第16研究 アメリカ文学におけるintersectionality, interdisciplinarity, intertextualityの諸相 研究代表者:白川 恵子(文学部)
本研究は、アメリカ文学および文学研究の多義的特性を反映し、境界越境的・横断的な読みの提示を試みる。研究課題が示す通り、その際の理論的バックボーンとなる概念を、交差性、学際性、関テクスト性と措定している。植民地代から現代までの事象を分析対象として、アメリカ文学/文化/歴史を共時的かつ通時的に扱いながら、これら理論の単体援用を超えて、複合的に混交させつつ特定テクストを論じた場合、いかなる読みが新たに生まれるのかを考察し、共有するのが、本研究の目的である。個々のアイデンティティや社会的立ち位置の重層性、異なる複数学問領域の結節点、多様な媒体/テクスト間に見出せる意外な連関性を、文字通り交差させながら、個々の研究者が任意の対象を分析・解釈し、それをさらに包括していく行為は、従来の権威的主体によって階層化された構造に疑義を唱える異階層性の概念に基づき、テクストを再評価していくことにもなるだろう。
2025年度
開催日時 | 第3回研究会 2025年6月27日 18時30分~20時30分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川校地 徳照館 第2共同利用室+ Teams ハイブリッド開催 |
テーマ | ① スタインベックとアーレント――『怒りの葡萄』における宗教、革命、権力 ② 「ドメスティシティの脱構築——Edith WhartonとCharlotte Perkins Gilmanの場合」 |
発表者 |
① 山辺 省太 ② 石塚 則子 |
研究会内容 |
① 『怒りの葡萄』は、オクラホマ州のジョード一家が、豊かな生活が送れると思い辿り着いたカリフォルニアの果樹園で経験した労働の苦悩を描いた作品である。カリフォルニアで差別的な扱いを受ける中、憤りを感じた彼らは労働者が結束して革命を起こす必要性を感じるようになる。しかしながら、革命の先導者であるジム・ケイシーに、自分の家族のほうが革命よりも大切であることを訴える主人公トム・ジョードの言動は、個人主義が浸透したアメリカにおいて、公的な政治空間を形成することの難しさを裏書きする。トムの母親のママ・ジョードが最後まで家族の絆を強調するように、共通善のために共に戦うことを求める革命は、この作品において実現されずに終わる。
今回の研究発表において、『怒りの葡萄』はキリスト教の根源ともいうべき原罪意識から革命への移行、つまり宗教から政治への扉を開いた作品であることを認識しつつも、政治ではなく経済を基盤にした個人主義が発達した20世紀アメリカにおいて、「人民(ピープル)」の革命が起こることは不可能であることを論じた。20世紀を代表する政治思想家のハンナ・アーレントは、暴力が革命の始まりとして避けられないことを認めつつも、人々に自由と安定を与える権力を設置することのない革命はただの暴動に過ぎないと述べている。彼女にとっては旧来の体制の転覆よりも、その後の政治的な安定の方が重要なのだ。『怒りの葡萄』は労働者を搾取する資本主義経済の転覆を夢見ながらも、そしてそのための暴力の必要性を訴えながらも、公共の自由が保障された政治空間を構築する思想が欠けていることを、本発表の結論として示した。
② 報告者はこれまで、近代化の進展とともにアメリカ社会においてひとつのイデオロギー装置として構造化され、機能してきた男女領域分離主義(“Separate Spheres”)が、19世紀の文学テクストにおけるドメスティシティ言説をいかに構築してきたのかについて、学際的に研究してきた。本研究会における最初の報告として、まず男女領域分離主義が19世紀の英米の社会でどのように浸透したかを敷衍するとともに、第二次世界大戦後にアレクシ・ド・トックヴィルの『アメリカのデモクラシー』が再版され注目されたことを契機として、アメリカ史のなかのジェンダー研究の展開をリンダ・カーバーの論考を補助線に整理した。そのなかで報告者が指摘したことは、“Separate Spheres”は単に社会におけるジェンダー役割を固定化する準拠枠だけではなく、カーバーが主張するように、社会の現実を正当化したり、特定の価値観や規範を広めたりするためのレトリックの機能を果たしてきたことである。ひとつのイデオロギー装置として、“Separate Spheres”はジェンダーの二項対立という単純構造にとどまらず、社会の諸力からなる多層的なイデオロギー装置として機能し、19世紀半ばのドメスティシティ言説を様々な点から強化してきた。その一例として、トックヴィルとほぼ同時代を生きたキャサリン・ビーチャーの『ドメスティック・エコノミー』を取り上げ、女性の役割についての規範をレトリックに置き換える、ビーチャーのフェミニスト的な視座を指摘した。
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開催日時 | 第2回研究会 2025年5月24日 15時~18時 |
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開催場所 | 同志社大学今出川校地 寒梅館6階大会議室 + Teams ハイブリッド開催 |
テーマ | “What’s New in Henry James Studies” |
発表者 |
Greg W. Zacharias |
研究会内容 |
“Four Times Henry James: What’s New in Henry James Studies” outlined four areas in Henry James studies that both represent a “modern” or twentieth-century Anglo-American understanding of Henry James and also point to new areas of investigation into Henry James and his work. Any of the four might be suitable for scholars of other writers who were James’s contemporaries too. The four areas outlined are:
1) Henry James and modern drama, with attention to the London group that sought to identify the best modern drama in the world and bring it to London for performance, especially the group’s interest in Ibsen’s plays. In addition to James, members of the group who are discussed include Edmund Gosse, William Archer, William Heinemann, Elizabeth Robins, Marion Lea, and Hugh and Florence Bell.
2) Henry James and public identity, using Philip Waller’s survey of practices of literary culture in later nineteenth-century Britain in Writers, Readers, and Reputations: Literary Life in Britain 1870-1918, to help estimate the ways James presented himself as a modern author in order to gain acceptance in liberal London culture in the later 1870s, when he moved there from Paris, and also as a working writer in Britain who sought to maximize his income without compromising his artistic goals.
3) Henry James’s support of and work with female writers and painters, with attention to James’s relationships with Edith Wharton, Constance Fenimore Woolson, Sarah Orne Jewett, Violet Paget, and Ellen Emmet Rand and Henry James.
4) Henry James and money, with attention to James’s financial status during his later years and the value of his estate just after his death in early 1916.
米国クレイトン大学 グレッグ・ザカライアス教授は20世紀転換期のアメリカ文学のキャノンであるヘンリー・ジェイムズ(1843-1916)研究の泰斗でいらっしゃり、グローバルな規模で学界に貢献されてきた。 20年以上にわたりヘンリー・ジェイムズの書簡全集(The Complete Letters of Henry James)のプロジェクト・ディレクター兼編集長として、また学会誌『ヘンリー・ジェイムズ・レビュー』の編集者(2018‐ )として現在もご活躍である。 講演では、ジェイムズやモダニティに関する深い洞察、そして書簡全集や学会誌の編集に携わっていらっしゃる知見から、最近のジェイムズ研究の動向について四つの観点から論じられた。大変示唆に富み、最近の研究動向を詳細に説明された。 |
開催日時 | 第1回研究会 2025年4月25日 18時30分~20時30分 |
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開催場所 | 同志社大学今出川校地 徳照館2階 第2共同利用室 + Teams ハイブリッド開催 |
テーマ | “affirmative fiction”としての奴隷叛乱物語 —研究の背景と事例から見る可能性の模索— |
発表者 |
白川 恵子 |
研究会内容 |
本発表において、報告者は、まず標題の報告に至る以前の研究過程が、本研究会が掲げるintertextuality, intersectionality, interdisciplinarity の諸概念とどのように関連しているのかを検討した。
さらに、体制に対する転覆的抵抗精神の発露を、アメリカ独立革命期からアンテベラム期までの複数テクストの中に模索した取り組みについて紹介し、その後、奴隷叛乱事件の考察へと進捗した研究過程を示した。
そして、報告者がここ数年間考察してきた初期アメリカにおける複数の奴隷叛乱(陰謀)事件の中から、特にサウス・カロライナの事例(1822)を取り上げつつ、公式報告文書(裁判記録)およびそれを分析・解釈するこんにちの歴史家による論考と小説等の文学的・文化的表象との間の接点を探った。
また歴史テクストと文学テクストとの相互補完的解釈の可能性につき、“affirmative fiction”なる概念を想定して示した。
さらに当該語はサウス・カロライナの事例を考察した先行研究がその論考内で言うところの”novelistic evidence”という概念に近似しているのではないかと指摘した。
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