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第11研究 学問の地域貢献と古文書調査 研究代表者:小林 丈広(文学部)
本研究は、かつて京都歴史研究会の有志でまとめた『京都における歴史学の誕生』を踏まえ、考古学や美術史、文化財保存や町づくり活動、地域資料館や文書館などの取り組みを視野に入れた上で、あらためて地域における古文書調査の意義について検討するものである。古文書調査ということであれば、全国各地、さらには海外での取り組みからも学びたいと考えているが、主たる研究対象は京都府内の山城地域としたい。本研究の意義は、近年ますます激しくなっているといわれる地域社会の変容と、短期間での成果や即効性が求められているといわれる研究環境の変化という両面について、そうした現実に流されずにとらえ直そうとするところにある。これまで時間をかけて取り組んできたものを、ひとつの形にすることを目指したい。
2025年度
開催日時 | 第3回研究会 2025年9月14日 14時00分~17時00分 |
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開催場所 | 世界人権問題研究センター |
テーマ | 京都市学校歴史博物館の開館と初期取組について |
発表者 |
竹村 佳子 |
研究会内容 |
竹村佳子氏(元・京都市学校歴史博物館事業係長、学芸員)が上記のテーマについて発表を行った。本研究会は、世界人権問題研究センターのプロジェクトチームと共同で開催し、質疑応答では、柳原銀行記念資料館の関係者らを交えて、統廃合される小学校に残された資料の保存方法についても議論を行った。
竹村氏は、京都市学校歴史博物館に勤務された長年の経験に基づき、①開館以前の京都市教育委員会による学校調査、②学校資料の収集の過程と収集の基準、その過程で心がけたこと、③史資料の整理の方法、④寄贈と選別、⑤展示をしてきた過程で心がけたこと、という5つの項目から、同博物館の取り組みと竹村氏自身の問題認識について説明を加えた。以下、概要を記す。
1998(平成10)年に京都市学校歴史博物館が開館された背景には、市教育委員会による各学校の美術品・歴史資料調査の蓄積と、少子化に伴う学校統合により、資料保存の問題が浮上していたことがある。京都の上京・下京には、全国に先駆けて学区制による番組小学校が創立され、地域自治の中心施設としての役割を担ってきた特有の歴史があった。小学校には学区にゆかりある人びとから美術工芸品が集まり、小学校令以前にそれぞれの地域で作成された教科書類も保管されてきたのである。竹村氏によれば、元開智小学校の校舎を改築して利用した同博物館には、教室の広さの収蔵庫が6つあり、文献資料や教具・建築部材といったモノ資料が保存されている。その中には、美術工芸品を収める厳重に温湿度管理がされている2つの収蔵庫も含まれる。基本的には、収集したものはすべて保存する姿勢を取っているが、空間の制約が課題であるという。竹村氏からは、こうした資料を用いて過去に開催した展示についても紹介があった。
発表後は、崇仁小学校(2019年廃校)を例とする資料の選別と保管方法、番組小学校以外の学校に対する学校歴史博物館の調査方針、また同博物館の予算推移などについて質問があり、議論となった。とくに、地域住民(自治連合会)によって資料の保存可否が決定される場合の判断基準の難しさに焦点が当てられた。博物館学芸員など、専門職の立場からの意見を取り入れることが望ましいが、困難もある。多くの博物館施設で課題となっている専門職員や保存する空間、資金の不足がここでも指摘され、亀岡市の事例や、資料のデジタル化の必要性についても言及があった。
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開催日時 | 第2回研究会 2025年7月20日 14時00分~17時00分 |
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開催場所 | 同志社大学 今出川キャンパス 寧静館 34教室 |
テーマ | 地域歴史資料の散逸に歴史研究者は何ができるか |
発表者 |
西村 慎太郎 |
研究会内容 |
今回の研究会では、西村慎太郎氏(国文学研究資料館教授)が上記のテーマについて研究報告を行った。なお報告に入る前に、研究代表者から近年の古文書の散逸状況や2027年度までの本研究会の進め方について情報共有があった。 西村氏の報告は、本研究会の問題関心と直接結びつくものであり、原発事故被災地を含む東日本各地を対象とする実践の紹介であった。報告は、①地域歴史資料散逸の現状、②地域歴史資料をのこす活動の一事例、③原発事故被災地の歴史をのこす活動、④パブリック・ヒストリー再考の4つの観点から行われた。
①について西村氏は、民間所在資料は日常的に散逸の危機にあるうえ、近年の大規模な自然災害や、文化財行政の広域化と人員不足など問題が重なりあっているとし、継続的な資料所在調査と情報の蓄積が不可欠であるとした。
②では、西村氏の設立したNPO法人歴史資料継承機構「じゃんぴん」の活動が紹介された。同法人は、地域歴史資料の保全、および地域自治体・住民との共有を行っている。東京都檜原村や長野県立科町での実践例が挙げられ、立科町での裏張り文書調査に、学生や地域の住民が協力して取り組む様子が示された。
③は、東京電力福島第一原子力発電所事故の被災地である浪江町における歴史資料の保全活動についてである。被災地では、いまだに博物館・図書館が機能しておらず、民間所在資料は解体除染の過程で機械的に廃棄されている状態であるという。西村氏は、解体除染をする建物からの資料の保全作業に携わり、地域住民向けの講演、展示などを行っている。ブログやYouTubeを駆使しての積極的な情報発信、一般社団法人の立ち上げ、「大字誌」の編纂など、同氏の活動は多岐にわたる。
最後の④は、被災地における歴史学の役割に言及するものであった。西村氏は、さまざまな背景や目標をもつ被災地の人びとにとって、古文書とのかかわりや「大字誌」は地域への興味を引き出し、地域の紐帯となるのではないかとする。そして、古文書を活用できるものとして価値づけ、文化財行政に関与していことを目指す。双葉町や大熊町の例も合わせて、コミュニティの復興には、原発事故の惨状をも含む歴史と、文化の継承が不可欠であるとして発表を締めくくった。
講演後の質疑応答では、西村氏自身のめざすもの、「大字誌」の内容、パブリック・ヒストリーの今後、東日本と西日本の資料所在調査のちがい、資料の「現地保存」と博物館施設における保存の課題、「現地保存」に対する行政の役割などについて会場から質問があり、現実に即した活発な議論が行われた。
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開催日時 | 第1回研究会 2025年4月20日 14時00分~18時00分 |
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開催場所 | 同志社大学 今出川キャンパス 寧静館 第34号教室 |
テーマ | 奈良県における古文書所在確認調査の取り組み |
発表者 |
山田 淳平 |
研究会内容 |
今回の研究会では、山田淳平氏が上記のテーマで発表を行った。
発表は、現在奈良県で実施中の「奈良県古文書所在確認調査事業」の内容を紹介し、そこから見えてきた奈良県内の古文書・地域資料の現状と課題を提示するものである。
まず、事業の概要として、⑴経緯、⑵奈良県の古文書所在把握の現状、⑶市町村史の状況、⑷調査の方法を概観した。次に、調査結果として、⑴アンケート集計・現地調査、⑵現地調査、⑶調査報告書の作成について、豊富な写真を示しながら具体的に話した。なかでも、講などの持ち回り文書が、その講の解散によって、どこの家や区にも属さないゆえに、調査対象にならないまま散逸している現状は、後の質疑応答でも関心を集めた。未指定文書の中でもこれまで調査が及んでいない地域資料をどう保存していくかが、文化財行政の課題であることを、会場全体で確認した。
続いて、調査後の動向として、新出史料の発見や、地域で広がった古文書の再認識について触れた。
最後に、民間所在の古文書は確実に滅失・散逸しつつあり、これ以上の散逸を防ぐためにも、既調査・未調査を問わず現状確認の調査が必要であるとまとめた。とくに、今回の事例のような既調査の資料を調査する意義として、「現物保存」の大切さを強調した。加えて、地域社会やライフスタイルの変化によって現地保存が限界に来ていることを踏まえ、公的機関が積極的に古文書の所在を把握し、場合によっては収集をしなければならないとした。一方で、県・市町村で古文書受入可能な施設は限定的という現状も指摘し、まずは所有者保管を呼びかけるにあたって、①所有者に価値を認識してもらう、②所有者と継続的な関係性を構築する必要性を述べた。
発表のあとには質疑応答の時間が設けられた。
奈良県の古文書調査に携わった経験のある井岡康時氏、安国良子氏らにより、過去の奈良県の古文書調査に見られた調査方法および大学との連携における問題点や、山田氏が文書担当として採用された背景や意義について補足説明もなされ、理解が深まった。そのほか、会場からは、山田氏が県の立場だからこそ、広域的な視野で地域的な文書館を整備する構想ができるのではといった山田氏への期待や、現地保存主義が成り立たなくなっているからこそ、それを「公」が担うことの意義(防災としての古文書調査など)をはっきりさせていかなければならないといった意見も提出された。
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