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第2研究 キリスト教社会福祉の総合的研究―聖書、歴史、思想、実践― 研究代表者:木原 活信(社会学部)

 社会福祉とキリスト教の関係を、(1) 聖書釈義、(2) 歴史・思想、(3) 理論、(4) 実践の4つの柱から検討する。これら4つの柱がバラバラに考察され、それぞれが分断化されたことで、結果的にキリスト教社会福祉の全体像が曖昧となり、研究がすすまなかった。このことを反省し、第21期は神学的な4つの柱を踏襲して、キリスト教社会福祉の意味、定義、その全体の課題を明らかにしていく。(1) 聖書釈義では、聖書箇所から福祉課題にかかわるところを抽出し釈義する。(2) 歴史・思想では、これまでの人文研キリスト教社会問題研究の伝統を継承し、同志社の社会事業の歴史研究をすすめる。(3) 理論では、キリスト教社会福祉学の定義そのものを探求していく。(4) 実践では現代のキリスト教による福祉実践を国際的視座で考察する。

2024年度

開催日時 第1回研究会・2024年6月18日 13時10分~15時05分
開催場所 同志社大学 臨光館412教室/オンライン(Zoom)
テーマ 「中国における非公認教会(家庭教会)の社会福祉思想」
発表者 羅傑夫
研究会内容  中国では、政府の公認を受けていない「家庭教会」と呼ばれるプロテスタントキリスト教が近年急速に拡大しているが、その実状はあまり知られていない。発表者の羅傑夫氏は、これまで文献調査と現地インタビューを通じて、家庭教会の実状と福祉事業について明らかにしてきた。今回の発表では、特に対象を「農村部の伝統家庭教会」と「都市部の新興家庭教会」に具体化し、それぞれの実情と福祉思想を考察した。
 中国の家庭教会の主要部分を占める「農村部の伝統家庭教会」について、羅氏は彼らが依然として教会の生存と発展を目指し、社会参加には消極的であることを指摘した。その要因として、家庭教会が三自愛国運動への参加を拒否した根本主義のキリスト者によって形成された場合の多いゆえに、政府や社会との関わり方が十分にはわからないことなどが挙げられた。
 一方、「都市部の新興家庭教会」は社会参加に対して概ね積極的な姿勢を示しているが、その位置づけには相違が見られる。ある教会は慈善事業を「見える形での福音」と捉え、別の教会は「福音の準備作業」として考えている。また、慈善活動を行う際に、自分たちがキリスト者であることをどの程度はっきり示すべきかについても教会ごとに異なる姿勢が見られた。
 長らく特殊な状況に置かれていた中国のキリスト教は、世界のキリスト教界とは独自の発展を遂げており、ローザンヌ宣言などの神学的潮流も完全には浸透していない。しかし、21世紀に入ると、中国の中流層でボランティア精神や市民意識が目覚めつつあり、都市部の家庭教会もその影響を受けていると羅氏は指摘する。また、農村部の伝統家庭教会は依然として社会参加に積極的ではないが、かつてのように絶対的に否定する考え方は変化しつつあり、今日では「反対はしないが、推奨もしない」という態度に至っているという。
 発表後のディスカッションでは、社会福祉学と神学・キリスト教思想の両面から質問やコメントがなされた。

2023年度

開催日時 第4回研究会・2024年2月2日 14時00分~15時45分
開催場所 同志社大学明徳館1
テーマ 19−20世紀転換期の日本社会と「救済」観の変容
発表者 関口寛
研究会内容  20世紀初頭、政府は被差別部落に対する改善事業を開始した。その背景には、人々の生命・生活に介入して社会の効率・生産性の向上を図る新たな「救済」と統治のメカニズムが窺われたと関口氏は指摘した。これは日本に限ったことではなく、第1次大戦の後の西洋でも同様であったと言う。マゾワー(2015)らによる議論では、社会的マイノリティに対する「包摂」と「排除」の政治を通じて「人種的福祉国家」が形成されたとされる通りである。
 当該期に登場した新たな「救済」は、その対象をどのようなフレームによって補足し処遇したのか。そのポリティクスについて日本近代の慈善、社会事業、差別問題の事例をもとに議論した。特に時間の関係で1)に力点を置いた。
1)19世紀末~20世紀の日本社会と「救済」:(1)「非人」「御救」小屋制度と1871年の身分解放令の関係と恤救規則、初期議会における「救貧法」案の不成立(井上友一の「施与主義」「濫救批判」)について取り上げた。また、(2)科学的知見に基づく欧米社会事業の移入と巣鴨周辺の関連施設をとりあげ、留岡幸助の監獄改良運動と欧米視察から彼が科学的知見の影響による旧来の「施与主義」を否定した点を紹介した。また高島平三郎『児童心理講話』の影響について触れ、「科学」を重視した処遇の萌芽を説明した。
2)救済の制度化と社会事業の展開:貧民研究会、感化救済事業の影響について触れ、特に遺伝と環境の相互作用を考慮した社会改良の構想について三宅鉱一の環境と遺伝や中川望の人種改良論の当時最新とされた議論を紹介した。
3)部落改善政策の開始:1)2)の議論の延長線、すなわち「科学的」処遇や理論が、差別としての部落問題を位置付けてきた経緯を説明した。特にそこでの「社会事業の父」留岡幸助の中心的役割について、その時代の彼の差別的言説にも触れつつ、これらの議論を主導したとする。
 以上から、最後に1918年の米騒動が被差別部落主導であると言う金子準二の歪められた言説、また京都山科村事件の裁判官の差別発言を紹介しつつ、これらに抗った1911年の明石民蔵の抗議を紹介した。
開催日時 第3回研究会・2023年12月5日 13時10分~15時30分
開催場所 同志社大学臨光館412教室/オンライン
テーマ 中国西南部における非公認教会である「家庭教会」の現地インタビュー調査についての報告
発表者 羅傑夫
研究会内容  中国では、政府の公認を受けていない「家庭教会」と呼ばれるプロテスタントキリスト教が近年急速に拡大しているが、その実状はあまり知られていない。発表者の羅傑夫氏は、これまで文献調査によって、中国の家庭教会の実状と福祉事業について明らかにしてきたが、今回の発表では現地インタビュー調査の結果を報告された。特に新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは大きな変化をもたらしたと考えられるため、貴重な調査報告であった。
 羅氏の調査は、2023年7-9月の期間に、中国南西部にある5つの家庭教会の8名の教職者を対象として、半構造化インタビューの手法で行われた。
 インタビューの結果から明らかなことの1つは、中国では大人数で集会を行うことができず、信徒の地域や属性に応じてグループを分けて礼拝を行っている教会の実例や「将来の発展に向けて、大規模な家庭教会となることを望んでいるわけではなく、中国の国情に合う小規模な家庭教会を目指している」というインタビュー結果も紹介された。また羅氏はこれらの調査から、「教会は外部社会に対して有益な事業を展開することを望んでおり、また、適切な機会が訪れた際に、新しい教会を設立するために一部のメンバーの派遣を計画している」という指摘もなされた。中国西南部の家庭教会は制約はあるが、教会の外の社会に対する関心と責任感は喪失していないということも、このインタビュー調査の結果が示す重要な点といえよう。
 なお、大規模で専門的な福祉事業が行われている事実は確認されなかったが、「ミニストリー基金」やクリスマスプレゼントを教会近くの老人ホームや清掃労働者へ配布したりする活動などが紹介された。
 発表後にはディスカッションが行われた。現代日本のまなざしで見つめるならば、社会福祉事業とは言えないようなことでも、それらの中に先駆的・萌芽的な取り組みが含まれている可能性は大いに考えられるとして、引き続いての調査を期待する講評が述べられるなどした。
開催日時 第2回研究会・2023年6月6日 13時10分~14時40分
開催場所 同志社大学臨光館412教室/オンライン
テーマ 竹内ケースワーク論の『科学』と『価値』の検証―『社会的基督教』との関りを問う視角から―
発表者 今堀美樹(大阪体育大学教授)
研究会内容  竹内愛二(1895-1980)は日本におけるケースワーク論の嚆矢とされるが、それはケースワークの体系的な著書では日本初となる『ケース・ウォークの理論と実際』(1938)を出版したゆえである。しかし、竹内がこの著書を発表するまでには2冊の著書と30本の論稿が発表されており、論稿の半数を超える19本は『社会的基督教』誌上に発表されていた。『社会的基督教』誌は、中島重(1888-1946)が主導した宗教思想運動「社会的基督教」の機関誌であるが、1932年から1942年にかけて出版されたこの機関誌は、1930年にアメリカ留学から帰国後すぐに運動に加わった竹内の、論稿発表の場となっていた。しかし、竹内ケースワーク論に関する先行研究の多くは、『社会的基督教』誌上の論稿を見落としてきた。本発表の目的は、「社会的基督教」というキリスト教思想運動への関わりが竹内ケースワーク論の「科学」と「価値」に与えた影響について検証することである。
 議論の結果、竹内が中島の「社会的基督教」における主張を、幼少期からの苦しい生活を支えてきた信仰によって受け取り、「社会事業」から「厚生事業」への変更という時代の要請に「積極的な意味付け」をなし、戦後においてもケースワーク論の「価値」として継承したことが検証できた。しかし晩年に、竹内はロジャーズ理論への共鳴によって「実存主義的アプローチ」を主張し、ケースワーク論の「価値」を転換させた。竹内ケースワーク論と菅の神学思想との、そしてロジャーズのカウンセリング理論との類比には、「科学」を探求し、そして「科学」を越えようとする、「科学」と「価値」が相互作用する方向性の類比が見出された。
開催日時 第1回研究会・2023年5月30日 13時10分~14時40分
開催場所 同志社大学臨光館412教室/オンライン(Zoom)
テーマ 中国における非公認教会の福祉事業に関する研究
発表者 羅傑夫
研究会内容  1970年代以降のキリスト教界では、キリスト教徒の社会的責任に対するコンセンサスが形成され、従来社会的関心の低かった教派においても、地域福祉に対するキリスト教会の役割が意識されるようになってきている。また、改革開放以降の現代中国社会は、宗教団体が福祉事業に参加するための幅広いプラットフォームを構築してきた。発表者の羅氏は、こうした状況における中国の非公認教会(家庭教会)の福祉事業の現状と課題を文献研究によって明らかにすることを試みられた。
 発表の前半では、非公認教会の現状について、共産党政府の宗教政策や都市部と農村部の状況の相違などの情報も補った説明がなされた。これにより指摘されたのは、非公認教会の発展速度と信徒数はすでに公認教会を大幅に超えており、中国のキリスト教の非常に重要な部分を占めているということである。
 発表の後半では、中国における非公認教会の福祉事業の現状が紹介された。農村部は国家権力の「真空地帯」であり、社会保障制度も不完全であるため、この地にある非公認教会は地域に対し「精神的な慰め」「公共文化生活の充足」「扶助ネットワークの提供」を提供しているという。これに対して都市部の新興非公認教会は「災害支援」「医療衛生」「学校教育」「養老サービス」といったより専門的な社会事業や献血・植樹・障害者支援・環境保護など様々なボランティア活動にも関わっているという。
 最後に羅氏は、非公認教会の福祉事業の課題を四点指摘された。(1)法的地位がない。(2)不安定で脆弱な組織形態。(3)専門知識と人材の欠如。(4)布教の傾向の強い事業展開。
 発表の後には、キリスト教徒の社会的責任や中国における社会福祉などについてディスカッションが行われた。
 羅氏が発表の前半で指摘されたように、現代中国社会において非公認教会は無視することの出来ないほどに大きな勢力となっている。そうした非公認教会が福祉事業に本格的に関与するようになれば、キリスト教界のみならず中国社会全体に対して及ぼす意義は大きいだろう。その意味で非常に興味深い発表であった。

2022年度

開催日時 第6回研究会・2023年1月28日 10時~13時
開催場所 同志社大学臨光館412教室
テーマ フィンランドと日本の合同社会福祉セミナー
「日本とバングラデシュの児童養護施設の性(生)をめぐる言説」
「フィンランドにおける高齢者のコロナ禍でのデジタル使用をめぐる諸課題―孤独に着目して」
発表者 Sari Heikkinen, Johanna Holmikari, Anne Eskelinen (Laurea University)
木原琴(大阪大学大学院博士後期課程、スクールソーシャルワーカー)
研究会内容  フィンランドから社会福祉の研究者3名を同志社大学へ迎えて、日本とフィンランドの文化や宗教の違いを踏まえつつ、それぞれの国において社会福祉がどのように実践して展開されているのかについての特別な研究会を開催し、議論を展開した。二つの学術的報告を受けて、日本とフィンランドの社会福祉研究に関して、自由な雰囲気で情報交換をしながらの有意義な研究セミナーとなった。使用言語は英語。
 日本側から、木原琴(大阪大学大学院)が、「日本とバングラデシュの児童養護施設の性(生)をめぐる言説」について英語により研究報告をした。日本とバングラデシュでの児童養護施設における参与観察、特にバングラデシュでの児童養護施設での人類学的なフィールドワークを通して、そこでの「性」(生)をめぐる言説、特に施設の職員がもつ子どもの性についての意識などの諸言説に着目して詳細な分析に基づいた報告がなされた。
 また、フィンランド側からは、 Sari Heikkinen (Laurea University) が共同研究者のJohanna Holmikari, Anne Eskelinenらとともに、「フィンランドにおける高齢者のコロナ禍でのデジタル使用をめぐる諸課題」について研究報告をした。高齢者の孤独という課題について議論し、それがコロナの状況で、そのように変化し、そしてICTがそれに対していかなる役割を持つのかについての調査をもとに報告がなされた。
 その後、参加者全員で質疑討論がなされランチをとりながら自由な討論を続けた。コーディネーターには木原活信が、通訳者は、北口陽子が担った。
開催日時 第5回研究会・2022年12月10日 13時~14時
開催場所 同志社大学至誠館22教室 およびオンライン
テーマ 福祉実践を問うミクロ・マクロの暴力克服――可傷性(ヴァルネラビリティ)は個人の尊厳実現の光となりうるか――
発表者 加藤博史(龍谷大学名誉教授)
研究会内容  第5回研究会を、同志社大学社会福祉学会の年次大会の基調講演に合流するかたちで開催した。講演者の加藤博史氏は本研究会会員であるが、その発表は、暴力克服の方法について、古今東西の様々な思想と実践に言及しつつ考察するものであり、「可傷性」(ヴァルネラビリティ)すなわち「弱く傷つきやすい在り方」の重要性を特に強調するものであった。
 加藤氏は冒頭で、Welfare(良い暮らし)としての福祉とWell-being(良い生き方)としての福祉という二つの概念について、前者は暴力克服の起点とはならず(なぜなら、戦争によって失業者が減ったり軍需産業が経済を活性化したりすることで国民のWelfareが向上する場合があるから)、「相互のいのちを生かし合うことを起点」とするWell-beingとしての福祉こそ暴力克服への道であり、前者は後者の手段として位置づけられるべきだと述べた。そして、Well-beingの価値観として次の三点を挙げた。
  1. 「個人の尊厳とエンパワメント」
  2. 「自然生態系の力動的均衡、交互作用性の活性化志向」
  3. 「弱く傷つきやすい在り方(ヴァルネラビリティ)への愛」
 また、これらの対極にあり、暴力の蓋然性を高める要素として、生きることの脱意味化や自己支配拡大志向、マッチョ優位志向などがあることも指摘した。
 そして、これらの諸点に関して様々な思想や運動に言及し、個の尊厳の重要性、自国中心主義批判や弱国主義の意義、ナルシシズムの問題点とセルフリスペクトの重要性、等々を明らかにした。加藤氏が言及した一つ一つの思想と実践は大変興味深いものであり、聴く者を深い思索へと誘いインスピレーションを与えるものであったが。
 こうした議論を踏まえた上で、加藤氏は結語として次のように述べられた。
「児童虐待、憎悪犯罪、戦争は繋がっています。暴力を克服するには、私たちはもっと弱くなり、弱さを解き放ち、弱さを表現できなくてはなりません。(中略)ソーシャルワーカーは、自覚的にヴァルネラビリティを養う必要があります。そして、重い知的障害を〈生きる〉人、重い精神障害を〈生きる〉人に私たちの隣りに居てもらって、私たちに〈共に生きる〉ことを問いかけ続けてもらう必要があります。」
 基調講演の後のシンポジウムも自由参加の形で、研究会のメンバーの多くが参加し、長時間にわたって議論することができた。
開催日時 第4回研究会・2022年11月22日 13時~14時
開催場所 同志社大学臨光館412 およびオンライン
テーマ 現代における中国宗教団体の福祉事業の変遷過程―中国キリスト教の高齢者福祉事業を例に―
発表者 羅傑夫(同志社大学社会学研究科博士課程(後期課程))
研究会内容  中国の宗教と社会福祉の変遷と概略について、特にキリスト教との関連を中心に以下のように議論した。
 古代から近代までの社会では、政府や社会組織が未発達であったために、相対的に宗教団体の組織的なネットワークが組織的に福祉事業を実行することがあった。しかしながら1949年の中華人民共和国の成立以降、計画モデルの枠組みを形成したことにより、今まで中国で活躍していた宗教的福祉事業は姿を消した。
 1980年代の改革開放以降、中国は計画経済から市場経済へと移行し、経済が急速に発展したと同時に、社会問題が徐々に顕在化してきた。政府の負担を分担し、政府と市場をつなぐ社会的組織の育成と発展が不可欠となった。1978年以前の中国政府は常に宗教的福祉事業に対して否定的な態度をとってきた。学術界も宗教に消極的で否定的な立場をとっていたが1978年以降は宗教への立場を変容させた。多くの会議は「社会主義社会に適応するよう宗教を積極的有益な公共の福祉や慈善活動に従事することができる」と指摘するようになった。その意味で、理論レベルでは、中国政府が宗教は現代中国の社会に不可欠な要素となっているということを認めたと言えると発表者は指摘した。
 改革開放以降、中国のキリスト教団体は高齢者福祉を含む福祉事業に積極的に取り組み始め1200以上の高齢者福祉施設を創立した。一方、中国における宗教的社会福祉事業を阻む要因は、宗教団体の側(内的要因)にも政府や社会全体(外的要因)にも存在しているとして、具体的な提言もそれぞれ述べられた。
 学術界も宗教の積極的な側面を認識し、宗教的福祉事業に関する研究も注目を集めるようになった。しかしそのほとんどは制度政策としてのマクロレベルの社会福祉であり、特定の宗教団体によって行われる特定のサービスに関する研究は見られない。 これらの諸課題について議論し、参加者とともに討論した。
開催日時 第3回研究会・2022年11月7日 17時30分~19時30分
開催場所 同志社大学臨光館412 およびオンライン
テーマ 自著『医学とキリスト教――日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』の内容紹介と今後の課題
発表者 藤本 大士
研究会内容  昨年刊行され、矢数医史学賞を受賞するなど高く評価されている『医学とキリスト教――日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』について、著者であり本研究会のメンバーである藤本大士氏が内容と今後の課題について報告した。
 同書は医学史とキリスト教ミッション史の双方に位置づけられる研究であるが、今回は特にミッション史に関して「日本宣教におけるアメリカ人医療宣教師の役割は、時間の経過とともにどのように変化していったのか?」という点について丁寧な報告がなされた。
 上述の問いについて報告者は、日本宣教開始当初に医療宣教師が果たしたのは、西洋医学の優位性を示すことによりキリスト教伝道をスムーズに進める「ドア・オープナー」の役割であったが、日本において西洋医学が普及するようになってからは、その役割を実践的慈愛の担い手に変えて行くことで医療宣教の意義を維持したと述べた。加えて、医療宣教は日本人クリスチャン女性にキャリアの選択肢を与えることにも繋がったことも指摘された。
 また、報告の後には参加者で様々な観点からの議論がなされたが(例えば、明治初期のキリスト教排撃の風潮の中での医療宣教師たちの対応、進化論への態度、医療宣教師と医療ソーシャルワーカーの協働、医療宣教師がどのような人々と地域を対象としたのか等々)、本研究会のテーマとの関連において特に重要と思われるのは、医療宣教師のアイデンティティに関するコメントとそれへの応答であった。医療宣教師は医師としてのアイデンティティを強く感じ、医療行為を目的としていたのか?それとも宣教師としてのアイデンティティを強く感じ、信徒獲得を目的としていたのか?という質問に対し、藤本氏は、医療宣教師の中にはヘボンのように按手を受けた牧師であると同時に正規の医師資格を持つ者もいたが、医師資格のみを持つ信徒宣教師もいたことを示し、人物と時代によってアイデンティティはまちまちであるとの見解を述べた。また、時代を経るにつれ、医師資格取得の高度化が進み、牧師と医師の両立が困難になっていったことも指摘された。
 この、医療か?信徒獲得か?という問いは医療宣教の成果に対する評価にも関わる指摘であった。また、医療宣教への評価に関して報告者が述べた、「我々はなぜ、海外への医療支援を無条件によいものと考えているのか?」という問いかけも、キリスト教社会福祉を研究する者にとってきわめて重要なものであった。
開催日時 第2回研究会・2022年11月2日 13時~15時
開催場所 同志社大学臨光館412 およびオンライン
テーマ 菅円吉の神学思想の変遷における竹内ケースワーク論との接点の検証
発表者 今堀 美樹
研究会内容  菅円吉(1885-1972)は、カール・バルト(Barth,Karl:1886-1968)の神学研究における日本の草分け的存在であったが、彼のバルト神学は本質理解に到っていないという批判がある(雨宮、2006)。その理由は、戦時体制下においてキリスト教弾圧に対峙する姿勢が見られなかったことにある。しかし、戦時体制下において菅は、宗教思想運動の「社会的基督教(SCM : Social Christian Movement)」を神学的に導こうと力を注いでいた。それが「バルト神学」との出会いの契機をもたらし、やがては「社会的基督教」の神学的誤謬を指摘し運動から離れていくことにもなった。こうした、菅の「社会的基督教」との出会いを契機とした神学思想の変遷を対象とした先行研究は、極めて少ない。
 本発表では、「社会的基督教」への菅のかかわりを巡る神学思想の変遷に着目し、その過程で報告者が主たる関心を寄せる竹内愛二(1895-1980)といかなる接点があったのかを議論した。その上で、菅が『関係の神学』に著した神学思想から竹内ケースワーク論の「価値」について検証する視点について報告した。
 菅については、「社会的基督教」と出会い、それを導き、やがて離れていくという神学思想の変遷を示す資料が存在する。また、戦後における神学思想を知る資料も豊富である。しかし竹内には、戦後において、自己のケースワーク論の「価値」に「社会的基督教」がいかなる影響を及ぼしたのかを示す資料が無きに等しい。
 最晩年において、日本基督教社会福祉学会に対する「社会的基督教」からの継承性に関する主張が確認できる唯一の資料である。そのため、戦時下に「社会的基督教」を神学的に導こうとした菅の神学思想の戦後における展開から、竹内ケースワーク論の「価値」と照合させ検証する視点について本報告で議論した。
開催日時 第1回研究会・2022年5月17日 13時~15時
開催場所 同志社大学 臨光館412 およびオンライン
テーマ 竹内愛二のケースワーク論における『心理主義的偏向』の検証
発表者 今堀 美樹
研究会内容  本報告では、「竹内愛二のケースワーク論における『心理主義的偏向』の検証」というテーマで、竹内のケースワーク理論を再考し、特に心理主義的傾向という点に迫った。竹内愛二(1895-1980)は1938年に、我が国では初となるケースワークの体系的著作を世に出した日本のソーシャルワーク研究を代表する人物である。竹内は、日本で最初にケースワークの体系的な著書である『ケース・ウォークの理論と実際』(厳松堂1938年)をあらわしたことから、日本におけるケースワークの祖述者としての地位を得たともいわれ、日本ソーシャルワーク理論史には逸することのできない存在である。他に代表的な著書として『専門社会事業研究』(弘文堂1959年)、『実践福祉社会学』(弘文堂1966年)がある。
 竹内の研究目的は、近代化をする我が国に噴出した社会問題に、アメリカで学んだケースワークを活用する有効性を主張するためであった。そして、社会福祉実践には「実践の科学化」が必要であると主張する為でもあり、それがのちに日本の現代のソーシャルワーク研究に大きな影響を与えた。しかし、竹内が主張したこの「実践の科学化」は、当時のアメリカで進行していた「ケースワークの心理主義的偏向」と軌を一にすると、多くの後学の徒から理解され、それが批判の的となった。
 本報告は、竹内が主張した「実践の科学化」とはそもそも何だったのか、その主張の本意を明らかにすることを主な目的とするものであった。それは、彼の主張がもつ歴史的意味の再検証ともなるだろう。検証の方法として、1942年出版の非行少年の事例研究に焦点をあてた。ケースワーク理論の有効性や応用可能性等を主張する際、彼が何より重視したのは事例研究であり、そこに彼の「実践の科学化」の本意があらわれていると考えるからである。