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第7研究 東南アジアの小規模事業者に関する部門横断的研究 ―国・地域の経済社会に果たす役割をつかむ―  研究代表者:林田 秀樹(人文科学研究所)

 本研究の目的は、インドネシア、マレーシアなどの東南アジア諸国において、現地の小規模農家(小農)や小規模漁業者、あるいは中小零細企業等の小規模事業者が、変化の激しい経済環境のなかでどのように自らの生業・事業を展開しているかについてフィールド調査を中心とした調査を実施し、当該事業者が当該国・地域の経済・社会を構成するうえで果たしている役割を解明することである。従来、東南アジアの小規模事業者に対しては、産業部門ごとに個別の学問分野から独立したアプローチで研究が行われてきているが、本研究では、各部門の小規模事業者の役割について、経済的視点を基に人文・社会科学の諸分野の知見を横断的に援用し、部門間比較を行いつつ学際的な共同研究を実施する。特に、農業・漁業等を主産業とする地方部に一定の人口が留まり、食料・工業製品原材料の供給という役割を担い続けていることの要因と影響を焦点に調査分析を行う。

2025年度

開催日時 第4回研究会・2025年7月26日 13時00分~17時00分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「ASEAN域内における共通通貨の可能性―小規模事業者への経済的影響の観点から―」
② 「ミャンマー・コーカン紛争における小規模農家の避難行動と脆弱性―家計データに基づく実証分析—」
発表者
① 中井 教雄 氏(広島修道大学商学部)
② 翟 亜蕾 氏(京都大学東南アジア地域研究研究所)
研究会内容
 今回の研究会では、金融・通貨問題に関するASEANワイドの広域的な研究と、極地的な紛争状況下での農民の行動に関する実証研究という対照的な2本の研究発表が行われた。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 まず、中井氏による発表では、特定地域内での共通通貨の先例として、ユーロの成立経緯とその利点及び問題点が紹介された後、ASEAN域内における共通通貨の実現可能性に関する検証が試みられた。具体的には、ユーロ圏とASEAN域内の経済情勢等を比較検討することにより、ASEAN域内が最適通貨圏の理論や安定成長協定で示される条件をどの程度満たしているのかが検討された。
 ASEAN加盟国全体としては、コロナ・ショック後の現在、共通通貨導入の条件を部分的にしか満たしておらず、共通通貨導入は時期尚早である点が示された。この点を踏まえ、長期的な計画に基づき時間をかけて準備を行いASEAN全加盟国で一斉に通貨統合するという共通通貨導入の方法が理想的であると述べた。その一方で、このような通貨統合の方法はあまりにも遠い将来のことになるため、仮に近い将来に共通通貨を導入する際は、共通通貨導入の条件を満たしている一部の加盟国グループのみで先行して共通通貨を導入し、段階的に域内全体へと共通通貨圏を広げていく方法も提示された。
 また、発表では、ASEAN共通通貨の実現可能性を踏まえ、コロナ禍のような経済危機期において、小規模事業者が共通通貨導入から享受しうる利点及び問題点が示唆された。さらに、上述した共通通貨の導入方法が、導入国・未導入国間の経済格差を拡大させるだけでなく、小規模事業者に対してより深刻な悪影響をもたらす懸念があるため推奨できない旨主張された。
 発表後の質疑応答では、共通通貨の導入に際しては、超国家的な政府が超国家的な中央銀行よりも先行して設定される必要があるのではないか、共通通貨の段階的導入に際してはシンガポール等経済発展水準の高い国の通貨が軸となるように制度設計されるべきではないか、といった論点をめぐって、活発に意見が交わされた。また、共通通貨導入による小規模事業者への「より深刻な悪影響」やデジタル通貨の浸透との比較などについて議論がなされた。

 次いで翟氏による発表では、ミャンマーのケースに基づいて、紛争下にある小規模農家の避難行動を、「資産構造に基づく意思決定」として理論化し、その実証的検証を試みるものであった。従来の避難行動研究では、貧困や脆弱性は避難を促す単一のリスク要因として捉えられてきたが、発表では、家計の保有資産の種類(固定 vs. 流動)及びその構成比に着目し、避難行動との関係を構造的かつ多面的に分析する枠組が導入されている。
 分析は、武力紛争の長期化により小規模農家が繰り返し避難を強いられてきたミャンマー東北部のコーカン地域を対象とし、2014年から収集された農村部の家計パネルデータ(n=214)を用いている。避難の「選択」(避難の有無)、「程度」(避難した家族成員数)、「期間」(避難日数)の3側面に着目し、ネステッド・ロジット分析・Tobit分析の結果が示され、土地などの固定資産を多く保有する農家ほど、避難を選択し、家族全体でより長期間の避難を行う傾向が統計的に有意に確認されるとされた。
 さらに、金融資産を媒介変数、家畜の頭数及び農地-戦闘地間の距離を調整変数とする「調節媒介モデル」を構築して、資産構造が避難行動に与える間接的影響のメカニズムが理論的に明示された。その結果は、家畜を多く保有する世帯ほど避難をためらい、一部の家族のみを避難させる傾向がみられ、資本の構成が意思決定に影響するというものであった。以上より、避難は単なるリスク回避ではなく、資本の可動性や生計維持戦略に基づく複雑な意思決定過程であることが示唆された。
 発表は、紛争下における避難行動が、家計の資産構造に内在する構造的制約と選択の結果として捉え直されるべきことを示している。この視点は、UNHCRやUNDPが推進する「強靭性の構築」や「自立支援」にも資するものであり、支援対象を資本の可動性や生計再建可能性に基づいて差異化したうえでの支援設計の必要性を強く示唆している。特に、金融資産へのアクセス拡充や、固定資産依存を軽減する生計支援が、避難行動の選択肢と持続可能性を高め、長期的な帰還・統合支援の前提条件となることを理論・実証的に裏づけるものである。
 発表後の討論では、小農たちの避難行動分析がどういう点で経済的な分析といえるか、一定期間ごとに行われるパネルデータ分析を比較することの必要性等多様な論点を掘り下げる議論が活発に行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、西川純平、平賀緑、上原健太郎、中野真備、章超の各氏と林田秀樹の9名が、オンラインでは厳善平、大泉啓一郎、上田曜子の3氏が参加し、合計12名の参加者であった。
開催日時 第3回研究会・2025年6月21日 13時00分~17時15分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「日本・中国・ASEAN間の農産物貿易―成長と構造変化の実態と背景―」
② 「トランプ2.0とASEAN経済」
発表者
① 厳 善平 氏(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科)
② 大泉 啓一郎 氏(亜細亜大学アジア研究所)
研究会内容
 今回は、ベテラン研究者2名による発表で、いずれも中国経済の台頭と同国とASEAN加盟国経済との経済的関係の深化を中心的なテーマとするものであった。厳氏による発表では農産物貿易が対象とされている点で、大泉氏による発表では人口動態への視点を1つの起点としている点で、当研究会が課題とする東南アジア地域の小規模生産者による経済的貢献と大きく関連するものであった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 まず、厳氏による発表は、中国によるWTO加盟、中国・ASEAN自由貿易協定(CAFTA)発効以降20数年間の日・中・ASEAN間の農産物貿易の量的拡大と構造変化の軌跡、並びにそれぞれの背景について、国連貿易統計を用いて実証的に分析するものであった。国連貿易統計を用いた貿易特化係数(TSC)、顕示比較優位指数(RCA)、貿易補完指数(TCI)等の計算結果から以下の事実が明らかにされた。
 第1に、グローバル化が進み世界の農産物貿易が大きく増大したが、中国の農産物貿易の増大速度はそれをはるかに上回った。ASEANは中国には及ばないものの世界平均を超える一方で、日本の増大速度はかなり緩慢であった。
 第2に、物品貿易に占める農産物の割合は世界的に上昇し、日・中・ASEANも似通う傾向を呈しているが、世界農産物輸出入における3ヶ国・地域のプレゼンスが高まりつつあるなかで、中国はそれを牽引している。
 第3に、3ヶ国・地域の農産物の貿易収支では、日本が大幅赤字、中国が黒字から赤字への転落・大幅赤字の恒常化、ASEANが大幅黒字の維持・拡大と三者三様で、農産物の国際競争力は、中国が急低下、ASEANも低下傾向にあるが、日本はその圧倒的な弱さを改善している。
 第4に、日本の対中・対ASEAN農産物貿易の構造はかなり安定化しており、中国・ASEANは日本にとって極めて重要な農産物輸入相手であると同時に、守りから攻めへの農政転換の重要な受け皿でもある。
 第5に、中国・ASEAN間における農産物輸出入はともに急拡大し、比較的バランスがとれてきている。全体的には、低加工度産品の輸出入の割合が低下し、付加価値を高めた調製食料品等の割合が上昇した。日・中・ASEAN間で野菜・果実・調製食料品等の労働集約型農産物の貿易も多い。
 第6に、中国・ASEAN間の農産物貿易急増の背景に、貿易自由化を促す良好な国際環境があるだけでなく、ASEANの多様性や気候条件を始めとする両者の間の補完関係もある。ASEANの中心性をモットーとする理念がある限り、農産物貿易におけるそうした補完関係がより一層強化される。
 最後に、中国・ASEAN間の関係強化は必ずしもASEANにおける日本の権益を侵すものにはならず、伝統的な日中関係、日本・ASEAN関係に加え、中国・ASEAN関係の強化により3ヶ国・地域間の農産物貿易がより経済合理的に行われ、結果的に互いの食糧安全保障にプラスとなるだろうとの結論が述べられた。
 発表後には、特定指数の算出方法やそれがもつ経済的意味、ASEANの農産物の国際競争力を対域外のみでみることの妥当性などをめぐって活発に意見が交わされた。

 次いで、大泉氏による発表では、第2次トランプ政権(トランプ2.0)の貿易赤字縮小を目的とする極端な関税引上げ策(相互関税)の提示によるアジア経済の不安定要因の増大、その背景にある中国の台頭とそれに伴うASEAN経済の躍進と分業体制の深化に関連した分析が展開された。
 発表では、1)アメリカの対アジア輸入の変化と関税率引上げの妥当性と影響、2)人口動態から中国とASEANの経済統合を考察し、さらに3)ASEANの「稼ぐ力」の現状について報告された。
 アメリカの貿易赤字は、現在1兆3000億ドルで世界最大の規模をもつ。その主因は世界の14%を占める輸入にあり、そのうち4割は東アジアからのものが占める。主な輸入相手は、時間とともに日本からアジアNIEs、中国、ASEANへと移行している。近年は、中国の比率が最も高いが低下傾向にあり、ASEANの比率が上昇している。ASEAN諸国への相互関税率が高いのは、このような「担い手」の交代を示すものである。
 中国からASEANへの担い手の移行を人口動態からみると、中国の生産年齢人口比率は2010年以降低下しており「人口オーナス期」にある一方、ASEANの生産年齢人口比率は2030年まで上昇する見込みであり人口ボーナスが続く。また、中国の豊富な貯蓄が直接投資や援助支援を通じてASEANの成長を促進させる可能性があり、実際にその傾向が確認できる。
 今後、2030年にかけてASEANの成長率は中国のそれを上回り、経済規模は日本を上回る見込みである。ただし、国によってパフォーマンスは異なる。また、経済のグローバル化の進展により、外貨獲得源(稼ぐ力)は財の輸出に加え、サービス貿易、第1次所得収支(企業の利益送金・配当)、第2次所得収支(主に個人送金)の黒字が増えていることにも注意を払うべきである。そして、その構成比は各国において大きく異なり、各国の経済見通しにおいて重要な要因となるとの見方が最後に示された。
 発表後の質疑応答では、中国による一帯一路政策とASEAN加盟諸国を含む連携国との間の供給能力の発展格差や、米中対峙状況下がASEAN地域の経済に及ぼすプラスの影響などをめぐって、活発な意見交換が行われた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、翟亜蕾、上原健太郎、上田曜子、章超の各氏と林田秀樹の8名が、オンラインでは、祖田亮次、中井教雄両氏が参加し、合計10名の参加者であった。
開催日時 第2回研究会・2025年5月24日 13時00分~17時05分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「中国の西部大開発における政策の特徴の可視化: テキストマイニングによるアプローチ」
② 「マレーシア・サラワク州の地域経済とパーム油産業の現段階」
発表者
① 章  超  氏(グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程・院生)
② 岩佐 和幸 氏(高知大学人文社会科学部)
研究会内容
 今回は、博士論文執筆に取組んでいる大学院生と、マレーシアのアブラヤシ・パーム油関連産業等に関する研究でベテランの研究者による2本立てのセッションであった。第1発表のテーマは東南アジアを対象とするものではないが、発表者の章氏は、現在中国を対象として行っている研究を近い将来東南アジア地域にも適用して展開することを検討しており、なおかつ大陸部東南アジア諸国とも地理的に近接している中国西部を対象としている点で、研究会としても関心の高い発表であった。また、第2発表のテーマは、マレーシア経済を主要な専門領域とする岩佐氏に、当研究会のメンバーの一部で取得している科研費プロジェクト(国際共同研究強化(B)「西ボルネオの土地利用変化:空撮と聞取りによる実態と要因のクロスボーダー比較分析」、課題/領域番号:22KK0012、研究代表者:林田秀樹)への情報提供を兼ねて依頼したものであった。以下では、それぞれの発表の概要を報告する。

 第1報告の章超氏による発表は、中国の西部地域開発に関連した政策文書に関する実証的な分析に基づくものであった。
 まず、中国政府によって2000年以降に実施されてきた西部大開発の背景と概要が紹介され、沿海部と内陸部の地域間経済格差の是正という西部大開発の目標や意義が確認された。次に、2000年から2023年までの政策関連文書1338件を対象に、頻度分析や共起ネットワーク分析、潜在的ディリクレ配分法(LDA)を用いたテキストマイニングの手法が説明された。
 分析の結果では、2000年から2009年までの「実施段階」では「インフラ」や「経済発展」といった語の頻出が確認され、主に西部地域のハード面の整備が政策の中心であった。それに対し、2010年以降2023年までの「深化・推進段階」では「公共サービス」「知的財産」「技術革新」などの用語が頻度高く用いられていることがわかり、政策当局の関心がソフト面や制度整備へと移行していることが明らかとなった。また、近年では「人工知能」「越境EC(電子商取引)」「一帯一路」など、ハイテク分野や国際連携を示唆する語の出現が目立ち、政策の具体化と多様化が進んでいる点が強調された。
 以上の分析により、従来の統計や計量経済学的アプローチとは異なり、膨大な政策文書であるテキストデータから政策の特徴や方向性を抽出できるという、テキストマイニングの有効性が示された点は、本発表の大きな意義である。討論では、対象文書の選定基準やLDAの各トピックの命名問題、トピックの重要性の判断基準、また分析に4文字のみを指定する理由等について活発に意見が交わされ、研究のさらなる発展深化の方向性について検討された。

 ついで、岩佐氏による発表では、マレーシア東部・サラワク州の経済状態とパーム油産業の現段階について報告が行われた。マレーシアでは、アブラヤシ農園開発は、用地の制約を背景に半島部から東部に外延的に拡大してきたが、現在ではサラワク州が州別のアブラヤシ栽培面積で最大規模となってきた。半面、半島部とは異なり先住民慣習地と泥炭地を抱える同州は、「森林問題のホットスポット」として内外の関心を呼び、政府・企業と先住民との軋轢も大きな問題となってきた。このような同州におけるパーム油産業の拡大の地域経済への影響等を軸に検討が行われ、次のような分析結果が示された。
 第1に、サラワク経済の全国的地位である。同州は、資源基盤経済が牽引してGDPは全国上位クラスである反面、人口成長や所得水準では下位にとどまり、絶対貧困率の高さなど経済力と住民生活の不均衡が確認された。
 第2に、サラワク地域経済の構造変化である。資源関連産業は、事業所数は多い反面、雇用吸収力が微弱で林業・石油関連部門の衰退傾向がみられること、生産・貿易・財政面では基幹産業でありながら輸出指向的であるがゆえに世界市場変動に敏感であること、石油・林業関連からパーム油関連等へのシフトが進行してきたことなどである。
 第3に、基幹産業となったパーム油産業の内実である。1990年代以降の開発ラッシュには州政府の開発政策と州政府機関・地場資本のコングロマリット化が牽引力となったこと、先住民慣習地と泥炭地が開発対象に位置づけられたこと、同州でも開発ペースの鈍化に加えて、利権と住民の抵抗、環境・人権と国際市場圧力等の課題が生じている点が示された。
 発表を受けて、サラワク行財政の自立性や地域経済の新展開と戦略的背景、開発インパクトをめぐる林業資本と政府機関の差異、貧困の評価等、活発な議論が交わされた。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者2氏のほか、森下明子、中井教雄、渡辺一生の各氏と林田秀樹の6名が、オンラインでは、厳善平、大泉啓一郎、中村和敏、佐久間香子、中野真備の各氏の5名が参加し、合計11名の参加者であった。
開催日時 第1回研究会・2025年4月19日 13時30分~17時20分
開催場所 同志社大学今出川キャンパス啓明館2階 共同研究室A
テーマ ① 「今期・今年度の研究会運営方針について」
② 「インドネシアのバイオディーゼル燃料政策の展開とその妥当性について」
発表者
林田 秀樹(人文科学研究所)
研究会内容
 今回は、年度初回のため研究代表者・林田からの報告であった。標記の通り、研究発表と併せて研究会運営の方針についての説明も行い、参加者全員で議論した。以下では、順にそれらの概要を報告する。

 まず、研究会運営方針については、当研究会の前身の研究会に当たる第21期第8研究「東南アジアの小規模生産者に関する部門横断的研究―地域経済・社会の内発的発展への貢献を考える―」の3年間(2022—24年度)にわたる研究活動の振返りを行った。同期間に計29回の研究会(発表者は46名(うちゲスト5名))を開催し、そのなかの2023年7月の回を人文研第107回公開講演会とかねて開催し、その記録として『東南アジアの山の民・海の民・街の民―小規模生産者たちがつくる経済と社会―』(人文研ブックレットNo.81)を刊行したこと、計10本の原稿を機関誌『社会科学』に投稿したこと、そのうちの6本は同誌第55巻第1号への掲載が過日の同誌編集委員会で認められ、「東南アジアの小規模生産者の経済―中長期的環境変化と直面する課題―」と題した特集号として2025年5月に刊行の運びであることなどが報告された。そして、それらの成果のうえに、今期3年間の活動をどのように展開していくかについての方針が説明され、最後に2025年度の研究会開催スケジュールについて確認が行われた。なお、すでに今年度10回の研究会の開催日程と発表者は確定している。

 次いで、標記テーマの研究発表では、まず、2000年代以降、インドネシア政府がパーム油のバイオディーゼル油使用促進策を実施してきた背景について諸種の統計データを用いて詳細な説明が行われた。第1に、同国において、石油産出量が傾向的に減少する一方で人口・経済成長の結果としてエネルギー需要が増大し、その将来的なさらなる増加見込みへの対応として、石油・同製品に代わるエネルギー源を確保する必要があったという背景である。第2に、石油の産出量減少に伴ってその海外への輸出量が減少してきたことに加え、国内のエネルギー需要を賄うために石油の輸入量が増大してきたことが挙げられる。その結果、石油純輸出額が2001年以降恒常的に大幅な赤字を記録しており、貿易収支全体の赤字化の要因となっている。貿易収支改善のためにも、石油・同製品に代わるエネルギー源を確保し、その輸入量を抑制する必要がある。これらは、エネルギー市場一般の需要側要因といえる。
 これに対し、第3の背景として挙げられたのは、パーム油市場の供給側要因が形成した背景である。2000年代以降アジアを中心とする世界各地に輸出を伸ばしてきたパーム油は、2010年代に入ってから輸出額・輸出量ともに停滞し続けている。この間成長を遂げてきたアブラヤシ栽培農業並びにパーム油関連産業は、潰すに潰せない規模にまで達しているため、政府は、パーム油の外需停滞によって生じている超過供給状態からパーム油関連産業を脱却させる必要に迫られているのである。
 これらを受けて、インドネシア政府が2000年代初頭以降推進してきたパーム油のバイオディーゼル油化政策をたどり、現プラボウォ大統領政権によってパーム油由来のバイオディーゼル油を軽油に1対1の比で混合し使用することを義務づける政策が2026年に実行予定とされていることなどが紹介された。
 最後に、以上の政策を実行するための補助金執行の問題点やその財政的基盤の脆弱性、あるいは「高質の食用油」となりうるパーム油を単に「燃料」として使用することがもつ問題点などが指摘された。そして最後に、バイオディーゼル油としてのパーム油の使用を促進するだけでなく、同じ財源から小農アブラヤシ農園の再植支援等への資金拠出を増額させることなどが提案された。発表後の質疑応答では、特に「食用油となりうるパーム油の燃料としての使用」に関して発表者が呈した疑問をめぐり、激しく意見が交わされた。そもそも発表が長引いたことに加え、嚙み合わない視点を互いに補正しながらの議論の応酬により予定時間を大きく超過してしまうほど充実した回となった。

 今回の研究会は、対面とオンラインのハイブリッド方式で開催した。対面では、発表者のほか、森下明子、西川純平、大泉啓一郎、中井教雄、平賀緑、上原健太郎、章超の各氏の8名が、オンラインでは、厳善平、祖田亮次、赤嶺淳、中村和敏、渡辺一生、佐久間香子、翟亜蕾、上田曜子の各氏の8名が参加し、合計16名の参加者であった。