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第8研究 東南アジアの小規模生産者に関する部門横断的研究―地域経済・社会の内発的発展への貢献を考える―研究代表者:林田 秀樹(人文科学研究所)
本研究の目的は、インドネシア、マレーシア、タイを始めとする東南アジア諸国において、外国資本でない現地の小規模農家(小農)や小規模漁業者、あるいは中小零細企業等の小規模生産者が、厳しい経済環境のなかでどのように自らの生業・事業を展開しているかに関してフィールド調査を中心とした調査を実施し、彼らの生業・事業の継続的展開が当該生産者の拠点が位置する地域社会にどのような経済的貢献を行っているかについて解明することである。従来、東南アジアの小規模事業者に対しては、産業部門ごとに個別の学問分野から独立したアプローチで研究が行われてきているが、本研究では、各部門の小規模生産者たちが当該地域の経済・社会に総体としてどのような貢献を行ってきているのかについて、経済学、経営学、地域研究等人文・社会科学の諸分野から横断的にアプローチし、部門間比較を行いつつ学際的な調査分析を行う。
2024年度
開催日時 | 第7回研究会・2024年11月30日 13時00分~17時05分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ① ツバメの巣産業から見るサラワクと西カリマンタンの農山村 ② 西カリマンタン小農の多品目栽培農地におけるドローンを用いた詳細な作付け状況把握の試み |
発表者 |
① 佐久間 香子氏(東北学院大学地域総合学部) ② 渡辺 一生 氏(京都大学東南アジア地域研究研究所) |
研究会内容 |
今回の研究会は、メンバーの佐久間香子、渡辺一生両氏による2本立てのプログラムとして開催された。発表者は、いずれも科学研究費助成事業・国際共同研究強化B(課題名:「西ボルネオの土地利用変化:空撮と聞取りによる実態と要因のクロスボーダー比較分析」、課題番号:22KK0012、研究代表者:林田秀樹)のメンバーであり、今回の発表は、当該プロジェクトでの研究経過報告でもあった。以下、それらの概要について報告する。
佐久間氏の発表は、今日のインドネシアとマレーシアの小規模生産者の社会経済的動向を知るうえで、高級中華料理食材として知られる「ツバメの巣」に注目する意義と今後の可能性を提示するものであった。
前半は、ツバメの巣の生産について、現在のマレーシア・サラワク州における「天然の巣の採集業」と「養殖業」が紹介された。同州において、ツバメの巣は、19世紀中葉から取引きされてきた商品であるが、当初は内陸部先住民によって洞窟のなかから得られた天然の「採集物」であった。しかし、今世紀に入り、ツバメの巣は専用建屋で「養殖」され始めた。発表では、自身の調査に基づいて、サラワク州内だけでもツバメの巣の生産者の属性と生産方法が一様ではないことが詳細に報告された。
他方、インドネシアではすでに1980年代にツバメの巣の養殖が本格的に始まっており、現在でも、世界で取引きされるツバメの巣の約80%が同国産である。発表では、インドネシア国内のツバメの巣の生産者について、同国西カリマンタン州における2023・24年度の調査結果が報告された。同州での調査で確認できたすべての事例で、ツバメの巣の生産は専用建屋を利用した養殖であった。
後半では、流通・消費に焦点を当て、ツバメの巣がなぜ高額で取引きされ、それがいかなる価値の付与対象となり、付与される価値が時代とともにいかに変化してきたかについての考察が展開された。こうした議論を踏まえて、最後に、ツバメの巣の生産は、小規模生産者にとって多生業の一部として常に身近な生業であること、それゆえ他の産業の動向と併せて分析する必要があるという主張が述べられた。
発表後の質疑応答では、成鳥を呼び寄せて建屋内で営巣させる方法を「養殖」と呼んでいいのか、産業としてここまで成長しているのに企業による独占的なビジネスになっていないことをどう考えるべきかなどについて、活発に意見が交わされた。
第2発表者の渡辺氏は、佐久間氏と同じく2023・24年度に他の科研費プロジェクト・メンバー(林田、祖田、上原)とともにインドネシア・西カリマンタン州、並びにマレーシア・サラワク州で小農たちの土地利用に関する調査に参加している。同氏は、ドローン空撮並びに空撮された画像・映像の解析の専門家であり、当プロジェクトを技術面で支える重要な役割を担っている。今回は、まず、ドローン空撮による画像で、どのように3次元データが構成されるのか、どのように「オルソ画像」と呼ばれる、解像度が高く広範囲に及ぶ用地の静止画像を合成するのかについて、技法上の解説がなされた。
続いて、これまでの2年間で西カリマンタン州において撮影され、後に合成された数地点のオルソ画像を用いて、各調査地の代表的な栽培作目、特に果樹等園芸作物や農園作物の作目について、視認による分析結果が提示され、地域ごとの作目の差異がいかなる要因によって生じているのかなどについて推測が示された。オルソ画像が示されたのは、西カリマンタン州クブ・ラヤ県のプングル・クチル村、プングル・ブサール村、並びにムンパワー県スンガイ・ピニュー郡、及びシンカワン市の特定地域で、主にアブラヤシ以外の作目が栽培されている農用地である。
そして最後に、調査対象地の小農たちがとっている生存戦略をどう読み解くかについて問題点が提示された。私たちが追いかけているのは、同州では現在レアケースになってきている農業であるが、それを追求する理由は何か、レアケースの生存戦略を読み解く手法は何か、また、何がわかれば読み解いたといえるのか、といった問題である。
発表後の質疑応答では、上記の諸問題をめぐって活発に討論が行われ、現在の小農たちの栽培作目の選択は、かれらの生存戦略だけで説明できるのかといった論点も提示されて、議論は今後の調査研究の方針の検討にまで及んだ。
今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催予定であったが、結局、参加者は対面参加者のみであった。参加者は、研究会メンバーとしては、発表者2氏のほか、森下明子、祖田亮次、大泉啓一郎、上田曜子、上原健太郎の各氏と林田秀樹の8名が、オブザーバーとして、西川純平(同志社大学商学部)、中野真備(人間文化研究機構/東洋大学アジア文化研究所)の2氏が参加し、合計10名の参加者であった。
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開催日時 | 第6回研究会・2024年10月26日 13時00分~17時00分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ① タイ労働力の質(人的資本)を教育の質から考える ―国際学力テスト(PISA2022)の結果から― ② ワモンダコは東南アジア海域世界を変えうるか? |
発表者 |
① 上田 曜子 氏(同志社大学名誉教授) ② 中野 真備 氏(人間文化研究機構/東洋大学アジア文化研究所) |
研究会内容 |
今回の研究会は、メンバーの上田曜子氏と、ゲスト講師の中野真備氏による2本立てのプログラムとして開催された。上田氏は、近年、タイの経済成長を支える人材育成の基盤としての教育に関心をもって研究を進められている。中野氏は、インドネシア東部島嶼部地域の漁撈に関する研究を専門とする気鋭の若手研究者で、今年度最初の、初年度の2022年度以降では4人目のゲストであった。以下、それぞれの発表の概要について報告する。
上田氏の発表では、まずタイの政治・経済の概況について説明があった。同国経済は10年も低迷を続け「中所得国の罠」に陥っているとされるが、2023年成立の新政権の下、最低賃金が引上げられ今後もそれが継続する見込みである。ここで、タイの労働生産性が賃上げ水準ほどに上昇していないことが経済低迷の原因ではないかという見解が示された。そして、これを検証する手掛かりとして、2022年に実施された国際学力テストPISA(数学)の調査結果を用いた分析結果についての説明があった。PISAは義務教育修了直前の生徒(15歳)を対象に実施されており、学校教育の質、引いては労働力の質を定量化する指標となりうる。
PISA2022の結果から、タイの受験者の認知スキル(学力)について以下の点が明らかになった。約7割が「現代経済において生産的に参加するために必要な認知スキル」 (OECD定義)の水準に達していないこと、高得点層が1%に過ぎないこと、社会経済階層別では、最上位25%(最富裕層)の生徒の平均点が突出して高く、他の階層の平均点は低い水準にとどまっていることである。
以上より、今後、タイが高所得経済を目指すのであれば、労働生産性を高めるために、中等教育就学率を引き上げて、すべての若者に基本的スキルを習得させ、同時に高度な知識を身に着けた人材を育成する必要があると主張した。
質疑応答では、タイにおける基本的スキル普及の重要性、中国のEVメーカーの進出、並びに日系自動車メーカーが構築した供給網の中国企業による利用の問題等をめぐって活発な議論が行われた。
次いで、中野氏の発表は、インドネシア東部で近年盛んになっているワモンダコ漁にかんする現地調査に基づいて、東南アジア海域世界においてマダコ科のワモンダコ(Octopus cyanea)の生産・流通の展開可能性を論じるものであった。
まず、東南アジア海域世界における代表的な「海民」であるサマ/バジャウ人と、彼らが従事してきた海産物採捕の特徴について説明がなされた。主に生産地で消費される在地海産物、並びに生産地周辺での消費より輸出を主目的に採捕される特殊海産物に分けると、彼ら海民の採捕活動で重要な位置を占めてきたナマコやフカヒレ、ハタ類などの高級海産物には、元々在地海産物だったものが、輸送技術の革新によって主に中国食文化圏で消費される特殊海産物と化したものもある。サマ人たちの漁獲対象は国際市場の影響を受けながら変容してきたが、近年ワモンダコが重要になりつつあり、その背景には従来の漁場における資源減少と、世界的なタコ消費の高まりがあることが指摘された。
次に、バンガイ諸島でのワモンダコ漁について、在地消費から商品化の時代にかけての漁具・漁法の変容過程が紹介された。近年のタコ漁ブームには、コスト面や技術面における新規参入のしやすさに加えて、特にコロナ禍を契機に中国市場向け海産物取引が減少したことも影響したと考えられた。また、ワモンダコの場合は、中国市場を主要消費地とする華人中心のネットワークではなく、在地の仲買人が中心となってインドネシア国内や日本、メキシコ等へ仕向けられていることが指摘された。最後に、コールド・チェーンの整備如何では、ワモンダコの流通が一層劇的に変化する可能性があることが示された。
発表後の質疑応答では、ワシントン条約など国際的な動向や社会的インフラストラクチャーとの関わりなどについて活発に意見が交わされた。
今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、赤嶺淳、中井教雄、中村和敏、上原健太郎の各氏と林田秀樹の7名が、オンラインでは、祖田亮次氏が参加し、合計8名の参加者であった。
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開催日時 | 第5回研究会・2024年9月28日 13時00分~17時20分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ① 東南アジアの「フロンティア」再考 ―スマトラ島の農園開発と多拠点生業を事例に― ② モビリティの現代的展開 ―ボルネオ先住民の生業変化― |
発表者 |
① 小泉 佑介 氏(一橋大学大学院社会学研究科) ② 祖田 亮次 氏(大阪公立大学大学院文学研究科) |
研究会内容 |
今回の研究会は、メンバーの小泉佑介、祖田亮次両氏による2本立てのプログラムとして開催された。発表者は、いずれも科学研究費助成事業・基盤研究B(課題名:「転換期のパーム油関連産業:需給/環境制約と問われるインドネシア・マレーシアの選択」、課題番号:22H03832、研究代表者:林田秀樹)のメンバーでもあり、今回の発表は、当該プロジェクトでの研究経過報告でもあった。以下、それらの概要について報告する。
まず、小泉氏の発表では、インドネシアのスマトラ島リアウ州の事例に基づいて、「人の移動」が社会と空間の関係にもたらす影響に注目することの重要性が論じられた。
最初に、東南アジアの農園開発に関する従来の研究では、「人の移動」に伴う社会経済変化が十分に明らかにされてこなかったという問題提起がなされた。次に、この理由についての考察がなされ、小農や農園労働者は、特定の場所に定住し世代を超えて同じ生業が同じ場所で再生産されていくものとして位置づけられる傾向にあるためであると主張された。
そのうえで、途上国開発において強調されてきた「コミュニティ」や「フロンティア」などの概念を批判的に検討し、従来の農園開発に関する研究において見過ごされてきた「人の移動」とそれに伴う「混住社会の形成プロセス」に注目し、その実態をアブラヤシ栽培地域とココヤシ栽培地域での調査結果から明らかにすることが試みられた。最後に、農村という「面」的な視点ではなく、「点(アブラヤシ生産地)」と「線(移動)」のネットワーク的視点から捉え直す必要があるとの主張が展開された。
発表後の質疑応答では、「フロンティア」概念をめぐって活発に意見が交わされた。また、報告で用いられたNusantara Atlasに関する質問に対して、発表者から詳細な解説が行われた。
次いで、祖田氏の発表では、自身のフィールド調査から得られた知見に基づいて、マレーシア・サラワク州の内陸先住民社会の生業の変化とそれら先住民らのモビリティとの関係を明らかにしようとするものであった。
発表では、まず2000年代以降、当地においてアブラヤシという永年性作物の導入が盛んになり始めて以降、定住・定着化傾向に拍車をかけていると考えられることが多かったが、実際にはそれとは異なる事例が多数見られることが報告された。移動=migrationとは異なる、人々の流動=mobilityという現象が変わらずみられるからである。
次に、サラワクの先住民たちがアブラヤシのプランテーション栽培への関与の仕方を構築していくだけでなく自らの居住地を多拠点化させてきたことのほか、華人を含む都市住民のアブラヤシ栽培への参入、インドネシア人を始めとする外国人労働者の導入の常態化、デジタルツール活用の活発化、それらの帰結としての多生業の維持など、様々な要因が絡み合うなかで、先住民の生業形態や土地利用がどのように変化してきたのかについて、詳細な考察が展開された。
最後に、世帯やコミュニティの空間的拡大が生じていることが広く観察されているという知見に基づいて、「コミュニティ」や「集落」といった概念についても再考する余地があることが指摘された。
発表後の質疑応答では、アブラヤシ栽培の定着・拡大が先住民の居住・活動に与えた影響という核心的論点を中心に活発に意見が交わされた。
今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、中井教雄、上田曜子両氏と林田秀樹の5名が、オンラインでは、厳善平、岩佐和幸、赤嶺淳、中村和敏、渡辺一生、佐久間香子の各氏が参加し、合計11名の参加者であった。
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開催日時 | 第4回研究会・2024年7月27日 14時00分~17時25分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ASEAN版「マグニフィセント・セブン」の可能性に関する検証 |
発表者 | 中井 教雄 氏(広島修道大学商学部) |
研究会内容 |
今回の発表は、 ASEAN域内の株式市場における超優良銘柄群の存在の有無と、これに付随する集中リスクが小規模事業者(とりわけ中小企業金融)に及ぼしうる問題点に関するものであった。以下、発表の概要について報告する。
近年、米国ではマグニフィセント・セブン、中国ではBATH、欧州ではグラノラス、日本ではセブン・サムライ等と称される超優良銘柄群に対する投資の一極集中が生じている。その一方で、こうした極めて顕著な銘柄に対する過度ともいえる投資が、マクロ経済の側面から集中リスクとして懸念されつつある。今回の発表では、まず、各国・地域における超優良銘柄群を構成する企業について紹介された。
具体的には、①マグニフィセント・セブンは現代のデジタル時代において、革新的なテクノロジーとビジネス戦略を組合せて世界中で圧倒的な影響力を有し、株式市場全体の相場に与える影響も大きい、②BATHは国のテクノロジー産業を代表する企業群であり、EC事業、検索エンジン、ソーシャルメディア、通信機器など多岐にわたる分野を展開、③セブン・サムライは、会計や金融に関する選定条件から抽出されていることから、業績に基づく顕著な株価動向が示されている、④グラノラスは製薬中心としながらも業種は分散されており、欧州の主要株価指数に対する寄与度も大きい点などが説明された。
こうした各国・各地域の株式市場の情勢に対して、今回の研究発表では、ASEAN加盟国域内においては、域内全体としても、いずれの加盟国においても、特定の銘柄群のみが極端な株価の高騰や、これに付随する集中リスクが懸念されるという現象は生じていないということが示された。また、その主な原因として、ASEAN域内において、①間接金融重視の金融システムの国が多い、②取引通貨が異なるため資金流入の集中が生じにくい、③ASEAN証券取引所構想の断念などが指摘された。
本研究発表の最終部分では、ASEAN域内において超優良銘柄群の誕生した場合に想定される集中リスクとして、マクロ的なリスク及びASEANの連結と亀裂(国際政治経済のなかの不確実性)リスクの2つが示された。
発表後の質疑応答では、①ASEAN域内においては、過去に超優良銘柄群が存在したのではないか、②ASEAN域内では国家が強く影響を及ぼす企業が上場しているケースが少なくなく、それが現在のASEAN域内において超優良銘柄群が存在しないことと関係があるのではないか、③日米欧中ではスマイルカーブの上流部分で圧倒的シェアを占めるグローバル企業が一定数存在していることで超優良銘柄群が構成されるが、ASEAN域内ではそうした企業が存在していないために集中リスクが生じていないのではないか等、活発な議論がなされた。
上記の研究発表と討論の後、研究代表者の林田から、研究会としての今後の研究成果のまとめ並びに研究会の発展的継続に関する方針について説明があり、参加者全員で協議した。当初の方針は、大筋で了解された。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、森下明子、平賀緑、上田曜子、上原健太郎の各氏と林田秀樹の6名が、オンラインでは、厳善平、大泉啓一郎の両氏が参加し、合計8名の参加者であった。
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開催日時 | 第3回研究会・2024年6月22日 13時00分~17時05分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ①労働力供給からみた「持続可能なパーム油」の現段階 —マレーシアにおける外国人労働力依存を中心に— ②あらたな母船式捕鯨業構築への課題 ―ひらかれた日本捕鯨史研究をめざして― |
発表者 |
①岩佐 和幸 氏(高知大学人文社会科学部) ②赤嶺 淳 氏(一橋大学大学院社会学研究科) |
研究会内容 |
今回の第1報告は、マレーシアではアブラヤシを栽培する小農が外国人労働者を雇用するケースが少なくないという点で、第2報告は、近代捕鯨の主目的の1つが鯨油生産であったため東南アジアの小農による植物油原料の生産とも競合関係にあったという点で、今回の2本の発表は、本研究会の課題「東南アジアの小規模生産者に関する部門横断的研究」そのものである。
アングルの決め方、フレームの切り方、フォーカスの絞り方すべてにおいて異なる複数の写真が捉えようとしている対象が同じであるということは、社会・経済の実態を捉えようとする研究の世界にもある。一見無関係にみえる二葉の写真を眺めて、共通の対象を探すことは知的刺激に満ち想像力の次元を上げてくれる。譬えていうと、今回の2本の研究報告はまさにその二葉の写真なのであり、学際研究の醍醐味の1つはそうした写真を見比べることにあるのかもしれない。以下、2本の発表の概要について報告する。
第1報告は、科研費基盤研究(B)「転換期のパーム油関連産業:需給/環境制約と問われるインドネシア・マレーシアの選択」(研究代表者:林田秀樹、 23K25086)の一環として、マレーシアにおけるパーム油産業の労働力供給と「持続可能なパーム油」生産が抱える新たな課題についての発表であった。
近年、パーム油は、その原料基盤であるアブラヤシ農園の開発をめぐって厳しい眼差しが注がれており、RSPO等を通じた環境対応が進んできたが、他面で労働・人権面での対応が遅れており、特にマレーシアでは、米国や国際NGOによる告発に対する対応が迫られるようになっている。発表では、外国人依存の深化が進むマレーシアでの新たな模索が紹介された。
具体的には、マレーシアのパーム油産業が労働力不足に伴って外国人依存を深化させる一方、労働者側は過度の身体的・精神的負担を抱えていることが、国際的批判の的になっている。と同時に、コロナ禍で労働力の供給途絶が生じ、労働力安全保障リスクも発生するようになった。そこで、政府は各種調査・ガイドラインを通じて改善姿勢をアピールするとともに、農園企業も省力化による外国人依存の削減に着手するようになった。なかでも世界最大手のサイムダービー(現SDガスリー)は、労働環境の抜本改善と同時に機械化・自動化・デジタル化を通じた国内労働者主体の経営転換に取組んでいる。その意味で、労働面から「持続可能なパーム油」を考える際には、国内労働者も外国人労働者も尊厳が守られる「労働主権」の確立が課題であるとの主張が展開された。
発表後の質疑応答では、強制労働をめぐる評価と労働現場の改善策のあり方や、アブラヤシ農園における国境をこえる労働編成の変化と行方、米国規制への対応とマレーシア側の背景、多国籍企業の空間的回避戦略と国内規制の齟齬等、活発な議論がなされた。
第2報告では、2024年に新造船・関鯨丸が投入された日本の工船式捕鯨の将来をオープンに議論し合うため、90年にわたる日本の工船式捕鯨業史はいうまでもなく、近代捕鯨業120年の歴史を批判的に捉え直すことの必要性が説かれた。
冒頭において、まず日本の捕鯨研究が生存捕鯨を対象とする文化人類学によって牽引されてきた経緯が紹介され、日本市場向けの鯨肉ではなく、世界商品であった鯨油を分析対象とする近代捕鯨業のポリティカル・エコノミー研究の必要性が主張された。
次に、そのために必要となる作業として、いわゆる捕鯨文化論が、調査捕鯨が開始された1980年代後半に生起した社会経済的・政治経済的背景が説明された。そして、日本の捕鯨業が鯨油中心の操業から鯨肉のみの操業に変容する過程とその社会経済的背景が各種の統計資料を基に具体的に分析された。鯨食文化はナショナルなものではなく、ローカルなものであるという発表者の主張を裏づけるものとして、江戸時代に古式捕鯨で繁栄した長崎県の事例が紹介されるとともに、「おくんち」祭りに代表されるように長崎の人々と鯨類との関係の深さが強調された。日本列島各地における鯨類と地域社会との関係性が均質ではなく、地域的偏在性に富んでいることが、日本で捕鯨が発達してきた生態文化的特徴であることが逆説的に提示された。
発表後の質疑応答では、日産コンツェルンの総帥で日本初の南極海捕鯨を成功に導いた鮎川義介が抱いていたと想定されるグローバルな油脂戦略について、東南アジア研究を始めとした、パーム油や大豆油などの油脂のポリティカル・エコノミーを研究する視点から活発に意見が交わされた。
今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者の岩佐氏のほか、森下明子、上田曜子、祖田亮次、渡辺一生、平賀緑、上原健太郎の各氏と林田秀樹の8名が、オンラインでは、発表者の赤嶺氏が参加し、合計9名の参加者であった。
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開催日時 | 第2回研究会・2024年5月25日 13時00分~17時10分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ①中国における農業・農村・農民問題の新局面と今後の課題 ②インフォーマル雇用と社会保障 ―タイを事例に― |
発表者 | ①厳 善平 氏(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科)
②大泉 啓一郎 氏(亜細亜大学アジア研究所)
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研究会内容 |
今回は、研究会メンバー2氏による2本立てのプログラムとして開催した。第1報告は、中国の農業に関連するテーマ、第2報告は、タイの社会保障に関連するテーマであり、前者は地域的に、後者は対象となる経済主体の点で、本研究会の課題「東南アジアの小規模生産者に関する部門横断的研究」というフレームにすべての研究を収めきれない報告であるかもしれない。しかし、中国は、同じアジアの大国がどのような農民関連の問題を抱えているのかという点で、タイは、インフォーマル雇用と密接に関連する小規模生産者の動態という点で、本研究会の課題とオーバーラップする要素を有している。そうした分析フレームの適切な緩さが、本研究の特色でもあり、面白さでもある。以下、2本の概要について報告する。
第1報告では、長年中国を悩ませてきた農業不安、農村荒廃、農民貧困という「三農問題」が、近年どのように変容してきているのかが論じられた。
冒頭では、まず三農問題についての概説が行われ、次いで、今世紀初頭から目覚ましい経済発展を遂げてきた中国経済における農業、農村、農民のプレゼンスが低下しつつあることを背景に、三農問題への関心が薄らいできているが、これらの問題を軽視すべきではないという問題意識が提示された。
次に、三農問題の軽減、解消に向けての中国共産党中央の取組みについて、「中央1号文件」を手掛かりに考察が行われた。農業問題に関しては、食糧増産、家族農業から農場経営への構造転換とその背景について、現地調査から得られた知見を踏まえた分析が展開された。また、農村問題に関しては、戸籍制度改革のプロセス、「小城鎮」建設から新型都市化への移行を跡づけながら、農村が衰退しつつあるメカニズムが明らかにされた。最後に、農民問題に関して、「一国二戸籍」制度撤廃後の農民・農民工の市民化への模索について、政治的権利の格差是正や「国民皆保険」制度の構築という観点から考察が行われた。
発表後の質疑応答では、耕地流動化による農業経営の大規模化が進む中で、農地の請負権の実態がどのようになっているのかという点を巡って活発に意見が交わされた。
第2報告は、タイを事例として、東南アジアにおける全国民を対象とした社会保障制度(国民皆社会保障制度)の構築に向けた課題を明らかにしようとするものであった。
発表では、まずタイのインフォーマル雇用統計の全般的解説とそこで採用されているインフォーマル雇用の定義・規模・内容についての説明が行われた。そして、現在のタイにおいても、まだインフォーマル雇用が都市部・地方部を問わず多く存在し、雇用全体の半数以上を占めていることなどが指摘された。
次に、国民皆社会保障制度が政策的に要請されるようになってきた背景について説明があり、その主な理由として、都市化・高齢化を背景とする社会構造の変化や所得格差の是正などが挙げられた。また、社会保障制度の発展段階について、公務員のみを対象とする第1段階から全国民を対象とする第4段階までに類型化し、東アジアの各国がどの段階に到達しているかという興味深い試論が展開された。
さらに、タイの社会保障制度の変遷について解説がなされ、フォーマル部門とは異なり、インフォーマル部門には「30バーツ医療制度」などの別制度で対応が進められてきたことが紹介された。最後に、タイ版福祉国家の特徴と意味について考察があり、タイの社会保障制度は、インフォーマル雇用者や社会保険制度外にある高齢者の生活支援としては不十分であるとの指摘が行われた。また、タイの事例に基づいて、中所得国は、財政面の制約を背景に、格差是正・福祉国家形成と国際競争力強化のいずれを目指すべきかのジレンマを抱えることになりやすいとの主張が展開された。
発表後の質疑応答では、タイの事例で紹介された「国家福祉カード」に関する意見交換やタイと日本の比較に関する議論が活発に行われた。
今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、上田曜子、祖田亮次、中井教雄、平賀緑の各氏と林田秀樹の8名が、オンラインでは、中村和敏、小泉佑介の両氏が参加し、合計10名の参加者であった。
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開催日時 | 第1回研究会・2024年4月20日 14時00分~17時40分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ①「2024年度研究会運営について」 ②「小農による作目選択要因をどう視るか ―インドネシア西カリマンタン州での聞取り調査(2024年3-4月)から―」 |
発表者 | 林田 秀樹(人文科学研究所) |
研究会内容 |
今回は、第21期部門研究会最終年度初回の研究会であった。はじめに、研究代表者である林田から2024年度の研究会運営について説明があり、その後その運営方針をめぐって参加者間で協議が行われた。引続き、同じく林田から標記タイトルで、研究発表が行われた。以下、それぞれの概要について報告する。 まず、今年度の研究会運営について説明するに当たって、2023年度の活動の振返りが行われた。研究会の開催回数は合計10回、報告者数は18名に上ったことが報告された。概ね月例ペースを維持しながら8割を超えるメンバーが研究発表を行い、各自が互いの研究内容・関心を知るうえで重要な情報・意見交換の場を設定できたことは評価できるとされた。次いで、今年度の活動計画について説明された後、その計画について話し合いが行われた。研究会開催に関しては、昨年度と同様定期的に(年間10回程度)実施し、メンバー全員の報告を目指すことになった。また、研究会活動の質的水準を一層高めていくために、本研究会メンバーで『社会科学』誌上に特集号を組むことが確認された。最後に、詳細な研究会スケジュールの確認と各回の報告者の割振りが行われた。 後半の研究発表では、冒頭で、単一作物栽培(アブラヤシ栽培への依存)によって農業・経済が負うリスクを回避するためにも、「小農による栽培作目の多様化」が重要であるという問題意識が提示された。そして、このことを考えていく手掛かりとして、まず、2024年3~4月にかけて林田単独で、あるいは他の研究会メンバー2名(渡辺一生、佐久間香子)と協同して実施されたインドネシア西カリマンタン州での調査の概要が報告された。次いで、小農の作目選択行動に影響を与える諸要因についての考察が展開された。 そして、現金収入を安定的にもたらす作目であるアブラヤシの栽培を単一の選択肢とせず、多作目栽培が形成されてきた農村の事例等の分析に基づいて、小農が多数種の季節性の作目を栽培している理由は、リスク分散のためというよりも、現金収入をコンスタントに得るためではないかという見方が提示された。 最後にまとめとして、小農による作目選択要因と栽培作目の多様化の条件は、作目間の収益率の差異だけでなく、その土地の伝統的な営農法や作目選択、移住者の入植地における特定作目の栽培可能性、成功事例となる身近な小農の存在、そして地理的要因やインフラ整備状況などが関係している可能性が指摘された。また、発表後の質疑応答では、アブラヤシ栽培と家畜飼育を組み合わせた混合農業の可能性などをめぐって活発に意見が交わされた。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者に加え、厳善平、三俣学、赤嶺淳、中井教雄、渡辺一生各氏の6名が、オンラインでは、岩佐和幸、中村和敏、佐久間香子、上原健太郎の各氏4名が参加し、合計10名の参加者であった。 |
2023年度
開催日時 | 第10回研究会・2024年2月22日 13時00分~17時00分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | 1.「インドネシア・ジャワ島におけるアブラヤシ生産の現状」 2.「タイにおける『小農社会』の成立とそのゆくえ」 |
発表者 | 1.中村 和敏 氏(九州産業大学経済学部) 2.生方 史数 氏(岡山大学学術研究院) |
研究会内容 |
今回は、今年度最後の研究会として、研究会メンバーの中村氏とゲスト講師の生方氏による発表で構成した。中村氏の発表からは、インドネシアでは珍しいジャワ島におけるアブラヤシ生産に小農が果たしている役割について、生方氏の発表からは、東南アジアのなかでは企業より小規模農家による農園経営が優勢であるタイの農村の実態について知見を得ようとすることが、今回の研究会の主要な目的であった。以下、それら2つの概要について報告する。 第1報告の中村氏の発表は、インドネシア・ジャワ島の西ジャワ州とバンテン州におけるアブラヤシ生産について、フィールド調査の結果を踏まえながら、当地における第8国営農園会社(PT. Perkebunan Nusantara Ⅷ: PTPN Ⅷ)と小農の現状を、多角的に考察しようとするものであった。 発表では、まず調査地と調査方法の概要が説明された。調査対象の一つであるPTPN Ⅷについては、その企業沿革と農園概要について紹介がなされた後、主要3作物であるアブラヤシ・ゴム・茶に関して、収穫面積、売上高、売上総利益などの統計が示され、栽培作目のうちアブラヤシの収益性が高い一方で、ゴムと茶の収益への貢献が非常に限定的であることが明らかにされた。また、ゴム価格の低迷を背景に、近年、急速にゴムの木の伐採が進んでいることが報告された。 次に、バンテン州の小農の現状について説明がなされ、小農の生産の非効率性、農園細切時の借入金の返済回避行動、古くなった農園の再植問題、汲上げ過多による地下水枯渇問題などについて、詳細な解説がなされた。最後に、農園企業と小農の土地生産性格差について、可能性のある要因として、植栽されているアブラヤシの品種、肥料投入などの栽培管理、人的資本などの両主体間での相違が挙げられるとされ、それぞれについて現在確認されている状況が報告された。 発表後の質疑応答では、インドネシアの中核農園システムやインドネシア・アブラヤシ農家協会(APKASINDO)に関する質問や、農園企業と小農の生産性格差を縮小させることが省力指向の小農を前提とした場合に可能かどうかという論点をめぐって、活発な意見が交わされた。 第2報告の生方氏の発表は、タイの農業を事例として、国家と小農との互恵的・双務的関係がどのように成立していったのか、そして現在までの農業の発展にどのような特徴をもたらしてきたか、といった点について明らかにしようとするものであった。 まず、戦前にまで遡りながら、タイにおける自作小農の創出・支援のための政策の変遷について詳細な解説が行われた。そして具体的な事例として、まずアスパラガス生産が取り上げられ、商品連鎖が構築されたプロセスが明らかにされた。また、2000年代前半までの生産拡大過程とその後の国際競争や病害蔓延を背景とする生産縮小までの経緯、そしてそれらへの小農の対応について説明がなされた。 次に、紙パルプ産業の事例が取上げられた。紙パルプ産業では、規模の経済性がはたらくと考えられるにもかかわらず、なぜタイではプランテーションではなく、小農による原料生産が行われるようになったのかについて、社会的な・政治的な背景を踏まえた説明が行われた。また、3つ目の事例として、アブラヤシ栽培が取上げられ、その栽培と流通の実態・構造について「自律性」という観点から論じられた。そして、各流通段階のアクターが高い自律性を有していることの裏返しとして、協調主義的な制度形成が阻害されてしまっているとの見解が示された。 最後のまとめとして、グローバル化・貿易自由化・タイの中進国化という潮流のなかで、産業と社会の間で生じるジレンマをいかに解消していくか、産業高度化をどのように実現していくか、そして政府がどのような役割を果たしていくべきなのか、といった点に注目していくことの必要性が強調され、それらを含む論点に関して活発な議論がなされた。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、上田曜子、渡辺一生、上原健太郎の各氏と林田秀樹の6名が、オンラインでは、三俣学、赤嶺淳、祖田亮次、小泉佑介の各氏が参加し、合計10名の参加者であった。 今年度は、合計で10回の研究会を開催し、18本の研究報告を組織した。これは、研究会の開催回数、報告の本数ともに前年度の実績(9回、11本)を上回るものであった。また、第4回研究会は同志社大学人文科学研究所第107回公開講演会を兼ねて開催した。これらの実績のうえに、第21期最終年度の2024年度も、着実に新しい歩みを積み上げまとめの研究成果公表につなげていきたい。 |
開催日時 | 第9回研究会・2024年1月27日 13時00分~17時00分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | 1. タイにおけるハラール認証制度の発展とムスリム社会の変容 2. インドネシアにおける村落潜在力調査(PODES)と小地域空間分析の可能性 |
発表者 | 1. 西 直美 氏(同志社大学一神教学際研究センター) 2. 小泉 佑介 氏(一橋大学大学院社会学研究科) |
研究会内容 |
今回は、当研究会のなかでも若手の西、小泉両氏による発表であった。当研究会の研究対象は「東南アジアの小規模生産者」であるので、今回の2本の発表のテーマは、一見研究課題外であるように受取られるが、以下の報告でも触れる通り、小規模生産者の生産活動・生活と重要な関連をもつものであった。 第1報告の西氏の発表では、仏教国・タイにおけるハラール認証基準の発展を社会・政治的な文脈に位置づけて捉えるとともに、自身が2023年3月と8月に実施した現地調査を基にハラールをめぐるムスリムの日常的な実践についても考察が行われた。 まず、タイのムスリム社会やイスラーム行政について概説された後、タイの認証制度が1990年代の国際的なハラール規格化の潮流を受けて整備されたこと、2000年代以降、科学者のイニシアティブでタイ独自の厳格なシステム(HAL-Q)が発展してきたことが指摘された。とりわけ、2002年にタクシン政権下で打ち出された ‘Kitchen of the World’ 政策がハラールを含む食品基準を大きく発展させる契機となり、ハラール認証は輸出だけでなく、国内における地場産品のブランド化においても注目されるようになったことが強調された。さらにタイ政府は、マレー系ムスリムが多数派を占める南部国境地域で2004年以降に激化した紛争に対する解決策の1つとして、ハラール産業政策を明確に位置づけてきたことが示された。 ハラール認証基準の側面をみると、伝統的にイスラーム指導者が担ってきたハラール性の判断に、国家、認証機関・監査人、科学者が新たな行為者として加わり、科学的検査に支えられた厳格な基準が構築されてきたことがわかる。一方、日常における実践は多様である。ムスリムの消費者によるハラール性の判断は、例えば売主がムスリムかどうか、市場がムスリムの少ない地域にあるかそうでないか等、それぞれが置かれた状況に応じて柔軟に行われている。またYouTubeのムスリム・チャンネルやブログ、アプリを通して判断している様子なども報告された。 発表後の質疑応答では、タイにおけるイスラーム法の解釈や運用の特徴、タイのハラール産業の発展に非ムスリム・大手財閥系企業が与えた影響、特にそれら企業が望むハラール基準とムスリムが求める基準との乖離、並びに海外市場への輸出目的との関連、地域間、都市・農村間でのムスリムの消費行動に関する意識の違いについても活発な意見が交わされた。 第2報告の小泉氏の発表は、インドネシアにおける村落潜在力調査(通称PODES)のデータを用いた空間分析の可能性に関する、首都ジャカルタを対象とした研究成果の報告であった。具体的には、PODESデータの様々な項目を地図上に描き出すことで、「開発」や「発展」の文脈だけでは回収できないジャカルタ首都圏の多様な広がりを「成熟」というキーワードから探ろうとする試みであった。 発表では、まず、ジャカルタの地理的な位置づけを確認し、1980年代に始まる都市のスプロール化や住民の生業変化についての概要を説明したうえで、(1)インフラの拡大と暮らしの変化、(2)多様化するサービス、(3)各地域の「個性」という3つのテーマから具体的な解説が行われた。 (1)インフラの拡大と暮らしの変化に関しては、2000年から2020年にかけてジャカルタ首都圏及び西ジャワ全域の各地で主要道路における街灯の整備が進み、プロパンガスや個人トイレが普及していった過程が示された。一方、上水道の整備については画一的な変化はみられず、生活用水・飲用水を電動ポンプによる地下水の汲み上げやウォーターサーバーの利用、あるいは依然として湧き水に頼るなど多様な方法の分布が明らかとなった。 (2)多様化するサービスに関しては、ジャカルタ首都圏における宗教・民族・教育・医療といった「ソフト面」での変化に焦点を絞った報告内容であった。ここでは、都市住民の文化的多様性とともに、教育水準が過去20年間で着実に伸びていることが示された。また、医療施設に関しても、都心を中心に拡大しているが、郊外では出産に際していまだに産婆に頼る地域も多いことが確認された。 (3)各地域の「個性」については、ジャカルタの都心だけでなく郊外にもミクロな経済活動(製造業)の集積地が存在し、都市経済の「潜在力」を計測するために設計されたPODESのデータから、こうした郊外の外れにある「特異な地域」の発見も可能になることが示された。 発表後の質疑応答では、PODESデータの地図化に関する技術的な点や「成熟」というキーワードの位置づけに関して活発な意見交換がなされた。発表者からは、ミクロな視点による地域理解とマクロな視点によるデータ分析をうまく統合することで、地域研究の新たな地平が開けるのではないかという結論が示された。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、赤嶺淳、佐久間香子、上田曜子、上原健太郎の各氏と林田秀樹の7名が、オンラインでは、厳善平、大泉啓一郎、祖田亮次の各氏が参加し、合計10名の参加者であった。 |
開催日時 | 第8回研究会・2023年12月23日 14時00分~16時00分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | インドネシアの農業金融をめぐる信用協同組合の形成、理念、現状―Pancur Kasihを事例として― |
発表者 | 上原 健太郎 氏(大阪星光学院中学校高等学校) |
研究会内容 |
今回は、当研究会メンバーの最若手である上原健太郎氏による発表であった。同氏は、9月から3回にわたって当研究会で発表を行ってきた科研費・国際共同研究強化(B)プロジェクトのメンバーでもある。今回の発表は、上原氏が今後同プロジェクトにどのようにコミットしていくかについて検討するという目的も併せもつものであった。以下では、その発表概要について報告する。
上原氏の発表は、インドネシア西カリマンタン州における小規模農家(小農)による農地造成等と金融との関係を考察するために、当地の貯蓄貸付協同組合(Koperasi Simpan Pinjam)であるPancur Kasih Credit Unionの形成過程とその活動内容(理念・現状)に着目し、インドネシアにおける農業金融の動態を明らかにすることを目的としたものであった。発表では、まず Pancur Kasihの創設過程に関して説明があった。それによれば、1981年に当時ゴルカル党員であったメチェルを中心に、ダヤック人の教育・福祉向上を目指すために創設されたのが Pancur Kasih社会事業財団で、 Pancur Kasihエンパワーメント運動 (Gerakan Pemberdayaan Pancur Kasih: GPPK/ Pancur Kasih Empowerment Movement)の中心的役割を担ったとされている。 このGPPKの一環として1987年に設立されたのが、組合員の金融相互扶助組織であるPancur Kasih Credit Unionであり、その主な業務は、貯蓄貸付協同組合として組合員からの貯蓄を原資に組合員へ融資を行うことであった。そして、1993年以降は、GPPKの活動経験に基づいてダヤックの文化的価値を実践的に変革してきた「ダヤック人農民哲学」などの理念が重視されるようになり、信用組合の業務にも導入されることになったことが報告された。 次いで、Pancur Kasih Credit Unionの貯蓄制度や死亡一時金制度などについての解説が行われた。また、活動内容を示す量的な指標として、信用組合事務の拠点数、総会員数、並びに総資産額について紹介された。近年は、他の信用組合との競争が激化し、その結果として活動時の設立理念が軽視されがちになっていることから、これからの組織運営上の課題は、自己資金調達を充実させること、優秀な人材を確保すること、そして設立当初の理念を再興させること等になるであろうとの指摘がなされた。 最後に、今後の研究課題として、Pancur Kasihの理念と現実を考察するために、非アブラヤシ農家への信金供与の実態を明らかにすること、小農の間で金融包摂がどの程度実現しているのかを解明することなどが必要になってくるとの見解が示された。 発表後の質疑応答では、Pancur Kasih Credit Unionという組織を互酬的な側面や宗教的側面から考察することの重要性についての指摘がなされ、Pancar Kasihをフォーマル金融として捉えるべきなのか、それともインフォーマル金融やセミフォーマル金融として捉えるべきなのかという点などをめぐって活発な意見が交わされた。また、上原氏の西カリマンタン州における当該科研費プロジェクトによる調査への参画の方向性についても議論された。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者の上原健太郎氏のほか、関智宏、祖田亮次、中井教雄、西直美の各氏と林田秀樹の6名が、オンラインでは、大泉啓一郎、中村 和敏、佐久間香子の各氏が参加し、合計9名の参加者であった。 |
開催日時 | 第7回研究会・2023年11月25日 14時00分~17時25分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ |
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発表者 |
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研究会内容 |
今回研究会の2人の発表者は、祖田亮次、上原健太郎両氏とともに、2024年度後半から「西ボルネオの土地利用変化」を主テーマにした科研費プロジェクト(国際共同研究強化(B)、研究代表者:林田秀樹、22KK0012)に研究分担者として携わっている。10月の前回研究会で、マレーシア・サアラワク大学からゲストとして招いた発表者・Tarmiji Masron氏にも、このプロジェクトとの関係で発表を依頼した。9月の回では祖田氏が当研究会で発表したので、3ヶ月連続で同プロジェクトからの発表となる。以下、2本の発表の概要についてそれぞれ報告する。 第1報告の佐久間氏の発表では、冒頭において、デジタル・トランスフォーメーションが進行する現代において、熱帯雨林の持続可能な開発はどのようなものになりうるかという問題意識が提示された。そして、このことを考えていく手掛かりとして、マレーシアのサラワク州東部のバラム河中流域のムル村と上流域のロング・ルラン村の事例が取上げられ、「狩猟採集民」と「焼畑農耕民」の関係についての考察が展開された。 具体的には、まずサラワク州についての概説がなされた後、狩猟採集民である「プナン人」に関する基本情報や、当地においてスマートフォンが生活必需品として普及していることなどが説明された。また、WhatsAppなどのSNSを利用するかたちで、日常的なコミュニケーションや農産物等の取引交渉が行われていることが明らかにされた。 ムル村の事例では、ほとんどの農耕民世帯が従事していた観光関連産業が、COVID19の影響で打撃を受けた結果、農耕民の生業が森林産物採集中心のものへと変容した様子が報告された。また、農耕民は、狩猟採集民であるプナン人に対して、日常的には顔の見える互助的な関係を構築しているが、それと同時に非難や侮蔑の感情を抱いているという側面もあり、両者の関係は単純な共生関係にあるわけではないことが指摘された。 次に、プナン人が多数派となっているロング・ルラン村の事例について報告が行われた。農耕民と狩猟採集のプナン人は、WhatsAppを活用した相互扶助目的のグループを形成し、農産物・林産物の取引を行っている。また、それ以外の幅広い生活・就業の場面においても、依頼・連絡・情報交換にWhatsAppが用いられることが多い。ただし、スマートフォンは高級品でもあるため、プナン人同士の連絡は、一般的に安価なトランシーバーが用いられている。 以上のように、調査地では、農耕民と狩猟採集民であるプナン人は、近代的通信技術を利用して繋がりを維持しながら、持ちつ持たれつの関係を構築していることが明らかにされた。 発表後の質疑応答では、プナン人に対するマレーシア政府の定住化政策、貨幣経済の浸透状況、狩猟民と農耕民の定義、そしてデジタル化とデジタル・トランスフォーメーションの違いなどについて、意見が活発に交わされた。 第2報告の渡辺一生氏の発表では、2023年8月末から9月初旬にかけて、インドネシア西カリマンタン州内の2地域、及びマレーシア・サラワク州内の1地域において、ドローンを使って実施した土地利用状況調査の概要について報告された。 まず、ドローンについての一般的な解説が行われた後、3次元のいずれの方向にも自由に移動しながら、動画・静止画を撮影して正確な情報を定量的に取得できるという特長を生かし、現在では、農業・環境・土木建設・物流・防災などの多岐にわたる分野でドローンの産業利用が拡大していることが紹介された。 次に、調査の行われたインドネシア・西カリマンタン州の2村とマレーシアのサラワク州の1村の概要、並びにドローンを用いて土地利用を俯瞰的に把握するための調査方法について説明がなされた。そして、当該地域の全体的な土地利用状況を把握するためのビデオ撮影によって、ココヤシやピナン、ランサット等を主としながらも多様な作物が栽培されている西カリマンタン州の村、同州の国営アブラヤシ農園周辺に立地しほぼアブラヤシ単一の土地利用が行われている村の相違点が俯瞰的に把握されたことが、ドローンで実際に撮影された映像を用いて示された。また、マレーシア・サラワク州の調査地を空撮した画像を用いて、樹木形状や地形が3次元で把握可能な写真測量は、土地の開墾の経緯や今後の土地利用計画などを一つの世帯レベルで詳細に聞取っていくうえで、極めて有効な手段になりうる可能性が示唆された。 発表後の質疑応答では、ドローンによって撮影された動画の研究への活用方法や最新のドローン活用事例などについて活発な意見交換がなされ、発表者から、従来の点情報に基づく研究を面情報に基づく研究へと拡張していくことで新たな知見が得られるであろうと結論された。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、大泉啓一郎、上原健太郎の両氏と林田秀樹の5名が、オンラインでは、祖田亮次、中村和敏の両氏が参加し、合計7名の参加者であった。 |
開催日時 | 第6回研究会・2023年10月28日 14時00分~16時00分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | Land Use Activity in Sri Aman Devision in Sarawak, Malaysia |
発表者 | Tarmiji bin Masron 氏(国立マレーシア・サラワク大学社会・人文科学部) |
研究会内容 |
今回の研究会は、マレーシア・サラワク州からゲストを招いて実施した。ゲストのTarmiji氏は、GIS(地理情報システム)の専門家として様々なテーマで研究を進めているが、当研究会の祖田亮次氏(大阪公立大学)とは長い交流があり、研究会メンバー数名が本年9月にサラワク州でフィールド調査を実施した際、同氏と研究代表者の林田が同州州都のクチン市近郊にある所属機関のキャンパスの研究室にTarmiji氏を訪ねた際の交流が元になって実現した。同氏自らの指導する大学院生と続けている研究のテーマが、林田、祖田両名を含む当研究会のメンバー5名が受けている科研費プロジェクト(国際共同研究強化(B))の研究課題と重なるため、同氏の研究発表を受けて交流を深めることで当該プロジェクトを進捗させ、当研究会メンバーとの交流を図ることが今回の研究会開催の趣旨であった。以下、研究会の概要を報告する。
Tarmiji氏の発表では、まず調査地が所在するマレーシア・サアラワク州の概要について説明された後、調査地のスリ・アマン省について詳しく紹介された。同省には、同名のスリ・アマン郡を始め4つの郡があり、そのうちの1つであるルボック・アントゥ郡には比較的規模の大きい地域としてエンキリリ支部がある。今回の発表は、そのエンキリリ支部を合わせた5つの区画での土地利用に関する調査検討についてのものであるとされた。省全体の面積は、5600㎢余、人口は11万人余であり、居住者の主要民族はイバン系、ムラユ系、華人系であるという。分析に使用されたデータは、サラワク州農業省、同森林省、マレーシア農業省、同統計省によって作成されたものであるとのことであった。 現在、スリ・アマン省全体の土地のうち7割近くが、人工的な造林地域を含む森林区域であり、それ以外の区域で農業のために使用されている土地は約7.2万haある。このなかで突出しているのが、約6.1万haあるというアブラヤシ農園である。今回その結果が発表された調査は、このように土地利用がアブラヤシ栽培に偏重した状況に鑑みて、栽培作目を多様化させる目的で省政府から委託があったものだそうである。委託の内容は、アブラヤシ以外の作目の栽培に使うとすれば、どの土地にどのような作目が適しているかというものだったとされた。この背景には、スリ・アマン省が農産物供給もしくは農業観光の拠点に相応しいという省による自己評価があったとのことであった。 発表では、現在の郡・支部ごとの土地利用について詳細な報告が行われた後、得られた土質等に関するデータが示す条件に応じて、同じく郡・支部ごとにどのような作目を栽培すれば最適であるかについての提言が説明された。提言の内容は、米作や園芸作物栽培、あるいは観光農園や畜産など、郡・支部ごとに極めて多様性に富む内容となっていた。 発表後の質疑応答では、発表者が使用したデータの具体的内容やその作成方法、現在のスリ・アマン省の土地利用に関する問題、提言を受止める側は誰なのかという問題について、活発に討論が行われた。 今回の研究会も、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、祖田亮次、上田曜子の2氏と林田秀樹の4名が、オンラインでは、大泉啓一郎、渡辺一生、佐久間香子の3氏が参加し、合計7名の参加者であった。 |
開催日時 | 第5回研究会・2023年9月30日 13時00分~17時30分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ |
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発表者 |
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研究会内容 |
今回研究会のプログラムは、祖田、三俣両氏による発表の2本立てであった。祖田氏の報告は、自身がこの間携わってきたマレーシア・サラワク州のアブラヤシ栽培を行う小農たちの動向に関するものであり、三俣氏の報告は、今夏静岡県で実施した当地の「自伐型林業」の調査に関するものであった。なお、三俣氏自身の研究分野は日本の環境・コモンズ関連の問題であるが、今回の発表は、他の参加者が、東南アジアの小規模生産者に関する自らの研究に対する示唆を得るとともに、三俣氏自身が、今後東南アジアでの研究にウィングを伸ばす際に今回の研究会での議論を役立てることができればという趣旨で実施の運びとなった。以下では、その概要について報告する。 まず、祖田氏の発表では、今回の発表のバックグラウンドの知識として、焼畑農業の概説と、RSPOやMSPO等のアブラヤシ認証制度についての説明がなされた。 次に、今年9月に実施したサラワク州での現地調査で得られた新たな知見について、3つの観点から報告が行われた。第1は、DOPPAと略称されるアブラヤシ生産者団体の加入者が試みている、有機農業に基づく多品種少量生産を通じた脱アブラヤシの可能性である。ただし、成功事例として取り上げられたSM Ecofarm社においても、多品種少量生産の規模拡大は容易でないと考えられることから、こうした経営方式はアブラヤシを主とする農園経営にとって代わるものではなく、それを補完する役割にとどまるであろうとの見解が示された。第2は、農業のデジタル化・情報化の動きである。DIBIZ社の農業経営管理のための新しいデジタル・ツールが今後普及していく可能性があることや、SNSによる価格・賃金情報の共有を通じて小農やインドネシア人労働者の交渉力が向上している状況について説明がなされた。第3は、EUがEUDR(EU Deforestation Regulation)という新たな基準を導入したことがもたらす影響についてである。このEUDRによって、焼畑休閑林を含む森林の開拓によってもたらされた産物がEU側から禁輸措置等を講じられる対象とされるようになったため、ヨーロッパ市場にパーム油を輸出する場合、この規制への対応が今後は重要になってくるとの指摘がなされた。 発表後の質疑応答では、SM Ecofarm社の取組み、新たなデジタル・ツールを提供しているDIBIZ社の事業内容、そして脱アブラヤシの可能性などについて活発に意見が交わされた。 次いで、三俣氏の発表では、静岡市葵地区で実施されたフィールド調査に基づいて、「自伐型林業」を行っている鈴木林業の取組みについての報告が行われた。まず、戦後日本における林政の流れに関する概説がなされ、日本林業の課題や日本の主要な木材輸入相手国であるインドネシア等の東南アジア諸国との関係などについて説明された。また、近年の日本では、自らの所有林において自家労働によって林業生産を行う「自伐型林業」と呼ばれる家族経営的な形態が注目されていることが紹介された。 次に、調査地である静岡市葵地区と、当地で江戸後期の文政時代に創業した鈴木林業の沿革及び事業内容について解説が行われた。そして、鈴木林業の経営の特徴として、自社所有林だけでなく委託林の森林管理(施業受託)も行っていること、低負荷型の森林管理が指向されていること、急峻な山林での作業に対応できる技術を蓄積してきていること、相対的に短期の受託期間(10年間)が設定されていることなどが挙げられた。また、地域社会の維持という観点からは、地区の森林全体を面として管理する体制、森林認証の取得を通じた国際通用性のある林業の確立、雇用創出による定住者の獲得などが極めて重要になってくると主張された。 発表後の質疑応答では、国内の林業とパルプ用材生産との関連、林業統計のとられ方、今後の日本林業のビジョン、補助金の政策目的や「緑の雇用」制度などの論点をめぐって活発に議論が行われ、発表者からは、エネルギー安全保障上の観点から、木材自給の時代がきたときのための技術継承も必要との見解が提示された。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、上田曜子、中井教雄、中村和敏、渡辺一生の各氏と林田秀樹の7名が、オンラインでは、厳善平、大泉啓一郎の両氏が参加し、合計9名の参加者であった。 |
開催日時 | 第4回研究会 兼 人文研第107回公開講演会・2023年7月29日 14時00分~17時00分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス明徳館1階 M1番教室 |
テーマ | 【全体テーマ】 東南アジアの山の民・海の民・街の民―小規模生産者たちがつくる経済と社会― 【個別テーマ】
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発表者 | 【講演者】
大泉 啓一郎 氏(亜細亜大学アジア研究所) |
研究会内容 |
今回の研究会は、同志社大学人文科学研究所主催の第107回公開講演会を兼ねてシンポジウム形式で開催された。当第8研究では、2022年度の第21期研究会開始当初から、翌23年度中に公開講演会を開催して、一般参加者からの反応も参考にしつつ研究会が進む方向性をさらに明確にする契機にしようと考えてきた。今回の研究会・講演会(以下、講演会と略)では、結果として所期の目的を達成できたと考えている。 まず、開演に先立って、林田から今回の講演会の趣旨について説明があった。今回の全体テーマは標記の通りであるが、これは、第8研究の研究課題名「東南アジアの小規模生産者に関する部門横断的研究―地域経済・社会の内発的発展への貢献を考える―」を、研究対象の経済主体を明示して具体的に表記したものである。このことに表れているように、また前段で触れたように、今回の講演会を第8研究の研究活動の結節点と位置づけて実施する旨述べられた。 第1部では、3名の研究会メンバーによる講演が行われた。その内容は、東南アジアの小規模な経済主体がどのように生業を営み各地方の経済を構成しているのか、それが現在の東南アジアの経済社会にとってどういう意味をもっているのかを問うものであった。以下、各講演と討論の概要を紹介する。 林田講演では、演題にもある通りインドネシア・カリマンタン島、特に西カリマンタン州の農業の事例が取上げられた。当地では、1980年代よりアブラヤシ農園開発が盛んに行われ、農業及び経済がアブラヤシの栽培とそれを原料とするパーム油の生産にかなりの程度依存するものになってきている。アブラヤシに依存し過ぎるリスクを回避するためにも、作目の多様化が求められるところである。ただ、当地でアブラヤシ以外の農作物がまったく栽培されなくなったかといえば、現状ではそうなってはいない。特に都市部に近い地域では、コメを始めとする食用作物や、野菜・果物等の園芸作物が盛んに栽培され、アブラヤシ栽培はほとんど導入されていない地域もある。また、自身が多様な農業を営みながら、それを次世代に継承していこうとする小農もいる。これらの事例から、アブラヤシのみに依存しない農業を営み持続可能な農業と経済を実現するためにはいかなる施策が必要かについて、講演者の見解が述べられ説明が行われた。 赤嶺講演では、まず、スールー海のフィリピン-マレーシア各領海の境界近く(フロンティア)、フィリピン側に浮かび豊かなサンゴ礁に囲まれたマンシ島で行われている漁業について紹介された。同島では、和名で「タカサゴ」と呼ばれる魚やチプナマコというナマコの一種が盛んに捕られている。特に、高級品として高値のつく後者については、中国系の仲買人の手でマニラの元締めへの集荷を経て香港や広州に輸出されていっている。次に、上記のように東南アジア海域で伝統的漁業が営まれている一方、ルソン島北部-バリ島-オーストラリア北海岸を結ぶ三角地帯を、世界的にも海洋生物の多様性の高いスポットとして保全しようとする計画について以下のように言及された。これには、世界銀行等の国際機関が参画しているが、サンゴ礁のある海域で地元漁民の操業を排除するという動きもあり、一概に称賛・推進されるべきものと捉えることはできない。それによって、漁民の暮らしが大きな変容を迫られるかもしれないからである。 最後の中井講演では、「タイランド4.0」というビジョンを掲げてデジタル化を進めてきたタイのeコマースの事例が採り上げられた。コロナ禍により、この間同国ではeコマースが従来に比して一層進展してきたが、そのなかで「流通」を「物流」「商流」「情報流」に分けた場合の「商流と物流のデジタル化における成功例」としてPomeloFashion社、aCommerce社等の事例が紹介された。前者では、容易に検索が可能なモバイルアプリの開発とeサイトの構築によって業績が飛躍的に伸びたこと、後者においては、小売業者向けにオンラインでのマーケティング、販売、配送、倉庫管理を行うための包括的なサービスを提供して成長を遂げてきたことが紹介された。そうした効率的な流通システムの普及により、タイ国内において都市部と地方部との間の有機的な相互連環が構成され、より強固なネットワークが構築されてきたと指摘された。最後に、これに伴って時間や場所に制限されない取引が可能となったことの重要性が強調された。 第2部では、まず、モデレーターの大泉氏により、3本の講演のまとめが行われた。そのなかで、林田、赤嶺両講演から、農漁業従事者らの小規模生産者は、社会保険等のシステムに組込まれていない「インフォーマル雇用」の人々といえるが、彼らは「取り残された人たち」ではなく、自らその仕事を選択し、世の中の流れに対して自ら工夫しながら生きている人たちであるという見方が示された。また、中井講演は、日本などの先進国よりも東南アジアの方が多様なデジタルライフが出てくる可能性があること、新興国ではデジタル化への反発は小さく、むしろ積極的にそれを利用するだろうという予測させるものとされた。 この後、一般参加者からの質問も含め、デジタル化と中国経済のプレゼンスの高まりが各産業分野の小規模生産者に及ぼす影響、SDGsとの関連で環境問題・外国人労働者問題と小規模生産者の事業展開との関係などをめぐって、活発な討論が展開された。 今回の研究会、対面方式のみで開催した。参加者は、登壇者4名のほか、三俣学、祖田亮次、上田曜子、渡辺一生、西直美の各氏が参加し、合計9名の参加者であった。また、公開講演会を兼ねていたので一般の参加者が50人余りあり、全体で約60人の参加者であった。 |
開催日時 | 第3回研究会・2023年6月24日 13時00分~17時20分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ |
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発表者 |
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研究会内容 |
今回の研究会は、研究会メンバーの岩佐氏と厳氏による2本立てのプログラムであった。いずれも、小規模生産者を直接の対象とするものではないが、その生業や生活に大きく関連するテーマでの発表であった。岩佐氏の報告は、マレーシア・インドネシアのパーム油産業とタイの鶏肉産業を事例としながら、東南アジアの国々の「新興農業国(NACs)」としての台頭と地場系企業による多国籍アグリビジネスの展開過程について明らかにしようとするもので、厳氏の報告は、特に中国-アセアン間で緊密化する経済関係を日本-アセアン間の経済関係と対比しながら貿易・直接投資・人的往来の実証分析を通して明らかにし、それを時代背景のなかで検討しようとするものであった。以下では、これらの発表概要について順に報告する。 岩佐氏の発表では、まず農業食料市場と貿易に関する詳細な統計データに基づいて、マレーシア、インドネシア、ベトナム並びにタイが東南アジアの「新興農業国(NACs)」として台頭してきていることが示された。また、それに伴い、地場系のウィルマー社、CPフーズ社、タイユニオン社及びサンミゲル社等が、多国籍化してアグリビジネスを主軸とする形で成長し、影響力を拡大させていることが指摘された。 次に、パーム油生産の先進国であるマレーシアとインドネシアを事例として取上げ、パーム油関連産業の発展過程について解説された。そして、過剰な開発を契機に土地紛争・癒着・煙害・農園労働者の労働条件に関する問題等が発生していることが説明された。また、パーム油価格の乱高下等により、過度にパーム油に依存する経済構造にはリスクが伴うこと、したがってこうしたNACs路線には内在的な脆弱性があることが指摘された。次に、タイのブロイラー産業の中心企業であるCPグループ(世界シェアは飼料が1位、鶏卵が4位、食鳥が6位)のアグリビジネスのグローバル展開についての説明があり、その後は、アグリビジネス以外の分野への進出、契約農家や労働者の疎外の問題、外国人労働者への依存の問題、そしてデジタル技術の積極活用による超工業化生産体制などについて論じられた。 最後に、全体の総括がなされた後、今後の研究課題として、アグリビジネスによって包摂・排除される小農・中小事業者・労働者の置かれた状況を明らかにしていくことの重要性が挙げられた。発表後の質疑応答では、パーム油の価格変動要因、農民デモ、契約農家との関係、NACsという概念等をめぐって活発な議論が展開された。 厳氏の発表では、国連貿易統計、アセアンの統計、そして日本と中国の政府統計などを駆使しながら、日本-中国-アセアン間の相互依存関係とその変遷について、多角的な実証分析が展開された。 まず、日本-中国-アセアン間の相互関係の変遷について説明があり、中国とアセアンの経済関係が近年急速に緊密化してきていることが指摘された。次に、日本-中国-アセアン間の物品貿易に関して考察され、アセアンの輸出入構造において日本のプレゼンスが低下傾向にあるのに対し、中国が顕著に重要性を高めてきていることが説明された。また、2010年代以降は中国とアセアンの間に、垂直的分業関係が形成されているとの指摘がなされた。 続いて、アセアンへの直接投資の動向についての分析が行われ、日本のプレゼンスは依然として大きいが、カンボジアなど数ヶ国に対しては、中国のシェアが急拡大しているとの解説がなされた。人的往来についての考察では、アセアン訪問外国人の国別シェアの比較が行われ、日本のシェアが1990年代後半から低下傾向にある一方で、中国は2000年代後半から急速にシェアを高めてきていることが明らかにされた。また、アセアン域内の経済関係緊密化についても考察がなされ、域内における貿易・直接投資・人的往来は増加しているものの、中国の対アセアン関係が深まっていることを背景に、域内経済の相互依存関係は、相対的にみて深化が遅れていると指摘された。 最後に、以上の分析結果を踏まえ、アセアンとの連携強化で「対中包囲網」をつくろうとする日本の戦略は生産的ではないことを指摘し、対立をつくり出すよりも、この地域で進行する経済統合のメリットを最大限に引出すように各国が協力し合うことこそが地域全体の繁栄と安定に寄与するとの主張が展開された。 発表後の質疑応答では、各国の人口構成と経済問題の関係性、中国とベトナムとの関係拡大、日本が今後とるべき対アセアン・対中戦略等の点について活発な意見が交わされた。 今回の研究会も、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、中井教雄、西直美の両氏と林田秀樹の5名が、オンラインでは、大泉啓一郎、祖田亮次、中村和敏、渡辺一生の各氏が参加し、合計9名の参加者であった。 |
開催日時 | 第2回研究会・2023年5月27日 14時00分~17時20分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | 油脂間競争から描く近代: 素描 |
発表者 | 赤嶺 淳 氏(一橋大学大学院社会学研究科) |
研究会内容 |
今回は、長く捕鯨研究に携わってきた発表者が、鯨油を含む油脂・油種間の競争・競合を介して「近代」を描こうとするライフワークの構想に関する発表であった。油脂は、食用にも工業用にも多様に用いられる産品であるが、その範囲は、動物性・植物性の再生可能油脂に限ってみても、様々な油種からつくられ食用を始めとした広範な用途をもつ多様性を具えている。これに対し、人類社会を成り立たせる基礎的資材としての食料は、穀類等の主食原料に限定すると、競争・競合はあったとしても各原料生産量の間にダイナミックな順位の入替りはみられないように思われる。対して、油脂・油種は主食原料と同様人類の存続にとって不可欠な基礎的資材ではあるが、「近代」を経る間にずい分大きな生産量の順位の変動を経験してきた。以下では、発表者がそうした「油脂間競争」を軸にしてどのように近代を描こうとしているのかについて報告する。 まず、研究の背景として、世界における食用油脂の生産構造の変化について諸種の統計を用いて説明がなされた。そして、1955年から2014/15年にかけて、食用油脂生産量が全体で1435万トンから1億7744万トンへと12倍以上に増大していること、以前は多種多様な食用油脂が生産されていたが、近年はパーム油と大豆油の2種だけで6割以上が占められるようになり、他の油脂を圧倒していることなどが明らかにされた。 次に、現在では生産されなくなった鯨油が、戦前期(1920~30年代)は食用油脂の世界総生産量の3%、国際市場取引量の10%を占める重要な油脂であったことが説明された。そして、今日、いわゆる捕鯨問題は、鯨肉食問題に収斂されているきらいがあるが、世界の捕鯨史は鯨油を中心に展開してきたことに留意すべきであるとの指摘がなされた。また、鯨油は、パーム油・ヤシ油・大豆油・綿実油などの植物性油脂と競合する世界商品であったため、グローバルな油脂利用形態や農業政策にも影響を受けてきたことが論じられた。鯨油は、マーガリンや石鹸を製造する企業にとっては、扱いやすい原料であった一方で、ほかの油種との価格競争にもさらされてきた。その意味で、捕鯨史を理解するためには、「油脂間競争のポリティカル・エコノミー」を踏まえる必要があるとの主張が展開された。 以上のような問題意識に基づきながら、日本の捕鯨史についての解説が行われた。具体的には、戦前の南氷洋捕鯨は、外貨獲得を目的として輸出用の鯨油生産のために行われたこと、そして1938年に国際捕鯨協定への加盟を表明して以降は、鯨体の完全利用のために鯨肉生産が行われるようになったことが論じられた。最後に、今後は、油脂原料としての大豆やアブラヤシの生産がグローバル化してきた過程や太平洋島嶼地域におけるココヤシのローカルな利用形態などを視野に入れながら、油脂間競争という観点から近代史を読み解いていきたいとの抱負が語られた。 発表後の質疑応答では、油脂のグローバル性とローカル性という側面や戦前期日本における鯨油・鯨肉市場の動向に関する議論、そして油脂間「競争」に関する意見交換などが活発に行われた。 今回の研究会も、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、三俣学、大泉啓一郎、中井教雄、小泉佑介、加治佐敬(メンバー外、京都大学大学院農学研究科)、平賀緑(同、京都橘大学経済学部)の各氏、並びに林田秀樹の8名が、オンラインでは、岩佐和幸、中村和敏両氏が参加し、合計10名の参加者であった。 |
開催日時 | 第1回研究会・2023年4月22日 14時00分~17時30分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ① 2023年度の研究会活動方針について ② 2023年3月のインドネシア西カリマンタン州調査に関する報告 |
発表者 | 林田 秀樹(同志社大学人文科学研究所) |
研究会内容 |
今回は、年度初回の研究会として開催され研究代表者が発表した。①に関して、まず2022年度の活動の振返りが行われた。研究会が9回開催されおよそ月1回の定例化を実現できたこと、合計11名による研究報告が行われメンバーが互いに研究内容・関心を知るうえで重要な情報・意見交換の場となったことなどが説明された。ついで、2023年度及びそれ以降の活動計画として、定例研究会の定着に継続して取組むとともに、人文研主催の公開講演会(2023年7月29日)の企画・実施等を通じて研究会の方向性について共通認識を形成し、成果を積重ねていくことが提起された。また、2023年度の研究会の日程と各回の報告者が決められた。 後半部の発表は、代表者が2023年3月に実施したインドネシア西カリマンタン州でのフィールド調査において、アブラヤシ小農を含む地方部の民衆が直面している生活インフラ、並びに州中心部と地方部とを結ぶ幹線道路に代表される交通インフラの整備の重要性について考えさせられたことについての報告であった。以下、その概要について報告する。 発表では、まず、代表者が3月12~24日の間西カリマンタン州で実施した当該フィールド調査の日程と概要が説明された。次に、そのフィールド調査中に訪問した同州サンガウ県タヤン・フル郡B村に関して、面積・人口・世帯数・村予算等の基礎データが示された後、報告者も参加した同村主催の行政キャンペーン‘Deklarasi ODF (Open Defecation Free)/ Stop Buang Air Besar Sembarangan’について紹介がなされた。同キャンペーンは、同村で自宅にトイレのない世帯(全1,034世帯のうち50世帯)に、中央政府や県からの補助金(30世帯分)と寄付金(20世帯分)によってトイレ設置を進め、「屋外排便」の問題を無くすという衛生環境改善の取組みである。 次に、発表者は、この屋外排便の問題が地方特有の「生活基盤の不備」という観点から捉えられるとしながら、調査村の位置するサンガウ県における屋外排便の状況が西カリマンタン州のなかで占める位置づけ、同州がインドネシア全体のなかで占める位置づけ等について、統計データを用いながら詳細に考察した。その一部を紹介すると、西カリマンタン州での屋外排便率は2008年の30%超から2022年の10%弱へと改善してはいるものの、州別比較では依然として全国平均を上回っており、カリマンタン諸州のなかでも相対的に高い状況が続いている。さらに、インドネシアと近隣の東南アジア各国、並びに世界各地域との比較も行われた。その一方で、発表者は、特に同国地方部における河川での排便は自然環境に大きく影響を及ぼさない生活習慣の一部とも考えられるため、単純に屋外排便率の高低にのみに囚われるべきではないとの指摘も行った。 このほか、州都ポンティアナックから州南部のクタパン県への調査に向かう約700㎞の道路の一部、並びに同県中心部からさらに南部のマニス・マタ郡に至る道路が極めて未整備である状況についても説明がなされ、小規模生産者の生活を支える生活・交通インフラの整備のあり方などが論じられた。 総括として、当研究会が研究対象とする小規模「生産者」の「生活者」としての側面に着目することの重要性が指摘され、今後、地方特有の生活基盤の不備をどのように考えるべきか、それとの関係で公共部門のあり方をどう捉えるべきか等の論点について言及された。 発表後の質疑応答では、「屋外排便率」という用語に関して、家屋にトイレが設置されていなくても必ず屋外で排便するとは限らないのだから「トイレ非設置率」等と表現すべきではないかといった論点や、特にSDGsの唱導と屋外排便の問題との関連、東南アジア地方部の生活・交通インフラ整備に必要となる資金調達の問題をめぐって、活発に意見交換が行われた。 今回の研究会も、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、厳善平、関智宏、上田曜子、赤嶺淳、大泉啓一郎、祖田亮次、中井教雄、中村和敏、上原健太郎の各氏が、オンラインでは、三俣学、佐久間香子両氏が参加し、合計12名の参加者であった。 |
2022年度
開催日時 | 第9回研究会・2023年2月24日 13時00分~17時20分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A |
テーマ |
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発表者 |
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研究会内容 |
今回の研究会は、標記の通り研究会メンバー2氏による2本立てのプログラムであった。発表テーマも、両氏のこれまでの研究領域からそれぞれいく分か外に出る、あるいは領域自体を広げる方向を指向するものであった。ある意味で、本研究会の研究課題と自身の研究領域との「擦り合わせ」を図っていることの表れとも理解でき、学際的共同研究を指向する人文科学研究所の部門研究会としては喜ばしいことといえる。以下では、それぞれの発表の概要を紹介する。 西氏の発表は、同氏がこれまで研究を重ねてきた、マレーシア国境に近いタイ深南部のイスラーム社会とタイ中央政府との対立・紛争に関連する問題から、その国境を越えてマレーシア側に移住し、主にタイ料理店等飲食関係の職種で働くタイ人女性労働者たちの動態に関する内容であった。まず、1909年の両国間国境の確定後、両地域間での人の移動の歴史が紹介された後、今回発表する調査結果はどのような調査手法によって得られたかが説明された後、特に近年の労働移動の発生要因に焦点を当てるとされた。当該移住労働者は、性別を問わず「タイ深南部のパタニ・ムラユ族」を意味する「ナーユー」という呼称で自己認識しているが、発表では、特にマレーシアにおけるナーユー女性労働者の移住・生活実態と移住発生の背景が説明された。 その際特に注目されたのは、マレーシア側に移住するかどうかの意思決定にイスラーム的価値観がどのように影響しているか、また、当事者たちが「ナーユーらしさ」や「ナーユーであること」についてどのように考えているかといった論点である。 ナーユー女性労働者たちは、その大半が両親から移住の許しを得ていたものの最終的には自分で移住を意思決定したこと、経済的困窮や自己実現といった移住要因を多くのインフォーマントが挙げたこと、あるいはマレーシアに移住後現地社会から受けた影響等により自己認識がどのように変化してきているかに関する発表者の分析が紹介された。 中井氏の発表では、まずASEAN加盟国の金融経済情勢全般について概観された後、特にインフレ対応のために引締め傾向が強まる金融政策的要因に加えて、中小企業と金融機関との間に生じる情報の非対称性に起因する中小企業金融の困難等が解説された。また、特に中小企業側が抱える様々な問題点を解決するための様々な方策が議論された。 第1に取上げられたのは、中小企業による先物取引やスワップ取引に代表されるデリバティブ取引と諸種のFintech関連手法の利用と振興である。銀行におけるインボイス・ファイナンス、サプライチェーン・ファイナンス、電子商取引ファイナンス等の中小企業向けデジタル金融サービス、あるいはP2Pレンディングと呼ばれる、Fintech企業が提供する資金提供者—需要者間を連結する融資手法プラットフォームの活用がもたらす信金調達の効率化などが論じられた。第2に、「最適通貨圏」の理論が成立するための諸条件が満たされている加盟国のみで「ASEAN共通通貨」を導入すれば、それによって一定のメリットやシナジー効果がもたらされ、中小企業金融にも正の効果が期待できるのではないかという問題も論じられた。最後に、今後の課題として、実証分析による金融デジタル化の加速要因の解明や、ASEAN域内における金融デジタル化推進が各加盟国によって協調的に行われうるかに関する検討が挙げられた。 それぞれの発表後の質疑応答・討論では、西氏の発表に対しては、「スノーボールサンプリング」と呼ばれる調査手法、タイ—マレーシア国境間でのナーユー労働者たちの移動形態等をめぐって、中井氏の発表に対しては、ASEAN加盟諸国の政府系機関における「中小企業」の定義、ASEANにおける共通通貨導入の実現可能性等をめぐって、活発な議論が交わされた。 今回の研究会も、これまでと同様、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、上田曜子、赤嶺淳、中村和敏の各氏と林田秀樹が、オンラインでは、大泉啓一郎氏が参加し、合計7名の参加者であった。 |
開催日時 | 第8回研究会・2023年1月28日 14時00分~17時10分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス 啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | Is Palm Oil Certification in Riau and West Kalimantan Really Meeting Its Promise? |
発表者 | Erdi Abidin 氏(インドネシア国立タンジュンプラ大学社会政治科学部) |
研究会内容 | 今回の研究会では、インドネシアから Erdi Abidin
氏をゲスト講師として招聘し、標記のテーマで研究発表をしていただいた。同氏の専門は公共政策で、2011年に東ジャワ州の国立ブラウィジャヤ大学から博士学位を授与されている。同氏の活躍は狭く学界にとどまらず、所属機関・タンジュンプラ大学の所在する西カリマンタン州内に、小農や一般市民、行政関係者らとの広範なネットワークをもち、同州の経済振興や福祉政策、アブラヤシ栽培小農の地位改善などについて、新聞・テレビ等の様々なメディアを通じ積極的に発言されている。また、そうした活躍によって、近年、同国の国家研究イノベーション庁(BRIN)の研究者らとともに、西カリマンタン州とスマトラのリアウ州のアブラヤシ栽培小農によるISPO(インドネシアの持続可能なパーム油)認証取得の加速化に関する共同研究を主宰する立場となり、活動の舞台を全国に広げている。今回の発表は、その共同研究の中間報告的意味合いをもつものであった。以下では、その概要を報告する。 Erdi氏らの共同研究の対象とされている2つの州は、インドネシア国内の州別アブラヤシ農園面積で1位と2位の州である。2021年現在、リアウ州が約286万ha、西カリマンタン州が約212万haで、両州を合わせると約500万haにもなり、インドネシア全体のアブラヤシ農園面積約147万haの3分の1を超える。特にリアウ州は、小農所有のアブラヤシ農園面積が大きいことで知られるが、これら2州においてパーム油生産の持続可能性を担保するために小農によるISPO認証取得を加速させようとする施策は重要である。 しかし、Erdi氏によれば、現在、全国すべてのアブラヤシ農園のうち、ISPO認証取得済みの農園は2021年時点でわずかに27%に過ぎず、小農所有の農園に限定すれば、取得率は1%にも満たない。同氏は、こうした実績の乏しさから、2025年までに100%の取得を達成しようとする政府の目論見については悲観的であるとされた。また、悲観的にならざるをえない他の理由として、政府から小農に対する認証取得のための財政的支援が不足しているという問題点も指摘された。そして、両州の小農たち455世帯を対象に行ったアンケート調査を基にして、次のような政策提言が行われた。すなわち、パーム油輸出税の一種を財源として活動する財務省関連機関・アブラヤシ農園基金管理庁からの財政支援と各地方政府(州・県)が管理する小農支援財政との一体的管理・運用が認められること、それより以前にまずISPO認証取得の必要性についての小農への周知活動を活発化させること、中央—地方政府間の連携だけでなく中央省庁間の連携を併せ強めてISPO認証取得促進の体制を整備すること、小農によるISPO認証取得に関する行政手続きを円滑化するための支援を強化すること、などである。 以上の発表に関して、パーム油のプレミアム付価格が保証されるRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)認証の取得と対比してISPO認証取得のモチベーションは何か、自然環境保全や労働規制の順守など複数の要素を併せもつISPO認証取得を促進するより、個別の施策を順次進めていく方が却って効率的ではないか、などの論点をめぐって活発な議論が交わされた。通常より長めの2時間半の開催時間を予定していたが、それをさらに超過して3時間余りの開催となった。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、三俣学、中井教雄、渡辺一生、小泉佑介、上原健太郎の各氏と林田秀樹が、オンラインでは、厳善平、大泉啓一郎、祖田亮次、中村和敏の各氏が参加し、合計11名の参加者であった。 |
開催日時 | 第7回研究会・2022年12月17日 13時00分~17時20分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
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研究会内容 |
今回は、祖田、上田両氏による2本立ての発表で研究会を構成した。祖田氏の専門は人文地理学で主要な研究対象はマレーシア・ボルネオ島のサラワク州に住む人々の生態・生業であり、上田氏の専門は経済学で主要な研究対象はタイ都市部の中小企業である。今回の研究会の構成は、本部門研究会の学際的性格をわかりやすく示している。一見バラバラなようでいて、「小規模生産者」たちのあり方を部門横断的に研究し「東南アジア」の社会経済を描き出そうとしている点で共通の目標をもっているからである。上田氏の今回の発表はタイの経済社会全体に関連した事柄がテーマとされているが、そうした目標に向けてタイ社会、東南アジア社会がもつ問題を炙り出すことが趣旨であると理解される。以下、順に発表内容を報告する。 祖田氏の発表では、まずマレーシアにおける前世紀からのアブラヤシ栽培の拡大について概説された。当初、マレー半島部及びボルネオ島東部のサバ州でアブラヤシ栽培が先行した後、それら地域で開発余地が狭まってきた1990年代にサラワク州が栽培地として注目されるようになり、2000年代に入って同州で栽培が急増してきたのである。ただ、一方で、他の伝統的生業が駆逐されてしまったかといえば、そうではない。焼畑による陸稲栽培、森林産物採取、狩猟、漁労といった生業が、同州の住民たちによって継続的に営まれている。特に焼畑は、一般にイメージされる「火入れを伴う危ない農業」ではなく、休閑林(二次林)の間のシフト/再利用のシステムを具えていて、植生の遷移・回復と雑草繁茂の抑制という効果をもつ環境適合的・持続的農業であり、多くの投下労働量を必要としない「究極の省力化農業」でもある。 それでは、アブラヤシ栽培の拡大がどのように現地の生業体系に組入れられていったのだろうか。集落保全林と呼ばれる原生林と同等の種の多様性を具えた森林を保全しつつ、その周囲にアブラヤシ農園やゴム林、焼畑地や焼畑休閑林を配したパッチ状の用地利用が展開されることにより、樹木の種多様性が維持されて採取産業も同様に継続されることになる。加えて、アブラヤシ栽培の拡大による植生環境の変化を通じて動物の採餌行動も変化してきているのであるが、その変化が狩猟に及ぼす影響も正負の両側面があるとされた。最後に、人為の関与する自然について、開発許容閾値、環境制御方法等の観点から、ミクロ・メソ・マクロの各スケールにおいてモザイク景観の維持と保全が図られる必要性と、サラワク発のアブラヤシ生産者団体であるDOPPA(Dayak Oil Palm Planter’s Association)の活動並びにそれが目指す方向性についても言及された。DOPPAは、当地のアブラヤシ栽培農家を組織して、MSPO(マレーシアの持続可能なパーム油)認証の取得等の活動に取組んでいるが、それは、上記の景観維持とも大きく関連する活動といえる。 上田氏の発表では、現在のタイが、政治・経済の両面で置かれている先行き不安・不透明な状況のなか、同国の小規模生産者を含む低所得層を包摂するような包括的(inclusive)な経済制度・政治制度をもちうるか、タイの今後の展望はどのようなものとなるかについて議論された。議論の基礎とされた研究は、アセモグル&ロビンソン(2012)『国家はなぜ衰退するのか:権力・繁栄・貧困の起源』であった。具体的には、この著作で提示されている経済制度及び政治制度それぞれが収奪的(extractive)であるか包括的であるかによって、その時々で両制度の性格の組合せが決まり、その組合せで当該社会が安定的であるか不安定であるかが決まるという議論に、発表は依拠している。ここでいう包括的な経済制度とは、安全な私有財産、公平な法体系等の諸要因によって構成される制度で、特定社会集団からの収奪と別の集団への利益の帰属によって代表される収奪的制度と対極をなすものである。一方、包括的な政治制度とは、十分な中央集権的性格をもち多数の人々が政治活動の意思決定に参加できる民主的な制度を指し、限られたエリートへの権力の集中と彼らによる資源の収奪によって特徴づけられる収奪的な政治制度の対極にある制度である。 タイは、1970年代後半以降30~35年の間に低所得経済から高位中所得経済に移行するまでに経済発展を遂げてきたが、2015年以降は貧困率の低下は緩やかになり、2016,2018,2020年には、それぞれ貧困率の上昇を経験している。アセモグル&ロビンソンの議論をタイのケースに適用すると、現在のタイは、経済制度は包括的であるが政治制度が収奪的であるため、社会全体は不安定な状態にあるとされる。社会を安定させるためには、経済・政治とも包括的な制度へと発展させていく必要があるが、近年導入された税制はそうした方向に向かうものとはいえず、東北タイの農村にみられる貧困家庭の子どもたちに十分な教育が行届いていない状況は、安定的社会への展望が容易でないことを示しているといえる。 各発表に対する質疑応答の時間では、祖田氏の発表に関しては、当地の小農たちの地域間移動やDOPPAの活動形態について、上田氏の発表に関しては、議論の土台となったアセモグル&ロビンソンのモデル、並びに東北タイ農村部の貧困家庭の実態(父母の離村と子どもたちの養育等)について、活発な議論が交わされた。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、中井教雄、中村和敏、西直美、上原健太郎の各氏と林田秀樹が、オンラインでは、大泉啓一郎氏が参加し、合計8名の参加者であった。 |
開催日時 | 第6回研究会・2022年11月26日 14時00分~16時10分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | 中小企業によるアントレプレナーシップとしての国際化 ―日本の中小製造企業によるベトナム進出のケースから― |
発表者 | 関 智宏 氏(同志社大学商学部) |
研究会内容 |
今回の発表は、アントレプレナーシップの国際化という視角から中小企業の海外進出について論じようとするものであった。発表では、まず、先行研究にみられる研究動向をシステマティック・レビューという手法で体系化し、「中小企業によるアントレプレナーシップとしての国際化」の分析モデル(NEOKモデル)が導き出された。次いでこれに基づき、起業志向、ネットワーク、組織能力、知識という4つの諸要素が、どのような関連性をもって中小企業の国際化を促すかについて、特にネットワークや知識との関連で、これまでにあまり検討がされてきていない組織能力に焦点を当てた研究が発表された。研究の対象は日本の中小製造企業1社のケース・スタディである。以下では、その発表の概要を紹介する。 発表では、まず問題の背景として、日本のモノづくり企業を取巻く環境のなかで、特に人材の確保が困難になってきている点が指摘された。中小企業は大企業に比べると賃金や労働条件が相対的に悪く、人材確保のために改善が必要であると考えられている。一方、日本の中小製造企業の多くが受注ビジネスであり、1990年代後半以降、長期継続的な取引関係は持続せず、特定の発注企業からの受注量の減少あるいはその取引関係からの撤退などが生じている。そうしたなかで、日本の中小製造企業の一部は、新規の顧客からの受注を獲得すべく、国外、特にタイやベトナム等東南アジアに拠点を設立する動きがある。 このような背景の下、調査対象の(株)中農製作所(東大阪市)では2003年以降、ベトナム人技能実習生を複数名採用してきている。当初は、機械の稼働率を上げるために日本人人材の代替として採用したが、彼らの勤勉で有能な働きぶりから、帰国後彼らを正社員として雇用し、ベトナムにも生産拠点をもちたいと考え始めたという。そして、2008年に直接雇用したベトナム人4名のうちの2名をベトナムの拠点での経営責任者にするために日本で一定期間育成した後、2014年に駐在員事務所を開設し、以後4年間で16社の現地企業や多国籍企業を取引先として開拓することに成功し、2019年時点で20数名の社員が在籍する拠点として、外注ネットワークを活用した高度なモノづくりに取組んでいる。 以上のケースの紹介を経て、発表者は、理論的含意として以下の点を指摘した。当該ケースの分析では、先行研究から導き出されたNEOKモデルは支持されるとし、経時的なプロセスとしては、国際化に至るまでは、起業志向、組織能力等すべての要素が複線的かつ複雑に互いに影響し合いながら内実を変化させてきている。加えて、国際化を実現するまでの9年間の推進力は、日本の企業家の相手国に対する感嘆・包摂といった感情や姿勢であった点が指摘された。また、経営・政策的含意としては、今回取上げられたケースにおけるように、国際人材の確保・育成とその活躍の場の保証が必要であると主張された。 発表後の質疑応答では、アントレプレナーシップによる国際化とそれによらない国際化との差異があるとすればどのようなものか、国際化の目的は当該企業の生残りであるのか事業リスクの分散であるのか、等の論点をめぐって活発な議論が交わされた。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、上田曜子、赤嶺淳の両氏と林田秀樹が、オンラインでは、大泉啓一郎、中村和敏、渡辺一生の各氏が参加し、合計7名の参加者であった。 |
開催日時 | 第5回研究会・2022年10月29日 14時00分~16時15分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ワシントン条約(CITES)における水産動物 |
発表者 | 赤嶺 淳 氏(一橋大学大学院社会学研究科) |
研究会内容 |
今回の発表は、絶滅が危惧される野生生物の国際取引を管理するワシントン条約(CITES)の2000年代以降の締約国会議において、魚類やナマコ類等の水産動物の取扱いがどのように決められてきたかに関するものであった。それら水産動物の取扱いは、その漁獲を生業とする東南アジアの小規模漁業者にとっても無視できない取決めであり、当研究会としても注目すべきテーマである。また、日本国内でしばしばマグロ類・ウナギ類の漁獲・消費への懸念が報道されるのも同条約上の取決めによるものであり、私たちの食生活とも大いに関連のある事象といえる。以下では、そうした東南アジアと日本に関わりの深い条約の取扱う範囲が締約国の間でこの間どのように変化させられてきたかを中心に、長年にわたってCITES上のナマコ類の取扱いを追ってきた赤嶺氏の経験を基に行われた発表の概要をまとめる。 発表ではまず、CITES(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora:「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」)の概要について説明があった。1973年締結、75年発効の同条約は、野生動植物の絶滅危機度を3段階に分け、附属書で具体的種類を挙げて締約国(本年10月時点で184ヶ国)間の国際取引を規制している。附属書Ⅰに記載されているのは絶滅危惧種で、商業的輸出入は禁止される。同Ⅱ、Ⅲと規制の度合いは下がるが、本年10月24日時点で3万7千種以上の動植物種を管理する条約となっている。 次に紹介されたのが、2000年代以降の水産動物の附属書掲載の動向である。1990年代後半に、ガラパゴス諸島に生息するナマコ類の絶滅危機が米オーデデュポン協会によって叫ばれ、それを契機に2000年に入って一気に CITES 附属書への掲載が進むことになる。同時期にサメ類の掲載も進んだが、それらを含む掲載種のほとんどが食用である。こうした事態は、東南アジアの漁業者や中国を始めとしたその消費国にも大きな影響を及ぼしてきている。 発表では、以上のような状況を踏まえ、様々な水産動物を附属書に掲載するかどうかの判定基準の正当性についても検討された。特に、附属書Ⅱ掲載種は、しっかりした資源管理を確立し、取引が資源状況に悪影響を与えないことを実証できれば輸出は可能とされているが、それを客観的に判定することが技術的・財政的に困難であるため、当事国は一律に輸出不可の取扱いをすることがあるという。そのようななかで、欧米を中心とする締約国に、サメ類等をクジラ類と同様「エコ・アイコン」化し、人類社会の物質代謝との関係で「保全」を図るのではなく、水産動物の「保護」そのものを自己目的的に追求する傾向が顕著になってきている。こうした「エコ・ポリティクス」が、東南アジア諸国の漁業者に及ぼす影響は今後とも注視する必要があるが、同時に、CITESそのものの機能不全、不公正なあり方をどう考えるかも問題であるとされた。 質疑応答では、CITES締約国会議で環境保護系NGOがもっている影響力や、締約国の国内法とCITESに基づく規制との関係、CITESによる規制と個別生産主体の関係を漁業以外の産業部門に適用できるかなどをめぐって、活発に議論が交わされた。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、上田曜子、祖田亮次、中井教雄、小泉佑介、西直美、上原健太郎の各氏と林田秀樹が、オンラインでは、岩佐和幸、大泉啓一郎、中村和敏、佐久間香子の各氏が参加し、合計12名の参加者であった。 |
開催日時 | 第4回研究会・2022年9月24日 14時00分~16時10分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | インドネシアにおけるアブラヤシ小農の統計分析 |
発表者 | 中村 和敏 氏(九州産業大学経済学部) |
研究会内容 |
今回の発表は、インドネシア・スマトラ島に位置するリアウ州で小規模農家(小農)によって所有・経営されるアブラヤシ農園の土地生産性にどのような要因が影響を及ぼすかについて、インドネシア中央統計庁(BPS)が10年に1度実施する調査=「2013年版農業センサス(Sensus
Pertanian)」の個票データによって分析しようとするものであった。以下、その概要について報告する。 発表では、まず、今回報告される研究の背景について説明された。リアウ州は、インドネシアに現在1500万ha余あるアブラヤシ農園のうち、最も広い約290万ha(約19.3%)の面積をもつ州である。また、上記センサスによれば、同州の小農農園のアブラヤシ生果房の年当り土地生産性は14.6 ton/haであり、インドネシアの全国平均と同水準となっている。この土地生産性がどのような要因によって決まっているかについて分析することは、今後の同州のパーム油生産にとって重要な意味合いをもっている。土地生産性に大きな影響を及ぼしている要因がわかれば、今後、さらなる農園開発を行うことなく、既存の農園でアブラヤシの土地生産性を上昇させ生産量を増大させていく方法を明らかにすることにつながるからである。 次いで、推計モデルについての説明があった。従属変数は、小農農園の土地生産性であり、独立変数は、以下の通りである。(1)小農の属性(性別、学歴、就労年数等)、(2)農園及び農園管理関係の変数(土壌状態、単位面積(ha)当りの労働者数、苗の品種、単位面積(ha)当りの肥料投入量・農薬投入量等)、(3)農園の状態、(4)政府支援(肥料、農薬、用具・機械、営農指導)、(5)社会資本(組合加盟、対農園企業連携)。推定方法は、最小二乗法と分位点回帰法であるとされた。 推定の結果、中央値、及び多くの分位点において有意な推計結果が得られた主要な独立変数を挙げると、アブラヤシの木の単位面積当り植栽本数、農園主の就労年数、苗の品種(優良種証明の有無)、肥料投入量、単位面積当り労働者数、土壌状態、政府による肥料援助、組合加盟、対農園企業連携となる。ここで、発表者が論点として提示し、参加者との間で議論になったのは、小農の学歴が有意に効いていないのはなぜか、土地生産性の低い家計ほど肥料投入による生産性改善がみられるのは、そもそも小農の土地生産性の低さの主要な要因が、肥料投入が規則的に行われていないことであるといえるのではないか、等である。 最後に、結論として示されたのは、政府による肥料支援の効果は大きいので、継続・推進が推奨されるということと、組合加盟・対農園企業連携も土地生産性の低い農家に対して有効であることを重視すべきであるということである。また、今後の研究課題としては、リアウ州での結論が他の週にも当てはまるのか、インドネシア全国あるいは他国のケースでの分析は、いかなる結果となるか、等の点が挙げられた。 発表後の質疑応答も活発に行われ、今回取上げられなかった(BPSのセンサスで調査事項として挙げられていなかった)独立変数で、分析してみて何か面白い結論が得られそうな変数は何か等の論点をめぐって、議論が交わされた。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、上田曜子、中井教雄の両氏と林田秀樹の4名が、オンラインでは、三俣学、赤嶺淳、大泉啓一郎の三氏が参加し、合計7名の参加者であった。 |
開催日時 | 第3回研究会・2022年7月23日 14時00分~16時20分 |
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開催場所 | Zoomによるオンライン開催 |
テーマ | 熱帯フロンティアにおける移住と開拓:スマトラ島のアブラヤシ栽培がもたらす地域変動 |
発表者 | 小泉 佑介 氏(静岡県立大学大学院国際関係学研究科) |
研究会内容 |
今回の発表は、発表者が博士論文で対象としたインドネシア・スマトラ島における「熱帯フロンティア」への移住と開拓という現象について検討するものであった。発表者は、近くその博士論文を書籍化する予定とのことであるが、それへ向けてのブラッシュアップの過程で書籍全体のなかでカギとなる論点をいくつか取上げ、それらについて自身の議論を展開していくというかたちで発表が行われた。 まず、構想されている書籍全体の構成について説明された後、初めに議論されたのは、「熱帯フロンティアとは何か、なぜそれを取上げるのか」という問題である。1990年代に議論された熱帯フロンティアに関する議論で、発表者が注目して取上げた点は、フロンティアとは、「ひと儲け」を目指す移住者がやってくるところ、「賭け」を日常化させる空間であるといった議論である。北スマトラ州の山岳部(トバ湖周辺)から低地部に移住し、最大で200haものアブラヤシ農園を開発・所有して財を成した婦人の例などが紹介され、熱帯フロンティアの地理的な定義についても説明された。 次に取上げられたのは、発表者調査対象地であるスマトラ島のリアウ州とその周辺地域との間の人口動態である。インドネシア全土で最も大きく人口移動が生じているのは、首都ジャカルタ及びその周辺諸都市と西ジャワ州やランプン州等南部スマトラの諸州との間であるが、リアウ州とその周辺地域、特に北スマトラ州との間の人口移動は、それに次ぐ規模であるとされる。オランダ植民地期からプランテーション形態での農園作物農業が伝統的に盛んであった北スマトラ州から、人口分布がそもそも希薄であったリアウ州へと人口が大きく移動していったのは、アブラヤシ農園の開設とその経営を儲け=現金稼得の好機とみた人々の行動によるものであり、その結果、前世紀末以降、当地では民営農園に劣らない規模で「個人農園」が開設されることになったのである。発表では、このプロセスが、1980年代初頭以降2010年までの企業農園及び個人農園の面積の地域別規模の推移を示しながら解説された。 このほか、移住者が相当規模のアブラヤシ農園を所有するに至るプロセスで社会階層を経てきたか、特にどの時期に農園を開設した人々が優位に立てたか、その要因は何であったかなどが論じられた。最後に、まとめとして、今後、スマトラを含むインドネシア外島部の熱帯フロンティアへの移住と開拓という現象は、パーム油産業の成長とともに継続的に生じていくとともに個人農園が企業農園を上回るペースで拡大していくという予測が示され、そうした動向への規制の必要性が主張された。 質疑応答では、法人登記がなされた民営企業農園とそうではない個人農園への規制の相違や、なぜ今熱帯フロンティア論なのかというそもそもの着眼点についての議論、今後、スマトラと同様に他の外島部でも「フロンティア」への人口流入が生じるかなどをめぐって活発に議論が行われた。 今回の研究会は、当初、対面・オンラインのハイブリッド方式で開催される予定であったが、新型コロナウイルスの感染急拡大により、開催方式を全面オンラインに変更して実施された。参加者は、発表者のほか、上田曜子、三俣学、厳善平、岩佐和幸、大泉啓一郎、祖田亮次、中井教雄、西直美、上原健太郎の各氏と、林田秀樹の11名であった。 |
開催日時 | 第2回研究会・2022年6月25日 14時00分~16時10分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ | ASEANの人口動態・デジタル化・中国の台頭 |
発表者 | 大泉 啓一郎 氏(亜細亜大学アジア研究所) |
研究会内容 |
今回の発表者である大泉氏の当研究会での分担課題は、「グローバル化、デジタル化のなかでの東南アジアの小規模生産者」である。当研究会の研究課題は「東南アジアの小規模生産者に関する部門横断的研究」であるが、当該地域の小規模生産者たちの動態を描くには「フレーム」を構成する役割も必要であり、それには同氏の展開されてきた議論が相応しいと考え、分担課題についても承諾を得たうえで参加していただいている。今回の発表は、ミクロの構成要因である小規模生産者たちの動きを追う大泉氏以外のメンバーが、自身の分担課題を研究会活動全体のなかに位置づけていくためにも、たいへん有意義なものであった。 発表は、ASEAN加盟国の人口動態を、すでに人口減少が始まっている日韓台や少子高齢化が急激に進む中国との比較のなかで議論することから始まった。ASEAN現加盟10ヶ国では、1970年には5~6%を超えていた合計特殊出生率が、人口抑制策の効果もあってか、現在では全加盟国において2%台以下に低下してきている。にもかかわらず、国ごとにバラつきはあるものの、生産年齢人口比率には全体として顕著な低下傾向はみられず、インドネシアなどいわゆる「人口ボーナス」による恩恵を享受しうる期間が継続している国もある。一方で、シンガポールやタイでは急速に少子化が進み、特に後者ではバンコクと地方の東北部との間で極めて対照的な人口ピラミッドが構成され、20~30代の都市部への流出と50代以上の年齢層の地方への滞留という不均等な人口分布も現れている。 2つ目の論点であるデジタル化に関しては、現在30歳代以下のいわゆる「デジタル世代」が果たす役割が決定的であるとされた。この世代以降の人口比は、2040年時点において、日本では50%にも達していないと推計されているのに対し、ASEAN加盟国は、シンガポールを除く9ヶ国で50%を超え、そのうちタイを除く8ヶ国については60%を上回っているとみられている。そのような「デジタル・ネイティブ」といえる世代を多く抱える国では、デジタル技術の開発以外にも、その受容・利活用においてスムーズに当該技術の利点を享受できる社会になっているといえる。また、そのことは、政治が「デジタルによって大きく影響を受ける」可能性をも意味し、今後の政治社会変動にとって見過ごせない要因ともなっている。 3つ目の論点は、中国経済の台頭である。ASEAN加盟国に限らず、日韓台等東アジアの国・地域の多くが、今世紀に入ってから中国を最大の貿易相手国にするに至っている。中国にとっても、近年ASEAN加盟国との貿易が輸出入の双方において比重を高めてきている。中国経済の存在感の高まりは、アジアのみならず世界においても顕著で、2030年にはアメリカを抜いて GDPで世界第1位となるとみられている。 発表者が以上の議論で度々言及してきたのは、東南アジアの小規模生産者の動向も、人口動態やデジタル化、中国経済との関係と切離して考えることはできないということであった。これは、日本についてもいえることで、将来、中国経済の増々の成長を前提としたうえで経済のあり方が問われることになる。 質疑応答、討論では、東南アジアでも、大陸部と島嶼部とで異なる傾向があるように思われる人口の都市への偏在の要因等をめぐり、活発に意見が交わされた。 今回の対面での参加者は、発表者のほか、上田曜子、祖田亮次の両氏と林田秀樹、オンライン参加が、中村和敏、上原健太郎の両氏で、計6名であった。 |
開催日時 | 第1回研究会・2022年5月28日 14時00分~17時20分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A |
テーマ |
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発表者 | 林田 秀樹 |
研究会内容 |
今回の研究会は、第21期部門研究会の第1回研究会として開催された。林田が代表者を務めた第19期第6研究及び第20期第4研究は、東南アジア10ヶ国で組織されるASEAN共同体の経済的連結と政治的亀裂を主テーマとするものであったが、今期の第8研究では、「東南アジアの小規模生産者の部門横断的研究」を研究課題に掲げている。これまで、製造業・サービス業一般の発展を中心に描かれることが当然視されてきた東南アジアの経済社会のダイナミズムを、農民や漁民、あるいは中小零細規模の企業家など、小規模な生産者に焦点を当てその事業活動を活写することで、“裏面”から描き直すことを意図している。自ずとメンバーを大きく入れ替えて研究会を組織することになったため、メンバーには互いに面識のない者も少なからずいた。初回の今回は、①で、研究会の目指すところについて代表者から説明したうえで、互いを知るために、自己紹介と研究会への貢献についての考えを披歴し合うところから始めた。どのような中間的成果を狙うか、最終的にどのような成果のまとめを行うかまでおよその道筋についても話し合ったが、まずは、上々の滑り出しであったと好感触を得ている。 ②では、2022年4月28日に始まり、結果として本研究会開催日直前まで実施されたインドネシア政府によるパーム油輸出禁止措置について、発表した。コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻を背景として、原油価格・その他商品価格が高騰するなかで、昨年末以来、インドネシア、マレーシアから輸出されるパーム油も国際市場での価格高騰を経験してきた。それにつれ、インドネシア国内でのパーム油由来の食用油価格も急騰し、パーム油の輸出向け供給が増大して国内向け供給が減退した結果、国内市場が払底する程度にまで事態は進展した。国民世論は諸物価高騰のなかで現政権への支持を落としつつあったが、今回のパーム油禁輸措置は、辞退の根本的打開を目指したというよりは、そうした世論の動向に歯止めをかけることを目的に行われたものと考えられる。当初目標とされた食用油価格のRp 14,000までの低下が達成される前に、5月19日、同月23日付での禁輸措置解除が発表されたことが、その端的な表れであるといえる。報告では、禁輸措置が発表されるまでの経緯をトレースし、禁輸措置解除の際に政府がいかなる根拠を示したか、政府がパーム油の国内供給増のために打たなかった措置としてどのような措置が挙げられるか、そのことが政府のパーム油関連政策のいかなる姿勢を表すものであるかなどについて論じ、景況や国際情勢によって顕著に影響を受けるパーム油原料としてのアブラヤシ生産のみに小農たちが依存し続ける意味、あるいはその依存状態から脱却する方法について議論した。質疑応答や関連テーマについての議論も活発に行われた。 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面での出席者は、発表者のほか、上田曜子、赤嶺淳、祖田亮次、中井教雄、中村和敏、西直美の各氏、オンラインでの出席者は、厳善平、関智宏、大泉啓一郎、小泉佑介の各氏で、計11名であった。 |