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第7研究 東南アジアの小規模事業者に関する部門横断的研究 ―国・地域の経済社会に果たす役割をつかむ―  研究代表者:林田 秀樹(人文科学研究所)

 本研究の目的は、インドネシア、マレーシアなどの東南アジア諸国において、現地の小規模農家(小農)や小規模漁業者、あるいは中小零細企業等の小規模事業者が、変化の激しい経済環境のなかでどのように自らの生業・事業を展開しているかについてフィールド調査を中心とした調査を実施し、当該事業者が当該国・地域の経済・社会を構成するうえで果たしている役割を解明することである。従来、東南アジアの小規模事業者に対しては、産業部門ごとに個別の学問分野から独立したアプローチで研究が行われてきているが、本研究では、各部門の小規模事業者の役割について、経済的視点を基に人文・社会科学の諸分野の知見を横断的に援用し、部門間比較を行いつつ学際的な共同研究を実施する。特に、農業・漁業等を主産業とする地方部に一定の人口が留まり、食料・工業製品原材料の供給という役割を担い続けていることの要因と影響を焦点に調査分析を行う。

2026年度

開催日時 第4回研究会・2026年7月25日 13時00分~17時00分
開催場所 同志社大学 今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「ASEANにおけるグリーンファイナンス」
② 「転換期のマレーシア・パーム油産業」
発表者
① 中井 教雄 氏 (広島修道大学商学部)
② 岩佐 和幸 氏 (高知大学人文社会科学部)
研究会内容
 今回は、この間ASEAN加盟国の金融問題に取組んできている中堅研究者と、長年マレーシアのアブラヤシ・パーム油関連産業の研究に取組んできたベテラン研究者による研究発表であった。以下では、順に今回の発表それぞれの概要を報告する。

 中井氏による第1発表では、「グリーンファイナンス」そのものの特徴について説明したうえで、ASEAN域内におけるグリーンファイナンスの動向について解説が行われた。その内容を踏まえて、特に、ASEAN加盟諸国におけるグリーンファイナンスの問題点を指摘し、様々な課題に対する解決策が提示された。最後に、ASEAN域内におけるグリーンファイナンスの将来性について、焦点を絞った展望が行われた。
 まず、ASEAN諸国におけるグリーンファイナンスの特徴について、気候変動への高い脆弱性と膨大な資金需要という背景の下、ASEAN共通の債券基準、独自の二層タクソノミー、政府主導・長期債中心の市場構造という4つの構造的特徴をもつものとして整理された。また、ASEANグリーンファイナンスの動向では、SDGs債発行額は8年で約43倍に拡大してきた経緯が跡づけられた。シンガポール・タイの2強状態、ブルーボンドやSLB(Sustainability-Linked Bond)な等の商品の多様化、トランジション・ファイナンスの本格化などについて、国際支援の拡大に言及しながら概観された。
  次いで、ASEANグリーンファイナンスの課題については、巨大な資金需給ギャップ(需要超過)の継続、発行体・投資家双方の市場の薄さ、制度・データ基盤の未整備、グリーンウォッシングと金融安定リスク・偏在がもたらす課題という4つの構造的課題が指摘された。
 最後に、今後考えられる解決策として、公的資金を呼び水としたブレンデッド・ファイナンス、制度整備の深化と市場インフラ強化、金融システムの能力構築、そして日本を含む域外パートナーとの国際連携強化を4つの方向性が提示された。
 質疑応答では、ASEAN後発国におけるグリーンファイナンス導入のメリット、インドネシア及びタイがOECDに加盟申請していることとグリーンファイナンスの積極化の関連性、グリーンファイナンスにおける資金需要主体と資金供給主体の動機、あるいはグリーンファイナンスとしてカテゴライズされる金融システムに小農ら小規模事業者が包摂されていない実態などについて情報交換と討論が活発に行われた。

 次いで、岩佐氏による第2発表では、まずマレーシアのパーム油産業の「転換期」についての背景説明が行われた。同国は、大規模アブラヤシ農園開発と下流展開・産業高度化を背景に「パーム油開発先進国」の地位を築いてきたが、土地開発の制約とパーム樹の老齢化、深刻な労働力不足が要因となって、最近は路線変更を迫られるようになってきている。さらに、EU森林伐採防止製品規制(EUDR)や当該部門での競合国インドネシアの産業政策、米露による軍事侵攻に伴う地政学的変化等への対応も求められている。発表では、これらの課題を抱えるマレーシア・パーム油産業の現状分析について説明が行われた。
 第1に、精製油主体でインド・中国・EU向け中心のパーム油輸出構造に変化がみられるようになった点である。製品面では粗油並びに最終製品・バイオマス関連の比重が相対的に高まるとともに、輸出先も伝統市場から中東やアフリカへの多角化が進行するようになったことが注目される。
 第2に、上流から下流へ至るパーム油商品連鎖の成熟化とそれに伴う課題である。国内では工場建設・設備能力並びに下流展開が飽和状態に達するとともに、特に精製部門では国内原料調達の制約や国際市場での競争力、稼働率・利益率の不安定性と下流投資の困難の面で厳しい状況にあり、垂直統合型企業と独立系企業との格差が生じている。
 第3に、上流の農園部門において、規模拡大の限界から機械化・再植等を通じた生産性向上の時代に入ったことである。大きな鍵は、経営主体と労働力に求められる。大手アグリビジネスは海外農園・下流展開を通じて売上・利益ともに一定水準を保っているが、一部企業ではガバナンス不全に陥っている。他方、国際的に批判されてきた労働現場での状況改善は道半ばであり、外国人労働者依存の低減だけでなく、企業利益との乖離や現場の監視が大きな課題であることが示された。
 以上を踏まえ、質疑応答では、バイオ燃料政策を含む油脂市場の方向性や、輸出製品・市場動向とマレーシア側の対応、サラワク州での農園拡大と外国人労働者の行動、特に農園企業ではなく小農農園で雇用されている外国人労働者の実態等について活発な議論が展開された。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、祖田亮次、平賀緑、中野真備、田中耕司、上田曜子の各氏と林田秀樹の8名が、オンラインでは、厳善平、中村和敏、渡辺一生、佐久間香子、章超、皆木香渚子の6氏が参加し、合計14名の参加者であった。

開催日時 第3回研究会・2026年6月20日 13時00分~17時10分
開催場所 同志社大学 今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「インドネシア西カリマンタン州におけるクレジットユニオンの受信・与信業務と財務状況」
② 「ドローンの高解像度画像を用いた小農の果樹園の樹種特定の試み」
発表者
① 上原 健太郎 氏(松本大学総合経営学部)
② 渡辺 一生 氏(京都大学東南アジア地域研究研究所)
研究会内容
 今回は、前回に引続き、研究会内のサブプロジェクト「西ボルネオの土地利用変化:空撮と聞取りによる実態と要因のクロスボーダー比較分析」(科研費国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))、課題番号:22KK0012、研究代表者:林田秀樹)のメンバー2名による発表であった。当研究会では、まず当該プロジェクトでまとまった研究成果を出すことを目指して活動し、それを研究会全体の活動の推進力とすることを目指している。以下では、順に今回の発表それぞれの概要を報告する。


 まず、上原氏による第1発表は、インドネシアの地域金融・マイクロクレジットの1つであるクレジットユニオンの展開について考察が行われた。発表では、特に、西カリマンタン州のクレジットユニオン、Credit Union Pancur Kasih(CUPK)とCU Bonaventura(CUBV)の受信・与信業務、及び財務状況に焦点が当てられた。
 まず、CUPKの設立背景、組合員数の推移、預金残高・貸出残高・預貸率の推移が取り上げられた。教育を通じたダヤック人のエンパワーメントを目標としたCUPKは、1987年の設立当初、組合員、資産額ともに小規模な組織であったものの、その後、組合員、預金残高、貸出残高ともに増加していった。預貸率や収益性の変化を踏まえると、CUPKは設立から10年後までに急成長しており、2010年前後を境に、量的な成長期から成熟期に移行し、現在に至ると考えられるとされた。
 また、CUPKの資産残高、総資産利益率(ROA)に関して、1987年からの10年間で資産残高,純利益は急増した。ROAは1997年から2000年代後半にかけて乱高下した後、2007〜2010年までのROAの水準は1%前後,2010年代は0.5%未満で推移してきている。
 次いで、CU Bonaventura(CUBV)の財務状況について説明が行われた。CUBVは当初、教育機関の教員を中心に、預金、融資、教育を主な活動範囲として広がったクレジットユニオンである。発表では、主にCUBVの貸借対照表を基に、資産、負債、資本を構成する各項目のインドネシア語から日本語への翻訳が確認された。続いて、2021年と2024年の実際の数値に基づいて、CUBVの財務指標(預貸率、ROA、ROE、自己資本比率)を概観した。その結果、預貸率、ROAはそれぞれ約80%前後、約0.5%前後とCUPKと同水準の値を示していること、及びROEが2.5%前後、自己資本比率が約20%前後という水準であることが判明した。特に自己資本比率に関しては日本の信用組合全体の傾向と比較すると、大きな割合を示しており、財務の健全性を評価できるとされた。
 質疑応答では、クレジットユニオンの活動をめぐって、預貸率を取り上げる意義、法制の動向、クレジットユニオンのサービスを含め、当該地域の借り手がどのような金融サービスの選択肢をもっているのかなどをめぐって活発に情報交換と討論が行われた。

 次いで、渡辺氏による第2発表は、西カリマンタン州の州都ポンティアナック近郊の農村部における小農の果樹園栽培に焦点を当てたもので、ドローンで撮影した高解像度画像を用いた樹木判別の試みについて説明がなされた。
 発表では、まず、対象地の説明とドローンを用いた画像取得方法及び樹木の位置と種類の判別方法についての説明があった。ドローンから取得された画像は、地上分解能が2.6cmと非常に高精細であり、樹木1本ごとの形状が明瞭に判別できることが示された。対象農村にある1世帯の果樹園(面積1ha)を対象とした樹種分類では、5種類の果樹が判別でき樹木本数は491本であることが把握できた。一方、現地での照らし合わせの作業(グランドトゥルース)はまだ行われていないので、誤判別がありうるという課題も示された。また、樹種判別の効率化と標準化のためには、機械学習やAIによる分類手法を開発する必要があることが課題として挙がった。
 この検証によって、ドローンを使えば世帯単位で果樹1本ごとの把握が可能であり、このデータを用いて各農家にヒアリングをすることで、当該地における小農の多様な果樹栽培の戦略を時間的・空間的に明らかにできる可能性が示された。
 質疑応答では、小農の泥炭地開発の過程と果樹の配置に一定の規則性があるという既存研究を明確に可視化できているという評価があった。また、単に画像分析で終わるのではなく、数世代にわたる開拓の歴史とドローンの高解像度画像を結びつけることで小農の生存戦略を長期的に分析でいるのではないかとのコメントも寄せられるなど、活発な議論が行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、西川純平、中井教雄、中野真備、田中耕司、上田曜子の各氏と林田秀樹の8名が、オンラインでは、佐久間香子、皆木香渚子両氏が参加し、合計10名の参加者であった。

開催日時 第2回研究会・2026年5月23日 13時00分~17時15分
開催場所 同志社大学 今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「アナツバメの巣をめぐる「野育」の可能性:東南アジアにおける新形態の資源利用」
② 「アブラヤシ・サプライチェーンの垂直統合とデジタル・インフォーマル ―マレーシア・サラワク州の事例― 」
発表者
① 佐久間 香子氏 (東北学院大学地域総合学部)
② 祖田   亮次  氏 (大阪公立大学大学院文学研究科)
研究会内容
 今回は、研究会内のサブプロジェクト「西ボルネオの土地利用変化:空撮と聞取りによる実態と要因のクロスボーダー比較分析」(科研費国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))、課題番号:22KK0012、研究代表者:林田秀樹)のメンバー2名による発表であった。当研究会では、まず当該プロジェクトでまとまった研究成果を出すことを目指して活動し、それを研究会全体の活動の推進力とすることを目指している。以下では、順に今回の発表それぞれの概要を報告する。

 まず、佐久間氏による第1発表は、インドネシアとマレーシアにおける近年の「ツバメの巣産業」で主流となっている人工構造物を利用した採集方法に焦点を当てたものであった。本発表では、この方法をこれまでのヒトの食料生産活動の分類(農耕、栽培、家畜、養殖など)に当てはめることが困難であることを確認したうえで、二ホンミツバチの事例を参考に「野育」と位置づけて議論することが提案された。
 食用として流通するツバメの巣は、アナツバメという東南アジア及び一部の太平洋地域に棲息する種の鳥である。1990年代以降、急速に浸透したのは、人工構造物のなかにアナツバメに営巣させるという方法だが、その歴史は100年以上にも及ぶ。この間、集約化・機械化が進んできたが、現代の方法も粗放的な側面が強く、次の点で養殖とも畜産とも呼ぶことができないことが共有された。
 第1に、商品として流通するのは生体ではなく巣である以上、人工構造物は生体飼育施設ではない。つまり、ヒトが給餌をするわけではなく、人工構造物のなかに営巣するアナツバメも、そこに自由に出入りして捕食活動をする野生の状態である。第2に、ヒトは営巣を促す環境整備はするが、直接アナツバメの生殖活動に介入することはできない。報告では、このようなアナツバメの生態に鑑みれば、人為環境に適応させるよりも自然環境に近い状況で営巣させることが、結局のところ効率的であるという点が指摘された。加えて、ヒトがどれだけ人工構造物を整備しても、アナツバメの捕食活動のためには餌となる虫が生息する森林が必要であることも説明された。
 発表後の質疑応答では、こうした生産活動とヒトのライフサイクルを関連づけて論じる必要がある点や、ツバメの巣が高級品としてではなく嗜好品としての側面をもっている点を考慮した消費側の分析が必要である点が指摘されたほか、現地のターミノロジーを使った呼び方を採用する提案などについても、活発に議論された。

 次いで、祖田氏による第2発表は、近年のマレーシア・サラワク州の小規模生産者たちのアブラヤシ栽培に焦点を当てたもので、まずその栽培行動の背景について説明があった。2018年にMSPO(マレーシア版のアブラヤシ認証)の取得義務化が発表されて以降、同州のような辺境の小規模生産者たちも、政府や国際機関が発信する情報に敏感になってきている。現在では、小農ライセンス登録や認証申請などにもデジタル・ツールが不可欠となっており、電子化された情報は、政府による辺境統治の面でも重要になっていると考えられる。一方で、様々な制度をすり抜けるためのツールとしてデジタル・デバイスが活用されることもあるとされた。辺境の人々がフォーマルなシステムに包摂されていく過程と、逆にインフォーマル性が維持・強化・再編される傾向が同時に観察されるアブラヤシ栽培の現場の状況が報告された。
 発表の終盤では、インドネシア人の非合法労働者が低地プランテーションから先住民集落に入り込んで不可視化していく様子を強調することで、EUが進めようとするサプライチェーンの垂直的統合の流れと、現場における「再インフォーマル化」の動きが対比的に描かれ、グラウンド・トゥルースを書いたデジタル環境主義が、逆に現場のインフォーマル化、非合法化を助長しているのではないかと指摘された。
 質疑応答では、インフォーマル性に関する疑義がいくつか示された。そのうちの1つは、発表者が主張するようにアブラヤシを栽培する小農が一旦フォーマル化した後で再びインフォーマル化したのではなく、継続的にインフォーマルであり続けたのではないかとする疑問であった。また、「小農」という言葉の意味が不明瞭であることも指摘された。これは便宜的に使われたものではあるが、用法の難しいタームであることが確認された。このほか、垂直的統合と水平的架橋の対比は経済学的タームとしては意味のズレが生じうることも指摘されるなど、活発な議論が行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、中井教雄、田中耕司、上田曜子の各氏と林田秀樹の7名が、オンラインでは、章超、皆木香渚子両氏が参加し、合計9名の参加者であった。

開催日時 第1回研究会・2026年4月25日 13時30分~17時15分
開催場所 同志社大学 今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「今年度の研究会運営方針について」
② 「パーム油のBDF使用に対する視角―インドネシアにおける政策実施をめぐる議論から―」
発表者
林田 秀樹(人文科学研究所)
研究会内容
 今回は、年度初回のため研究代表者・林田からの報告であった。標記の通り、研究発表と併せて研究会運営の方針についての説明も行い、参加者全員で議論した。以下では、順にそれらの概要を報告する。

 研究会運営方針については、その前提として、まず当研究会の初年度(2025年度)の研究活動について振返りを行った。11回の研究会を開催しメンバー全員とゲスト2名の合計22名による研究発表を組織したこと、うち2025年10月の第6回は人文研第111回公開講演会を兼ねて開催し、その記録を人文研ブックレットNo.88『変わりゆく熱帯の自然と住民たちの生業―日本人が視たボルネオのこれまでとこれから―』として刊行したことなど、年度当初の目標をおよそ達成できた点を研究会の到達として評価しうるとした。これらに加え、第21期第8研究の成果のまとめとして2024年12月に『社会科学』に投稿した特集論稿6本が2025年5月に同誌55(1)に掲載されたことを足掛かりとして、今期残り2年間の活動を展開していくために、『社会科学』への特集掲載や同志社大学人文科学研究所研究叢書の編集・刊行に向けた計画について議論された。

 次いで、標記テーマの研究発表では、まず、2000年代以降のインドネシア政府によるパーム油のBDF(バイオディーゼル燃料)としての使用促進策、特にディーゼル油へのパーム油BDFの混合率義務化政策の展開を跡づけ、それが実施されてきた背景について説明が行われた。第1の背景は、石油産出量の傾向的減少と人口・経済成長の堅調を考慮すれば石油・同製品に代わるエネルギー源確保の必要性が高まってきていること、第2は、石油・同製品の純輸出額の恒常的赤字化に伴い、それに代わるエネルギー源を国内で確保し貿易収支改善を図る必要があることである。これら「エネルギー市場の需要側要因」に対し、第3の背景は、アブラヤシ栽培農業並びにパーム油関連部門が現在潰すに潰せない規模にまで達しているため、同部門を(潜在的)超過供給状態から脱却させる必要に迫られているという、「パーム油市場の供給側要因」が形成している。
 続いて、以上のようなインドネシア経済の構造的要因を背景に展開されてきたパーム油BDF使用促進策に関してどのような議論がなされているかについて、3点の特徴的な先行研究が紹介・検討された。このうち、第1の論稿では、技術・経済・環境等の諸側面で当該政策がどのような制約をもっているかについて整理したうえで、特に技術的要因によって関連業界がインドネシア政府による高率のパーム油BDF混合率適用義務化に前向きでないことが、2026年に入って政府が同年内のB50適用を見送った重要な要因であったとしている。また、この論稿を含め、第2、第3の論稿においても、パーム油BDF使用促進策がもつ経済成長や雇用への効果と併せ、その原料であるアブラヤシの生産がより大規模に行われることによる食用作物生産への負の影響等にも言及されている反面、総合的にみると当該政策の推進について肯定的評価が与えられているといえると指摘された。
 最後に、こうした議論に共通しているのは、発表冒頭で指摘したパーム油BDF使用促進策がインドネシア経済の構造変化に根差すものであることについての検証を抜きにそれを前提に議論を進めるものであること、とりわけパーム油市場の供給側要因への観点が欠落しているとみられることなどに、克服すべき特徴を有している点が指摘された。
 発表後の質疑応答・討論では、本発表で取り上げた論稿の著者がどのような来歴をもちどのような立場で議論を展開しているかに留意する必要があること、燃料か食料かという対立軸の設定を批判的検討なしに受け入れるのではなく、各地域の土質にどの作物の生産が適しているかといった生態的要因も考慮すべきであるなどの論点をめぐって、活発に議論が交わされた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、厳善平、森下明子、西川純平、中井教雄、平賀緑、上原健太郎、上田曜子の各氏の8名が、オンラインでは、中野真備、章超、皆木香渚子の各氏の3名が参加し、合計11名の参加者であった。

2025年度

開催日時 第11回研究会・2026年3月22日 14時00分~17時30分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス 徳照館1階会議室
テーマ 「Commitment to Reducing Greenhouse Gas Emissions through an Integrated Agricultural System Rooted in Local Wisdom: A Case Study in Sambas Regency, West Kalimantan Province」
発表者
Erdi Abidin 氏 (インドネシア国立タンジュンプラ大学社会・政治科学部)
研究会内容
 今回の研究会は、インドネシア西カリマンタン州の国立タンジュンプラ大学からゲスト講師を招いて開催した。ゲストのErdi氏は、第7研究内のサブプロジェクトである科学研究費助成事業・国際共同研究加速基金・国際共同研究強化(B)「西ボルネオの土地利用変化:空撮と聞取りによる実態と要因のクロスボーダー比較分析」(22KK0012、研究代表者:林田秀樹、2022-26年度)において、現地研究協力者として当地での調査を強力に支援してくれている研究上のカウンターパートである。今回は、当該プロジェクトの研究課題と関連の深い標記のテーマで発表が行われた。以下では、その概要を報告する。
 発表では、まず、国土に広大な熱帯林と農業用地を有するインドネシアにおいて、近年、森林・土壌の劣化が進行することで温室効果ガスの排出につながっていること、持続可能な農業システムの下で農業生産と環境保護のバランスをとることが求められているという問題の背景について説明があった。次いで、温室効果ガス排出減への貢献として、地方の農民独自の持続可能な農業のための実践とそれを行うにあたっての農民たちの「知恵(wisdom)」について解明するという研究課題が提示された。さらに、その課題遂行に当たって、持続可能な食料生産・土地利用・生態系回復を統合的に推進することを目指し、2010年代後半から取組みが本格化してきたFOLUR (Food and Land Use Restoration) 、並びに京都議定書に根拠をもち2000年代半ばに発効したCDM (Clean Development Mechanism)という2つの国際プログラムの枠組みを分析の基軸として、発表者が研究活動を展開している西カリマンタン州サンバス県での実践例を取上げるとし、同県における調査の概要が複数例紹介された。
 まず、同県トゥルック郡S村におけるコーヒー農園経営のケースが取り上げられた。同村では、村有事業体が所有する約4haの農地があり19名の組合員によって経営されている。2010年代後半に、この農地での栽培作目を決定する際、アブラヤシ農園とするかリベリカコーヒーの農園とするかで、事業体を二分する議論が起こったが、組合長のK氏が粘り強いリーダーシップを発揮し、民主的な議論を地道に積み重ね意見の対立を乗り越えて、コロナ禍の最中であった2020年に火入れを行わずにコーヒー農園を造成し、以来、農園における農作業や火事発生の際の消火活動にも共同で当たるなど環境保全と両立するような生産活動が継続されてきている。このケースは、アブラヤシに依存することなくCDMの理念にも適う集団的農業経営の事例であるとされた。
 次に紹介されたのは、同じくサンバス県のサンバス郡G村におけるミカン栽培の事例である。当地の農民R氏は、0.5haという限定的な所有農地でインドネシアでは通常年2~3回とされる柑橘類の収穫回数を26~28回という驚異的な回数にまで増大させる農法を編み出した。加えて、両親からの遺産としてのゴム農園を2010年代の趨勢であったアブラヤシ農園への転換を行わずに経営し続け、市況好転を待って経営状態を順調に推移させてもいる。このR氏の実践に倣おうと、30数名の農家が同氏のから研修を受けて同様の農法でミカン農園経営に乗り出している。これも、FOLURとCDMの理念を双方とも実現した事例であると評価された。 
 このほかにも、サンバス県におけるいくつかの事例が取り上げられた。発表後には、個別事例の実践の詳細に関して質疑応答が行われ、S村の土壌・気象条件等のコーヒー栽培適性や、G村におけるR氏の独自の農法の開発・実践過程等について活発な議論が行われた。最後に発表者から、今回紹介した事例を含め、同州もしくは同県においてさえ、 FOLURやCDMの理念に適う事例に関する情報共有がまだまだ不十分である点が指摘され、これらの事例をまとめて紹介する成果を公刊することで、地域農民の「知恵」、知見を普及させる計画について言及された。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催したが、参加者はすべて対面での参加者であった。発表者のほか、森下明子、佐久間香子、上原健太郎、田中耕司、上田曜子の各氏と林田秀樹の7名が参加した。

開催日時 第10回研究会・2026年2月21日 13時00分~17時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ①  「ベトナムにおける空間経済格差の特定―夜間光データに基づいて―」
②  「タイ政治経済の現在地」
発表者
①  章 超 氏(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・院生)
②  上田 曜子 氏(同志社大学名誉教授)
研究会内容
 今回の研究会は、これまで主に中国経済の研究に取組み、昨年から東南アジア経済の研究に着手した大学院生(博士後期課程修了予定)と、長らくタイ経済の研究に携わってきた研究者による発表であった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 章氏による第1報告は、人工衛星による夜間光データを用いて、ベトナムにおける空間経済格差を空間統計学の手法で分析したものであった。発表ではまず、ベトナムの経済発展と空間構造の特徴が説明された。紅河デルタ地域に位置するハノイ市圏及び東南部地域のホーチミン市圏は、海外直接投資と工業化の進展を背景に、ベトナムの経済発展経済を牽引してきた中核地域であることが示された。
 続いて、夜間光データを用いて、ベトナム第2級行政区分(県・郡レベル)における経済水準の空間分布を可視化し、Moran’s I 統計量を通じて、正の空間的自己相関が確認された。また、LISAクラスターマップを用いた分析により、ベトナムの空間経済格差に寄与する地域である一人勝ち地域(HL型)及び一人負け地域(LH型)が、主として、資源型都市、大都市やホットスポットの周辺に集中していることが判明した。これらの結果により、集積の経済性や逆流効果の作用を通じて、生産要素が大都市へ集中する可能性が示された。
 最後に、本研究の意義について以下のように総括された。ジニ係数やタイル指数といった従来の格差指標に依拠する研究とは異なり、空間統計手法とリモートセンシングデータである夜間光データを統合することで、公式統計データが十分に整備されていない地域においても、経済格差に寄与する具体的地域を特定し、その空間的特徴を分析できる点に優位性があるとされた。発表後の討論では、農村部における夜間光の観測精度の問題、ベトナムにおける経済格差に比しての所得格差の重要性、現地調査(フィールドワーク)による補完的検証の必要性について意見が交わされ、今後における研究のさらなる発展可能性が共有された。
 
 続く上田氏の第2報告は、現在のタイが抱える構造的な経済停滞と、社会的分断に起因する不安定な政治の状況について分析を行うものであった。
 タイ経済はこの間、成長率が2%台に低迷し、高い家計債務と製造業の競争力低下から、英フィナンシャル・タイムズ紙に「アジアの病人」と評されるまでになった。日本企業の投資先としての関心はベトナムやインドへと移り、特にEV市場での中国勢の台頭が日系企業のシェアを圧迫している。この現状を打破するにはR&D投資の強化と高度人材育成が不可欠だが、その障壁の一つとなっているのが教育格差であると指摘された。
 統計上の所得分配は改善傾向にあるが、実態としての教育機会の格差は甚大である。国際学力調査であるPISA2022の数学スコアでは、貧困層の生徒の約80%が低学力層に分類されており、所得階層による学力の格差が国民の分断を再生産する構造となっている。
 次に、政治問題に関連して、2006年のクーデター以降、保守派エリートは憲法裁判所や汚職追放委員会等の独立機関を利用し、タックシン派や改革派を排除する「政治の司法化」が推し進められてきた。2026年2月の総選挙では、アヌティン首相率いる「タイの誇り党」が第1党となり、今後タックシン派の「タイ貢献党」と連立を組む見通しである。他方、若者の支持を集める第2党の「人民党」の議員の一部は政治活動禁止の危機に瀕しており、政治的不安定化が懸念されているとされた。
 最後に、カンボジアとの国境付近での武力衝突についても言及され、タイ国内の政争と密接に関係している点が指摘された。アヌティン首相は強硬な姿勢で愛国心を煽ることで、選挙終盤に支持を急拡大させることに成功したとされた。
 発表後の質疑応答では、まず、日本企業による直接投資のタイ経済への貢献について議論された。日本企業は低賃金の労働力を確保するという目的でタイに進出したので、タイでの賃金引上げと技術移転には寄与していないのではないかという論点について意見が交わされた。また、公立学校の学校間の教育格差が教育制度の改革や所得格差から影響を受けている点についても活発に議論された。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、西川純平、祖田亮次、大泉啓一郎、上原健太郎、皆木香渚子の各氏と林田秀樹の9名が、オンラインで神田柳蘭氏(オブザーバー)が参加し、合計10名の参加者であった。

開催日時 第9回研究会・2026年1月24日 13時00分~17時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ①「レッドパームオイル需要が形成する農的景観—カメルーン南部における予備調査から—」
②「マラッカ海峡の「違法」な渡し業」
発表者
① 赤嶺 淳 氏(一橋大学大学院社会学研究科) 、 坂梨 健太 氏(京都大学大学院農学研究科)
② 森下 明子 氏(同志社大学法学部)
研究会内容
 今回の研究会の第1報告はインドネシア・マレーシアをはじめとした東南アジアで大規模に生産されているアブラヤシ・パーム油生産がアブラヤシの原産地であるアフリカでどのように行われているかについて、第2報告はスマトラ島とマレー半島に挟まれているマラッカ海峡で今なお行われている「「違法」な渡し業」について発表するものであった。前者においては他地域との比較において、後者においてはこれまで当研究会で焦点が当てられることが少なかった輸送「サービス」に関連する部門について、双方とも研究会のテーマである「東南アジアの小規模事業者」を議論するためのユニークな話題を提供してくれる興味深いものであった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 赤嶺・坂梨両氏による第1報告は、2025年9月に実施したカメルーン南部での10日間の調査に基づいて、「西アフリカにおけるアブラヤシ利用の実態と農的景観の特徴」を報告するものであった。訪問したカメルーンの南部州とリトラル州では、東南アジアで一般化しているような大規模プランテーションはほとんど確認されず、半栽培状態のアブラヤシや小規模の家族経営的アブラヤシ園が広く分布していたが、こうした景観を支える中核に、未精製レッドパームオイル(RPO)に対する強固な需要が存在するとされた。RPO は、色・香り・栄養価が高く評価され、「ナチュレ」として自家製造・自家消費されるほか、ローカル市場でも流通している。搾油工程(煮沸・搗き・圧搾)は伝統的な手法が維持され、精製パーム油と比較しても脂肪酸組成は大きく異ならない点が示唆された。このことは、RPO の広範な使用が味覚・文化・自家生産性に強く依拠している可能性を示している。同時に、落花生油や精製パーム油との使い分け、パーム核油の限定的利用、家内工業的搾油所の散在など、油脂利用の多様性が確認された(し、今後、さらに精査していく必要がある)。
 また、カカオを始め、プランティンやキャッサバ、トウモロコシといったほかの作物との混植的土地利用が一般的であり、とりわけ南部州の場合ではカカオの存在がアブラヤシを換金作物化させず自家消費的利用にとどめている点が指摘できる。一方で、道路沿いには新たなプランテーションの造成もみられ、原料流通や搾油工場の配置には不明点も残る(各種統計で確認する必要がある)。本調査から、西アフリカのアブラヤシ景観は、RPO を中心とする生活文化・食嗜好・小規模生産の強靭さによって維持され、東南アジア型プランテーションとは異なる発展経路をたどってきたことが明らかになった。最後に、今後はRPO と精製油・落花生油との競合、地域差を生む生態・植民地期政策の影響、周辺国(ガーナやナイジェリアなど)との比較研究を進めていきたいとされた。
 報告後の質疑応答では、パーム核が調査地ではあまり利用されていないことの理由や、RPOの国際市場への浸透や世界的に油種が極めて限定的になっていることへの懸念、カメルーン現地におけるRPO生産の産業としてのあり方や他のカカオなど作目栽培との関係等をめぐって、意見・情報交換が活発に行われた。

 続く森下氏の第2報告では、マラッカ海峡を跨いでインドネシアとマレーシアの間を行き来し、非正規の輸送ルートでモノや人を運ぶ人々(報告内では「「違法」な渡し業」という名称が用いられた)の具体例が示された。
 まず、海上でのモノや人の移動に関して、非伝統的安全保障の観点から、インドネシアとマレーシアでは何が取締りの対象となっているのかが説明された。両国の海上安全保障における主な脅威は、海難事故、自然災害、海洋汚染、密輸、違法入出国、違法・無報告・無規制漁業(IUU漁業)、麻薬取引、違法燃料取扱、海賊・武装強盗などであり、本報告に特に関連するのは密輸、違法入出国、麻薬取引であることが説明された。
 次に、マラッカ海峡を跨いでどのようなモノや人がどのように「違法」に移動しているのかが解説された。ローカルレベルで対岸から対岸へ運ばれているモノには、モノ自身が違法である場合(麻薬など)とそうでない場合(農産物、海産物、木材、タバコなど)があること、また後者については正規輸送ルートと非正規輸送ルートがあることが説明された。人についても、渡航目的自身が犯罪行為である場合(人身売買など)とそうでない場合(観光客、労働者・就労希望者など)があること、後者については正規と非正規の出入国ルートがあることされた。さらに、①モノ自身は違法ではないが輸送ルートが非正規の場合、②渡航目的自身は犯罪行為ではないが出入国ルートが非正規の場合の具体例が示された。
 最後に、インドネシアの「違法」な渡し業の具体的な事例が示された。元締めは漁師の場合もあれば地元実業家や「プレマン組織」の場合もあること、地元の漁師や住民が運び屋などとして雇われることなどが事例から説明された。
 報告後の質疑応答では、取締り当局に関連する質問(関連省庁間の力関係や権限、取締りの歴史など)のほか、マラッカ海域を見る視点として、この地域における人々の移動の歴史、生態環境的特徴、漁村の経済変容、住民の視点、船の航行の監視技術(衛星データなど)といった様々な視点からの知見の提供や質問があり、活発な議論が行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、森下明子、中野真備、田中耕司、章超、皆木香渚子の各氏と林田秀樹の6名が、オンラインでは赤嶺淳、坂梨健太(ゲスト)、渡辺一生、平賀緑、上田曜子の5氏が参加し、合計11名の参加者であった。

開催日時 第8回研究会・2025年12月20日 13時15分~17時15分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ①「帝国日本のアジア支配による世界植物油資源の掌握とその影響について」
②「インドネシア・バンテン州における小規模搾油工場」
発表者
① 平賀 緑 氏(京都橘大学経済学部)
② 中村 和敏 氏(九州産業大学経済学部)
研究会内容
 今回の研究会は、1本目は戦間期日本の「南方」への侵攻・統治と植物油生産の掌握に関して、2本目は主に現在進行しつつあるインドネシア・バンテン州での小規模パーム油搾油工場の操業・経営について発表するものであった。歴史分析と現状分析でアプローチこそ違うが、いずれもアブラ(植物油)の生産に関する発表であった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 まず平賀氏による第1報告では、大豆油、ナタネ油、パーム油など植物油は、今日では主要な食用油として日常的に食されていが、石油工学が主流となる前の第二次世界大戦中まで、これらの植物油や、獣脂、魚油など、生物由来の油脂は、非食用を含む各種工業さらには軍需品の原材料として今日の石油に替わる重要な物資であったことについて説明があった。そのような時代に東・東南アジアを占領した日本は、満洲・朝鮮の大豆やナタネ、東南アジアのココヤシやアブラヤシなど、じつに世界の植物油資源の4割近くをその支配下に掌握したといわれているが、手に入れた油脂資源を有効に活用できなかった様子も窺われる。報告では、マル秘文書の記載がある東方油脂資源資料『椰子油の食用化に就て』(1942年)から、政府や大手油脂企業の幹部が一堂に集い、ヤシ油(ココナッツオイル)をどうやって日本人に食べさせるかを真剣に議論していた様子などから、日本が世界のコプラ資源の大部分を手に入れながらもその資源を持て余していた様子が、当時における国内外の油脂事情と併せて紹介された。同時に、日本の占領によってアジアからの油脂資源の供給が途絶えてしまった欧州や米国において代替油糧作物の国内生産が奨励され、これが戦後の欧州におけるナタネ、米国における大豆という油糧種子の主要産地形成を促したのではないかと指摘された。

 報告後の質疑応答では、戦前・戦中の油糧作物や油脂に関する統計データの不明瞭さ・煩雑さから、その分析の困難や注意点などが議論された。また、現在ではマレーシアとインドネシアが世界生産の大部分を担っているアブラヤシ(パーム油)についても、戦前・戦中の動向から、その後の東南アジアにおける大量生産体制への動きについて議論された。

 続く中村氏による第2報告では、インドネシアのアブラヤシ小農統計の性質、そしてバンテン州にある小規模パーム油搾油工場の実態が論じられた。
 まず、前回報告では明らかでなかったアブラヤシの小農統計の作成方法について説明がなされた。農業省の小農統計は以下の手順で作成される。最初に、農家や生産者団体から情報が集められる。次に、衛星写真を基に農地を確認し、HGU(Hak Guna Usaha:事業使用権)の付与された25ヘクタール以上の土地を大規模農園、残余の土地を小農所有農園とする。また、GPSを用いて土地の境界の確定や地図上の位置特定が行われ、STDB(Surat Tanda Daftar Budidaya:県・市が発行する栽培登録証)が発行される。衛星写真やSTDBの情報を補うために、農業普及員(Penyuluh Petani Lapangan)が6ヶ月ごとに行う現状報告を利用しながら、『Pedoman Pengelolaan Data Komoditas Perkebunan(PDKP)(農園作物に関するデータ管理の指針)』にしたがって、栽培面積、生産量、世帯が登録される。以上のようにして、作成された農業省の小農統計は、中央統計庁(Badan Pusat Statistik: BPS)作成のセンサスベースの小農統計よりも信頼性が高いと考えられるとされた。
 次に、バンテン州の小規模パーム油搾油工場の実態の報告があった。初めに写真で搾油の各工程の説明がなされ、次いで、聞取りの結果として、小規模搾油工場がbrondolanと呼ばれる熟して落果したアブラヤシを原料としていること、搾油したパーム原油(CPO)はタンゲラン市の中国人業者に売却していること、種子はリアウ州や北スマトラ州の業者に売却していること、などが報告された。小規模搾油工場で製造されたパーム原油は、遊離脂肪酸が多く含まれていることから、非食用グレードであることが多い。バンテン州に限らず、小規模搾油工場はスマトラ島やカリマンタン島の各地でも近年増加傾向が見られ、それらの実態を明らかにすることが今後の研究課題として挙げられた。
 報告後の質疑応答では、バンテン州の小規模搾油工場が設立された経緯、パーム原油の売却先、近年小規模搾油工場が全国的に増加傾向にある理由などに関する議論が活発に展開された。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、中井教雄、上原健太郎、中野真備、章超、皆木香渚子、田中耕司の各氏と林田秀樹の10名が、オンラインでは厳善平、祖田亮次、赤嶺淳、渡辺一生の4氏が参加し、合計14名の参加者であった。

開催日時 第7回研究会・2025年11月22日 13時00分~17時20分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「インドネシアにおけるタコ漁業の変遷」
② 「塩水侵入地域に適応する小農の生業体系「稲・エビシステム」の展開
  ―ベトナム・メコンデルタ・キエンザン省を事例に―」
発表者
① 中野 真備 氏(甲南女子大学人間科学部)
② 皆木 香渚子 氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・大学院生)
研究会内容
 今回の研究会では、島嶼部と大陸部の違いこそあれ、同じ東南アジア地域の漁業関連の調査研究を行っている2名の若手研究者が研究発表を行った。そのうちゲスト講師としてお迎えした皆木氏の発表は、発表テーマが示す通り、水稲栽培とエビ養殖を統合して営む珍しい生業体系に関するものであった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 まず中野氏による第1報告では、近年急速に高まる世界的なタコ需要を背景に、インドネシアにおけるタコの漁獲状況とその推移、特に中スラウェシ州バンガイ諸島の漁撈活動の変化が論じられた。
 報告では、東南アジア海域世界の海の民サマ(バジャウ)によるワモンダコ(Octopus Cyanea)採捕を事例とし、1950年頃から現在までの経済的な推移が示された。1979年のマダコ属漁獲量はわずか37トンで、特定魚種としては最下位であった。しかし、世界的なマダコ資源の減少や、西サハラにおける漁業規制、消費国の拡大を背景に、未利用資源としてインドネシア産ワモンダコが注目され、状況は大きく変化した。過去10年ほどの間に輸出用冷凍タコのキログラム単価は急騰し、現在では冷凍マグロを上回る高値で推移している。
 続いて、地域別の漁獲量について説明があった。東ジャワ州、北スマトラ州、南・中スラウェシ州が上位を占めているが、このうちバンガイ諸島は、他の上位地域と比べると小規模な生産地であるにもかかわらず全国7位の漁獲量を記録している。同地域の主要漁村タミレ村の住民はサマ人が大半を占め、同村ではかつてタコは値段のつかない「下魚」であったが、2015年頃から買付け価格が高騰し「特殊海産物化」すると、タコ漁への転換や新規参入が進んだ。加工を担う企業の参入により、近年ではインドネシア国内でもタコの流通が一般化し、消費者層も拡大しつつある。2020年以降は、コールドチェーンの整備、直接輸出、HACCP認証の取得、動物福祉との関連など、タコをめぐる環境はめまぐるしく変化している。こうした外部知識や技術が漁業者にも影響を与えていることが指摘された。
 発表後の質疑では、東南アジア海域世界論との関連から、中国向けの特殊海産物と、いまや世界中に消費地をもつタコを同列に扱う妥当性、現地仲買人のみならず国内外企業や政府施策など広範なアクターの重要性、バンガイ諸島の事例を漁業経済史に位置づけるためのデータ処理のあり方など、多角的な議論が行われた。

 続く皆木氏による第2報告では、ベトナム・メコンデルタ沿岸部の塩水侵入地域における生業システムの歴史的展開と、2000年代以降に普及した、雨季に水稲を作付けし、乾季に汽水性のエビ類を養殖する「稲・エビシステム」についての発表が行われた。
 まず、発表者の調査対象地域での「稲・エビシステム」導入の経緯について説明があった。当該デルタ沿岸部地域では、かつて伝統的に湛水した水田での漁労を組み込んだ水稲一期作が行われていた。1975年のベトナム南部解放以降に水利整備や農地開拓が進み、1980年代後半には国家主導の農業集団化政策によって近代的な農業技術が導入されたことで、1990年代以降には水稲二期作が開始された。しかし、2000年代初頭に海岸堤防の部分的な破壊や灌漑水路の拡張などの人為的な環境変化があり、塩水侵入の影響が増大して稲・エビシステムへの転換が進んだのだという。
 稲・エビシステムでは、1筆ずつ水管理ができる輪中状の圃場の構造を基盤として、年間の水路の塩分濃度の変化に応じた緻密なファーミング・プラクティスが行われており、塩水侵入地域の特殊な水環境に対して、現代的な技術によって適応した精緻な技術体系であることが説明された。
 また、発表者によると、稲・エビシステムでは、エビ養殖と稲作それぞれ単体の経済性ではなく、稲作と養殖の年間のサイクルのなかでシステムの収益や効率性が考慮されているとのことである。実際、海側では世帯経済にとってエビ養殖が重要である一方、内陸側ではエビ養殖と稲作からバランスよく利益を得ており、圃場における塩水侵入の影響の程度により、世帯経済の利益の構造が異なることが示された。
 最後に、稲・エビシステムのファーミング・プラクティスとその経済性には過去の水利インフラの整備や生業システムとの歴史的な連続性があることが示唆された。
 報告後の質疑応答では、塩水侵入だけでなく酸性土壌がシステムの生産性に与える影響や、稲・エビシステムの技術向上に貢献したと考えられる政府や民間企業と農家相互作用や、農地の流動化による貧富の格差の出現、エビ養殖のバリューチェーンやホワイトスポット病への対応等について広範囲にわたる議論が行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、祖田亮次、上田曜子、章超、田中耕司(オブザーバー)の各氏と林田秀樹の7名が、オンラインでは厳善平、中村和敏、渡辺一生の3氏が参加し、合計10名の参加者であった。
開催日時 第6回研究会・2025年10月25日 13時30分~17時10分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス良心館 RY107教室
テーマ 全体テーマ 「変わりゆく熱帯の自然と住民たちの生業―日本人が視たボルネオのこれまでとこれから―」

① 「グローバル化のなかのボルネオ―自然環境と生活様式はどう変化してきたか―」
② 「ツバメの巣産業はいかにしてボルネオに浸透したのか―サラワクと西カリマンタンの生産現場から―」
③ 「金融から農業を考える―西カリマンタンの信用組合を事例に―」
④ 「ドローンから見た「西ボルネオ」の土地利用」
発表者
① 祖田 亮次 氏 (大阪公立大学大学院文学研究科)
② 佐久間 香子 氏(東北学院大学地域総合学部)
③ 上原 健太郎 氏(松本大学総合経営学部)
④ 渡辺 一生 氏 (京都大学東南アジア地域研究研究所)
研究会内容
 今回研究会は、人文科学研究所第111回公開講演会を兼ねて開催された。この講演会は、人文研主催であるが、企画を担った第7研究内のサブプロジェクトである科学研究費助成事業・国際共同研究加速基金・国際共同研究強化(B)「西ボルネオの土地利用変化:空撮と聞取りによる実態と要因のクロスボーダー比較分析」(22KK0012、研究代表者:林田秀樹、2022-26年度)を共催者として、当該プロジェクトのインドネシア西カリマンタン州並びにマレーシア・サラワク州における調査研究活動の現時点での研究成果を一般・学生の皆さんに還元することを趣旨とするものであった。司会・モデレーターを務めた林田を含め、当該プロジェクトの全メンバーを登壇者とし、まず祖田氏が標記のテーマで基調講演を行った後、佐久間、上原、渡辺の3氏がパネリストとしてそれぞれの調査研究の結果を発表し、最後に林田が各講演・発表に対してコメント・質問して討論を行うという構成の企画であった。また、研究会・科研費プロジェクトとしては、研究成果のまとめへのステップの1つと位置づけて臨んだ。以下では、各講演・発表と討論の概要を紹介する。

 祖田氏による基調講演では、大陸以外で3番目の面積をもち、東南アジアのほぼ中央の赤道直下に位置して豊かな熱帯林を有するボルネオ島の基礎的な情報について説明があった。次いで、同島内陸部の集落形態であるロングハウスやその周囲の焼畑・休閑地、集落保全林で営まれる、陸稲栽培、狩猟、香木やツバメの巣などの森林産物の採集等様々な生業が紹介された。そのなかで、当地の住民たちが、コメ作の生産と消費を中心とした生業・生活様式をもっているがゆえに「焼畑農耕民」であるとする規定の仕方は、英国人たちによって定着させられてきた ‘Paddy Cult(コメ至上主義)’とも呼べるミスリーディングな観念ではないかとの指摘がなされた。祖田氏がその根拠としたのは、焼畑陸稲栽培への必要労働投入量の少なさと、それによって可能となる、以上にも触れたボルネオの住民たちの「多生業性」である。その例として、彼らがゴムやエンカバン等の森林産物が特に海外において多く需要され現金収入をもたらすとみれば、その生産・採集に多くの労働を投入し、焼畑耕作を疎かにすることがしばしばあったこと、それゆえ、特にゴム生産が盛んになったブルック期にはコメ不足が常態化していたことなどが挙げられた。
 以上のような、ボルネオ現地の住民たちの生業についての理解の不十分さとともに、正す必要があるとされたのが、森林劣化の要因として焼畑陸稲栽培を批判する向きである。数戸の共同体成員によって集団的に営まれる焼畑は、1回の火入れ用地面積が1ha程度と小規模であることなどから、森林を焼失させる主要因になるとは考えにくく、むしろ1970年代から盛んに行われた木材伐採や、1990年代以降急激に行われてきたパーム油原料基盤のアブラヤシ農園の開発が重大視されるべきであるとされた。近年は、小農による同農園の開発が進んでいるが、他の作物の栽培や他の生業と組合せることにより、ポートフォリオ的な役割の一部を担っている点でアブラヤシ栽培は彼らにとって重要な生業である。ただ、RSPO等の認証取得義務化やEUDR等の規制により、小農の生産するアブラヤシを原料とするパーム油が特に欧米で市場を失う危険にさらされており、改めて当地の住民たちの生業への理解を深める必要があると主張された。

 続いて、パネリスト3名による発表が行われた。第1パネリストとして報告に立った佐久間氏からは、まず、高級中華料理の食材などに使われる「ツバメの巣」が、東南アジア一帯でどのように採集され「生産」されるに至ったかに関する歴史的な背景について説明が行われた。次いで、2000年代以降の中国経済の急成長の影響に加え、近年当該財への需要が、食材としてだけでなく、健康食品や美容関連商品にまで広がりをみせており、将来さらなる需要増も見込まれていることが紹介された。ところで佐久間氏は、そもそもこのテーマでの研究を開始したサラワク州だけでなく、近年、上記の科研費プロジェクトで西カリマンタン州でも同様の調査を行い両州にわたる比較研究に従事している。報告では、地域間の相違についても言及され、マレーシア側では当該産業を振興し法整備も進められる一方で、インドネシア側では土台となる法令が未整備なまま、中国を始めグローバル市場に牽引されるかたちでツバメの巣の「養殖」が広がっているという現状が指摘された。
 第2パネリストの上原氏からは、インドネシア西カリマンタン州において小規模な事業者や一般家計等多数の組合員をもつ信用組合(CU:Credit Union)による信用供与が、当地の農業に及ぼす影響について報告がなされた。報告では、まず日本の例を比較対象にして、インドネシアにおける信用組合の制度的背景について説明があった。次いで、西カリマンタン州を拠点に活動を繰り広げる2つの信用組合、CU Pancur KasihとCU Bonaventuraの事例が紹介された。前者は、1987年にPancur Kasih社会事業財団によって設立されたもので、当初はわずか82名であった組合員数を2024年には22万名以上にまで拡大させてきており、民族的な内訳では70%以上をダヤック人が占めているとされる。また、職業別では農家が3割近くと最大の比率となっている。後者についても、組合員の増加や職業別・民族別内訳に同様の傾向がみられ、民族的にはダヤック的バックボーンをもち、職業別には農家への依拠が特徴であり、いずれのCUとも農家による預金・資金調達に対し一定の貢献が認められるとされた。
 第3パネリストの渡辺氏による報告では、まず、ドローンを用いた地表静止画像の撮影に関連した経歴とその静止画像で生成される三次元モデルやオルソ画像等の成果物について説明された。ついで、これまで同氏が他のプロジェクトメンバーとともに調査を行ったインドネシア西カリマンタン州の2村(サンガウ県A村、クブ・ラヤ県B村)、マレーシア・サラワク州の1村(スリアマン県C村)の空撮画像・映像が紹介された。まず、州内でも内陸部に位置するA村では、国営のアブラヤシ農園がありアブラヤシ以外の作物がほぼ見当たらないほどの景観を呈している一方で、州都ポンティアナックに近くカプアス川がカリマタ海に注ぐ河口部に位置するB村では、対照的にココヤシ、ピナン、ランサット、ドリアン等の園芸作物が盛んに栽培されていて、アブラヤシはあまり栽培されていない。そして、マレーシア側のⅭ村では、焼き畑、ゴム、二次林、アブラヤシなどがパッチ状にみられるという相違がある様子が紹介された。
 以上4本の講演・パネリスト報告を受けて、モデレーターを務めた林田から各講演・報告に対してコメントと質問を行った。祖田講演に関しては、ボルネオから様々な林産物が輸出されていた中国・欧州から逆にどのような交易品が入ってきていたのか、佐久間報告については、特にインドネシア西カリマンタン州で高価な「ツバメの巣ハウス」が建設されるようになってきた背景は何か、上原報告に対しては、CUが果たしうる農家へのコンサルティング機能のポテンシャル向上に必要な条件とは何か、渡辺報告に関しては、インドネシアの他の州で西カリマンタン州においてみられるような地域間の作物景観の相違は見受けられるか、といった論点を中心に討論を行い、最後に各登壇者にボルネオの「これから」について展望してもらった。フロアからも質問が多く寄せられ、一般参加者だけでなく登壇者を始めとする主催者側も、当地の、あるいは熱帯の東南アジア全体の自然と住民の生業への認識を深める良い機会となった。

 今回の研究会兼講演会は、対面方式で開催した。研究会からの出席者は、発表者4氏のほか、森下明子、西川純平、赤嶺淳、中村和敏、平賀緑、中野真備、上田曜子、章超各氏と林田秀樹の13名であった。これに一般・学生の聴衆を含めて、総数で67名の参加があった。
開催日時 第5回研究会・2025年9月27日 13時00分~16時50分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「中国の新エネルギー車と産業政策」
② 「クラフトビール事業をつうじたトリプルボトムライン―ベトナム・ダナンを中心とした経済・社会・環境とのかかわり―」
発表者
① 西川 純平 氏(同志社大学商学部)
② 関 智宏 氏(同志社大学商学部)
研究会内容
 今回研究会の2名の報告者は、同じ同志社大学商学部の所属である。当研究会、並びにその前身の第21期第8研究では、同じ部局に所属するメンバー同士がセッションを組んだことはなかった。これは、当研究会のメンバーが、所属機関によって表される専門性をいかに異にしているか、すなわちメンバーの専門分野がいかに多様であるかの証左といえる。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 第1報告の西川氏は、中国における新エネルギー車(電気自動車やプラグインハイブリッド車など)の普及状況と、それを支える産業政策について発表し、新エネルギー車を生産する中国の自動車メーカーが東南アジアに市場を求めて進出している現状を紹介するものであった。
 2024年の中国における自動車販売は約3,000万台に達し、そのなかで新エネルギー車の販売台数は1,000万台を超えている。特に、大都市部での交通渋滞緩和や二酸化炭素排出の削減に関して、先進国の自動車メーカーとも対等に渡り合える「自動車強国」入りを狙った中国政府の政策が市場拡大に寄与している結果であるとした。この政策には、新エネルギー車を生産する自動車メーカーや部品メーカーの保護・育成、消費者向けの購入補助制度が含まれるが、一方で問題も存在する。具体的に挙げられたのは、2017年に導入されたガソリン車と新エネルギー車の管理制度である「乗⽤⾞企業平均燃費および新エネルギー⾞クレジット並⾏管理弁法」である。これにより、自動車メーカーは平均燃費と生産台数の両方の基準を満たす必要があるが、この基準を満たさない企業は基準を達成した企業からの余剰クレジットを購入しなければならない。西川氏によると、この規制の目的は、企業の資金調達を助けることであったが、逆にクレジットを稼いで値引きを行うために過剰生産を招く結果になり、政策の意図に反する事態が生じている。加えて、中国の自動車市場では「内巻き」と呼ばれる激しい値引き競争が起こり、これにより自動車メーカーや自動車販売業者の利益が圧迫され、自動車販売店の2024年の倒産件数は4,000店以上に上る見通しである。このような国内の厳しい状況とは対照的に、中国の新エネルギー車メーカーは市場を求めて世界進出を進めており、特に東南アジア市場で競争が激化する可能性があるとされた。
 質疑応答では、発表後の質疑応答では、飽和していない中国の自動車市場での市場競争の激化についてどのように説明するのか、タイにおける自動車部品サプライチェーンを用いた新エネルギー車の生産の可能性などの質問があり、活発に議論が交わされた。

 続いて関氏による第2報告では、ベトナム・ダナンを拠点とするクラフトビール企業「7 Bridges Brewery」を事例に、企業活動を、経済・社会・環境の各側面=「トリプルボトムライン」で評価する重要性が論じられた。
 ビールは麦芽、ホップ、水を主な原材料としているが、日本では酒税法によって麦芽の使用量50%以上がビール、それ未満が発泡酒と規定されている。近年、副原料の使用が緩和され、様々なスタイルのビールが製造可能となっている。1994年の酒税法改正後、ビール製造における最低製造業規制が大幅に緩和され、一時期のブームを経てクラフトビール製造へ参入する企業の数は増えており、直近では約900社あるといわれている。
 報告のなかで事例として取上げられた7 Bridgesはアメリカ人が創業したブルワリーで、後に日本人女性が経営に参画している。様々なスタイルのクラフトビールを月に2度の頻度で開発し、現在はホーチミンのブルワリーにOEMするかたちでビールを提供している。7 Bridgesの特長は、「地域社会に架け橋を築き、人々をつなぎ、世界に良い影響を与える」というミッションの下に、以下を実践している点にある。すなわち、①独自の排水処理システムにより微生物とベチバー植物を使って環境負荷を軽減し、②副産物であるモルトかすをピザやクラッカーの原料に、余剰ビールをチリソースやモルトビネガーに加工してリサイクルするなど循環型経営を行い、③地域NGOと連携してビールフェス「Beer United」を開催し、ベトナム戦争での枯葉剤被害者支援や子ども福祉、海岸清掃活動などに貢献しているのでる。こうした活動は、ビールという製品を通じて地域社会の活性化と環境保全、共生社会の実現に寄与しており、企業価値の向上にもつながっている。一方で、酒税負担の増加や海外市場との競争、社会的認知の確保といった課題も存在しているとされた。
 報告後の質疑応答では、東南アジア、特にベトナムの飲酒文化とクラフトビール会社の起業・操業との関連や、ビールの原材料である麦芽やホップの調達先の問題、あるいは発表者がゼミ生とともに取組んでいるオリジナルブランドのクラフトビールの製造販売等について広範に議論が行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、上田曜子、章超両氏と林田秀樹の5名が、オンラインでは大泉啓一郎氏が参加し、合計6名の参加者であった。
開催日時 第4回研究会・2025年7月26日 13時00分~17時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「ASEAN域内における共通通貨の可能性―小規模事業者への経済的影響の観点から―」
② 「ミャンマー・コーカン紛争における小規模農家の避難行動と脆弱性―家計データに基づく実証分析—」
発表者
① 中井 教雄 氏(広島修道大学商学部)
② 翟 亜蕾 氏(京都大学東南アジア地域研究研究所)
研究会内容
 今回の研究会では、金融・通貨問題に関するASEANワイドの広域的な研究と、極地的な紛争状況下での農民の行動に関する実証研究という対照的な2本の研究発表が行われた。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 まず、中井氏による発表では、特定地域内での共通通貨の先例として、ユーロの成立経緯とその利点及び問題点が紹介された後、ASEAN域内における共通通貨の実現可能性に関する検証が試みられた。具体的には、ユーロ圏とASEAN域内の経済情勢等を比較検討することにより、ASEAN域内が最適通貨圏の理論や安定成長協定で示される条件をどの程度満たしているのかが検討された。
 ASEAN加盟国全体としては、コロナ・ショック後の現在、共通通貨導入の条件を部分的にしか満たしておらず、共通通貨導入は時期尚早である点が示された。この点を踏まえ、長期的な計画に基づき時間をかけて準備を行いASEAN全加盟国で一斉に通貨統合するという共通通貨導入の方法が理想的であると述べた。その一方で、このような通貨統合の方法はあまりにも遠い将来のことになるため、仮に近い将来に共通通貨を導入する際は、共通通貨導入の条件を満たしている一部の加盟国グループのみで先行して共通通貨を導入し、段階的に域内全体へと共通通貨圏を広げていく方法も提示された。
 また、発表では、ASEAN共通通貨の実現可能性を踏まえ、コロナ禍のような経済危機期において、小規模事業者が共通通貨導入から享受しうる利点及び問題点が示唆された。さらに、上述した共通通貨の導入方法が、導入国・未導入国間の経済格差を拡大させるだけでなく、小規模事業者に対してより深刻な悪影響をもたらす懸念があるため推奨できない旨主張された。
 発表後の質疑応答では、共通通貨の導入に際しては、超国家的な政府が超国家的な中央銀行よりも先行して設定される必要があるのではないか、共通通貨の段階的導入に際してはシンガポール等経済発展水準の高い国の通貨が軸となるように制度設計されるべきではないか、といった論点をめぐって、活発に意見が交わされた。また、共通通貨導入による小規模事業者への「より深刻な悪影響」やデジタル通貨の浸透との比較などについて議論がなされた。

 次いで翟氏による発表では、ミャンマーのケースに基づいて、紛争下にある小規模農家の避難行動を、「資産構造に基づく意思決定」として理論化し、その実証的検証を試みるものであった。従来の避難行動研究では、貧困や脆弱性は避難を促す単一のリスク要因として捉えられてきたが、発表では、家計の保有資産の種類(固定 vs. 流動)及びその構成比に着目し、避難行動との関係を構造的かつ多面的に分析する枠組が導入されている。
 分析は、武力紛争の長期化により小規模農家が繰り返し避難を強いられてきたミャンマー東北部のコーカン地域を対象とし、2014年から収集された農村部の家計パネルデータ(n=214)を用いている。避難の「選択」(避難の有無)、「程度」(避難した家族成員数)、「期間」(避難日数)の3側面に着目し、ネステッド・ロジット分析・Tobit分析の結果が示され、土地などの固定資産を多く保有する農家ほど、避難を選択し、家族全体でより長期間の避難を行う傾向が統計的に有意に確認されるとされた。
 さらに、金融資産を媒介変数、家畜の頭数及び農地-戦闘地間の距離を調整変数とする「調節媒介モデル」を構築して、資産構造が避難行動に与える間接的影響のメカニズムが理論的に明示された。その結果は、家畜を多く保有する世帯ほど避難をためらい、一部の家族のみを避難させる傾向がみられ、資本の構成が意思決定に影響するというものであった。以上より、避難は単なるリスク回避ではなく、資本の可動性や生計維持戦略に基づく複雑な意思決定過程であることが示唆された。
 発表は、紛争下における避難行動が、家計の資産構造に内在する構造的制約と選択の結果として捉え直されるべきことを示している。この視点は、UNHCRやUNDPが推進する「強靭性の構築」や「自立支援」にも資するものであり、支援対象を資本の可動性や生計再建可能性に基づいて差異化したうえでの支援設計の必要性を強く示唆している。特に、金融資産へのアクセス拡充や、固定資産依存を軽減する生計支援が、避難行動の選択肢と持続可能性を高め、長期的な帰還・統合支援の前提条件となることを理論・実証的に裏づけるものである。
 発表後の討論では、小農たちの避難行動分析がどういう点で経済的な分析といえるか、一定期間ごとに行われるパネルデータ分析を比較することの必要性等多様な論点を掘り下げる議論が活発に行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、西川純平、平賀緑、上原健太郎、中野真備、章超の各氏と林田秀樹の9名が、オンラインでは厳善平、大泉啓一郎、上田曜子の3氏が参加し、合計12名の参加者であった。
開催日時 第3回研究会・2025年6月21日 13時00分~17時15分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「日本・中国・ASEAN間の農産物貿易―成長と構造変化の実態と背景―」
② 「トランプ2.0とASEAN経済」
発表者
① 厳 善平 氏(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科)
② 大泉 啓一郎 氏(亜細亜大学アジア研究所)
研究会内容
 今回は、ベテラン研究者2名による発表で、いずれも中国経済の台頭と同国とASEAN加盟国経済との経済的関係の深化を中心的なテーマとするものであった。厳氏による発表では農産物貿易が対象とされている点で、大泉氏による発表では人口動態への視点を1つの起点としている点で、当研究会が課題とする東南アジア地域の小規模生産者による経済的貢献と大きく関連するものであった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 まず、厳氏による発表は、中国によるWTO加盟、中国・ASEAN自由貿易協定(CAFTA)発効以降20数年間の日・中・ASEAN間の農産物貿易の量的拡大と構造変化の軌跡、並びにそれぞれの背景について、国連貿易統計を用いて実証的に分析するものであった。国連貿易統計を用いた貿易特化係数(TSC)、顕示比較優位指数(RCA)、貿易補完指数(TCI)等の計算結果から以下の事実が明らかにされた。
 第1に、グローバル化が進み世界の農産物貿易が大きく増大したが、中国の農産物貿易の増大速度はそれをはるかに上回った。ASEANは中国には及ばないものの世界平均を超える一方で、日本の増大速度はかなり緩慢であった。
 第2に、物品貿易に占める農産物の割合は世界的に上昇し、日・中・ASEANも似通う傾向を呈しているが、世界農産物輸出入における3ヶ国・地域のプレゼンスが高まりつつあるなかで、中国はそれを牽引している。
 第3に、3ヶ国・地域の農産物の貿易収支では、日本が大幅赤字、中国が黒字から赤字への転落・大幅赤字の恒常化、ASEANが大幅黒字の維持・拡大と三者三様で、農産物の国際競争力は、中国が急低下、ASEANも低下傾向にあるが、日本はその圧倒的な弱さを改善している。
 第4に、日本の対中・対ASEAN農産物貿易の構造はかなり安定化しており、中国・ASEANは日本にとって極めて重要な農産物輸入相手であると同時に、守りから攻めへの農政転換の重要な受け皿でもある。
 第5に、中国・ASEAN間における農産物輸出入はともに急拡大し、比較的バランスがとれてきている。全体的には、低加工度産品の輸出入の割合が低下し、付加価値を高めた調製食料品等の割合が上昇した。日・中・ASEAN間で野菜・果実・調製食料品等の労働集約型農産物の貿易も多い。
 第6に、中国・ASEAN間の農産物貿易急増の背景に、貿易自由化を促す良好な国際環境があるだけでなく、ASEANの多様性や気候条件を始めとする両者の間の補完関係もある。ASEANの中心性をモットーとする理念がある限り、農産物貿易におけるそうした補完関係がより一層強化される。
 最後に、中国・ASEAN間の関係強化は必ずしもASEANにおける日本の権益を侵すものにはならず、伝統的な日中関係、日本・ASEAN関係に加え、中国・ASEAN関係の強化により3ヶ国・地域間の農産物貿易がより経済合理的に行われ、結果的に互いの食糧安全保障にプラスとなるだろうとの結論が述べられた。
 発表後には、特定指数の算出方法やそれがもつ経済的意味、ASEANの農産物の国際競争力を対域外のみでみることの妥当性などをめぐって活発に意見が交わされた。

 次いで、大泉氏による発表では、第2次トランプ政権(トランプ2.0)の貿易赤字縮小を目的とする極端な関税引上げ策(相互関税)の提示によるアジア経済の不安定要因の増大、その背景にある中国の台頭とそれに伴うASEAN経済の躍進と分業体制の深化に関連した分析が展開された。
 発表では、1)アメリカの対アジア輸入の変化と関税率引上げの妥当性と影響、2)人口動態から中国とASEANの経済統合を考察し、さらに3)ASEANの「稼ぐ力」の現状について報告された。
 アメリカの貿易赤字は、現在1兆3000億ドルで世界最大の規模をもつ。その主因は世界の14%を占める輸入にあり、そのうち4割は東アジアからのものが占める。主な輸入相手は、時間とともに日本からアジアNIEs、中国、ASEANへと移行している。近年は、中国の比率が最も高いが低下傾向にあり、ASEANの比率が上昇している。ASEAN諸国への相互関税率が高いのは、このような「担い手」の交代を示すものである。
 中国からASEANへの担い手の移行を人口動態からみると、中国の生産年齢人口比率は2010年以降低下しており「人口オーナス期」にある一方、ASEANの生産年齢人口比率は2030年まで上昇する見込みであり人口ボーナスが続く。また、中国の豊富な貯蓄が直接投資や援助支援を通じてASEANの成長を促進させる可能性があり、実際にその傾向が確認できる。
 今後、2030年にかけてASEANの成長率は中国のそれを上回り、経済規模は日本を上回る見込みである。ただし、国によってパフォーマンスは異なる。また、経済のグローバル化の進展により、外貨獲得源(稼ぐ力)は財の輸出に加え、サービス貿易、第1次所得収支(企業の利益送金・配当)、第2次所得収支(主に個人送金)の黒字が増えていることにも注意を払うべきである。そして、その構成比は各国において大きく異なり、各国の経済見通しにおいて重要な要因となるとの見方が最後に示された。
 発表後の質疑応答では、中国による一帯一路政策とASEAN加盟諸国を含む連携国との間の供給能力の発展格差や、米中対峙状況下がASEAN地域の経済に及ぼすプラスの影響などをめぐって、活発な意見交換が行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、翟亜蕾、上原健太郎、上田曜子、章超の各氏と林田秀樹の8名が、オンラインでは、祖田亮次、中井教雄両氏が参加し、合計10名の参加者であった。
開催日時 第2回研究会・2025年5月24日 13時00分~17時05分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「中国の西部大開発における政策の特徴の可視化: テキストマイニングによるアプローチ」
② 「マレーシア・サラワク州の地域経済とパーム油産業の現段階」
発表者
① 章  超  氏(グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程・院生)
② 岩佐 和幸 氏(高知大学人文社会科学部)
研究会内容
 今回は、博士論文執筆に取組んでいる大学院生と、マレーシアのアブラヤシ・パーム油関連産業等に関する研究でベテランの研究者による2本立てのセッションであった。第1発表のテーマは東南アジアを対象とするものではないが、発表者の章氏は、現在中国を対象として行っている研究を近い将来東南アジア地域にも適用して展開することを検討しており、なおかつ大陸部東南アジア諸国とも地理的に近接している中国西部を対象としている点で、研究会としても関心の高い発表であった。また、第2発表のテーマは、マレーシア経済を主要な専門領域とする岩佐氏に、当研究会のメンバーの一部で取得している科研費プロジェクト(国際共同研究強化(B)「西ボルネオの土地利用変化:空撮と聞取りによる実態と要因のクロスボーダー比較分析」、課題/領域番号:22KK0012、研究代表者:林田秀樹)への情報提供を兼ねて依頼したものであった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 第1報告の章超氏による発表は、中国の西部地域開発に関連した政策文書に関する実証的な分析に基づくものであった。
 まず、中国政府によって2000年以降に実施されてきた西部大開発の背景と概要が紹介され、沿海部と内陸部の地域間経済格差の是正という西部大開発の目標や意義が確認された。次に、2000年から2023年までの政策関連文書1338件を対象に、頻度分析や共起ネットワーク分析、潜在的ディリクレ配分法(LDA)を用いたテキストマイニングの手法が説明された。
 分析の結果では、2000年から2009年までの「実施段階」では「インフラ」や「経済発展」といった語の頻出が確認され、主に西部地域のハード面の整備が政策の中心であった。それに対し、2010年以降2023年までの「深化・推進段階」では「公共サービス」「知的財産」「技術革新」などの用語が頻度高く用いられていることがわかり、政策当局の関心がソフト面や制度整備へと移行していることが明らかとなった。また、近年では「人工知能」「越境EC(電子商取引)」「一帯一路」など、ハイテク分野や国際連携を示唆する語の出現が目立ち、政策の具体化と多様化が進んでいる点が強調された。
 以上の分析により、従来の統計や計量経済学的アプローチとは異なり、膨大な政策文書であるテキストデータから政策の特徴や方向性を抽出できるという、テキストマイニングの有効性が示された点は、本発表の大きな意義である。討論では、対象文書の選定基準やLDAの各トピックの命名問題、トピックの重要性の判断基準、また分析に4文字のみを指定する理由等について活発に意見が交わされ、研究のさらなる発展深化の方向性について検討された。

 ついで、岩佐氏による発表では、マレーシア東部・サラワク州の経済状態とパーム油産業の現段階について報告が行われた。マレーシアでは、アブラヤシ農園開発は、用地の制約を背景に半島部から東部に外延的に拡大してきたが、現在ではサラワク州が州別のアブラヤシ栽培面積で最大規模となってきた。半面、半島部とは異なり先住民慣習地と泥炭地を抱える同州は、「森林問題のホットスポット」として内外の関心を呼び、政府・企業と先住民との軋轢も大きな問題となってきた。このような同州におけるパーム油産業の拡大の地域経済への影響等を軸に検討が行われ、次のような分析結果が示された。
 第1に、サラワク経済の全国的地位である。同州は、資源基盤経済が牽引してGDPは全国上位クラスである反面、人口成長や所得水準では下位にとどまり、絶対貧困率の高さなど経済力と住民生活の不均衡が確認された。
 第2に、サラワク地域経済の構造変化である。資源関連産業は、事業所数は多い反面、雇用吸収力が微弱で林業・石油関連部門の衰退傾向がみられること、生産・貿易・財政面では基幹産業でありながら輸出指向的であるがゆえに世界市場変動に敏感であること、石油・林業関連からパーム油関連等へのシフトが進行してきたことなどである。
 第3に、基幹産業となったパーム油産業の内実である。1990年代以降の開発ラッシュには州政府の開発政策と州政府機関・地場資本のコングロマリット化が牽引力となったこと、先住民慣習地と泥炭地が開発対象に位置づけられたこと、同州でも開発ペースの鈍化に加えて、利権と住民の抵抗、環境・人権と国際市場圧力等の課題が生じている点が示された。
 発表を受けて、サラワク行財政の自立性や地域経済の新展開と戦略的背景、開発インパクトをめぐる林業資本と政府機関の差異、貧困の評価等、活発な議論が交わされた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、中井教雄、渡辺一生の各氏と林田秀樹の6名が、オンラインでは、厳善平、大泉啓一郎、中村和敏、佐久間香子、中野真備の各氏の5名が参加し、合計11名の参加者であった。
開催日時 第1回研究会・2025年4月19日 13時30分~17時20分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「今期・今年度の研究会運営方針について」
② 「インドネシアのバイオディーゼル燃料政策の展開とその妥当性について」
発表者
林田 秀樹(人文科学研究所)
研究会内容
 今回は、年度初回のため研究代表者・林田からの報告であった。標記の通り、研究発表と併せて研究会運営の方針についての説明も行い、参加者全員で議論した。以下では、順にそれらの概要を報告する。

 まず、研究会運営方針については、当研究会の前身の研究会に当たる第21期第8研究「東南アジアの小規模生産者に関する部門横断的研究―地域経済・社会の内発的発展への貢献を考える―」の3年間(2022—24年度)にわたる研究活動の振返りを行った。同期間に計29回の研究会(発表者は46名(うちゲスト5名))を開催し、そのなかの2023年7月の回を人文研第107回公開講演会とかねて開催し、その記録として『東南アジアの山の民・海の民・街の民―小規模生産者たちがつくる経済と社会―』(人文研ブックレットNo.81)を刊行したこと、計10本の原稿を機関誌『社会科学』に投稿したこと、そのうちの6本は同誌第55巻第1号への掲載が過日の同誌編集委員会で認められ、「東南アジアの小規模生産者の経済―中長期的環境変化と直面する課題―」と題した特集号として2025年5月に刊行の運びであることなどが報告された。そして、それらの成果のうえに、今期3年間の活動をどのように展開していくかについての方針が説明され、最後に2025年度の研究会開催スケジュールについて確認が行われた。なお、すでに今年度10回の研究会の開催日程と発表者は確定している。

 次いで、標記テーマの研究発表では、まず、2000年代以降、インドネシア政府がパーム油のバイオディーゼル油使用促進策を実施してきた背景について諸種の統計データを用いて詳細な説明が行われた。第1に、同国において、石油産出量が傾向的に減少する一方で人口・経済成長の結果としてエネルギー需要が増大し、その将来的なさらなる増加見込みへの対応として、石油・同製品に代わるエネルギー源を確保する必要があったという背景である。第2に、石油の産出量減少に伴ってその海外への輸出量が減少してきたことに加え、国内のエネルギー需要を賄うために石油の輸入量が増大してきたことが挙げられる。その結果、石油純輸出額が2001年以降恒常的に大幅な赤字を記録しており、貿易収支全体の赤字化の要因となっている。貿易収支改善のためにも、石油・同製品に代わるエネルギー源を確保し、その輸入量を抑制する必要がある。これらは、エネルギー市場一般の需要側要因といえる。
 これに対し、第3の背景として挙げられたのは、パーム油市場の供給側要因が形成した背景である。2000年代以降アジアを中心とする世界各地に輸出を伸ばしてきたパーム油は、2010年代に入ってから輸出額・輸出量ともに停滞し続けている。この間成長を遂げてきたアブラヤシ栽培農業並びにパーム油関連産業は、潰すに潰せない規模にまで達しているため、政府は、パーム油の外需停滞によって生じている超過供給状態からパーム油関連産業を脱却させる必要に迫られているのである。
 これらを受けて、インドネシア政府が2000年代初頭以降推進してきたパーム油のバイオディーゼル油化政策をたどり、現プラボウォ大統領政権によってパーム油由来のバイオディーゼル油を軽油に1対1の比で混合し使用することを義務づける政策が2026年に実行予定とされていることなどが紹介された。
 最後に、以上の政策を実行するための補助金執行の問題点やその財政的基盤の脆弱性、あるいは「高質の食用油」となりうるパーム油を単に「燃料」として使用することがもつ問題点などが指摘された。そして最後に、バイオディーゼル油としてのパーム油の使用を促進するだけでなく、同じ財源から小農アブラヤシ農園の再植支援等への資金拠出を増額させることなどが提案された。発表後の質疑応答では、特に「食用油となりうるパーム油の燃料としての使用」に関して発表者が呈した疑問をめぐり、激しく意見が交わされた。そもそも発表が長引いたことに加え、嚙み合わない視点を互いに補正しながらの議論の応酬により予定時間を大きく超過してしまうほど充実した回となった。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、森下明子、西川純平、大泉啓一郎、中井教雄、平賀緑、上原健太郎、章超の各氏の8名が、オンラインでは、厳善平、祖田亮次、赤嶺淳、中村和敏、渡辺一生、佐久間香子、翟亜蕾、上田曜子の各氏の8名が参加し、合計16名の参加者であった。