスの労働力は、全人口のうち25歳未満人口が過半数を占め、特殊出生率も2.82人、業種別構成では農業70%、公務員7%、会社員6%で、ASEAN諸国のなかでも最も人口が伸びるポテンシャルを有している。近年の問題点としては、毎年15万人前後増え続ける労働力供給を雇用する受け皿がなく、雇用機会を求めて稼ぎのよいタイ等に出稼ぎに向かう傾向が加速していることである。こうしたなか、国別投資額では中国が全体の3分の2を占める圧倒的な投資を行っており、国境付近では中国人警備員によるパトロールが実質的に行われているという実態もある。
 現在の在留邦人は900人弱で、日系進出企業数も143社と緩やかな増加が確認されてはいるが、それらは首都ヴィエンチャン(製造業・サービス業)やサバナケート(製造業)、パクセー(製造業)に集中しており、タイ+1型の進出が大半である。戦略的地理的位置づけについては、周辺流通のハブとして機能する目標を掲げ、従来いわれていた「ランド・ロック」から「ランド・リンケージ」への脱却を目指す最中にある。
 質疑では、中小企業に関する定義や非公式の私的金融システムの存在からドルの流通、地域間格差に関して活発な意見交換がなされた。報告のなかで、JETRO Global Eyeのラオスに関する映像も視聴し、具体的な現状とイメージを共有することができた。

 今回の参加者は、発表者の他、上田曜子、加納啓良、西口清勝、大﨑祐馬、呉浚生(メンバー外、国連大学)の各氏と林田秀樹の8名であった。
開催日時 2018年11月20日 14時00分~17時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 米中の間で揺れる東南アジアの外交と日本の関与
② 21世紀のインドネシア経済~スハルト政権後20年間の変容~
発表者 ① 木場 紗綾 氏(公立小松大学国際文化交流学部)
② 加納 啓良 氏(東京大学名誉教授)
研究会内容  今回の発表は、2人の研究会メンバーによるものであった。一方は東南アジア全体の外交、特に安全保障外交とそれへの日本の関与に関するものであり、他方はASEAN加盟国のなかの最大市場であるインドネシア経済のスハルト政権崩壊後の展開に関するものであった。以下では、それぞれについて概要を報告する。
 
東南アジア主要国が米中の間で揺れ動いている近年、経済面では様々な統合の可能性があるが安全保障面では行詰っているといえる。木場氏の発表では、その現状分析と、日米、特に日本が東南アジア主要国及びASEANに対してとるべき姿勢についての提言が報告された。
 結論として日本は、安全保障面での東南アジアの価値観を尊重し、従来よりも柔軟で多元的な支援をするべきであるとされた。中国という柔軟で多元的過ぎる援助ドナーの出現により、従来のアメリカのように強固な姿勢をとるだけでは、東南アジアは中国に吸寄せられていくことが容易に予想できるが、そもそも東南アジア諸国は米中のどちらかを選択しなければならないといった二元論的な捉え方はしていない、という認識の違いを日米は理解すべきである。
 昨今の最重要関心事とされている南シナ海問題に関してみてみると、近年のASEAN首脳会議や外相会談でも、ASEANとして明確な立場をとっていないのが現状である。ASEANは、域内のあるいは世界的な問題に関しASEANとしての統一姿勢を示すことを最重要視しているためである。
 発表者は、本来、大国の同盟戦略を分析する概念である安全保障上の概念「勢力均衡(バランス・オブ・パワー)」に対する一部の誤解も指摘したうえで、中国からの脅威と経済的利益(誘導)を独立変数とし、対中認識と外交態度を従属変数とした先行研究には、修正が加えられるべきであると述べた。新たな変数を加えた解釈が必要とする立場から、「脅威」は中国からの脅威のみか、「誘導」の効果は相対的なものではないのか、ASEANの「小国間アプローチ」は現実的か、という3点に焦点を当て、主要国リーダーの発言、報道やインタビューなどが紹介された。
 以上の現状認識を踏まえ、日本のASEAN及び同加盟国への関与の仕方として、ASEAN国防大臣会議等を活用した防衛協力、南シナ海における関係国の行動規範策定プロセスの側面支援等、各国の「脅威」認識及び東南アジア諸国が域外大国から享受する経済的な利益の多元性を十分に理解し、柔軟で透明性の高い支援を提供することが必要であるとされた。
質疑では、同じ地域協力機構としてのEUとの比較や、ASEAN各国の外交政策はあってもASEANとしての外交政策はないのではないかという論点をめぐって、活発な意見交換、議論がなされた。

加納氏の発表は、1998年のスハルト政権崩壊以降の20年間におけるインドネシア経済の変化について、特に主要産業部門、対外部門に焦点を当て、詳細なデータに基づいて分析するものであった。
 スハルト政権崩壊後、ハビビ、ワヒド、メガワティという過渡期3政権期に 地方分権化を始めとする制度改革が行われ、その後の経済成長の基盤がつくられたといえる。2000年代半ば頃から経済成長の軌道は安定化し、2008年のリーマンショックの影響もさほど受けず、1人当り所得が上昇して中所得国へと発展していったのである。産業部門別にみると、農林水産業は対GDP比率を低下させているが、パーム油原料のアブラヤシ生産や養殖漁業が成長してきている。エネルギー・鉱業部門でも石油生産が縮小して対GDP比が低下する一方で、石炭の生産・輸出が伸びて経済成長を牽引する役割を果たすようになるという変化がみられた。製造工業部門では、対GDP比が低下する一方で大企業による付加価値生産の比率が高まり、中小零細企業のそれが低下するという「二重構造化」傾向が窺える。これらに対し、建設業、運輸・通信やサービス業等の都市型産業が急成長して産業構造変化の要因となってきた。
 続いて対外部門の構造変化に関して、以下の諸点が指摘された。まず、貿易構造の変化に関連する事柄である。最近20年間では、輸出入双方の相手国として日米欧の占める比率が低下する一方、中国、並びにASEAN加盟諸国の比率が上昇してきているという傾向がある。これに対し、対内直接投資については総額が急増してきた点、並びに日本のプレゼンスが依然として高く中国の伸びは貿易と比して精彩を欠いている点等が指摘された。これは、中国企業の関心が建設・インフラ部門や資源開発投資に偏っていて、広範な産業部門に及んでいないこと等が要因としてはたらいていると考えられる。他方で、シンガポールからの投資の伸びが際立って顕著である。このことには、通貨危機直後の経済混乱期に華人系財閥企業のシンガポールへの本拠移転という特殊事情が要因となっているものと推測される。また、これらの総合結果として、貿易収支の黒字幅縮小と(第一次)所得収支の赤字幅増大による経常収支赤字の恒常化という国際収支の構造変化が生じていることが指摘された。
 質疑では、インドネシア企業のASEAN諸国への進出状況や、スハルト政権期以来のインドネシアの経済発展戦略の特殊性に関する質問に対し、発表者がこの数十年間の現地での見聞及び調査分析を交えた具体例を列挙して応じ、活発な意見交換がなされた。

 今回の参加者は、発表者2氏のほか、鷲江義勝、厳善平、和田喜彦、西口清勝、日下渉、伊賀司、渡邉美穂子、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の11名であった。
開催日時 2018年10月23日 15時00分~17時20分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ デジタル化するアジア〜アジア経済論4.0を見据えて〜
発表者 大泉 啓一郎 氏((株)日本総合研究所調査部)
研究会内容  今回の発表では、報告者の近著である『新貿易立国論』(文春新書)の内容に沿ってアジアにおけるデジタル化の現状と展望が示され、それに即して日本経済がどのような方向に今後の活路を見出すべきかに関して詳細な報告が行われた。以下では、その概要を報告する。
 まず、副題中の「アジア経済論4.0」について、末廣昭氏の議論によりながら「1.0」の従属論の時期、「2.0」のキャッチアップの時期、「3.0」の中国の台頭及び新興国の興隆の時期というトレンドを経て、現在はデジタル化に特徴づけられる「4.0」の段階にあるという。そのなかで日本経済の相対的な地位は凋落し続け、中国にGDP規模で抜かれた2010年以降日本を除く東アジア(ASEAN10ヶ国+韓国・台湾・香港)の名目GDPは3倍以上の規模にまで拡大している。デジタル技術の活用は新興アジア諸国でも可能であるため、現在のデジタル化経済のなかではアイディアに基づく企画力が求められている状態にある。
それでは、日本はこうしたデジタル化にどう対応すべきか。この問いに対し、かつて貿易大国であった時期の「メイド・イン・ジャパン」ではなく、新興国のデジタル化を活用する「メイド・バイ・ジャパン」という戦略が提唱された。すなわち、長年にわたりASEAN加盟諸国に展開されてきている日本企業の産業集積を活用し、デジタル化という新たなツールを用いて従来のサプライチェーン上でいかにより効率的・競争的なコンソーシアムを形成していけるかを考えるべきとされた。
 さらに、デジタル化に対応する別の方策として、メイド・イン・ジャパンの再活用についても検討された。デジタル化が浸透した現在、価値を認めるものであればいくら価格が高くともそれに見合う満足度を享受するために消費活動を行うという購買層が存在する。中国及び他のアジア新興国は、現在、市場としても大きく期待されており、各国のメガ都市には予想以上の高所得層が存在する。デジタル化の浸透で大都市と地方の格差がさらに拡大していく一方で、こうした高所得層の消費活動が一般大衆にも可視化されるようになり、中所得層も同様の消費活動をする傾向がみられる。日本で外国人観光客が急増し、日本文化への関心が高まっている今こそ、技術のブラック・ボックス化とオープン化、コンソーシアムの形成及びポジティブな意味でのガラパゴス化を推進し、そうした購買層に受入れられる特定製品の輸出競争力を向上させて、付加価値重視の輸出増に努めるべきである。
 質疑では、アジア経済論4.0に至るフェーズ間の相違、同4.0のインパクトと日本社会にとっての意味、アジアにおけるデジタル経済化と民主主義の関連性、中国の台頭、日本は貿易立国というより海外投資立国ではないかとの指摘など、新たな局面を迎えたアジアの現実に対して、日本はどのように向き合い学ぶべきかについて、闊達な意見交換がなされた。

 今回の参加者は、発表者のほか、鷲江義勝、厳善平、関智宏、西直美、加藤剛、西口清勝、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の9名であった。
開催日時 2018年9月25日 12時20分~14時20分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 扶桑館4階 F411教室
テーマ ブルネイ・ダルサラームにおける経済多様化政策の変遷とその特徴
発表者 上原 健太郎 氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・特任研究員)
研究会内容  ブルネイ・ダルサラーム国(以下、ブルネイ)の経済が豊富な賦存量を誇る石油・天然ガスの生産・輸出に依存してきたことよくは、つとに知られた事実である。しかし、そうした状態から脱却する試み=経済を多様化させようとする試みも行われてきた。今回の発表は、ブルネイで展開されてきた経済多様化政策の背景、変遷、内容、特徴について報告された。特に、経済多様化政策の中でイスラーム金融が占める比重は高く、発表ではその意義について詳細に紹介された。以下では、その概要を報告する。
 ブルネイは、2016年時点の人口が約42万人で、民族別構成比は、マレー系66%、華人10%であり、宗教別人口ではイスラーム教徒が約79%を占めるほか、キリスト教徒が9%、仏教徒が8%となっており、「マレー、イスラーム、君主制」を国是としている。1人当たりGDPはシンガポールに次ぎASEAN加盟国中第2位の約2万7千米ドル(2016年)であり、石油・天然ガス産業が名目GDPの5割以上、輸出額の約9割を占めている。1930年代以降、ブルネイは大英帝国の中でも主要な石油産出地であり、独立後の現在でも石油・天然ガス産業関連からの財源が国家財政を支えている。
 次に、ブルネイでは独立以前から開発計画のなかで経済多様化を目指してきており、石油・天然ガス以外の産業振興が志向されてきたことについて紹介された。現在では、ヴィジョン2035(前掲の国是に基づく経済発展ビジョン)を掲げ、その下で経済多様化が目指されている。他方で、ハナサル・ボルキア国王の弟ジェフリ・ボルキア殿下が経営していた王室直属会社の倒産に端を発するアメデオ事件以降、イスラーム系銀行はブルネイの国是の一つであるイスラームの理念と開発とが統合した存在として、ブルネイの金融部門で存在感を増すことになった。今後それが、官民格差の著しいブルネイにおいてどの程度同国の経済多様化に資する存在となるか注目されるところである。
 質疑では、労働力についてどの地域で、どのような業種・ポジションに集中しているのか、TPP交渉におけるブルネイの立ち位置や同国における外国人の扱い(内国民待遇やブルネイ版のマレー優遇措置など)、そもそもの国家体制などブルネイの実像に迫る質問が集中した。

 今回の参加者は、発表者のほか、鷲江義勝、加藤剛、伊賀司、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の6名であった。
開催日時 ① 2018年8月27日 10時~11時15分
② 8月27日 13時30分~16時05分
③ 8月28日 10時~11時40分
④ 8月28日 14時20分~16時30分
⑤ 8月29日 10時~11時30分
⑥ 8月29日 13時30分~15時
 (以上、すべてタイ時刻)
開催場所 ① ジェトロ・バンコク事務所
② 東洋ビジネスグループ・オフィス
③ Thai Roong Ruengチリソース(株)・本社オフィス、工場
④ Thainaoka製薬(株)・本社オフィス、工場
⑤ チュラロンコン大学Sasin経営大学院
⑥ チュラロンコン大学ASEAN研究センター
 (以上、所在地はすべてタイ・バンコク、及び近隣県)
テーマ ASEAN経済共同体の制度構築とその利用、同構成国における企業活動の実態に関する合同現地調査
発表者 ① 田口裕介 氏(ジェトロ・バンコク事務所・主席投資アドバイザー)
梅木英徹 氏(CCM(株)・最高経営責任者)、中尾英明 氏(東洋ビジネスサービス PCL・最高経営責任者)
Kraisak Teerachotmongkol 氏(Thai Roong Ruengチリソース(株)・社長)
Kamol Rattanatayarom 氏(Thainaoka製薬(株)・社長)、Sirirat Mongkolpradit 氏(同・副社長)、Sivakorn Kasembunyakorn 氏(同・マーケティング販売部長)
Kua Wongboonsin 氏(チュラロンコン大学Sasin経営大学院・教授、元研究科長)、Adith Cheosakul 氏(同・准教授)、瀬古清太朗 氏(同・日本センター事務局秘書)
Suthiphand Chirathivat 氏(チュラロンコン大学名誉教授・名誉教授、ASEAN研究センター特別執行所長)、Kitti Limskul 氏(埼玉大学経済学部・教授)
研究会内容  今回の現地調査は、当研究会の研究対象であるASEAN共同体の制度構築と企業による当該制度の利用に関連して、大陸部東南アジアの経済的中心地であるタイ・バンコク及びその近郊県において企業・研究機関等を訪問し、研究会参加者の共通の関心、並びに個人的関心に基づいた聞取りを行うことを目的に実施した。これは、2016年度のインドネシア・ジャカルタ、17年度のシンガポールにおける調査に続くもので、当研究会メンバーの上田曜子、関智宏、西直美各氏によるアレンジで実現したものである。
 以下では、各訪問先で聞取った事項の概略を報告する。

ジェトロ・バンコク事務所は、タイ-日本間の貿易・投資促進と現地経済の調査・分析を通じ、日本の経済・社会のさらなる発展に寄与することを目的としており、その活動はASEAN加盟国のジェトロ事務所のなかでも最大規模といわれる。今回の訪問では、軍政下にあるタイの政治・経済動向、日系企業の同国への進出状況や、同国企業のCLMV諸国への進出が抱える問題点、あるいは中国がタイ経済に与えているインパクト、投資収益の現地への再投資に関する日中企業間の相違についてブリーフィングを受け、質問に答えていただいた。

現地に進出している日系企業は数多いが、現地で元日系企業関係者によって起業される会社も少なくない。東洋ビジネスサービスもその1つで、CCM社は同社を立ち上げた梅木氏が現地企業を買収して経営を始めた企業である。まず、前者の主要事業である日系企業の経営支援の概要や同社の歴史、並びに後者のリキュール類製造販売事業の理念と新規商品の製造工場の設計・建設のプロセスについて詳細な説明を受けた後、原料生産農家との提携関係が現地の地域経済にもたらす影響等について質疑応答を行った。

Thai Roong Ruengチリソース社は、1961年創業の地場企業で、飲食店への業務用商品の卸売りを主要な販路としているが、一般消費者の間でも支持が高い。今回の訪問では、同社の事業の概要(原料調達・雇用・従業員教育)やブランディング戦略、あるいは他のASEAN加盟国への進出状況について聞取りを行った後、本社に隣接する同社工場の視察を行った。現社長のKraisak氏も華人系実業家であるが、タイにおける華人系企業のネットワークや一世の出身地による実業家の特性の相違についても説明を受けた。

Thainaoka製薬社は、2001年創業の動物・家畜向け薬品の製造会社である。創業ほどなくして顕著に業績を伸ばし、2004年には同社製品がタイで権威のあるGMP(Good Manufacturing Product)表彰も受けている。近年開発された新規格の製品を製造するためには既存の工場ではキャパシティ不足であるため現在新工場を建設中であり、今回は、同社の研究開発や特にASEAN域内でのマーケティング戦略についてブリーフィングを受けて質疑応答を行った後、その稼働直前の新工場を視察した。

チュラロンコン大学Sasin経営大学院は、アジアで最も古い歴史をもち最も高い評価を得ているビジネススクールの1つである(創設は1982年)。今回は、同大学院の創設から現在に至る研究教育活動の実績について詳細な説明を受け、人口動態学を専門とされる元研究科長のKua教授よりタイへの労働人口流入の実態に関してレクチャーを受けた。続いて、同大学院が輩出してきた人材のタイの政財界での活躍ぶりや、近隣諸国から労働者を引きつける磁力をもつタイにおいてあるべき労働政策とは何かについて議論した。

チュラロンコン大学ASEAN研究センターは、ASEAN共同体創設を間近に控えた2011年に設立された。今回の聞取りでは、同センターの経済関連の事業のうち、ASEANワイドな課題に関する政策立案に関して説明を受けた。例えば、ASEAN域内におけるエネルギー市場の統合、連結性プラン、人的資本形成に関する事業、金融危機への対応、あるいは大メコン圏における東部経済回廊建設に関する政策などである。説明を受けた後、これらの政策それぞれの内容について質疑応答を行った。

 今回の調査で、ASEANにおける経済統合の最大の焦点であり日本と最も深い経済的関係をもつ東南アジアの国の一つであるタイ・バンコクにおいて、自国のみならずASEAN市場にターゲットを置く地場企業2社の経営者、日系企業サポート業務から出発して関連部門を巻込んだ現地経済振興を展望する企業経営者から聞取りを行い、ASEAN共同体について関心を共有する公的機関・研究機関関係者との関係を構築できたことは、当研究会にとってたいへん有意義であった。ジャカルタ、シンガポール、バンコクと機構的・経済的・地理的意味合いにおいてASEAN加盟国の要となる諸都市をめぐる合同調査は、第19期部門研究会としては今回が最後となる。当研究会は、今期の実績のうえに来期以降も活動を発展的に継続する予定である。今回の調査結果についても、これまでと同様可能な限り多くのメンバーで共有していくことで、来期以降の研究活動の動因としたいと考えている。
 今回調査での発表者は訪問先の12氏、調査参加者は当研究会メンバーの上田曜子、関智宏、王柳蘭、西直美、中井教雄、ンガウ・ペンホイ、加藤剛、西口清勝、細川大輔、渡邉美穂子の各氏、並びに林田秀樹の11名であった。
開催日時 2018年7月23日 12時20分~14時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ インドネシア・リアウ州における地図の政治学
発表者 岡本 正明 氏 (京都大学東南アジア地域研究研究所)
研究会内容  本発表は、インドネシアにおける地図作成をめぐる地方政治の力学について、豊富な現地調査経験を基に分析したものである。ケースとして取上げられたのは、農園企業・小農によるアブラヤシ農園開発や産業造林コンセッションの開発が大規模に進むリアウ州である。以下では、その概要を報告する。

 発表の冒頭では、インドネシア全体のICT化の状況が他のASEAN加盟国との比較において概観された。インドネシアでは、民主化とICT化が進むことによって、「空間の可視化」が生じている。ユドヨノ政権期の2011年以降、世銀からの援助も得て、以前は各省庁で個々別々に作成されてきた全国の空間データを統合する「ワン・マップ・ポリシー」の試みが進められてきたのであるが、そのなかでICT化によって県・市レベルからの分権化の深化、すなわち村落自治が促進される可能性が強調されるとともに、村落の境界確定が課題となっていることが指摘された。
 次いで、調査地であるリアウ州の空間計画について解説がなされた。1986年以降、林業省、州政府によって空間計画が策定されてきたが、両者の齟齬を背景として、2018年5月8日のリアウ州空間計画条例においても、林地・非林地の確定という問題は解決していない。企業側のロジックに沿って林地指定されてきたところが非林化される流れが続いていること、背景には違法に開発されたアブラヤシ農園の合法化という目的があることが指摘された。
 さらに、発表者がこの間密接に携わってきた泥炭地の村落におけるドローンを用いた住民参加型地図作成の試みが報告された。保安地区に指定されている泥炭地でアブラヤシ農園開発が行われている事実や、調査過程で数多くの不在地主の存在が判明した後、村長からの申入れで調査が中止となった逸話が紹介された。他方、これまで自分の村の境界について考えてこなかった村人が、関係者の間で地図を作成する作業を進展させていくなかで、慣習ベースでの協会意識・土地所有意識を変化させていく可能性について指摘された。
 最後に、インドネシアの地方において空間が極めて政治化されている状況が再確認されたのち、民主化・分権化時代のインドネシアにあって、「空間の可視化」は必ずしも「空間の民主化」を意味しないものの、作成・公開された地図を使って実証的な議論を行うことが可能な時代になったことは事実である点が指摘された。他方で、空間データに諸々の個人データを集積する動きもあり、国家・自治体による監視社会が到来する可能性についても言及された。
 発表後、地図作成がもたらしうる境界紛争や、空間に関する利害に動機づけられた主体行動、技術進歩がもたらす当初は予期されなかった結果など、多岐にわたる論点をめぐって活発な議論が交わされた。

 今回の参加者は、発表者のほか、鷲江義勝、和田善彦、西直美、木場紗綾、加藤剛、西口清勝、大崎祐馬、脇村喜生(メンバー外)の各氏と林田秀樹の10名であった。
開催日時 2018年7月13日 15時00分~17時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ スキャンダル、マハティール、マレーシア・ナショナリズム:2018年総選挙キャンペーンと政権交代
発表者 伊賀 司 氏 (京都大学東南アジア地域研究研究所)
研究会内容  今回の発表は、史上初の政権交代が起こったマレーシアの2018年総選挙の経緯と意義に関するものであった。なぜ、PH(希望連盟)は総選挙で勝利できたのか。多くの事前予想を裏切って実現したマレーシア政治の転換について、政治体制やメディアの動向などの観点から、選挙戦期間中から選挙後まで実際に現地入りして得た知見が詳細に発表された。以下では、その概要を報告する。

 2018年5月9日に投開票されたマレーシアの総選挙は、1957年のマラヤ連邦独立以来、61年目(独立以前の1955年連邦立法評議会選挙を含むと63年目)にして史上初の政権交代となった。最も大きな変化は、UMNO(統一マレー人国民組織)を中核として政権を維持してきたBN(国民戦線)優位の体制が崩壊したことである。BNはエスニック集団と地域に沿って結成された13の政党による協議システムとして存続してきたが、今回は、従来BNの地盤であった地域(クダ、ペラク、ジョホール、サバ、サラワク等の諸州)で野党議席が大幅に拡大した。そうした想定外の選挙結果をもたらすことになった選挙戦の注目点は、以下の3点である。
 第1に、PHによるナショナリズムを動員した巧みな反ナジブのフレーミングである。特に、「泥棒政治に陥ったマレーシアを救う」という野党側のレトリックが奏功した。2015年4月から導入されたGST(消費税に相当)は重い負担感から中間・下位所得層に経済的不満を蓄積させたことに加え、1MDB(政府系投資会社)スキャンダルを争点化させたことが大きかった。第2に、マレー人票のPHによる動員とUMNOからの離反が指摘されよう。マハティールとPPBM(マレーシア統一プリブミ党)がマレー人の間で華人を主な支持基盤とするDAP(民主行動党)への恐怖を薄れさせることに成功し、結果として公務員からの離反組の発生が体制転換につながったのである。第3に、コミュニケーションの巧みさが挙げられる。与党寄りの結社登録局や選挙管理委員会など体制監視のポピュリズムの醸成や、選挙用短編映像等のメディア利用は、有権者の4割弱を占める多数のミレニアル世代に効果的に作用した。
 今後注目されるのは、公約通りの制度改革が着実に実行されるか、高齢のマハティールから後継候補のアンワルへ首相職の移行が無事になされるか等の点であろう。特に、新政権が、BN体制下で長期にわたって形成されてきた抑圧的な法体制、メディア統制の仕組み、行政による司法権の侵食等の構造的問題に着手できるかが焦点となる。
 質疑では、投開票日前後の各陣営の動向に加え、長らくマレーシアの政治模様を表す用語であったRacial Politicsからの脱却がなされるのか、また、ナジブ政権時代に高速鉄道案件等で顕著であった中国との関係について闊達な議論がなされた。

 今回の参加者は、報告者の他、鷲江義勝、上田曜子、和田喜彦、細川大輔、中井教雄、佐久間香子、加藤剛、西口清勝、加納啓良、渡邉美穂子、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の13名であった。
開催日時 2018年6月1日 14時00分~16時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 民政移管後、ミャンマーの政治経済はどう変わったのか
発表者 西澤 信善 氏(東亜大学人間科学部)
研究会内容  今回の発表は、民政移管後のミャンマー情勢について政治の課題、2済の課題、国際関係と三部構成で行われた。発表では折に触れて、国内武装勢力との衝突、ロヒンジャー問題などの国内問題をいかに抑えられるかが、民政移管後第一の大きな課題であるとされた。以下では、その概要を報告する。

 はじめに、民政移管後との変化を示すため、背景として1988年社会主義を放棄した後、2010年まで経済制裁を科されたミャンマー情勢について、政治、経済、国際関係の各側面から概観された。
 続いて第1部「政治の課題」としては、2011年以降の民政移行後のミャンマーには、軍事政権から脱却したといっても軍に頼らざるを得ないジレンマが生じていることが示された。2011年に発足したテインセイン政権が経済発展にも注力しながら政治・行政改革を先行させた背景には、欧米から課せられていた経済制裁を解除させ、経済援助を取付けるという目的があったのである。ロヒンジャー問題に悩まされるスーチー氏は、憲法規定上、大統領になることはできず、議会も上・下両院で4分の1が軍人枠となっていることから、困難な議会運営を強いられている。
 第2部「経済の課題」としては、最貧国から中所得国への移行という課題が掲げられ、具体的には貧困率を毎年2ポイントずつ削減することが目指されてきた。また、電力供給、ティラワ地区等経済特区を設置してのインフラ整備、農業振興が図られてきた。経済制裁解除が最大の課題であったが、テインセイン政権に入ってから徐々に解除が進み、スーチー政権期には取引禁止リストも解除されて、輸出指向的な開発戦略も着実に実行している。
 第3部「国際関係」としては、タイとの関係が重要であるとされた。タイへ進出した企業が分業プロセスとしてミャンマーをみているためである。対中関係においては、民主化後経済関係が深化し、一帯一路構想なども出てきて好転している。特に、スーチー政権になってから再接近しているように思われる。背景にはロヒンジャー問題があり、国際社会から非難されているスーチー政権を支援している中国との関係は重要となっているからである。
 結論として、民主化は前進し欧米からの経済制裁は基本的に解除されたものの、少数民族との停戦・和解成遂げられておらず、実際にロヒンジャー問題が深刻化することで国際社会の批判を招いている。現政権下でも、こうした国内問題に対処するために軍の力を一部借りざるを得ない状況にあり、課題が山積しているとされた。
 質疑では、より詳細なミャンマーの実情について闊達な議論が交わされた。また、農村部から都市部への低廉な労働力供給の持続性の問題や、労働者の生活実態の問題、低い都市化率などの論点をめぐって活発な議論が交わされた。
 今回の参加者は、報告者のほか、関智宏、上田曜子、王柳蘭、細川大輔、瀧田修一、中井教雄、西口清勝、加藤剛、西直美、渡邉美穂子、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の13名であった。
開催日時 2018年5月25日 15時30分~17時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 東アジア地域主義の変遷:RCEPの起源
発表者 大﨑 祐馬 氏(同志社大学大学院法学研究科博士課程後期)
研究会内容  今回の報告は、東アジア通貨危機以降から現行のRCEP交渉に至るまでの20年間を対象として、金融協力や通商という経済分野で、なぜ、どのように東アジアという地域主義に基づいた域内協力体制が、既存のアジア太平洋という地域枠組みとは区別されるかたちで制度化され、展開してきたかをテーマとするものであった。以下では、その概要を報告する。

 1989年設立のAPECを皮切りに、アジア通貨危機後、ASEANに日中韓を加えたASEAN+3や、これに豪州・NZ・インドを加えた ASEAN +6の枠組み、あるいはTPPなど主に経済面で地域協力枠組みが制度化されてきた。また、東アジア・アジア太平洋地域には一部重なりながらも異なる貿易自由化や投資のルールを追求するTPPやRCEPなどの経済連携枠組みが重層的に展開しており、域内地域統合の様相を複雑なものにしている。
 RCEPがなぜ交渉期限を3度も超過してなお未締結である要因は、WTOにまだ加盟していなかった中国がASEANを1つのユニットとしてFTA提案をした2000年に、途上国同士での授権条項が適用され、必ずしも高いレベルとは言えない貿易自由化のルール目標が設定されたことと、それに対抗して日本が高いレベルでの貿易・サービス・投資などの分野を、FTAを通じて実現しようとした2つの異なる志向が包摂されていることに見出される。その過程でASEANが域外国とのFTA交渉を経て東アジア地域主義における制度的な中心的立ち位置を追求するようになったのである。
 元々ASEAN10カ国に日中韓の3カ国を加えたASEAN+3という枠組みが東アジア地域主義の嚆矢であったが、この地域主義枠組みは、中国の台頭を懸念した日本などが域外国であった豪州NZインドを加えることで+6の枠組みに拡大、その後、この+6の枠組みを使って(米国を排する形で)FTA化を志向する構想が経済産業省から提案され、これに対抗する形で米国のAPECを使ったFTAAP構想が検討され、その後のTPP参加、RCEP交渉の開始などの競争的な通商枠組みの展開への端緒を開くことになったのである。
 このような中で、2018年7月には初めてASEAN域外の東京で閣僚会合が予定されており、日本が妥結点を模索する方針へ転換しつつあることなどが明らかにされており、交渉の行方が引続き注目される。
 質疑では、RCEP構想がアジア太平洋地域主義と東アジア地域主義の相克のなかで提唱された経緯、また、二国間や地域レベルでのFTAがWTOという多国間主義に基づいた自由貿易交渉が機能不全に陥っているなかで出現してきた新しい現象であること等、有意義で示唆に富む指摘が多数なされた。これらの指摘が、発表者の今後の研究に活かされることが期待される。
 今回の参加者は、発表者のほか、寺田貴、上田曜子、和田喜彦、鈴木絢女、中井教雄、西口清勝、西直美、渡邉美穂子の各氏と林田秀樹の10名であった。
開催日時 2018年4月13日 13時00分~16時05分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 研究会運営について: 昨年度まで活動に関する総括と今後の方針
② ASEAN加盟国の一次産品・加工品貿易と域内経済統合:パーム油貿易を事例とする補完性・競合性の検討
発表者 林田 秀樹(同志社大学人文科学研究所)
研究会内容 ① 最終年度初回の今回は、研究代表者の林田から、まずこれまでの2年間の活動についての総括と今後の活動方針について報告があった。昨年度末までに合計で22回の研究会を開催し29本の研究報告を組織した取組みを継続・発展させ、最終的な研究成果に結びつける活動を展開していくための具体的な方策について話合いが行われた。

② 次いで、標記のテーマで林田が研究報告を行った。以下、その概要について報告する。
 報告の目的は、「ASEAN(東南アジア諸国連合)域内の経済統合が進展しないこと,すなわち域内貿易比率が顕著に上昇しないことの要因は,加盟諸国の経済・貿易構造が互いに補完的ではなく競合的であり,域外経済と補完的であるからだ」という趣旨の見解 について,パーム油貿易を事例に検討することであった。2015年末のASEAN経済共同体創設に至る過程において、1992年以降進められていたAFTA(ASEAN自由貿易地域)形成のための関税削減・撤廃の取組みが重ねられほぼ所期の目的が達成されたにもかかわらず、ASEAN加盟国の域内貿易比率が25%程度で横這い状態であるのはなぜかについて検討することは、「単一市場・単一生産拠点」を目指す同共同体の現在と将来を考えるうえで重要な課題である。そのなかで、ASEANの域内貿易比率が上昇せず、域内経済統合が進まない要因を以上のような域内経済の性質に求める議論について検討することが発表の趣旨であった。
 発表ではまず、ASEANの域内貿易比率の推移について、一次産品並びにその加工品とそれ以外の製造業品に分けてトレースした後、パーム油の2大生産国であるインドネシア、及びマレーシアからのパーム油輸出について、ASEAN域内諸国向け輸出の1980年代末から2016年までの動向について分析が行われた。そこでの主要な結論は、インドネシア、マレーシアと明確に競合関係にある国が存在する一方で、パーム油の生産と消費という補完関係、あるいは生産工程上の分業関係に表れる補完関係が明確に確認された諸国も存在するという事実であった。
 それに対し、インド、中国、パキスタン等、ASEAN域外の大市場に、インドネシア、マレーシアで生産されたパーム油がどのようなかたちで輸出されてきたのかについて分析した報告の後半では、パーム油の輸出入を例に確認されたASEAN域内の補完関係よりも圧倒的に強固な補完関係が輸出国2ヶ国と仕向先の大市場との間にあることが明らかになった。そして最後に、このような傾向が他の一次産品及びその加工品にもみられるのであれば、ASEANの域内貿易比率が顕著に高まらない理由としてASEAN加盟国の経済の性質に特に大きな焦点を当てるのではなく、むしろ域外大市場との強い補完関係がなぜ形成されてきたかという問題にこそ注目すべきことが指摘された。
 以上の報告に関して、パーム油の2大生産国・輸出国であるインドネシアとマレーシアとの間の工程間分業に基づく補完関係についてはマレーシアからインドネシアへの当該部門の資本の進出やパーム油の輸出関税等が適切に考慮されなければならないのではないか、そもそも域内貿易比率の低さをASEANの経済統合に関して重視しない議論もあるのでそれとの関連についても検討すべきではないか、などの論点をめぐって活発に意見交換がなされた。
 今回の参加者は、発表者のほか、寺田貴、上田曜子、厳善平、王柳蘭、西直美、西口清勝、加納啓良、加藤剛、細川大輔、岡本正明、中井教雄、渡邉美穂子、大﨑祐馬の各氏の14名であった。

2017年度

開催日時 2018年3月9日 14時00分~18時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① Japanese Railway ODA in Southeast Asia
② 連結性を越えて? 東南アジアと開発協力 その長期的トレンド
発表者 ① Shir Shapira 氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程前期・院生)
② 大岩 隆明 氏(山口大学経済学部)
研究会内容  今回は、ゲスト講師2名を招いて標記テーマで発表していただいた。以下では、それぞれの報告の概要を紹介する。

① Shapira氏の発表は、日本の東南アジア諸国向けODA(政府開発援助)のなかで鉄道建設に関係する援助のあり方について議論するものであった。まず、ODAの類型や日本のODAの特色について整理した後、日本がどれほどインフラ建設援助、なかでも鉄道建設援助を重視してきたかが解説された。次いで、特に中国のODAとの比較において、日本の戦略が検討された。中国が「一帯一路」構想の下で積極的なインフラ投資を通じ東南アジア地域で影響力を拡大しようとするなか、日本はODAの対象となる鉄道建設プロジェクトの立案において、案件の計画段階から特定の技術を有する日本企業の活用を想定しオール・ジャパン体制で受注獲得を狙ってきた。そのうち、インドネシアのジャカルタ—バンドン間高速鉄道案件で中国が受注獲得した事例を引合いに、被援助国の側からはインフラ案件の入札が国内外の政治的な力学とタイミングに左右されることが指摘された。以上より、日本が推進する質の高いインフラ投資戦略が必ずしも被援助国側の(短期的な)ニーズに沿うものとはなっていない可能性があるという見解が示された。

② 大岩氏の発表では、まず、途上国への資金フローとしてODA以外に諸種の形態の民間資金流入があることが説明され、非軍事的でOECD非加盟国からのDACを経由しない開発資金についても触れながら日本からのODAの相対的な位置づけがなされた。次いで、日本の開発協力政策の枠組み、並びに政府によるODAに関するハイレベルな意思決定メカニズムについて解説され、日本のODAの実績と長期トレンドについて、各種データを網羅的に駆使して検討された。外務省は1954年から日本からのODA供与が始まったとしているが、OECDの定義によれば、1969年に日本のODAが公式の諸要件を満たしていることが確認されている。当初は、輸出市場確保のためのいわゆる「ひも付き」援助という色彩の濃かった日本のODAも国際情勢の変化のなかで変遷を遂げてきた。特に1990年代以降、体制移行支援や通貨危機からの復興支援、あるいは現地中小企業の振興政策支援といった目的にも振向けられるようになってきたことが指摘された。東南アジア諸国向けの開発援助では特に日本が主導的な役割を果たしてきたが、被援助国側のニーズ及び他の資金流入の促進に繋がる援助の方策を模索していく必要性が、日本の開発協力政策に長年従事してきた経験や現場の視点から包括的かつ建設的に論じられた。

 以上、共通点の多い2つの発表に関して、被援助国側からの援助要請から日本側のプロジェクト立案、入札・受注に至る過程について、技術的な問題を含め活発な質疑応答、意見交換が行われた。
 今回の参加者は、発表者2氏のほか、上田曜子、和田喜彦、王柳蘭、西口清勝、加納啓良、岡本正明、中井教雄、大﨑祐馬の各氏と林田秀樹の11名であった。
開催日時 2018年1月12日 12時20分~14時35分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ GVCsとアジアのEPA
発表者 阿部 茂行 氏(同志社大学政策学部)
研究会内容  今回は、学内からゲスト講師として阿部茂行氏を迎え、ASEANにおけるグローバル・バリュー・チェーン(GVCs)の形成、国内付加価値生産の発展と経済発展の関係についての研究発表をリビューした。本発表は、2017年12月にバンコクで行われた国際学会(Consortium for Southeast Asian Studies in Asia (SEASIA) Conference 2017)での報告を基にしたものであり、同学会のなかで開催されたシンポジウムで阿部氏以外の研究者から行われた報告の内容についても紹介された。そうすることにより関連の学界で国際的に関心を集めている問題のなかでの今回の発表の位置づけが明確に与えられた点で、参加者にとってはより多くの知見を得られる機会となった。以下では、それらの概要を報告する。

 まず、広域経済協力枠組のトレンドについて検討が行われたのち、Michael Plummerの議論を参考に、アメリカを除くTPP11について今後のシナリオが提示された。2030年までの試算では、TPP11はTPP12と比較すると規模が小さいものの無視できない大きさがあること、日本がTPP11の成功に大きな役割を果たしうることが指摘された。続いて、「ASEANが抱えるもっとも大きな課題は関税ではなく、労働力の移動である」という Chia Siow Yueの議論が紹介された。特に、ASEAN域内には国籍に関する統一的な法規がないため、不法移民労働者が移住先の国で子を儲けた場合等に生じる無国籍者の増加が問題となっている。長期的にAECを持続していく場合、この点を解決する必要がある旨主張された。最後にNarongchai AkrasaneeのGVCに関する議論が紹介された。国内[域内]付加価値(DVA)の観点からみると、商品開発、営業・販売、アフターサービスなど生産過程の両極でより多くの付加価値が生産され、中ほどの組立等の工程を担う途上国で生み出される付加価値は相対的に少ないという「スマイル・カーブ」として知られる傾向がみらる。GVCに参加し、スマイル・カーブの両極へ移行していくことで発展を遂げようとする戦略が指向される所以である。
 これらの議論を踏まえ、発表者は、「付加価値貿易と経済発展(1人当りGDP)との間に関係はあるか。部門ごとの相違はどのようなものか」という問題についてOECDのデータベースTiVAを用いた実証分析の結果が紹介された。分析対象は、アジア各国の製造業部門全般と同部門内電子機械、輸送機械、一般機械等の各小部門である。分析の主要な結論は、1人当りGDPが増大し始めてから一定期間DVAが輸出額に占めるシェアは上昇していき、ある水準に達すると今度は却ってそれが低下していくという「逆U字型」の傾向が製造業部門一般、並びに上記に例を挙げた主要な小部門で確認されたというものであった。DVAシェアの低下については、1人当りGDPが増大して国内で労働集約的な工程が国際競争力を失っていくとそれらの生産拠点が国外に移転するようになることが要因ではないかとされた。
 報告の後、生産拠点の国外移転後にDVAの低下が実際に起こるのか、ASEAN内後発国について先発5ヶ国と同じ逆U字の傾向がこの先発生するのか、生産拠点の海外移転が生じた後も1人当りGDPが高水準に維持されるのはスマイル・カーブの両極に産業構造の重心がシフトするからと考えるべきかなどの論点をめぐって活発な議論が行われた。
 出席者は、報告者のほか、上田曜子、厳善平、王柳蘭、木場紗綾、加納啓良、西口清勝、中井教雄、西直美の各氏と林田秀樹の10名であった。
開催日時 2017年12月11日 12時20分~14時25分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ Social and Environmental Impacts of Tin Mining in Bangka Island of Indonesia in Reference to the Potential Extraction of Rare Earth Minerals and Radioactive Thorium
発表者 和田 喜彦 氏(同志社大学経済学部)
研究会内容  本発表は、インドネシア、バンカ・ブリトゥン州バンカ島におけるスズ鉱山の運営が環境にどのような影響を与えているのかについて、エコロジー経済学の視点から分析しようとするものであった。以下では、その概要を報告する。

 はじめに、スズとともに採掘されるレアアースと、それらが発する放射性トリウムについて説明されたのち、バンカ島における現地調査の結果が示された。
 バンカ島では、18世紀初頭よりスズ鉱山の開発が盛んに行われてきており、現在は沿岸部を中心に開発が続けられている。違法操業も多いが、当該部門で労働力が一定受容されているために政府も厳しく取締っていないのが現状であり、児童労働などの問題も生じてる。また、陸地の鉱脈が尽きつつあるなか、海底鉱脈の採掘が行われるようになってきている。その際に拡散している可能性がある鉱毒の影響もあってか、漁業に対する影響は特に深刻である。現地漁業の漁獲高は、統計上近年微増を記録しているものの現地漁民からの聞取りでは大幅に減少しているとのことであった。鉱山の跡地である蓋然性の高いアブラヤシ農園から発表者が持帰った土壌を分析した結果、日本のある検査地の例を10倍ほども上回るヒ素、トリウムが含有されているという検査結果が出たことが報告された。近年、スズ鉱山の跡地にアブラヤシ農園が開発される傾向があるために、今後、パーム油等への影響について注視する必要がある。
 また、現地調査の結果、甲状腺がん等の罹患者の居住地域と鉱山の所在地が重なりあっていることが明らかとなり、両者に相関関係がある可能性が高いことが指摘された。スズ鉱山跡地では高い放射線量が観測されており、鉱山跡地から離れるほど線量が低くなっているという。
 報告の後、インドネシアの統計情報の問題について、スズ鉱山開発の歴史が長いにもかかわらずこれまで大きく問題として取上げられてこなかったのはなぜか、企業は何らかの環境基準を共有しているのか、がん患者と鉱毒の連関性についての疫学的な問題をどう議論していくのか、インドネシアの他の地域で同種の鉱毒問題が生じているのか、について活発な議論が交わされた。
 最後に、報告者より多元的な価値をどう取入れていくのか、それを元にどう消費者が価値観を変えていくことができるかなどについて考える際に「エシカル」という概念がもつ重要性が指摘された。環境保全について理解のある消費者がいないことには、産業の持続性は達成できない。意識の高い企業を応援する仕組みと、消費者の意識を変えていく試みのパッケージで対策を講じていく必要があることが強調された。
 出席者は、報告者のほか、鷲江義勝、中井教雄、西直美の各氏と林田秀樹の5名であった。
開催日時 2017年11月17日 12時20分~14時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ Back to the Past, Back to the Future: Reflecting on the Global Historical Context of Japan-ASEAN Relations
発表者 加藤 剛 氏(東洋大学アジア文化研究所客員研究員・京都大学名誉教授)
研究会内容  本報告は、戦後世界経済の潮流を諸種のデータを用いて描きだすなかで、ASEANという組織の特質について、1973年に日本との間で行われた交渉とその決着を軸として、歴史的経過を自在に行き来しつつ日・ASEAN関係を考察するものであった。以下ではその概要を報告する。

 第二次世界大戦後、敵と味方、富める国と貧しい国を容易に認識できた時代から、70年代には「不確実性の時代」に入り、各国の繋がり方も変容してきた。1971年のニクソンショック以降、アメリカが金による裏づけのないドル発行を続けるなかで、ドル供給量と実体経済との乖離は現在も拡大し続けている。また、1991年の冷戦終結は、グローバル市場形成の開始を意味すると同時に、資本主義が引起す摩擦が増大し、持てる者と持たざる者の差が拡大する起点ともなった。90年代以降の金融商品の多様化やウェブ通信の一般化によって、市場はこれまでになく不安定になっており、70年代以上に「不確実性の時代」になっている。
 日・ASEAN関係の始まりとされる1973年とは、日本の合成ゴム輸出に対抗して、利害関係国ではないフィリピンも含めた当時のASEAN加盟5ヶ国が一致団結し、域外大国日本から譲歩を引出すことに成功した年である。日本は、対ASEAN関係においてそれまでのリーダシップをとることからパートナーシップ構築に方針転換し、次第にASEANにとって重要なパートナーとなる。しかし、1997年のアジア通貨危機以降、ASEAN諸国にとっての中国と日本のもつ意味が大きく変わった。日本は危機に際してAMF(アジア通貨基金)を提唱するもアメリカの反対により頓挫した一方で、中国は人民元切下げを実施しなかったことにより危機の深化に歯止めがかかったとされる。中国は助けてくれたが、日本は何もしてくれなかったという評価がASEAN諸国内部で定着するきっかけとなり、中国の東アジア域内経済協力における存在感が増していった。こうした歴史的背景への考察を踏まえて、近隣諸国と地域組織を形成できず(ASEANにも入れない、中国・韓国との関係も改善できない、困っても助けてくれる国がない)、対米関係に依存せざるをえない日本は「孤独な国家」であるという見方が提示された。
 発表後、参加者からは、日本の対ASEAN政策とアメリカの対外政策の連動について、ASEAN諸国における中国と日本に対する認識の変化について、「孤独な日本」というとらえ方や地域主義の定義について活発な議論が交わされた。日本が今後どのように、特に東アジアにおける地域主義に関与するなかで多国間主義の経験を蓄積し、「孤独」から脱することができるのか考えていく必要があるといえる。
 出席者は、報告者のほか、上田曜子、鷲江義勝、鈴木絢女、王柳蘭、西口清勝、佐久間香子、西直美の各氏と林田秀樹の9名であった。
開催日時 2017年10月24日 12時20分~14時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 国際組織の理念と制度―EUとASEANを題材として―
発表者 鷲江 義勝 氏(同志社大学法学部)
研究会内容  発表者の鷲江氏は、アジア各国をフィールドとする研究者がメンバーの大半を占める当研究会で唯一人、欧州をフィールドとしている。EUとの比較でASEANの制度を相対化して考察することが、同氏の分担課題である。今回の報告は、その課題遂行の一環として行われた。
 本報告ではまず、EUの歴史、理念、条約や法などの制度について解説された後、EUからみたASEANの理念と制度について検討された。
 国際組織は、何らかの理念や目的を達成するために制度化される。EUは、国家を超える枠組み=「国際統合」として語られる国際組織である。第二次世界大戦後のヨーロッパにおいて、西欧の没落が最大の問題であるという認識が共有されたことが、欧州の統合過程の端緒となった。小国が多数並び立っているという特徴がある欧州で、できるだけ大きな市場をつくって経済的に復興を遂げ、不戦共同体をつくることが目標として掲げられたのである。初期には、連邦国家の考え方に基づく安全保障・政治分野での統合の提唱とその失敗があった。以後、国家主権の核心部分である政治や国防ではなく、具体的な成果がみえやすく協力が比較的容易な経済面を中心に統合を深化させてきたのである。
 EUは欧州統合という目的の下で常に変化を遂げており、その組織・制度は条約改正によって発展してきた。EUからみた場合、国家主権と内政不干渉原則が堅持されるASEANは「国際統合」ではなく「国際協力」であると位置づけられることが指摘された。他方、EUとASEANには共通点もあり、戦争が事実上不可能になる不戦共同体が成立している点が示された。不戦共同体はアメリカとカナダの事例に代表されるように、国際統合を必ずしも必要としないものである。
 発表後、参加者からは、人の移動に伴う人権問題、ASEAN議長国がアジェンダ設定に果たす役割、紛争処理、EUの対域外関係などに関する質問が行われ、ASEANとEUの設立背景や統合・制度化に対する捉え方の違いについて活発な議論が交わされた。ASEANと EUがそれぞれにもつ、国家形成を側面支援するという目的と国際統合を進展させるという目的、柔軟性と規則性という組織の特性の相違を適切に評価したうえで、人やモノの移動の自由化が進むなかでの両国際組織と国家の役割を考察していく必要がある。
 出席者は、発表者のほか、厳善平、鈴木絢女、加藤剛、西口清勝、中井教雄、西直美の各氏と林田秀樹の8名であった。
開催日時 2017年9月22日 12時30分~16時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① ASEAN諸国における業種別貸出の特性分析
② トランプ大統領の登場とベトナムの課題
発表者 ① 中井 教雄 氏(広島修道大学商学部)
② 細川 大輔 氏(大阪経済大学経済学部)
研究会内容  今回は、冒頭で研究代表者の林田より8月後半にシンガポールで実施された合同現地調査についての報告があった。それに続いて、研究会メンバーの2氏による研究発表が行われた。以下では、それぞれの発表について概要を報告する。

 ①
中井氏による発表は、ASEAN各国の信用市場の特性と、ASEAN加盟国内における信用市場の連動性の有無、連動性が認められる場合はその態様について「交差相関分析」を用いて考察するものであった。初めに当該分野に関連する先行研究が詳細に検討された後、タイ、インドネシア、シンガポール、ベトナム、フィリピン、マレーシア各国の信用市場の部門別相関の特徴、並びにそれら6ヶ国間の信用市場の連関の特徴が、分析結果によりながら解説された。そのうえで、相関の程度を考慮のうえリスクのウエイト付けを行っていくことで、それら各国における金融規制(マクロプルーデンス規制)につなげられる可能性が示唆された。
 報告の後、各国が大きく異なる産業構造を有するなかで一つの手法を適用して分析することの適否、外資系企業の扱い、四半期次データしか公開されていないタイを除き月次データを用いて分析することの意義、上記6カ国間の分析結果が示唆する経済的背景、各国の金融政策がどの程度政治に影響されているのかなどについて、活発な議論が行われた。

 ②
続いて細川氏より、トランプ政権下における米国の対外政策の変容がベトナムの対外経済政策・外交戦略に及ぼす影響について報告が行われた。トランプ政権は、反国際主義・反自由貿易主義を掲げており、「ディール」(利益の有無)重視のビジネス指向がみられる。しかし、アメリカの東南アジア政策、とりわけ南シナ海問題に関しては明確な戦略がみられないため、ベトナムの対外行動が、特に対中関係において大きく制限されていることが示された。また一方で、米国のTPP脱退によって、ベトナムは広域自由貿易圏参入への戦略を見直さざるをえなくなっている。さらに、米政権の東南アジアへの関心の低下によって、ASEAN諸国において急速な中国への傾斜・依存が進んでいることも懸念材料である。ベトナムの対外経済関係にとって重要なのは同国に貿易黒字をもたらしている対米・対EU輸出であり、米国抜きのTPP11、貿易赤字を出している日中韓中心のRCEPは決して魅力的な枠組ではないことが解説された。
 発表の後、中越関係、ベトナムにとってのASEAN経済共同体の意義などについて議論が交わされ、細川氏による今夏の現地調査の結果も踏まえた情報・意見交換が行われた。

 今回の出席者は、発表者2氏のほか、鷲江義勝、上田曜子、和田喜彦、鈴木絢女、王柳蘭、加藤剛、西澤信善、西口清勝、西直美の各氏と林田秀樹の12名であった。
開催日時 ① 2017年8月23日 14時~15時30分
② 8月23日 16時~17時30分
③ 8月24日 10時~12時30分
④ 8月24日 14時~16時30分
⑤ 8月25日 9時30分~11時30分
⑥ 8月25日 13時30分~15時
⑦ 8月25日 15時45分~17時15分
 (以上、すべてシンガポール時刻)
開催場所 ① ジェトロ・シンガポール事務所
② みずほ銀行シンガポール支店
③ ㈱ユーザベース・シンガポール事務所
④ ISEAS Yusof Ishak Institute
⑤ アジア・大洋州三井物産(株)シンガポール支店
⑥ 南洋理工大学大学院S.Rajaratnam国際学研究科
⑦ シンガポール国立大学教養・社会科学部
 (以上、所在地はすべてシンガポール共和国)
テーマ ASEAN共同体の制度構築とその利用、同構成国における企業活動の実態に関する合同現地調査
発表者 ①本田智津絵 氏(ジェトロ・シンガポール事務所・経済情報分析官)
角田真一 氏(みずほ銀行産業調査部アジア室室長)、堀岡大祐 氏(同 企業調査部アジア・オセアニア企業調査室室長)、佐々木辰 氏(同 産業調査部アジア室副室長補佐)、Wendy Ng氏(同 産業調査部アジア室Senior Officer)
蛯原健 氏(リブライト・パートナーズ㈱代表取締役)
Sanchita Basu Das 氏(ISEAS Yusof Ishak Institute・ASEAN研究センター主任研究員)
島戸治江 氏(アジア・大洋州三井物産(株)業務部戦略企画室主任研究員)、太田俊樹 氏(同 戦略企画室・投資支援室次長)、金和美 氏(同 戦略企画室次長)
Ong Keng Yong 氏(南洋理工大学大学院S.Rajaratnam国際学研究科筆頭副研究科長・元ASEAN事務局長)
Teofilo C. Daquila 氏(シンガポール国立大学教養・社会科学部東南アジア研究学科・准教授)
研究会内容  今回の現地調査は、当研究会の研究対象であるASEAN共同体の制度構築と企業による当該制度の利用に関連して、ASEAN加盟国全域に事業を展開する主要企業・金融機関が拠点を置くシンガポールで企業・研究機関等を訪問し、研究会参加者の共通の関心、並びに個人的関心に基づいた聞取りを行うことを目的に実施した。なお今回調査のアレンジは、当研究会のメンバーで現在シンガポールにて在外研究中の寺田貴氏、並びに本年度第5回研究会にゲスト講師としてお招きした川端隆史氏(㈱ユーザベース)の協力で実現した。
 以下では、各訪問先で聞取った事項の概略を報告する。

ジェトロ・シンガポール事務所は、アジアの金融・経済の中心国シンガポールにおける貿易・投資促進と開発途上国研究を通じ、日本の経済・社会のさらなる発展に貢献することを目的とする機関である。今回の訪問では、近年のシンガポールの政治・経済動向、日系企業の同国への進出状況や、貿易・投資・金融に関連して実施されているASEAN域内の市場統合、あるいはグローバル供給網への参画に向けた政策の実施状況についてブリーフィングを受け、参加者からの質問に答えていただいた。

日本の3メガバンクは、国外進出に際して支店を設置し本国と同様の業務を遂行するほか、現地の政治経済・商習慣等の情報収集も行っている。とりわけみずほ銀行シンガポール支店では、直轄の調査部を置くことで銀行・証券・シンクタンクとの綿密な連携・支援を実現し、取引先企業に対して金融面だけでなく経営一般に関して多方面からきめ細やかな支援を行っている。今回の訪問では、同行による支援の実態と支援先企業のASEAN加盟国市場における多角的事業展開等について説明を受けた。

現在、シンガポールではIT系のスタートアップ(起業)が盛んに行われており、国内市場で成功した企業がアジア諸国そして世界に進出を果たすことで、企業価値の高いグローバル企業へと成長することを目指している。今回の訪問では、こうしたアジアにおけるIT系の起業動向、並びに起業支援を主要事業とするリブライト・パートナーズ社等ベンチャー・キャピタルの動向について説明を受けながら、ASEAN加盟国市場における成功的ビジネスモデル構築について聞取りを行った。

2015年のAEC発足当初は、ASEAN域内での貿易・外国直接投資が活発化することにより、東南アジア各国の経済がより高水準での安定成長を達成すると見込まれていた。しかし、実際には物品貿易に関する非関税障壁やサービス貿易に関連する障壁が残っており、当初の期待とは異なった結果となっているのが実情である。今回の訪問では、当該研究分野の第一人者であるSanchita Basu Das氏より、ASEANが指向する経済的地域主義並びに同加盟諸国の課題について説明を受け意見交換した。

ASEAN諸国はそれぞれ、熟練・非熟練双方の豊富な人的資源、並びに化石燃料や鉱物、森林産物等自然資源に恵まれた特色ある経済構造を有している。そうした背景もあり、ASEAN経済圏において日本の総合商社が資源開発や貿易、あるいはそれらに関連したプロジェクト創出に果たしてきた役割は大きい。今回の訪問では、三井物産が現地で果たしてきた自然資源関連のプロジェクト形成、インフラ投資、日本企業のASEAN市場進出に対する支援等について説明を受けた。

AECを柱とするASEAN共同体は、2003年のASEAN首脳会議で採択された「ASEAN第二協和宣言」に淵源をもつ。今回の訪問では、宣言が作成・発出された当時ASEAN事務局長職にあったOng Keng Yong氏より、当該宣言文書の作成・採択過程、当時の各国首脳たちの主張やそれらを架橋する際に自身が事務局長として果たした役割、並びに2007年のAECブループリント作成時に事務局長及び事務局スタッフが果たした役割に関して説明を受け、それらに関連して質疑応答を行った。

ASEANの域内経済協力について長年研究を継続されているTeofilo C. Daquila氏より、 ASEANのそもそもの設立経緯から1992年に始まるASEAN自由貿易地域(AFTA)形成のための関税撤廃の取組みを経てAECの構想・発足へと至る一連の域内経済協力、並びにAECの制度構築の現状と同共同体をめぐる加盟各国の政治経済状況について説明を受けた。また、今後のASEAN経済の更なる統合強化の展望に関する同氏の見解をめぐり、意見交換を行った。

 上記の通り、発表者は訪問先の各氏12名、調査参加者は、(株)ユーザベースから川端隆史、内藤靖統両氏、当研究会から寺田貴、王柳蘭、岩佐和幸、中井教雄、ンガウ・ペンホイ、加藤剛、西口清勝の各氏、並びに林田秀樹の10名であった。
 今回の調査は、研究会参加者の当研究会での分担課題に直接・間接に関連する事項について聞取りができたという点に加えて、 ASEAN地域において経済の第一線で活躍されている諸氏、ASEAN共同体研究の第一人者である諸氏から、AECの制度構築とその利用のあり方について、日本における議論に比して却って冷静かつ中立的な現地在住者の意見に接することができた点においてたいへん有意義であった。秋以降の研究会で、今回の調査結果を可能な限り多くのメンバーで共有していき、来年度も今回並びに昨年度の経験を踏まえより発展的に同趣旨の調査を継続したいと考えている。
開催日時 2017年7月29日 14時00分~18時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 扶桑館2階 214教室
テーマ ① ASEAN共同体と日系アグリビジネス
② 多国籍化するマレーシア企業
発表者 ① 岩佐 和幸 氏 (高知大学人文社会科学部)
② 川端 隆史 氏 (㈱ユーザベース・アジア・パシフィック)
研究会内容  2015年末のASEAN経済共同体の発足以降、ASEAN並びに域内外の企業による様々な取組みが行われてきた。第一部では岩佐氏による日系企業の農・食をめぐるASEANでの事業展開について、第二部ではゲスト講師の川端氏によるマレーシア企業の多国籍化に関する報告が行われた。以下、それぞれの概要を報告する。 

 岩佐氏は、豊富な統計データを丹念に読み解くとともに、日系企業の食や農に関連した投資動向、ASEANでの事業展開について解説を行った。中国に次ぐ海外拠点として注目されるASEANに対して進めている日系アグリビジネスの特徴的な点としては、食品では100パーセント出資の企業は半数に満たない、つまり合弁・委託形態が目立つ点が挙げられる。また、現地需要の増大という点が投資決定のポイントとなっている点も特徴的である。今後の投資動向については水準の現状維持が予測されるが、飲料企業の積極的なM&Aやハラル認証対応の広がりといった動きも注目されている。これらを踏まえ日系資本のASEAN戦略については、現地資本・欧米資本との関係も踏まえて引き続き詳細な分析を行っていく必要性が述べられた。

 川端氏による報告は、企業の多国籍化の発生メカニズムに関する理論モデルから説き起こし、それに照らしてマレーシアのIHHヘルスケア、エアアジアの多国籍化の事例を中心に検討された。IHHヘルスケアは、マレーシアに拠点を置くヘルスケア系の巨大企業で、ASEAN域外のトルコでも事業を展開している。多国籍化を遂げたプッシュ要因としては、カザナ・ナショナル(政府出資の投資ファンド)による支援、アジア通貨危機の影響で私立病院から公立病院への需要シフトの発生、プル要因として進出先であるトルコの積極的な受入れ環境整備が指摘された。
 エアアジアについては、政府からの直接支援はなかったものの、マハティール期にエアラインビジネスの健全な競争のための政策が芽生えたこと、相手国側の需要の高まりや世界的な航空制度の変容が同社の多国籍化に追い風となったことが指摘された。
 最後に「中所得国の罠」について、マクロの部分のみを見て否定的に捉える視点を乗り越えていく必要性が指摘された。途上国では多くの資本を投下しなくともインターネットを通じて様々なビジネスが展開しており、ミクロの生活の質や利便性という観点から先進国との格差は縮まっているとも捉えられるためである。

 報告後、岩佐氏の報告については、農・食をめぐる国際関係の現状をどうとらえるか、統計資料をどう読み解くかなどの点をめぐって活発な議論が行われた。川端氏の報告に関しては、先進国の多国籍企業を分析する枠組みである理論モデルの適用可能性やASEAN域内の経済自由化や企業の多国籍化に応じた各国政府の政策変容などについて活発な議論がなされた。
 出席者は、発表者のほか、加藤剛、上田曜子、和田喜彦、木場紗綾、加納啓良、西口清勝、中井教雄、西直美の各氏と林田秀樹の11名であった。
開催日時 2017年7月4日 12時20分~15時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① Accessibility to Finance of SMEs in CHAMPASAK Province
② How sustainable is commercial banana production in Laos?
発表者 ① Dr. Xayarath Khongsavang(Faculty of Economics and Business Administration, National University of Laos)
② Dr. Piya Wongpit(Faculty of Economics and Business Administration, National University of Laos)
研究会内容  今回は、当研究会メンバーである瀧田修一氏(東亜大学)の紹介で、ラオス国立大学経済経営学部より発表者として標記の二氏を招き、同国の中小企業金融と商用バナナのプランテーション栽培の展開をテーマとして開催した。以下では、それぞれの報告の概要を紹介する。

 現在、ラオスにおいて40万以上存在するとされる中小企業の能力強化は、同国の社会経済開発上の重要課題となっている。 Khongsavang氏からは、資金獲得に際して困難な状況に直面している中小企業について、同国南部チャンパサック県で産業部門を製造業・商業・その他サービス業という3つの部門に分割したうえで実施された調査結果を基に、どのような要素が各部門の投資に影響をもたらしているのかについて報告があった。3つの部門とも企業の多くは国内からの投資によって設立された小規模な個人企業であり、資金の借入れに当っての担保には土地の登記証明書が用いられている場合が多く、資金調達には当該企業の投資形態、収益状況、債務額、企業の設立時期などが影響を及ぼしていることなどが説明された。

 Wongpit氏の報告は、ラオスにおいて最近約10年間、中国系企業からの投資を受けて急速に発展してきている商業用のバナナ生産とその問題点に関するものであった。2014年時点で、バナナ・プランテーションの面積は約2万3千haで、輸出量は26万トン、輸出額は4万5千米ドルに上っている。そうした収入や雇用機会の増加などの経済的効果があるとされる一方で、数値化することは困難であるが、化学肥料や除虫剤、収穫後防腐剤等の使用による健康被害や環境汚染が広がっている。それらの健康被害・環境汚染はバナナ生産がもたらす経済的な利益を脅かすほどの規模に上り、その産業としての持続可能性可能性が脅かされると懸念される。また、バナナ・プランテーションの労働者は、貧困世帯や貧困地域に住む弱者であり、化学薬品の適切な使用に関する知識不足から大きなリスクを負っていることが説明された。

 二氏の報告に対しては、ラオスの国としての競争力から村落レベルでの生活に至るまで様々な質問があり、活発に議論が交わされた。ラオスは近隣諸国向けの輸出が半数を占めており、ヨーロッパや日本、韓国向けの輸出に対しては関税の優遇措置を受けている状態である。ASEANレベルで考えた場合、国としてどのように戦略的産業を育成していくかという点が喫緊の課題になってくる。報告者からはこうした点に関して、1つの商品作物に特化しない=モノカルチャー化しないこと、作物を加工し付加価値をつけて下流部門を含めた競争力をつけていく取組みが必要であることなどが指摘された。
 今回の参加者は、発表者のほか、瀧田修一、上田曜子、西口清勝、王柳蘭、西直美の各氏と林田秀樹の合計8名であった。
開催日時 2017年6月27日 12時20分~14時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ASEAN経済共同体(AEC)とリージョナル・バリュー・チェーン(RVC)
発表者 西口 清勝 氏(立命館大学名誉教授)
研究会内容  ASEAN経済共同体(AEC)が発足して1年半が経過したが、この間も制度構築とその活用に関して、機構としてのASEANと域内外の企業が様々な取組みを行ってきている。今回の報告は、ASEAN域内の価値連鎖(RVC)の進展とその世界の価値連鎖(GVC)への包摂が域内の経済にもたらす利益について検討するものであった。
 まず、報告の前半では、AEC設立に至る経緯が、設立当初からのASEANの歩みのなかに丹念に跡付けられるとともに、その制度の概要がAECブループリント2015を基に解説された。そのうえで、以下のような見解や評価が示された。すなわち、AECの主要な目的は、ASEAN自由貿易地域(AFTA)形成の取組み以来、域内貿易障壁を撤廃して「単一の市場と生産基地」を形成することにより域外から外資を誘引することにある。しかし、AEC発足以前からASEANの域内貿易比率が約25%、域内直接投資比率が20%未満という低率で推移してきていることなどから、「単一市場」形成の取組みは必ずしも成功しているとはいえない。そして、その要因として指摘されたのは、ASEAN諸国の産業構造が先進国とは補完的である一方で域内では互いに競合的であるという問題、域内諸国が外資依存の輸出指向型工業化政策を採用しているという問題であった。
 次いで後半では、AECにおけるRVCの進展に関連して、ASEAN事務局やUNCTADの見解が紹介され、その見解が一般的になっているという点に問題があることが指摘された。その見解とは、AECが中核となってRVCの進展とそのGVCへの包摂を促進し、生産・投資・貿易並びにビジネス上の連関を通じてASEANの連結性を高め、地域経済統合をさらに前進させるという好循環が生み出されているのだ、というものである。これに関して、OECDとWTOによって開発された付加価値貿易データベースを用いた計算結果を基に、GVCへの参加・包摂が促進されてきているとはいえASEAN域内のRVCによって生み出された付加価値の比率は相対的に低くASEAN加盟国は、そうしたRVCの進展とGVCへの包摂から多くの利益を得られているわけではない点が指摘された。途上国側に開放的な貿易・外資政策を迫るRichard Baldwinの「グローバル化のアンバンドリング理論」を批判的に検討し、Rashmi Bangaの途上国のGVC参加に関する見解によりながら、議論のまとめとして提示された報告者の結論は、およそ以下のようである。
 ●外資依存の輸出指向型工業化政策に沿ってAEC構築のためにGVCに参加することが利益
  をもたらす保証はなく、GVCに包摂されたRVCによっては実態のあるAECを構築できる保証
  もない。
 ●しかし、そのことは、GVCやRVCへの参加を軽視し拒否することがASEANにとって適切な政
  策選択であることを決して意味しない。
 ●重要なことは、GVCやRVCに成功裏に参加してそれが産み出す利益の配分を改善する政
  策を探求し採用することであろう。

 報告後、GVC参加による利益配分を改善するための具体策や付加価値貿易額の算出法などをめぐって活発な議論が交わされた。出席者は、報告者のほか、鷲江義勝、厳善平、上田曜子、王柳蘭、加藤剛、小林弘明、中井教雄、佐久間香子、西直美の各氏と林田秀樹の11名であった。
開催日時 2017年5月23日 12時20分~14時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 光塩館地階会議室
テーマ The Changing Balance of Power in Asia-Pacific: The Duterte Effect
発表者 Dr. Wilfrido V. Villacorta (Professor Emeritus, De La Salle University, the Philippines)
研究会内容  今回は、木場紗綾氏(政策学部)の提案で、他用にて来日中のWilfrido V. Villacorta(ウィルフリド・ヴィリャコルタ)名誉教授を招き、本学南シナ海研究センター(センター長:法学部・浅野亮教授)との共催でセミナーを開催した。ヴィリャコルタ名誉教授は、デラサール大学副学長(1983-1993)、 ASEAN事務局次長(2003-2006)、ASEANフィリピン政府代表部特命全権大使(2011-2012)を歴任した国際政治学者であり、現行(1987年)フィリピン共和国憲法の起草委員の一人として、特に独立した外交政策(Independence Foreign Policy)の条文及び外国軍の駐留に関する条項を担当した経歴をもつ。
 2016年6月のドゥテルテ・フィリピン新大統領の就任は、南シナ海問題をめぐる国際関係に変化をもたらした。講演は、ドゥテルテ大統領が選出され、いまだに高支持率を維持している国内的要因に焦点を当てるものであった。ドゥテルテ大統領と同年代である講師は、国内に蔓延する貧困問題や麻薬問題への国民の不満が、「強い」「伝統的タイプではない」リーダーを生んだと説明し、大統領はカジュアルかつ無知そうに振舞っているが実は聡明な法律家であり、特に共和国憲法2条7節の「独立した外交政策」を意識していると説明した。
 同大統領は、米比同盟強化・対中強硬姿勢を重視したアキノ前政権の外交姿勢を180度転換し、常設仲裁裁判所による南シナ海問題に関する裁定を棚上げし、対中批判を抑制してきた。本年はフィリピンがASEAN議長国を務めているが、4月のASEAN首脳会議での議長声明は同裁定への言及や対中批判も控える内容となっている。これについて講師は、①そもそも従来のフィリピンが他のASEAN諸国に比べて極めて対米寄りでありASEANのspoiler(野党)であったこと、②議長声明は議長国の独自見解であるという誤解が散見されるが、これはASEANの全加盟国の総意であること、を説明した。
 フロアからはいくつかの質問があり、活発な意見交換が行われた。南シナ海における紛争の回避を目的とする行動規範(COC)に法的拘束力をもたせることができるかという質問については、講師は、現時点では困難であろうが、中国の国内の世代交代により、中国の指導者層が次第に公民権や自由といった概念を重視するようになるであろうとのポジティブな見方を示した。外交政策の継続性に関する質問に対しては、長く市長を務めた大統領の「地方首長的な戦略」が今後どれほどの効果を上げるのかは未知数であるが、ごく最近外相に任命されたアランピーター・カエタノ前上院議員(ドゥテルテと組んで副大統領選に出馬して落選した。規則上、選挙に敗退した人物は1年間、公職に就くことが禁じられている)は安全保障政策に関して一貫した政策理念を有していることから彼に期待したい旨の回答があった。

 出席者は、講師のヴィリャコルタ名誉教授のほか、当研究会からは、上田曜子、和田喜彦、木場紗綾、日下渉、中井教雄、西直美の各氏と林田秀樹、南シナ海研究センターからは、浅野亮、坂元茂樹、鈴木絢女、小島誠二、張雪斌、吉田知史の各氏、合計で14名であった。
開催日時 2017年4月14日 12時20分~14時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ 東南アジア主要一次産品の生産と輸出-過去と現在の統計的概観(2)
発表者 加納 啓良 氏(東京大学名誉教授)
研究会内容  今回の研究会では、まず研究代表者の林田から、2016年度の研究会活動の総括と今後の研究会運営の方針に関する報告が行われた。それに基づき、参加者間で2017年度の研究会スケジュール、ゲスト講師の招聘計画、対外的な研究交流の促進、成果公表の方法と計画等について協議された。

 次に、加納氏よる発表が行われた。昨年5月の報告に引続いて、同氏の著書『図説「資源大国」東アジア―世界経済を支える「光と影」の歴史』(洋泉社歴史新書、2014年)で使用された統計資料を更新したうえで、東南アジア地域で生産される資源・一次産品及びその加工品の生産と輸出の実態に関する解説がなされた。今回取上げられたのは、①天然ゴム、②エネルギー資源、③ココナツ油・パーム油に関するデータである。それぞれのデータに関する報告の大要は次の通りである。
天然ゴムに関しては、全体の生産量は依然として合成ゴムより少ないものの、増大傾向が読取れる。国別の生産量については今世紀に入って以降、タイ、インドネシアが1,2位を占め続けている一方で、かつての最大生産国であるマレーシアが地位を下げ続け、現在では6位に甘んじている。
石油に関しては、インドネシア、マレーシアが経済成長に伴って近年消費量を増やし生産量を上回るようになっている。このほか、ブルネイを除くすべての東南アジア諸国で消費が生産を上回っていて、輸出国としての東南アジアの存在感は低下している。石炭生産に関しては、インドネシアが今世紀に入って急成長しており、世界全体でみるとオーストラリアと首位を争っている。地熱発電能力では、フィリピンとインドネシアが突出している。
ココナツ及びヤシ油(コプラ)の生産量は近年世界的にほぼ横這いであるが、輸出量には顕著に減少しており、パーム油への代替が進んでいることが窺われる。パーム油生産については、マレーシアの停滞傾向が同国のアブラヤシの生産能力の限界を表している。また、輸入国に関しては、インドとは対照的に中国に停滞傾向が窺われることが興味深い。
 いずれのケースにおいても、国別の統計データでみた場合と企業別のデータでみた場合とでは様相が大きく異なることに注意を要する。また、中国におけるエネルギー需要の上昇、各国の自動車産業の発展が、東南アジアにおける資源・一次産品の生産に大きな影響を及ぼしていること、東南アジア各国でエネルギー消費が増大してきておりエネルギー安全保障の重要性が高まっていることなどをめぐって、活発な議論が行われた。
 最後に発表者から、東南アジアにおける資源・一次産品の問題は、付加価値生産額全体に占める相対シェアこそ低下しているものの絶対的な生産量は伸びており、重要性は失われていない点が指摘された。

 今回の参加者は、発表者のほか、上田曜子、和田喜彦、鷲江義勝、鈴木絢女、岩佐和幸、加藤剛、西口清勝、中井教雄、佐久間香子、西直美の各氏と林田秀樹の合計12名であった。

2016年度

開催日時 2017年2月16日 12時20分~14時45分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ イスラーム教育が社会統合に果たす役割:タイ深南部を事例として
発表者 西 直美 氏(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程・院生)
研究会内容  タイは仏教国としてのイメージが強いが、マレー系のムスリムが多数派を占める南部の国境地域では長らくイスラーム系の武装組織との間での抗争を抱えてきた。今回は当研究会の最若手である西氏が、タイの深南部と呼ばれる地域(パッターニー県、ヤラー県、ナラティワート県)における調査を基にして、イスラーム教育が同国の社会統合に果たした役割について考察しようとするものであった。
 当地でタクシン政権期の2004年以降に激化した紛争は、タイ政府とマレー・ムスリム、仏教徒とムスリム、といった二項対立的な構図で描かれることが多い。また、「マレー・ナショナリズム」に基づくタイからの分離独立主義が問題にされてきた。しかし、2004年以降に特徴的なのは、マレー・ムスリム市民の犠牲者が多くを占めるようになっている点である。報告では、ムスリム・コミュニティ内部の多様性への視点が示され、本発表における問題意識として以下の3つの点が挙げられた。すなわち、①イスラーム改革派の深南部における動向の評価、②マレー・ナショナリズムの要素が強いとされる深南部の人々のタイ政府の教育政策に対する認識、③2004年以降の紛争の激化の影響である。
 深南部のイスラーム教育が、タイの教育政策に影響を受けて変化してきたことは明らかである。しかし、タイ政府による同化・統合政策のみならず、イスラーム内部からの動きに注目する必要がある。1980年代以降のイスラーム復興からの影響は、現地でサーイ・マイと呼ばれるイスラーム改革派の台頭をもたらした。近代的な学校教育制度との親和性が大きかったのがサーイ・マイであり、高等教育機関を中心として影響力を持っている。サーイ・マイは、深南部におけるマレーの伝統やマレー・ナショナリズムから距離を置く傾向があり、伝統的なイスラーム教育機関では否定的に捉えられる傾向があるタイ語の使用についても寛容である。こうした点から、イスラーム教育は、一面でマレー系ムスリムのタイへの統合を進めたことが指摘された。一方で、2004年以降当地の仏教徒が域外に移住したことで増加しているのが100パーセントムスリム地域である。こうした人口構成の変化が長期的に及ぼしうる社会統合への影響については、今後注視していく必要があるとされた。
 以上に加えて報告の末尾では、発表者が今後当研究会での分担課題に取組む手掛りとして、現地の農民によるゴム・アブラヤシ栽培に関する発表者の見聞が紹介された。

 今回の参加者は、発表者のほか鷲江義勝、上田曜子、鈴木絢女、木場紗綾、西口清勝の各氏と林田秀樹の合計7名であった。発表者の主張に対して参加者より、紛争と教育の関係、統合の定義について重要な指摘がなされた。これらの指摘が、発表者の今後の研究に活かされることが期待される。
開催日時 2017年1月31日 12時20分~14時50分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ アセアンと中国の経済関係―日中との比較も視野に―
発表者 厳 善平 氏(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科)
研究会内容  中国がGDPで日本を上回り世界第2位となってすでに7年が経つ。今回の厳氏の報告は、1990年代以降の急激な経済成長を通じて中国が塗り変えてきた世界経済の構図のなかにアセアン-中国間の経済関係の変化を跡付け、両国-地域間の関係、引いては日本を交えた東アジアの政治経済関係のあるべき姿を展望しようとするものであった。
 まず、中国経済の急成長と同国の海洋進出を脅威とのみ捉えるのではなく、特に前者にチャンスを見出そうとする視点が必要ではないかという発表者の問題意識が示され、本発表の課題として以下の3点が挙げられた。すなわち、①日中のアセアン外交の背景としての中国経済の成長とそのインパクト、②日本・アセアン・中国の対外経済関係の構造変化、③日本・中国経済の中長期展望とアセアンにおける日中のあるべき姿、である。
 ①に関しては、1990年代以降、中国がときに年率10%を大きく上回る実質経済成長を達成し、2015年時点で世界のGDP(米ドル評価)の約15%を占め、依然24%超で首位にある米国を急追するに至った一方で、日本のそれは6%弱にまで低下してきたこと、それには日中両国における生産年齢人口の近年における双極的な動態が大きな要因として働いたと考えられることが説明された。②に関しては、アセアン諸国の対中・対日貿易額シェアが1980年から2014年の間にそれぞれ1.8%から14.5%、25.9%から9.1%へと変化し逆転現象がみられること、中国-アセアン間の農産物貿易も急拡大してきており、2002年から15年までの13年間に中国の輸出は7.5倍、輸入は8.9倍にまで成長していて中国の当該品目における入超が続いていることなどが紹介された。そのなかで、「ルイスの転換点」後に立ちはだかる中国経済の成長の壁が「中所得国の罠」に陥る要因となるかなど、同国経済の課題と展望についても言及された。
 以上の議論に基づき、最後に③に関して発表者の主張が述べられた。すなわち、日本も中国も大切なパートナーであるという認識のアセアン諸国に対して、「日本か中国か」という選択を期待する日本の姿勢は再検討されるべきであり、対アセアン関係を含め、「日中関係の再正常化」が図られる必要がある、という主張である。その際、中国の台頭を「力による現状変更」ではなく、「力の増強に伴う変化」と捉える視点が必要であるとの見方が示された。

 今回の参加者は、発表者のほか、鷲江義勝、和田喜彦、関智宏、木場紗綾、加藤剛、西口清勝、加納啓良、佐久間香子、西直美の各氏と林田秀樹の11名であった。発表者の主張に対して、①②については、日本の対中投資によって引起される供給網形成を考慮する必要がある点、③に関しては、中国の経済的台頭を誰も否定はしないが、それは南・東シナ海での領有問題をめぐる同国の行動の肯定につながるものではなく、アセアン諸国もみな南シナ海のそれを歓迎していないと考えられる点などが指摘され、活発な議論が行われた。東南アジアにおける日中関係、それらを含むアジア太平洋の国際関係が抱える困難と重要性が浮彫りになった回であった。
開催日時 2017年1月13日(第Ⅰ部)13時30分~15時5分、(第Ⅱ部)15時20分~17時30分
開催場所 第Ⅰ部:同志社礼拝堂、第Ⅱ部:寒梅館6階大会議室
テーマ 南シナ海をめぐる問題:その実情と解決
発表者 ド・ティエン・サム氏(ベトナム社会科学院中国研究所教授)
研究会内容  今回は、当研究会メンバーである細川大輔氏(大阪経済大学)の提案でベトナムにおける中国政治・越中関係の第一人者・ド・ティエン・サム教授を招聘し、本学南シナ海研究センター(センター長:法学部・浅野亮教授)との共催でセミナーを開催した。たいへん貴重な機会であるので、議論の時間を十分確保できるよう2部構成のプログラムとした。
 第Ⅰ部は一般にも公開する形式の講演会として開催した。講演内容は越中関係を主題としつつも、南シナ海問題をめぐるASEAN加盟国の状況を体系的に整理した構成であった。以下、その概要を報告する。
 はじめに、南シナ海という海域の重要性を資源面、交通面、政治面の3点から確認したうえで、この問題に十全に対処できなければ当該海域の秩序を維持できなくなるとの氏の理解が示された。現在、この海域では4ヶ国(ベトナム、マレーシア、フィリピン、中国)が軍の常駐拠点をもち実効支配を行っている。以下に示すように、このなかでもとりわけ中国の動向は重要である。
 中国は1974年以降、パラセル(西沙)諸島を始めとする南シナ海全域の実効支配を強化・拡大し続けてきており、現在では、南シナ海海域の85%は自国の領域であると主張するに至っている。このような中国の実効支配と軍事拠点の建設・拡大は「軍事化」という概念で捉えられている。氏のいう「軍事化」とは、①軍隊の配備、②軍隊による当該領域のコントロールを指しており、これに当てはまる動向を見せているのは中国のみである。
 次いで、昨年の常設仲裁裁判所(PCA)の判決をめぐる各国の動向についても解説された。判決が下された後、中国は不参加、不承認、不実行の“3つの不(No)”の姿勢を見せた。一方、フィリピンには、領有権問題を一時棚上げにし対中戦略を調整するなど、ドゥテルテ新政権への移行に伴う外交姿勢の変化がみられる。ベトナムの立場はPCAの判決を歓迎しており、パラセル・スプラトリー諸島におけるベトナムの領有権は不変との立場を引続き主張している。
 南シナ海における安定的平和の維持に向けての氏の提言は、①国連海洋法条約を始めとする国際法の尊守に基づく平和的対話、②DOC(南シナ海行動宣言)の尊守とCOC(南シナ海行動規範)の策定を目指した積極的対話を促進することの2点である。一方で、南シナ海問題に対するベトナムの課題として、ベトナムの国力向上、経済改革を伴う経済発展、軍事力の拡大、歴史・法律、国際関係の研究の重視等が重要になるという見解が示された。
 最後に、サム氏が予想するいくつかの今後のシナリオが紹介されたが、最も実現可能性が高いのは、当該事案での争いを抱えながら現状を維持する路線であり、同時に、中国によるイトゥアバ島の占領という想定外の事態を防ぐための備えも必要である点が付加えられた。

 第Ⅱ部では、細川氏、佐藤考一氏(桜美林大学)からのコメントとサム氏のリプライを軸に活発な議論が交わされた。
 細川氏からのコメントと質問は、主に①ベトナムの対中政策の現状と昨年の党大会での指導部人事との関連、②PCA判決後のベトナム政府の動向と対中関係との関連、③比ドゥテルテ政権、米トランプ次期政権の対中政策がベトナムの外交戦略に与える影響、④米トランプ次期政権のTPP政策、南シナ海政策がもたらすベトナムへの余波等の論点をめぐるものであった。
 佐藤氏からのコメントと質問は、① ASEAN-中国間で COCの策定期限が未決であることの含意とそれに対するベトナムの見方、②南シナ海における秩序確立のためのレジームづくり、③2014年にパラセル諸島沖で発生しベトナムの対応が勝利を収めた中越衝突事件から、尖閣諸島沖での対中対立を抱える日本が汲むべき教訓、④南シナ海・東シナ海問題に顕著な中国の「海のシルクロード」戦略と並ぶ「陸のシルクロード」戦略へのベトナムの見方を問うものであった。
 サム氏からのリプライは、以上の質問にそれぞれ的確に回答するとともに、ベトナムの対中政策に深くコミットしてきた経験に裏打ちされた洞察を含み、他では接することができない識見と情報に富んでいた。

 第Ⅰ部の講演会の参加者は一般を含めて40数名であった。第Ⅰ・Ⅱ部を通じた関係者の参加者は、発表者のサム氏と通訳者の道上史絵、ダン・チュン・フンの二氏のほか、当研究会からは、細川大輔、上田曜子、和田喜彦、小林弘明、中井教雄、佐久間香子、西直美の各氏と林田秀樹、南シナ海研究センターからは、浅野亮、鈴木絢女、佐藤考一、嶋尾稔、小島誠二、木場紗綾、張雪斌、村上政俊、吉田知史の各氏、合わせて20名であった。
開催日時 2016年12月15日 12時20分~14時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 南シナ海紛争におけるマレーシアの内政と外交:
中小国の選択と地域秩序へのインパクト
発表者 鈴木 絢女 氏(同志社大学法学部)
研究会内容  中国との間に南シナ海における領有権問題を抱えるASEAN加盟国は複数ある。注目されることが多いのはフィリピン、次いでベトナムであるが、マレーシアもそのうちの一つである。今回の鈴木氏の報告は、米中等リーダーとしての大国ではなく、当事国である「中小国」の一つとしてのマレーシアが1990年代半ば以降南シナ海問題で果たしてきた役割について検討し、近年みられるようになったマレーシアの対中対応の変化の兆候を政府首脳の言動から明らかにし、その要因を探ることを目的とするものであった。
 まず、南シナ海問題の概要とマレーシアなどの中小国が当該問題に関して果たす役割の重要性について説明された後、先行研究に依拠して台頭する中国に対する関係諸国の対応の分類が紹介された。すなわち、(1)同盟国との結束強化や外交により中国の行動を抑止しようとする「ソフトバランシング」、(2)中国の優位を受入れる「バンドワゴン」、(3)中国の優位を受入れはするが、その程度がバンドワゴンよりも低い「アコモデーション」、(4)中国との対立のリスクを削減し自国の利益最大化を図る「ヘッジング」という分類である。そのうえで中小国が主として採用する対応は(3)か(4)であり、マレーシアが中国に対して採ってきたのは(4)のヘッジングであるとして、同国のこれまでの具体的な対応が3つに分けて分析された。
 第1のヘッジングは、「中国は脅威でない」というシグナルを送るという対応である。その事例として、2013~14年に中国海軍がボルネオ島近海で軍事演習を実施したことを重大視しない対応をとったことなどが紹介された。第2のヘッジング対応として挙げられたのは、マレーシアが、「南シナ海行動規範」の実現に紛争解決の糸口を求めるのではなく、国連海洋法条約に則って問題を解決すべきと主張するなど中国-ASEAN間の対立を先鋭化させない主張をしてきたことなどである。そして第3のヘッジングとして、現ナジブ政権が2012年4月の米比共同軍事演習に一部参加するなど米国との慎重な接近を図ってきた例が紹介された。
 以上のようなヘッジング対応をしてきたにもかかわらず、2015年11月の李克強首相のマレーシア訪問を機に明らかに中国に対する態度が軟化し始めてきていることが、首相の新聞への寄稿記事等を引用しながら紹介された。その訪問では、中国がマレーシア国債を買増しするなどの経済外交が展開されたのであるが、ナジブ政権が置かれている国内的な政治状況との関連で、現下のマレーシアの対中外交を分析する必要があることが指摘された。

 今回の参加者は、発表者のほか、上田曜子、和田喜彦、鷲江義勝、厳善平、関智宏、木場紗綾、加藤剛、西口清勝、西直美の各氏と林田秀樹の11名であった。発表の後、発表者が依拠した対中対応の分類の妥当性やマレーシアの対中対応の変化の要因、そしてその変化がRCEP、TPP等の広域経済連携に対するマレーシアの戦略に及ぼす影響等について、掘下げた議論が行われた。
開催日時 2016年11月22日 12時20分~14時55分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ASEANは生き残れるか:経済共同体と南シナ海問題を中心に
発表者 寺田 貴 氏(同志社大学法学部)
研究会内容  ASEANという組織が、アジア太平洋のなかでの存在意義を問われている。そのことは、1990年代半ばより域内経済統合に取組んできているにもかかわらず、域内貿易比率は23-24%程度で推移するばかりで上昇せず、中国が南シナ海における軍事的なプレゼンスを高めていることで生じている域内外国家間の軋轢に関して有効な解決策を提示できていないことに明らかである。今回の寺田氏の報告は、このようなASEANが今後、自らの存在意義を維持しつつ域内外の経済発展や政治的安定に寄与できるような組織として機能することができるかについて、その根本的な組織原則から問うことを趣旨とするものであった。以下、その概要をまとめる。
 現在ASEANは、自らがもつ固有の性質のために、結果指向的な域内政治経済の協調についてうまく対応できず、米中2大国間の相克のなかにあってなおさら組織的な効力を発揮できずに機能不全に陥っている。ここでいうASEAN固有の性質とは、「Talk Shop」と称されるような実のない声明しか出さない会議の繰返しであり、「ASEAN Way」といわれるコンセンサス主義に基づく意思決定や非拘束・内政不干渉原則であり、そして、加盟10ヶ国の一般的な対域外外交姿勢にのみ共通するだけで、南シナ海問題等の重要問題については無力な「ASEANの中心性」である。
 その一方で、新しく提起され構築途上にある地域協力枠組みには、米中による互いに排他的な枠組みが目立つ。TPPとRCEP、AIIBなどがその典型であり、ASEANはそのなかで主導的な役割を果たせていない。また、2002年にASEAN-中国間で合意された南シナ海行動宣言は、中国、とりわけその軍部が従うようなものにはなりえず、したがってそれを「行動規範化」しようとする試みも成功の見込みが薄い。また、経済共同体(AEC)にしても産業界での認知の程度が低く、域内経済統合を急速に促進していくべきであるとの圧力が内側から生じていない。
 以上より、次のように結論できる。ASEANが直面する現状を打開するには、ASEAN Wayというコンセンサス主義や内政不干渉原則を趣旨とする組織原則・意思決定原則を改めて独自の政策を対外的に実施できる体制にすること、ASEANからTPPへの参加国を増やして ASEANと米国経済との統合度を高めることによりルールに則った経済統治と規制を前者に浸透させて中国への過度の依存を緩和すること、ADBと AIIBとの間の競争を通じて日中間の競争をASEAN域内の開発に活用していくことなどが求められる。ただ、米国のトランプ次期政権がTPPからの離脱、AIIBへの参加を決定すれば、ASEANには中国が与しやすい状況が支配的となる可能性がある。

 今回の参加者は、発表者のほか、上田曜子、鈴木絢女、木場紗綾、中井教雄、西直美の各氏と林田秀樹の7名であった。発表者の明確な主張に対して、それを前提した場合のAECの意義、ASEANの経済政策立案に対する既存研究機関の関与、ASEAN Divideの克服等について討論が行われた。南シナ海における海洋権益とASEAN共同体のあり方という本研究の課題の重要な柱に直接関連するテーマであるだけに、今後引続き共同で深めていくべき論点を研究会の最中だけでなくその後にも整理する必要を感じさせる重要な機会となった。
開催日時 2016年11月8日 12時20分~14時50分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ Smoke and Mirrors: Problems with ASEAN’s Zero Burning Pledge, with Evidence from Indonesia
発表者 Dr. Adam Tyson(Faculty of Education, Social Sciences and Law, University of Leeds, UK)
研究会内容  1996-97年にスマトラで起きた大規模森林火災以来、ASEANが主体となって、アブラヤシ農園・林業企業と小農に対して、自然林に火入れをしない農園開発=Zero Burningを推進してきた。しかし、2015年には先の森林火災に匹敵する火災が引起した煙害(ヘイズ)がマレーシアやシンガポールにまで拡大し、国家間関係が緊迫する事態にまで発展した。この大規模森林火災とヘイズを引起したのが、やはり火入れによる野焼きであった。タイソン氏の発表は、スマトラ島リアウ州を事例に、インドネシア政府が宣言したZero Burning 政策の実施状況について検証・分析するものであった。
 リアウ州は世界最大のパーム油生産地であり、大企業の他、多くの小農がアブラヤシ産業に従事して生計を立てている。小農たちへの調査に関しては、これ以上の火入れに強く抗議する活動家の姿が紹介された。火災時のリアウでは、小農らとともにグリーンピース等の国際環境NGOやCIFOR等の森林研究機関等が消火・調査活動に取組み、火災とヘイズの実態に関するデータをウェブ上で公開するだけでなく、インドネシア政府に事態の改善を強く働きかけるロビー活動を行ってきた。
 驚くべきは、少なくとも公開されている農園コンセッションの地図がないことである。この状況では、火災発生地域は特定できても、その場所の所有主体を特定することができないことになり、世界最大のパーム油生産国としてZero Burning等の森林政策への懐疑を免れえない。
 また、世界最大の熱帯雨林地帯であるアマゾンとの比較でインドネシアの森林消失面積の推移に関するデータが示された。アマゾンでは森林消失面積自体は依然大きいものの近年減少傾向にあるのに対し、アブラヤシ農園開発が進むインドネシアでは逆に増加傾向を示しているというデータである。
 以上の調査・分析の結果として、インドネシア内の様々なアクター、あるいはASEAN加盟国間、インドネシアの各レベルの地方自治体間で当該問題に対する見解・関心度に差がある一方、それら公的機関と農園企業等民間部門の動きがかみ合っていない状況が明らかとなった。また、環境か経済か、という古典的なジレンマの克服が現在でも困難であることが再確認された。

 今回の発表は、一次産品生産とそれが引起す社会や自然資源への打撃に共同体としてのASEANがどう取組むかという問題への視角の重要性を再認識させるものであった。参加者は、発表者のTyson氏のほか、和田喜彦、鈴木絢女、関智宏、加藤剛、中井教雄、佐久間香子の各氏と、林田秀樹の8名であり、発表で取上げられたリアウ州から近隣諸州に問題となる現象が拡散していった経緯などについて、充実した質疑応答と議論が行われた。
開催日時 2016年10月13日 12時20分~16時55分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階共同研究室A
テーマ ①タイ自動車産業における日本の直接投資とローカル・サプライヤーの形成
②タイプラスワン時代の日本のものづくり中小企業-AEC活用の可能性-
③タイの農業とポピュリズム政策の展開-コメ政策を中心として-
発表者 ①上田曜子 氏(同志社大学経済学部)
②関智宏 氏(同志社大学商学部)
③小林弘明 氏(千葉大学大学院園芸学研究科)
研究会内容  研究会冒頭に、研究代表者より8月末に実施したジャカルタでの合同現地調査について報告し、今後の研究会予定の確認等を行った。

 今回は、「タイ特集」として3名の発表者を組織して開催した。それぞれの発表の概要は以下の通りである。

①上田氏の発表は、日本の自動車企業に部材を供給する地場企業の形成と発展に当該日本企業がどのような役割を果たしているか、今後両者の関係はどうあるべきかに焦点を当てたものであった。
 まず前半では、日本企業とりわけ自動車企業のタイへの進出経緯と現状の説明に重点が置かれた。タイでは、1960年以降外国企業誘致政策が展開されてきたが、日本企業の進出歴が50年以上と長く、ASEAN加盟国のなかでも当該部門におけるプレゼンスが高いこと、また日本企業にとってもタイは重要な進出先であることが種々のデータを用いて示された。
 後半では、日本企業からの技術移転と地場サプライヤーの形成との関係が説明された。一次サプライヤーとして受ける支援・指導や日系自動車企業での勤務経験を通じて高い技術力を身につけた地場の企業家が部材供給企業を創業することにより技術移転が行われてきたのであるが、そうした地場サプライヤーは日系自動車企業によって有効に活用されているとはいいがたい現状があり、タイの経済、日系自動車企業の双方にとって、それら地場企業の有効活用が今後求められるとの結論が導かれた。

②関氏の発表では、アジアに進出する日本の中小企業数の伸びが顕著にみられる昨今、タイへの日系中小企業の進出の成否と近年の同国における制度転換との関係をテーマとするものであった。以下、発表者が2つの制度転換に関して日系中小企業が現地進出する際に留意すべきとした事項をまとめる。
 (1) 最低賃金制度の転換:最低賃金は年々上昇しているが、2013年1月には地域別ではなく全国一律の最低賃金が、労働者の国籍や職種を問わず適用されることになった。他方で、出稼ぎタイ人の出身地回帰が多くタイ人労働者の採用は困難になり、近隣諸国からの外国人労働者を採用するケースも出てきている。
 (2) 投資委員会の投資恩恵制度の転換:2015年1月に投資奨励制度がゾーン制から業種別恩恵制度に転換した結果、労働集約型産業の外国企業はタイでは歓迎されず、既存の当該部門企業もCLMVとの国境地帯に移転している。
 結びとして、タイに進出する日系中小企業の3つの課題、すなわち1) 労働力の確保、2) タイ経済社会への貢献、3) ASEAN、特にメコン圏市場への照準について説明があり、3)との関連でAECの活用について議論された。

③ゲスト講師として招聘した小林氏の発表では、タクシン首相及びその後のタクシン派政権が、支持基盤強化のために展開してきたコメ価格支持によるポピュリズム政策が紹介・検討された。
 まず、タイがWTOウルグアイラウンド農業合意に基づき23品目を関税化したこと、そして、輸出補助の削減、新規の輸出補助金の禁止を実施したことが紹介された。また、1982年以降のコメ政策の変遷が年表を用いて説明された。中でも重要な転換点は、2001年にタクシン政権による担保融資制度が国内農業(主にコメ)保護の主役になったことである。これにより、市場価格を上回る融資単価設定がコメに顕著にみられようになった。
 結局、行過ぎたコメ保護政策は財政圧迫の要因となり、2014年には軍事政権が政策を改め、コメ政策に係る大規模財政支出が削減されることとなった。現在タイは、農業の価格政策から構造改革政策へと方向転換しつつあり、軍事政権下ではポピュリズム政策の必要性は小さいといえる。他方、票を求める今後の政権がどのような政策を打ち出すかは不透明ではあるが、農業保護の流れは変わる可能性があるとの展望が示された。

 参加者は、発表者3氏と、厳善平、鷲江義勝、和田喜彦、鈴木絢女、木場紗綾、西澤信善、西口清勝、佐久間香子の各氏、並びに林田秀樹の12名であった。今回の研究会は、製造業と農業の両部門の動向を政府の経済政策と関連させて議論することで、現在のタイの政治経済を総合的に理解し、同国によるAEC利用の今後を展望するための貴重な機会となった。各発表への質疑も活発に行われ、予定時間を大きく超過した。また、研究会当日は、奇しくもタイのプミポン国王が逝去され、我々研究会メンバーにとっても強く記憶される日となった。
開催日時 ① 2016年8月24日 10時~12時15分
② 8月25日 10時~12時10分
③ 8月26日 11時~12時10分
④ 8月26日 14時~15時05分
 (以上、すべて西インドネシア時刻)
開催場所 ① ASEAN事務局・Bougainvillea Room
ERIA(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia:東アジア・アセアン経済研究センター)オフィス
③ ジャカルタ ジャパン クラブ・オフィス
④ 東南アジア諸国連合(ASEAN)日本政府代表部
 (以上、所在地はすべてインドネシア共和国ジャカルタ首都特別州)
テーマ ASEAN共同体の制度構築と政策立案・実施に関する合同現地調査
発表者
Julia Tijaja, Ho Quang Trung, Le Quang Lan, Tan Tai Hiong, Marie Gail de Sagon, Margareth Naulie Pangabeanの各氏(以上、ASEAN事務局スタッフ)
神山茂樹 氏(Managing Director for Research Affairs(研究部次長), ERIA)、
山本恭太 氏(Deputy General Manager(総局次長), ERIA)
③ 吉田晋 氏(ジャカルタ ジャパン クラブ・事務局長)
④ 須永和男 氏(ASEAN日本政府代表部・特命全権大使)
  松原一樹 氏(同・政務部長/一等書記官)
研究会内容  今回の現地調査は、当研究会の研究対象であるASEAN共同体の制度構築と政策の立案・実施に関連して、同共同体の主要関連機関があるインドネシア共和国の首都・ジャカルタで、それら諸機関等を訪問して研究会参加者の共通の関心、並びに個人的関心に基づいた聞取りを行うことを目的に実施した。
 以下では、各訪問先で聞取った事項の概略を報告する。

① ASEAN事務局は、ASEANの組織的意思決定に関与する権限をもたない機関であるが、ASEAN経済共同体(AEC)行程表(ブルー・プリント)に記載された政策の実施状況等のフォローアップをその重要な役割の1つとして担っている。今回の訪問では、上記発表者欄にご氏名を記した ASEAN統合監視室、ASEAN経済共同体局市場統合部、同エネルギー・鉱物資源開発部の責任者の方々から、貿易・投資に関連して実施されている、域内市場統合やグローバル供給網への参画に向けた政策の実施状況についてブリーフィングを受けた。

② 2008年発足のERIAは、前年の東アジア首脳会議(EAS)で設立が合意された国際機関で、東アジア経済統合推進を主目的としてEAS参加国の諸課題を調査・研究し、同参加国の首脳や閣僚に政策提言を行っている。今回の訪問では、ERIAの設立と東アジア経済統合の経緯を踏まえ、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)とTPPの双方を推進することについての組織的立場や機関内での研究状況、及びASEANの各種会議体における政策立案に関する働きかけ(政策研究へのASEAN事務局や関係各国のインボルブ、政策対話・提言)等について説明を受けた。

③ 現地で日系企業の商工会議所的機能を活動の柱の一つとしているジャカルタ ジャパン クラブでは、ASEANの重要な構成国であるインドネシアへの日本企業の進出について、60年代以降の長期的な動向、並びに2014年の大統領選前後の傾向変化など直近の動向について詳しい説明を受けた。また、同クラブが年に1回行っているASEAN事務総長への政策提言活動、インドネシアで頻繁に行われる経済関連法令の改変にクラブの会員企業が対応することを補助するための活動等についても聞取りを行った。

④ ASEAN日本政府代表部では、同代表部とASEAN常駐代表委員会、及びASEAN事務局との関係や、同代表部がASEAN加盟国間の協力プロジェクトにどのように関与しているか、TPPやRCEPの形成に関連してASEAN加盟諸国に対してどのように働きかけているかについて説明を受けた。また、各年のASEAN議長国との関係のもち方、及びERIAと連携したASEAN域内の経済統合・経済発展格差縮小に関する取組み、並びにいわゆる「ASEANの中心性」に関する日本政府の立場や考え方についても聞取りを行った。

 上記の通り、発表者は訪問先の各氏11名、当研究会からの調査参加者は細川大輔、ンガウ・ペンホイ、太田淳(④のみ参加)、西口清勝、加藤剛の各氏、並びに林田秀樹の6名であった。なお25日午後には、ペンホイ氏がアレンジしてくれていたASEANカンボジア政府代表部への訪問予定が入っていたが、訪問の前日に同代表部大使に重要な国際会議参加の予定が入ったとの理由で残念ながらキャンセルとなった。
 今回の調査は、研究会参加者の当研究会での分担課題に直接・間接に関連する事項について聞取りができたという点に加えて、ASEAN共同体、特にAECの制度構築と政策立案・実施過程の現場で様々な任務に携わる諸氏から非常に具体的な説明を受けることができた点、そして相手がいずれも殆ど初めての訪問先であったために調整の苦労は多かったが、それゆえ却って新たな人的繋がりを構築できた点において、たいへん有意義であった。秋以降の研究会で、今回の調査結果を可能な限り多くのメンバーで共有していき、来年度も今回の経験を踏まえより発展的に同趣旨の調査を継続したいと考えている。
開催日時 2016年7月26日 12時20分 ~ 14時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 南シナ海問題とフィリピン新政権
発表者 木場紗綾氏(同志社大学政策学部・助教)
研究会内容  2016年7月、中国が主張する南シナ海のほぼ全域にわたる管轄権について国際仲裁裁判所が「中国が歴史的な権利を主張する法的根拠はない」して中国側の主張を全面的に退ける裁定をくだしたことは記憶に新しい。今回の木場氏の発表内容は現在、もっとも注目度の高い国際問題が取上げられた。
 冒頭に、本発表における「海洋権益」と「ASEAN共同体」の2つのターミノロジーの確認がおこなわれた。それはまず、「海洋権益」について、フィリピンが南シナ海で主張している海域(中沙、南沙)は一次資源が豊富な地域ではないため、本発表の文脈においては資源問題ではなく、安全保障の問題として捉えるべきという点;そして「ASEAN共同体」について、ASEANの様々な対話プラットフォームを視野に入れて分析するべきであり、特にADMMプラス(拡大ASEAN防衛大臣会合)を通じた防衛外交に注目する点である。
 海洋安全保障とフィリピン政府の立場・見解についての経緯と現状について、概略的な説明のあと、南沙諸島における人工物建設等による中国側の実効支配とフィリピン側の実効支配策の双方について具体的な解説ながされた。
 南沙諸島を含む南シナ海問題に直面するフィリピン・ドゥテル新大統領(2016年6月30日就任)の外交政策は、大胆不敵に過激な発言を放つイメージとは裏腹に、意外と堅実な態度で対処していく見通しが、その閣僚人事などから示された。また、ドゥテルテ新大統領は南シナ海問題をめぐる仲裁裁判所の裁定への支持を表明したものの、それ以上強く中国側を非難することはしていない。これについては、自国へのブーメランを危惧していること、中国がフィリピン国内に整備しつつある高速道路などのインフラ提供に配慮したことの2点が指摘された。
 次いで、ASEAN共同体内での解決の糸口が見いだせない南シナ海問題について、多様なプラットフォームで模索が続けられており、その中のADMM、およびADMMプラスでの議論の経緯と内容が紹介された。同時に、ASEAN本体ではない公式/非公式の会合の動向に注目することの重要性が強調された。
 参加者は、木場紗綾(発表者)、西口清勝、細川大輔、厳善平、上田曜子、和田喜彦、鈴木絢女、関智宏、中井教雄、佐久間香子、Erdi Abidin(インドネシア・タンジュンプラ大学社会政治科学部=外部参加)の各氏、並びに林田秀樹の12名であった。研究発表の後、発表者の提示した諸々の論点をめぐって1時間以上にわたる活発な質疑応答と討論が行われた。
開催日時 2016年6月27日 15時00分 ~ 16時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ カンボジアにおける外資導入政策
発表者 ンガウ・ペンホイ 氏(王立プノンペン大学開発科学部・准教授)
研究会内容  報告の冒頭で、カンボジアの直近のマクロ経済動向、並びに1970年代以降の同国の政治と社会経済の歩みが概観された。とりわけ詳しく紹介されたのは1989年以降の市場経済化政策であり、なかでもその第1の柱である国有企業の民営化について詳細な解説がなされた。そして、もう一方の柱が外資導入政策であったとして、当該政策がもっていた歴史的位置づけについて言及された。
 次いで、産業部門別のGDP比率や成長率、貯蓄-投資ギャップ、貿易収支、並びに相手国別の輸出入比率の推移等、カンボジアの基本的なマクロ経済指標の動向についての解説がなされた。このなかで注目された事実は、輸入元は中国が圧倒的なシェアを占めているが、最近はタイ、ベトナムのシェアが上昇傾向にあるとされたことである。これは、現在建設ブームのカンボジアがタイ・ベトナムから資材を輸入していることが要因となっているとの見解が示された。
 また、部門別GDP比の分析では、製造業部門の9割が主として中国からの投資によって形成された縫製業が占めているという過剰依存状態が指摘された。そして、報告の主題である部門別総投資統計(2011~2015年)に関する分析では、最近、製造業部門では日本企業の精密機械企業の進出が、インフラ部門では中国政府からのODAや中国企業による投資が顕著であるとの傾向が示された。そして、当研究会の課題とも深く関連するが、ベトナムからゴムや胡椒、アブラヤシ等の農園を造成するための投資が盛んになってきており、現地住民との間にコンフリクトも生じている点が紹介されたことは特に興味深かった。
 最後に、経済開発政策の立案に関する最近の動向が紹介された。2015年に初めてカンボジア人官僚によって立案された産業開発政策では、製造業への外資誘致に過剰依存することから人材育成へと重点を移すべきである旨主張され、今後はGVCへのリンケージの高い産業分野に優遇措置を設けており、それに関連した法整備が今後進んでいくであろうと展望が示された。
 参加者は、ンガウ・ペンホイ(発表者)、岡本由美子、中井教雄、佐久間香子の各氏、及び林田秀樹の5名と少なかったが、滅多に聞けないカンボジアの外資政策、並びに同政策と第1次産業部門との関連について、充実した質疑応答と討論が行われた。
開催日時 2016年5月27日 12時20分 ~ 14時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ 東南アジア主要一次産品の生産と輸出-過去と現在の統計的概観(1)
発表者 加納 啓良 氏(東京大学名誉教授)
研究会内容  最初に出席者による簡単な自己紹介の後、林田より今後の研究会の予定に関するアナウンスと、寺田氏の論考が収録された論集 Trade Regionalism in the Asia-Pacific: Developments and Future Challenges(ISEAS, 2016) の紹介があった。
 続いて行われた加納氏による発表の概要は、以下の通りである。
 報告では、同氏の著書『図説「資源大国」東南アジア――世界経済を支える「光と影」の歴史』(洋泉社歴史新書、2014)の内容が、同書中で使われた統計データを更新したうえで、解説された。今回の発表で取上げられた資源は、①コーヒーと茶、②甘蔗糖、③米、④金属鉱物である。それぞれ、大要次の通りである。
 ①コーヒーの消費量は、アジア・オセアニアにおいて近年顕著に伸びてきており、それと連動して生産量も増加したため、ここ数年、アジアからの輸出量は南米に匹敵するものとなっている。今後の中国での消費の伸びが注目される。
 ②21世紀以降のサトウキビの生産量では、かつて世界一を誇ったインドネシア(ジャワ)だが、2014年現在、東南アジア4ヶ国(フィリピン、インドネシア、タイ、ベトナム)の中で最下位となり、代わってタイが首位となっている。
 ③米(籾米)の生産量推移に関する最新のデータが紹介された。特徴として、ベトナムの顕著な生産量の増加が挙げられる。一人当たりのコメの消費量ではベトナムが顕著な伸びと示していたが、全体的にコメの消費量が下降傾向にある。他方、東南アジア全体における小麦の輸入量が急速に伸びている。
 ④缶詰からハイテク端末にまで不可欠な資源スズ、並びにボーキサイト、銅、ニッケル鉱をそれぞれ取り上げて最新の動向が解説された。
 今回は、上記の著作の内容の半分が報告されたが、後半の⑤天然ゴム、⑥石油・天然ガス・石炭、⑦ココナツ・アブラヤシについては、秋学期に改めて機会を設け、加納氏に報告していただくこととした。
 なお今回の参加者は、加納啓良(発表者)、加藤剛、西澤信善、西口清勝、和田喜彦、厳善平、上田曜子、鷲江義勝、日下渉、鈴木絢女、佐久間香子の各氏と林田の計12名であった。 
開催日時 2016年4月26日 12時20分 ~ 14時40分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A
テーマ ①研究計画・研究会運営について、②AEC諸文書にみる一次産品の取扱いとASEAN加盟国の域内外との一次産品貿易
発表者 林田 秀樹
研究会内容  今回の研究会では、まず、研究代表者である林田から、今後3年間、及びそれ以降の長期の展望を含めた研究計画と今年度の研究会運営について報告があり、それについて参加者間で協議が行われた。研究会は基本的に学期中に毎月1回開催することを確認し、今年度の各月の研究会日程と発表者を決めた。
 参加者から、毎回全員が研究会に参加できるわけではないので、メンバー間での資料・情報共有のためにウェブサイト等のプラットフォームを早い段階で整備しておくべきとの指摘があった。これを踏まえて、今後はDropbox等、低コストで資料共有できるシステムの導入を検討することにした。
 次に、林田が標記テーマで研究報告を行った。前半では、ASEAN経済共同体(AEC)の骨格を規定する2つの文書(AEC Blueprint 2015, 2025)のなかで、本研究会が主な研究対象とする一次産品、並びに自然資源に関連する問題がどのように取扱われ、共同体としてそれらに関連してどのような方向が目指されているのかについて報告された。次いで後半では、ASEAN加盟諸国の貿易データ分析に基づく研究報告が行われた。まず、「一次産品」の定義について、貿易統計上の分類法であるHSコードに則して検討が行われた。研究の初期段階で整理しておく必要があるとして、膨大な貿易品目を対象に一次産品の線引きを検討した。さらに、ASEAN各国の最近の貿易データ(国連貿易統計)を用いて、ASEAN域内の貿易動向全体と一次産品の輸出入動向を分析し、次のような傾向を抽出した。すなわち、近年、ASEAN加盟諸国の対域内一次産品貿易輸出額が輸出総額に占める比率が増加しつつあると同時に、域外への一次産品以外の輸出が増大してきているという傾向である。この状況を説明するための仮説も提示されたが、その仮説の検証もしくは他の仮説についての検討は、今後の課題とされた。以上の報告に対して、参加者からは多くの質疑が行われ、それについて報告者-参加者間で活発に意見が交わされた。また、参加者からは、データ処理上の問題についても重要な指摘があった。
 なお参加者は、関智宏氏、上田曜子氏、木場紗綾氏、鷲江義勝氏、鈴木絢女氏、厳善平氏、和田喜彦氏、加藤剛氏、佐久間香子氏、林田秀樹の10名であった。