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第9研究 冷戦期北朝觧の文化史:人・情報の流動性に注目して研究代表者:板垣 竜太(社会学部)

 本研究は、冷戦期(1945年~1980年代)の北朝鮮において、国内外での人口や情報の流動性を背景として、いかに文化の諸領域が歴史的に形成され変化を遂げてきたのかを学際的に明らかにすることを目的とする。研究に際しては、A.社会の流動性、B.北朝鮮外の人口の相互影響、C.個人の能動性、D.文化の諸領域の相互関係(収斂)という4つの視点を一貫して導入する。その遂行のために学際的な研究体制を組織し、海外に散在する豊富な北朝鮮資料を共同で調査・分析するとともに、インタビュー調査も併用する。研究会を通じて文化諸領域の研究の総合をはかったうえで、その成果を学会、公開シンポジウム等で内外に発信する。また、コリア文献データベースを充実させ、他の研究者にも役立つ研究基盤を構築する。そのことで、分野間の対話が不足している北朝鮮研究で、新たな潮流を国内外の学界につくり出す。

2023年度

開催日時

第7回研究会・2024年2月29日 16時30分~19時30分

開催場所 同志社大学志高館SK390
テーマ 『北に渡った言語学者』書評会
発表者 板垣竜太、コ ヨンジン、金埈亨、松坂裕晃
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2023年度 第7回研究会
兼 科研費(基盤B・20H01330)研究会

 板垣竜太氏の著作『北に渡った言語学者:金壽卿1918-2000』(人文書院, 2021年)が、兼担研究者であるコ・ヨンジン氏と林慶花氏(中央大[ソウル])の翻訳により『북으로 간 언어학자 김수경』(푸른역사, 2024年)として出版されたことを受け、この研究会としても書評会を開催した。コ ヨンジン氏が企画および司会進行を担当した。
 まず板垣竜太氏が「『北に渡った言語学者』補遺」と題して、同書には書ききれなかった内容や、同書出版後に発見された資料などにもとづき、報告をおこなった。
 次に、金壽卿の大学同期生である李明善の全集を出したこともある金埈亨氏(釜山教育大)が、大学同期生や(離散)家族の観点から書評をおこなった。
 そして、反帝国主義のトランスナショナルな思想史を研究している松坂裕晃氏(立命館大)が、英語圏の研究動向を踏まえた書評をおこなった。
開催日時

第6回研究会・2024年2月15日 16時~19時30分

開催場所 同志社大学志高館SK390(Zoom併用)
テーマ 平壌・普通江改修工事(1946年)をめぐる歴史的・文学史的研究
発表者 谷川竜一、水野直樹、布袋敏博
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2023年度 第6回研究会
兼 科研費(基盤B・20H01330)研究会

 1946年の5月から7月にかけて平壌で実施された普通江の大規模な改修工事は、平壌の治水および農工業用水の確保にとって大きな影響を及ぼしたため、既存研究でもしばしば言及されてきた。この改修工事について、新史料『普通江改修工事特輯』(1946年)が発掘され、この大規模事業がこれまで理解されていた以上に大きな意義をもつことが見えてきた。本研究会では、3名の研究者がこの史料をそれぞれの視点から読み解いた。
 谷川竜一氏は、「普通江改修工事の歴史的意義:平壌周辺の河川改修工事史における位置づけ」において、普通江の各工事を相互に関係づけながら、同時に平壌の複数地域の歴史過程と合わせて考察し、そのことを通じて植民地期からの連続性と解放後の新たな部分を論じた。
 水野直樹氏は、「「民主朝鮮のソウル」を建設せよ:普通江改修工事の政治的意味」と題した報告のなかで、普通江改修工事の過程で平壌を「民主朝鮮のソウル」と呼びはじめたことに注目し、同時期におこなわれた「民主基地」建設のための一連の措置のなかに同工事を位置づけた。
 布袋敏博氏は、「普通江改修工事完遂を祝う文学作品:金史良の新発掘資料を中心に」で、新史料に掲載された金史良の詩と戯曲を、その前後の彼および彼周辺の人々の歩みとともに描き出した。
 なお、本研究会の内容は『社会科学』の特集としての掲載を予定している。

開催日時

第5回研究会・2024年2月7日 17時~19時

開催場所 同志社大学志高館SK390
テーマ なぜ朝鮮民族美術論なのか:私と私の故郷の視点から
発表者 劉国強
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2023年度第 5回研究会
兼 科研費(基盤B・20H01330)研究会

 報告者は、朝鮮戦争以後に朝鮮民主主義人民共和国(以下「共和国」)で発行された美術関連の資料を網羅的に収集し、美術作品のなかでどのように民族が表現されているのか、どのような絵画スタイルで表現されているのか、それが大韓民国(以下「韓国」)および在日朝鮮人の美術家の民族表現および絵画スタイルとどのような共通点と相違点があるのかに注目して分析している。そのことを通じて、朝鮮戦争以降のコリアン全体の美術史を、政治的、歴史的背景を踏まえて整理し、どのようなイメージが作られてきたのかを考察したいと考えている。
 報告では、報告者がなぜこのような研究課題にいたったのか、その問題意識を、これまでの自らおよび家族のライフヒストリーの語りを通じて論じた。報告者は共和国生まれの華僑で、中華人民共和国(以下「中国」)の朝鮮族学校に通い、中国の大学を出て、韓国でも生活をし、日本で現在留学している。そうした「私と私の故郷」の辿った道筋から、現在の研究関心が形成されたことを説明した。
開催日時

第4回研究会・2023年11月14日 18時00分~20時00分

開催場所 同志社大学臨光館R413
テーマ 1960~70年代の北朝鮮・ベトナム関係を建築から考える
発表者 谷川竜一、冨田英夫
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2023年度第4回研究会
兼 科研費(基盤B・20H01330、基盤B・22H01670)合同研究会

 ベトナムのハノイ市内に、北朝鮮が1960年代に建設したアパート団地であるキムリエン団地が残っている。そこはベトナムにおける最初期のアパート団地であり、同国の都市型住居の歴史においては極めて重要な意味を持っている。
 加えて、同じくベトナム北部の都市・ヴィンに、東ドイツが造った古いアパート団地が残っている。こちらはベトナム戦争からの戦災復興の一環としてなされたプロジェクトであり、1970年代のものである。興味深い点は、ヴィンの復興援助に関わったドイツ人建築家たちの一部が、1950年代後半における北朝鮮の咸興の都市復興を担った技術者だったことだ。
 これらの例は、1950年代の東側諸国による対北朝鮮援助の成果や、北朝鮮自身の建設復興経験が、アジアのいわゆる後発の新興国へと波及していった可能性を示唆している。この点について、谷川竜一氏(金沢大学准教授)と冨田英夫氏(九州産業大学教授)より夏のフィールドワークを踏まえてそれぞれ下記のように報告があった。

発表1) 谷川竜一(金沢大学・新学術創成研究機構 准教授)
タイトル:「ハノイ・キムリエン団地と北朝鮮」
 ハノイ市内のキムリエン団地に北朝鮮が関与したのはなぜなのか。こうした疑問を出発点に、その背景には朝鮮戦争からの北朝鮮の都市復興におけるアパート建設技術の刷新や千里馬運動の開始などがあったこと、そしてそこでやりとりされた具体的なアパート建設技術がソ連との強い歴史的関係性の下にあったことなどが示された。学際的な本研究会の環境も活かし、建築史のみならず社会史的な観点から議論を深めることができた。

発表2) 冨田英夫(九州産業大学・建築都市工学部 教授)
タイトル:「東ドイツによる咸興とヴィンの戦災復興」
 ベトナム・ゲアン省の省都ヴィン(Vinh)のベトナム戦争からの都市復興を担ったドイツ人建築家の活動について議論がなされた。特に第二次大戦以前からのドイツ人建築家たちの国際的な活動の潮流を整理しつつ、そこにヴィンでの建設援助を位置付けるという興味深い報告であった。北朝鮮の咸興においてドイツ人がなした都市復興との差異や類似性などを理解しつつ、東ドイツを媒介としてどのような専門家人材や建設知が北朝鮮・ベトナムの間で繋がっていたのかという点について議論を深めることができた。
開催日時

第3回研究会・2023年10月27日 13時00分~18時00分

開催場所 相縁斎(韓国ソウル)
テーマ 平壌学シンポジウム
発表者 板垣竜太、谷川竜一、森類臣
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2023年度第3回研究会
兼 科研費(基盤B・20H01330)研究会
共同主催:ソウル市立大学校平壌学研究センター、同志社コリア研究センター

 ソウル市立大学で「ソウル学研究所」ができたのは1993年(ソウル遷都600年)のことである。2021年、ソウル学研究所傘下に新たに平壌学研究センターが設けられた。本シンポジウム(公開)では、日韓の研究者が集まって「平壌学」の現状と展望について語ったものである。以下、当日のプログラムの日本語訳である。全6名の報告者のうち、本部門研究のメンバー3名分についてのみ、簡単に内容を報告する。

基調講演1
曺有鉉(平壌学研究センター長)「韓国における平壌学研究の動向と展望」

基調講演2
板垣竜太(同志社大学教授)「平壌学の課題と可能性」
※批判的コリア研究として平壌学を位置づけるとともに、場所としての平壌をめぐり、歴史文献のビッグデータの活用や個人の具体的経験としての平壌について論じた。

報告1
朴喜用(ソウル学研究所首席研究員)「19~20世紀初、平壌の都市風景」

報告2
森類臣(摂南大学特任准教授)「芸術ㆍ文化の側面から見た平壌」
※芸術・文化(特に歌謡)のなかで表現された平壌の特徴と(表象)、劇場をはじめとした芸術・文化をみる場が集積する都市としての平壌(場所性)について論じた。

報告3
谷川竜一(金沢大学准教授)「平壌の脱植民地化と普通江改修工事」
※植民地期にも進められていた普通江の改修工事について、解放後の党指導下での急速な工事の進展を「脱植民地化」という観点から論じた。

報告4
丁一榮(西江大学校研究教授)「平壌学の土台研究の試論的考察」
開催日時

第2回研究会・2023年9月29日 18時00分~19時30分

開催場所 同志社大学臨光館R413
テーマ The Path Dependence of DPRK Cultural Borrowing
発表者 Peter Moody
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2023年度第2回研究会
兼 科研費(基盤B・20H01330)研究会

 Peter Moodyさんの発表内容の要旨は次の通りである。
 一般的に、朝鮮民主主義人民共和国(以下、DPRK)は国際的に孤立しており他国から影響を受けないような印象を持たれるが、文化においては「借用」が行われてきた。DPRKの音楽分野はその中の一つである。この文化的借用は「ヨーロッパのクラシカル音楽」「朝鮮半島の伝統音楽」「プロパガンダ・ポップミュージック」の3つの基準から分析できる。
 DPRK音楽分野における文化的借用の初期段階は「ヨーロッパのクラシカル音楽」であり、その中心は、1940~1950年代半ばのオペラとリート(歌曲)であった。朝鮮戦争の停戦に伴って東ヨーロッパの開発援助が北朝鮮にもたらされ、それと同時にヨーロッパ音楽も多量にもたらされたのである。このような状況で、北朝鮮はヨーロッパ音楽を盲目的に模倣するのではなく、朝鮮半島の音楽の継承と発展に力を入れるという次の段階に進んだ。朝鮮半島の音楽として重要視されたのは、パンソリ・唱劇・散調であった。ただし、これら3ジャンルの主な実践者は朝鮮半島南部出身者であったため、北朝鮮はその影響力を最小限に留めた。
 結局のところ、DPRKは資本主義国のレコード産業に由来するジャンル形式的特徴を備えるようになった。日本の植民地時代に商業的に制作された音楽から、曲の構造や歌唱テクニックを流用し始め、1980年代までに、若い世代にアピールするためのバンド音楽やディスコを含む音楽へと拡大させたのである。
 このような北朝鮮の音楽の発展は、経路に依存した一連のサイクルを意味している。それは、(1)外部から音楽の一部を取り込むこと (2)DPRK国内の嗜好や政治的優先事項に合わせて外部の文化を土着化すること (3)外部文化がDPRK国内の文化を支配したり、または政治的優先事項から注意をそらすような影響を人々に与えていると考えられた場合、外部の文化から遠ざかること、の3点である。
開催日時

第1回研究会・2023年9月22日 18時00分~21時00分

開催場所 remo / コーポ北加賀屋(大阪市住之江区)
テーマ 翻訳と連帯:ある寄せ場労働者の「抗日パルチザン参加者たちの回想記」翻訳の軌跡
発表者 鈴木武、前田年昭、原口剛、板垣竜太
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2023年度第1回研究会
共催:同志社コリア研究センター・釜ヶ崎史料研究会・記録と表現とメディアのための組織(remo)
JSPS科研費:基盤研究(B)20H01330; 基盤研究(B)22H00910
同志社コリア研究センター

 釜ヶ崎を中心に活動していた「流動的下層労働者」が、1970年代に朝鮮語を学習しはじめた。この企画では、平壌で発行された『抗日パルチザン参加者たちの回想記』全12巻を30年以上かけてこつこつと個人訳した鈴木武さん、そして朝鮮語学習会の発起人にして、東京で鈴木武さんの翻訳をもとに読書会を主宰している前田年昭さんをお招きして、公開の場でお話をうかがった。原口剛さん(神戸大)と板垣竜太が背景説明をするとともに、お二人の聴き手役となった。
 鈴木さんは翻訳の経験を語った。未來社の『朝鮮人民の自由と解放』を読んで感銘し、もっと読みたいと思って、語学の勉強をかねて『抗日パルチザン参加者たちの回想記』を訳しながら読んだ。そのうちに、その中身の深刻さに「こりゃ大変なことだぞ」と思いはじめた。飢えと寒さ、生きるか死ぬかのぎりぎりのところで闘い、数多くの人々が犠牲になった。これは奇跡的に生き残った人たちの生の記録だ。この人たちは永遠に生きるべきだ。永遠に生かすために全訳する必要がある。そう考えるようになったという。夜疲れて帰ってきて、酒を飲みながら夕食を食べて、その後、ドヤの一室で窓際の机に本、ノート、辞書を開いて、眠くなるまで毎晩2時間ほど訳したとのことで、「翻訳していたおかげでアル中にならずにすんだ」と語っておられた。
 前田さんは、「トラちゃん」こと林虎三として活動していた時代について淡々と語った。1971年に釜ヶ崎に入り、78年に離れたが、その最初の時期には「コウちゃん」こと船本洲治と同じ部屋に住んでいたという。釜共闘の闘いのなかで、労働者たちが抱いてしまう排外主義と、運動の対立・分断を克服するために、歴史意識をとりもどす、そのために朝鮮語を学び、朝鮮人の日本帝国主義に対する抵抗と闘いの歴史を学ぼうということになった。弱者が強者の真似をして、より弱いものをいじめる(排外主義もその一つ)のではなく、敗者が「やりかえす」という運動でなければならない。強者のもろい団結ではなく弱者の強い団結こそが必要だ。このような思想/運動のなかに、朝鮮語と朝鮮史の学習があった。そのように当時の状況のなかに位置づけていた。

2022年度

開催日時 第6回研究会・2023年2月1日 14時00分~18時45分
開催場所 同志社大学臨光館R413
テーマ 南北コリア文学芸術の現在と未来―最近の北朝鮮の文化研究の動向と資料について
発表者 金成洙(成均館大)、布袋敏博(早稲田大・名誉教授)、谷川竜一(金沢大)、李禮讚(成均館大)、呉太鎬(慶熙大)、全永善(建国大)、南元鎭(建国大)、河承希(東国大)、韓承大(東国大)
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2022年度第6回研究会
兼 科研費「冷戦期北朝鮮の文化史:人・情報の流動性に注目して」(20H01330)研究会
共催:南北文化芸術研究会(韓国)

 今回は森類臣さんのコーディネートおよび司会により、2部構成で開催した。
 まず、第1部「解放後北朝鮮文学をめぐって」では、金成洙さん(成均館大学教授、南北文学芸術研究会会員)が「北朝鮮文学研究の最新動向」という報告を行った。文学をカテゴライズする概念論争や他国における北朝鮮文学の到達点と韓国におけるそれとの違いなど刺激的な内容であった。また、布袋敏博さん(早稲田大学名誉教授)が「『普通江 改修工事特輯』所収の文学作品について―金史良の新発掘資料を中心に―」という報告を行った。新発掘資料ということで参加者の注目が集まり、布袋さんが現時点での評価と位置づけを提示した。
 布袋さんの発表については、谷川竜一さん(金沢大学准教授)が「普通江改修工事と資料『普通江改修工事特輯』について」という報告で補充説明した。資料の解説と普通江改修工事のプロセスについて分かりやすい説明が参加者の好評を博した。
 次に第2部「北朝鮮文化研究の動向と課題」では、全永善さん(建国大)が北朝鮮大衆文化研究の進捗状況を発表し、河承希さん(東国大)が、音楽研究の現況を説明した。李禮讚さん(成均館大)・呉太鎬さん(慶熙大)・韓承大さん(東国大)・南元鎭さん(建国大)は補充説明と討論を担当した。なお、研究会はコリア語で開き、必要に応じて金汝卿さんが通訳として活躍した。
 北朝鮮の文学・芸術・文化に関する研究会を日韓の研究者で行う機会はそれほど多くない。本研究会は、発表・討論・質疑応答とも非常に意義のあるものであったと評価できる。
開催日時 第5回研究会・2022年12月17日 10時00分~12時30分
開催場所 同志社大学烏丸キャンパス志高館1F会議室
テーマ 北朝鮮研究と資料:『北朝鮮実録』を中心に
発表者 金光雲(慶南大)
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2022年度第5回研究会
兼 科研費「冷戦期北朝鮮の文化史:人・情報の流動性に注目して」(20H01330)研究会

 発表者の金光雲氏は、北朝鮮政治史の研究者であり、北朝鮮に関する基本資料を幅広く調査・収集していることで知られる。金氏が20年以上の年月をかけて企画・編集している『北朝鮮実録』は、『正路』『労働新聞』『民主朝鮮』などの新聞や各種の雑誌、刊行物から史料を選別・収録した膨大な史料集であり、第160巻まで刊行されている。発表では、北朝鮮の歴史を考察するうえで必要な史料を確保することの難しさなど、体験を交えた話がなされた。確実で具体的な史料にもとづく北朝鮮研究の重要性をあらためて認識させる発表となった。
開催日時 第4回研究会・2022年12月9日 18時30分~20時30分
開催場所 同志社大学新町キャンパス臨光館R413
テーマ 万寿台芸術団の対日文化外交―芸術と宣伝扇動の相克
発表者 森類臣
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2022年度第4回研究会
兼 科研費「冷戦期北朝鮮の文化史:人・情報の流動性に注目して」(20H01330)研究会

 本報告で森さんは、朝鮮民主主義人民共和国の代表的な楽団である万寿台芸術団が1973年に日本を訪問して巡回公演を行った事象について分析した。同団の背景と過程、公演内容と評価を整理し、万寿台芸術団の対日文化外交が持つ意味について論じた。森さんは、日朝関係を始めとする国際的な関係性の中で、同団がどのようなプロセスと目的のもとに日本公演を行い、その結果いかなる評価を得たのかについて、基礎的な研究成果を提示した。
 森さんは結論として次の4点を提示した。
  1. 同団日本公演の背景には南北朝鮮の体制競争が存在し、芸術団派遣はこの競争の表出と捉えることが可能である。
  2. 同団日本公演の目的は日朝両国親善だったが、同時に朝鮮民主主義人民共和国の体制優越性を宣伝することも重視されていた。
  3. 芸術的側面における専門家の評価は概ね高評価だった。
  4. 当時の新聞や雑誌資料を見る限り、万寿台芸術団の芸術的力量を通して日本の人々の好感を勝ち取るという目的はある程度達成された。
 森さんの発表の後に、活発な質疑応答が行われた。
開催日時 第3回研究会・2022年7月22日 18時00分~20時00分
開催場所 同志社大学臨光館R413
テーマ 特集「冷戦期北朝鮮の文化史」について
発表者 板垣竜太・水野直樹・谷川竜一・森類臣
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2022年度第3回研究会
兼 科研費「冷戦期北朝鮮の文化史:人・情報の流動性に注目して」(20H01330)研究会

1. 板垣竜太「Webスクレイピングについて」
 北朝鮮文化史資料のウェブスクレイピング事業について、その概要を報告した。最終的にKBDBへと反映させる計画について述べた。

2. 特集「冷戦期北朝鮮の文化史」について
 特集号に投稿予定の4本の論文について、その内容を報告し、相互に調整をおこなった。
板垣竜太「解放直後北朝鮮地域社会の<罪と罰>:黄海道平山郡の刑事訴訟記録(1946-47年)を中心に」
谷川竜一「1946年普通江改修工事の歴史的再検討:日本植民地支配の「遺産」をめぐって」
水野直樹「中国東北地方抗日武装闘争戦跡地踏査団について:1959年踏査団を中心に」
森類臣「朝鮮民主主義人民共和国の音楽界におけるもう一つの通路:在日朝鮮人との相互作用に注目して」

3. 今年度の調査計画について
 今後の調査計画や成果の出し方について議論を詰めた。
開催日時 第2回研究会・2022年6月3日 18時00分~20時00分
開催場所 同志社大学良心館RY107
テーマ 【公開講演会】平壌美術(ピョンヤン アート):朝鮮画 革命か、芸術か
発表者 ムン・ボムガン、古川美佳、白凛、板垣竜太
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2022年度第2回研究会
兼 科研費「冷戦期北朝鮮の文化史:人・情報の流動性に注目して」(20H01330)研究会

 『平壌美術(ピョンヤン アート)-朝鮮画の正体』(白凜訳、青土社、2021年)の原著者、文凡綱(ムン・ボムガン)氏(ジョージタウン大学)がアメリカから来日するのに合わせて公開で研究会(講演会)を開始した。
 開会あいさつおよび司会を白凛氏がつとめた。
 文凡綱氏が自著の内容に即して、「朝鮮画」の諸作品や特色について、分かりやすく話した。講演はコリア語でおこなわれ、日本語の同時通訳を入れた。
 続いて朝鮮美術文化研究者の古川美佳氏との対談がおこなわれたのち、会場からの質疑応答があった。
 最後に板垣竜太が閉会挨拶をおこなった。
 会場には130名ほどの参加者があった。下記メディアで取り上げられた。
韓国『大韓経済』紙 - 外部サイト
日本の『週刊金曜日』2022年6月24日号 - 外部サイト
開催日時 第1回研究会・2022年5月27日 18時00分~20時00分
開催場所 同志社大学新町キャンパス臨光館R413
テーマ 1946年の普通江改修工事の歴史的連続と断絶
発表者 谷川竜一
研究会内容 人文科学研究所部門研究会(第9研究)2022年度第1回研究会
兼 科研費「冷戦期北朝鮮の文化史:人・情報の流動性に注目して」(20H01330)研究会

 本発表では、解放後最初の大規模都市開発事業である普通江改修工事(1946年5月~7月まで)に関する新資料が研究メンバーに紹介された。それは解放後の北朝鮮社会を知る上でも貴重な資料であったが、その資料と植民地期の日本側の資料を合わせることで、普通江改修工事を日本植民地からの連続のなかで捉えることが可能になった。具体的には平壌は1920年代より急速に都市化・工業化したが、そのなかで「朝鮮窮民救済治水工事」などの枠組みで普通江の改修工事も始まったことが発表で言及された。そして、日本の植民地支配からの解放後の早い段階で工事は再開されていたが、それは1946年5月の金日成とロマネンコの現地視察を受けて、平壌の都市住民たちを動員した大規模な工事へとアップデートされたことなども紹介された。
 議論では、普通江改修工事の技術者や計画内容などが解放前後で変わっていなかった点や、解放後の工事では当初都市民たちの一部が十分に協力的でなかった点などについて、コメントや質問が多くなされた。また、そうした一部市民の非協力的な態度を克服するために「突撃」という名の集団的集中建設パフォーマンスが実践されたという発表者の理解について、その妥当性をメンバーで検討しつつ、ディスカッションを深めることができた。